第30話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
長い杖をくるりと一回転大きく回すユウヒは、まるで杖を砲身に見立てるように腰だめに構えて前方に穂先を向ける。
「手伝ってね」
≪!!≫
呼びかけは短く、しかしその言葉の意味を理解した風の精霊は一斉に動き出し、ユウヒの周りや杖の指し示す遥か先に飛び去って行く。ユウヒから吹き荒れる魔力は次第に物理現象に干渉し始め、砂海から吹き付ける風とは違う強い風が離れた場所で立ち尽くす者達の頬を撫でる。
「被害が最小限になる様に」
≪……!!≫
被害は最小に、その言葉はある程度の被害が出てもしょうがないと言う意味であり、視界に映る【探知】の魔法による調査情報を確認したユウヒは、そこにウィード以外の生物が存在しないことを確認してマスクの奥で唇を湿らせた。
「戦げ、戦げ、戦げ」
ユウヒの魔法は妄想が要、如何に強く正確に魔法を妄想できるかが重要であり、キーワードは発動を、それまでの装飾は彼の妄想の方向性を定め強化し整えるものである。それはかつてクロモリと言うリアルなゲームで培った技術であった。
「其の始まりは僅か、嘶き孵る三頭」
ユウヒの妄想と言葉によって動き出す風は、自然の風も巻き込み道標を作る。どこを通るのか、どこで曲がるのか、どこを守りどこを削り取るのか、その導に従い無垢な力は意味を成す。小さな風のうねりは三つに分かれて鳴り始める。
「……なんだ? 風が」
「渦巻くは瞬き一瞬」
ユウヒの言葉により意味を与えられた魔力は風に成り、その粘り気すら感じる風の圧力に副長は周囲を見渡すといつの間にか震えていた槍を掴む手に力を込めて石突深く地面に突き刺す。
「我が道遮る茨を均す」
敵を見据えるユウヒの目は自然と鋭く細められ、杖先はより精密に狙いを定めていく。気のせいか、風に煽られ転がるだけのウィードがざわめいている様にも感じられ、二人の魔法士は短い杖を強く握って目を見開き、ユウヒの一挙手一投足、そこから感じられる魔力を目だけでなく全身で受け止める。
「揃いて鳴け【風の三頭龍】」
そしてユウヒの口からキーワードが零れ出た瞬間、魔法は成った。
『―――!!?』
≪……!!≫
魔法の発動時間は一瞬、しかしそこに込められた魔力は膨大で、起こされる事象の影響は絶大。瞬きほどの時間でユウヒの示す先が全て薙ぎ払われ、魔法の余波により発生した風は大地を揺らし、離れて身構えていた冒険者たちを地面に引き倒す。
魔法自体はほんの一瞬だったが、その余波だけで今も吹き溜まりの中はミキサーの中と言っても良いような状況が続いており、しかし不思議な事にユウヒが立つ場所には正面から風が吹きつけるだけで特に被害はない。
「……ふぅ」
小さく息を吐くユウヒはマスクを外すと、満足気な笑みを浮かべた。
「な、な、なん……」
「魔法使い……」
革鎧の男達を率いて現れた男は、当初の威勢はどこに行ってしまったのか尻餅をつき、手に持っていたはずの大剣は手放され離れた場所で砂に埋もれている。一方で意匠の揃った布と金属の鎧を身に纏い、特に軽装の魔法士二人はその場に座り込み両手で杖を抱えたまま目の前の光景を見詰め続け、女性はフードの奥で目を輝かせ呟く。
「こいつぁたまげたな、こりゃなんて報告するか、信じてくれるかね?」
周囲で同じように座り込んで様々な反応を示す者達がいる中、地面に突き立てた槍を抱えるように肩にかける副長は、鎧の小札を鳴らしながら胡坐を掻くと膝にのせた腕で頬杖をついて大きな溜息を洩らす。
「さてと、道は出来たけどそのうち塞がるだろうし急がないと」
どれくらいだろうか、座り込んだ面々が時間も忘れて呆けた様に見詰める中、谷の中で渦巻いていた風は止み、周囲を不自然な風が流れる。ユウヒが見詰める先には、吹き溜まりに溜まっていた砂がすっかりウィードもまとめて無くなった谷が姿を現し、本来の街道が谷を抜けるように伸びていた。
「あ、殺してないからいいよね?」
「ひぃぃ!?」
四方八方遠くに飛んで行ったウィードはそのうち落下してくるであろう。それまでの間にさっさと谷を通てしまいたいユウヒは、バイクに戻りながら尻餅をついた革鎧の男に声を掛けるが、その反応に思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「お、おたすけ!」
「殺さないで!?」
「ままぁ……」
「ひどない?」
それは完全に化け物を前にした反応である。言う事を聞かない体を引き摺り逃げる革鎧の男たちを前に、釈然としない表情を浮かべるユウヒの頭の上では、茶色い精霊が座りユウヒを慰める様に点滅していた。
「いや、ははは……普通の反応だと思うがね?」
「そうかー普通か、まぁいいや」
ユウヒは少し傷ついた様に呟くも、彼等の反応を責める事の出来る者は誰もいない。なにせ乾いた笑いを漏らしてユウヒに肩を竦めて見せる副長、その部下である魔法士も腰を抜かして申し訳なさそうに愛想笑いを浮かべているのだ。魔法を愛するものが多い魔法士でもその様子、普通と言われてしまってはユウヒは何も言えない。
「よいしょっと、それじゃ頑張ってね? 帰って来る時まだ残ってたらその時は狩るからね?」
元より、地元でも随分と逸脱した人生を歩んでいるユウヒだ、今更どう転んでも普通にはなれない、そんな言葉が頭をよぎったユウヒは、小さくため息を吐くと長い杖をバイクの荷物入れに押し込み巨大なバイクの上に攀じ登る。
「魔法使い殿は、どのくらいのお帰りで?」
普通のバイクには先ず付いていないであろう折り畳みのタラップを、座席に座り足で蹴って畳むユウヒ、今にも走りだしそうなユウヒに、槍を握り締めた副長はその槍を杖代わりに立ち上がると、軽い調子で予定について問う。小一時間や数日で戻って来るのならどんなに頑張っても意味はなく、彼等の行動方針の中に撤退の可能性も出てくる。
「んー? 数日とは言わないけど、一月も掛けたくないなぁ? それだけあれば十分稼げるんじゃない? 狩って捌いて運ぶんでしょ?」
「まぁそうですな、こちらも時間がかかるなら一度戻るつもりですんで」
ずいぶんと簡単に言ってくれる、それが男性の率直な意見であった。しかし現状は彼らにとっても悪いわけではない。何故なら、目の前で未だ尻餅を着いている革鎧の男達の戦意が削れている事は、今後の自分たちに有意な状況と言えるからだ。
「わかりました。……また会った時は普通に話してほしいな」
「はは、すみません腰が抜けてしまって」
最少人数でこの場に来たことは最良の判断だったと、心の中で自らを称賛する男性は、未だにしっかり力の入らない自分の足に不甲斐なさを感じつつ、ユウヒに向かって愛想よく苦笑いを浮かべる。
少しでも対応を間違えただけで簡単に命を奪われかねない。
「お大事に、ん? そうだねよろしく」
そんなことを考えているのであろうと、やる気なさげに顔を顰めるユウヒは、一言お大事にと呟くと、精霊に何か言われたのか小さく頷きスロットルを回してゆっくりと前へと進み、十分離れた場所で一気に加速して走り去る。
「…………はぁ、えれぇもんに会っちまったな」
「自分、魔法使い始めて見ました。みんなあーなんですか?」
砂塵に消えたユウヒを見送った副長は、足に入れていた渾身の力を抜いて座り込み、終始呆けた表情で座り込み槍を手放している部下に何とも言えない表情を浮かべた。
「よかったな、お前が初めて見た魔法使いは特級の魔法使いだ。魔法使いがみんなあんな力を持ってたら、今頃は国の半分が滅んでるさ」
「そうなんですね……」
良かったと言ってやればいいのか、悪かったと言えばいいのか、人と言うのは初めての遭遇を基準にする習性がある。それ故に初めて遭遇した魔法使いが規格外ならその後も魔法使い相手に気は抜かないであろう、しかしアレを基準に魔法使いを考えてしまうのも問題が無いとは言えず、しかし命があっただけマシかと、肩を竦めながら言外にアレを基準にするなと伝えるのであった。
「すごい」
「すごかった」
一方で魔法士の二人は、規格外の魔法使いによる、規格外の魔力量を持って行使された大胆かつ細密な魔法に感動し、いろんな意味で腰を抜かしていた。目を輝かせて放心する二人は、この場に残る膨大な魔力の残滓に酔うようにお互いに賢さが低下した声で呟き合っている。
「団長が残念がるな」
魔法士二人の反応を見るのに体を動かすのも億劫だと、頭だけ仰け反らせて二人を眺める副長は、砂地に後ろ肘を着きながらしかめっ面を浮かべるも、男性魔法士の言葉に顔を引きつらせると顔を蒼くしていく。
「……誰か、俺の代わりに説明してくれねぇか?」
『嫌です!』
何がどうして彼が顔を蒼くしたのか、その理由は彼の部下なら誰もが理解出来る事のようで、神妙な声で提案する副長に、その場にいた部下は全く同じ言葉で声揃えて拒否する。その光景に目を見開く副長は、しかし何も言えずに項垂れるのであった。
一方、彼等の様子が良く見える山の中腹、ユウヒの魔法の影響を受けなかった岩陰から顔を出すのは革鎧の男達について行かなかった女性。
「あぁちゃぁ……行かなくて良かった」
「姉さん、あれは……」
顔を出す彼女の周りには、衣服の一部に意匠の似たアクセサリを身に着ける女性達が集まり、双眼鏡から目を離して深い溜息を吐く姿を心配そうに見詰めている。
「どう見ても魔法使いでしょ……不味いなぁ」
姉さんと呼ばれた女性は、双眼鏡を厚手の革鞄へと丁寧に入れると、鞄の蓋を金具でしっかり閉めながら今見た人物を魔法使いと断定する。どうやら離れた場所から謎の遺物乗りであるユウヒを観察していたようだ。
「そっすね、あれじゃウィード狩りに支障が」
不味いと呟く姉さんに、周囲の女性達は同意する様に頷いて、これからのウィード狩りに対して不安を洩らす。
ユウヒも精霊任せにしているので、風の魔法の影響がどう言う結果なるか誰にも分からず、しかし彼の何もしないとまた吹き溜まりウィードが溜まると言う予想は大きく変わらないだろう。
「そうじゃないよ、うちら魔法使いを怒らせたかもしれないんだよ」
「え?」
しかし、姉さんと呼ばれた女性が今一番気にしている事はウィードの事ではなく、魔法使いを怒らせたかもしれないと言う不安であり、ウィード狩りの依頼云々なんてどうでもよくなるほど重大な問題だと話す。そんな呟きに周囲で身を低くしながら山の麓に目を向ける女性達は驚いた様に声を洩らす。
「あの馬鹿が何も言わないわけないだろ、絶対なんか言って怒らせてるって」
「否定できないですね」
現状の危機感が姉さんと違う女性達、しかしあの革鎧の大男が魔法使いと思われる人物を怒らせるであろうことは、彼女達の共通認識として否定できる要素が何一つなかった。それは普段から彼らの姿を見ていれば当然だと、彼女達の呆れた様な表情が物語っていた。
「あの様子じゃあの馬鹿、腰抜かしただけで謝りも何もしてないでしょ」
「ありえるっす!」
女性達の返事に小さくため息を漏らし、まるでその場を近くで見ていたみたいに話す姉さんに、小柄なまだ子供と言っても差し支えの無い少女が力強く返答する。
「魔法使いの様子を見るに眼中に無さそうだから問題は無いと思うけど、謝っておいた方が良いと思うのよ」
子供は良く大人を見ているし基本嘘を付けない、そんな少女の言葉に周囲が苦笑で溢れる中、姉さんは砂塵を上げながら遠く谷を走る遺物に目を向けると、正式に謝罪をした方が良いと言って立ち上がる。
「眼中にないなら気にしなくていいと思うっすけど……正直あんな魔法使う相手に近付きたくないっす」
「……聞いた話だけど、精霊に愛されている魔法使いは優しい人が多いらしいのよ」
「精霊っすか」
小豆色に染められたゆったりめのズボンの膝に着いた砂を払う姉さんは、部下なのであろう女性達の不安そうな視線と言葉に困った様な表情を浮かべると、双眼鏡で見た魔法使いの姿を思い出しながら、魔法使いについて話し始める。
「でもね、精霊は純粋なの」
「それは聞いたことあるっす」
漠然と魔法使いは恐ろしいものとして知っている人間は多い、しかしその詳細は知らない者の方が多い。また精霊に関しても漠然とした情報が多いが、その中でも共通して純粋な存在であると語られている。少女も聞いたことがあるのか大きく頷き笑みを浮かべており、精霊は怖い存在だと言う認識は薄いようだ。
「純粋で子供みたいな人が、好きな人を貶されたり馬鹿にされて、どう思う?」
「…………ヤヴァイッス!?」
それでも精霊がとても強力な力を持った存在であることは認識しているらしく、姉さんの説明の意味を理解したのか少女は、実にゆっくりと顔を蒼くすると震える声で危険を叫び、周囲の女性達も状況を理解したのか顔を蒼くしている。
「魔法使いが危険視される一つの要因ね」
大好きな人を怒らせた、その場にいなかったけど怒らせた人間の仲間、よってお前たちも敵、という実に理不尽に聞こえる内容であるが、そう考えてしまったことは人生においてなかったと言えるだろうか、そんな理不尽で純粋な子供の様な思考をするのが精霊なのだ。
「馬を用意するっす!」
「今追いかけても追いつけないわよ、あんな速さで走る遺物」
「……」
理不尽な大自然の脅威に輪をかけて理不尽にも感じる精霊であるが、誠意や善意にも真っすぐ対応する為、砂の海の昔話でも誠心誠意謝れば大体許されることが多く、だからこそこの地に住む人間にとって、何を考えて行動しているかわからない魔法使いよりも親しみを持てる存在と言えた。
しかし今は絶望の原因となっており、魔法使いが乗る遺物相手じゃどう頑張っても馬では追いつけないと言う姉さんに、少女は駆け出そうとした姿勢のままその場に膝を着く。
「とりあえず情報よ、向こうの連中にも話を聞きましょう」
『了解!』
絶望に項垂れる少女を数人の女性が元気づけながら立たせる中、姉さんは自分たちにとって最善の行動をとる為に指示を出し、その指示に女性達は返事を返すと一斉に動き出す。
<……?>
<……>
<…………!>
どうやら革鎧の男達とは別グループであるらしい女性グループ、その姿をじっと見つめる複数の視線。見た目から目がどこにあるのか分からない複数の球体は、彼女達の行動を見て何やら相談しているらしく、ここにユウヒがいればそこから「処す?」とか「保留」やら「要観察」など物騒な意思が聞こえて来たことであろう。
そんな愛され系魔法使いのユウヒは、谷の奥でバイクを止めて吹き溜まっていた砂が消えた街道の周りを調べていた。
「魔法の影響はそんなに出て無い感じかな? 初めての場所だとよくわからないけど、新しい破壊跡は無さそうだ」
フラストレーション多めで放った魔法がどんな影響を及ぼしたか、その事がどうしても気になってしまうらしく、そう言うところは大して気の大きくない一般人なところであろう。
「あ、木が……」
始めてきた場所とあって明確に被害が出ているか出ていないか不明であるが、真新しく致命的な破壊痕は見当たらずほっと息を吐くユウヒであるが、よく見ると一本の緑木が根っこから倒れており、その姿にユウヒは冷や汗を流す。
「これは枯れかけていたところに突風くらったからかな?」
よく見るに元から半分枯れかけの木であったようだが、木材資源の乏しい砂漠で自生する樹を無暗に損壊させて良いわけがない。事実サルベリス周辺に自生している植物は無断で採取することが禁止されている。
「うーん」
そう言った背景を知らなくても、現代社会で生きるユウヒにとって目の前の状況はいただけない。魔法の影響で倒れたとは限らないが、枯れかけている樹を前にして何もしないのはユウヒの性格的に難しようで、一頻り唸ると小さく頷き樹を抱える。
「よし、【クリエイトウォーター】……からの【グローアップ】」
ユウヒが樹を抱えると地面に丁度良い穴が勝手に出来上がり、その穴に樹を差し込むと砂が周囲から集まり樹を支えた。どうやら大地の精霊が地面を操作していた様で、茶色と緑色の精霊が樹の周りで嬉しそうに点滅している。
その様子に笑みを浮かべるユウヒは、ゴーグルに付着した埃を払うと魔力を内から汲み上げ、人一人分ほどはある水の塊を作り出し地面に浸透させていく。ゆっくりと地面に吸い込まれる水で引き締まる地面が精霊によって調整されると、今度は樹の周りを優しい光が包む。
「んー……よし! 良い感じだ、ついでにもひとつ【クリエイトウォーター】」
締まって少し痩せた大地に砂が山盛りで追加されていく光景を面白そうに見詰めるユウヒは、今度は小さめの水球を弾けさせシャワーのように周囲に撒く。それは樹の為でもあるが、同時に精霊達への労いのようで、実際そのシャワーに周囲の精霊は楽しそうに舞っている。
「これでいいだろ、それじゃ出発!」
ほかに倒れている樹が無い事をバイクの上に登って確認したユウヒは、他に問題は無さそうだと息を吐くと、周囲の安全確認とバイクの状態確認の為に周囲を見回し出発する。
ユウヒが立ち去った後の街道には人の姿は無く、鉄鎧の冒険者も革鎧の冒険者も一度吹き溜まりの谷から撤退したようだ。
<……!>
<……!!>
<……?>
<…………!>
静かに風が吹く谷の中、ユウヒの魔法で大地に立つ事が出来た樹は、深く根を張り青々とした葉を茂らせ、強く吹く風に負けぬ生気を宿らせる。その姿に茶色の精霊は目を輝かせ、緑色の精霊は感心した様に頷く、偶然立ち寄った風の精霊は何があったのか問いかけ、その問いに集まっていた精霊達は好き好きに奇跡の瞬間について話し始めるのであった。
いかがでしたでしょうか?
フラストレーション増し増し風魔法は吹き溜まりが吹き溜まりである所以を吹き飛ばし、冒険者たちを震え上がらせる。何やら騒動の種になりそうなものを残しつつ、ユウヒは新たな地へと走り出す。
それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー