第29話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
砂の海の大半を占める砂海、その海岸から北に広がる広大な砂漠を北に進むと大抵の場所で小高い山々にぶつかる。距離は区々であるが大半の国で同じような地形が見られ、そこから以北への砂の進入を抑制していた。
「……なんだこりゃ」
その作為的にも思える地形には必ず風が吹き溜まる谷が存在し、ユウヒも広い谷の入り口でバイクを止めると、風を背に受けながら吹き溜まりを見渡す。風が吹きつける南側の入り口は広く、風を取り込んだ谷は内部で膨らみ、北に抜ける道は対照的にすぼんでいる。
<……>
<……♪>
<!?>
これにより抜ける先を見失った風は谷の中で渦を巻き空へと抜けて行き、重たい荷物を下ろしていく。軽い砂は高空を北から南へと抜ける強い風に押されて砂海に戻り、転がって来たウィードはつむじ風に煽られながらそのうち積み重なったり蔦を突起に絡めたり動きを止めるが、よく見ると精霊によって再度つむじ風に投入されている。
「君らは楽しそうだね……しかしこれは通れないってのも分かるな」
吹き溜まりとなった道には風から逃れたウィードが犇めき通れず、開けた道ではつむじ風と精霊に弄ばれるウィードが高速で飛んで来る。実際に北へと緩やかに上る街道の状況を見たユウヒは、想像以上に過酷な環境に魔物で街道が通れないと言う状況の酷さを上方修正した。
「狩るしかないのかな? 突っ切る? でも狩ったら怒られるらしいし、どうするかなぁ?」
モンスターバイクで無理矢理突っ切ろうと思えば出来なくはないと感じるユウヒであるが、その場合大量のウィードを駆除することになり、冒険者組合で聞いたような面倒な状況になってしまうと唸る。
「水で押し流す?」
無理やり通る方法は被害がある程度出る可能性もあり早々に諦めるユウヒは、偶然目の前に躍り出た水の精霊を見詰めて水で押し流すかと魔力を僅かに体の奥から引き出す。
<……?>
ユウヒの言葉とその体から溢れる魔力の流れに寄って来た精霊は、ユウヒの独り言に対して不思議そうな雰囲気で意思を伝えてくる。
「え? あれ水に弱いの? 根腐れ? 弾ける? すごいな魔物の生態」
青い水の精霊から聴こえてくる声なき意思によると、ウィードは全般的に水に弱いらしく、大量の水を浴びると強力な吸水能力により自壊して死んでしまうらしい。水の少ない地域で生き残るための能力故の弱点に興味津々のユウヒは、すぐ近くを転がって行き、吹き溜まりのつむじ風に呑み込まれる大きめのウィードに目を向け目を輝かせた。
「土だと埋まるし地面も荒れるからなぁ」
水という弱点を確認しながら次の案を考えるユウヒ、土で埋めてその上を走ろうかとも思うが、それでは人の手がある程度入った街道が荒れる上に、埋まったウィードはここに来るまでにも見た様に枯れ死してしまうだろう。
<……!>
「光で燃やす? 狩っちゃダメなんだって」
バイクから降りて谷を見渡しながら考え込むユウヒ、そんな彼の助けになろうと精霊達が集まって来るが無邪気で楽しい事が好きな彼女達のアドバイスは実にアグレッシブである。白く強く優しく輝く精霊は光の精霊なのだろう、自らの力を主張したいのだろうが燃やしてしまっては意味がない。
<……>
「吹き溜まりで風を使ったらどうなるかな?」
ユウヒからのダメ出しにしょんぼり光量を落とす精霊を慰められるように、周囲からふわふわと精霊達が集まる。何とも微笑ましく幻想的な光景を後目に、風に煽られ転がっていくウィードを見詰めるユウヒは、さらに風で煽ってみようかと呟き唸るが、吹き溜まりと言う環境で強力な風を使った場合どうなるか、何が起きるかちょっと想像できない様だ。
「行ける気もするけど、おっと?」
「キシャー!!」
時間を掛ければ魔法の影響を想定できるかもしれないが、なるべく急ぎたい理由が中天を通り過ぎて行く。そんな空を見上げた瞬間、視界に赤い文字が点滅し始め、すぐに金切り声が近づいてくる。
「【ショック】」
「ピギィ!?」
多種多様なウィードの中でも気性が荒い種類、突き出し海岸でもお世話になった種のウィードが風を背にユウヒへと飛び掛かり、咄嗟の事で手加減を忘れた彼の魔法がその蔦と核を貫く。
「ショックだけでも十分行けるな……被害を考えなければ」
まさに瞬殺、よく見れば蔦の端々が炭化しており、魔法の威力の高さを示している。ユウヒは少し驚きながらも何も見なかったと言った様子で頷き、空の彼方へと飛び去る白い光線から目を逸らす。
「てめぇ何してやがる!」
「ん?」
いったい今の一撃を地面に向かって放っていたらどんな威力になっていたのか、冷や汗を背中に感じるユウヒは、突然走り込んできた男達に振り替えると、彼等の手に握られた抜身の武器に目を細める。
「ここは俺達のテリトリーだ、勝手は許さん」
『そうだそうだ!!』
男達のリーダーなのであろう男性こそ背中に大きな剣を鞘に入れて背負っているだけだが、彼に同調して大声を上げる男達はすでに両刃の剣やナイフを鞘から抜いて構え、鈍器を手に持つ者は何時でも殴り掛かれるように身構えていた。
「おやまた、ぞろぞろと……でも襲われたら普通撃退しないか?」
「それは冒険者の仕事だ!」
男達の登場に周囲の精霊が怪しい気配を洩らす姿に苦笑いを浮かべるユウヒは、至って冷静に返事を返すが即座に返ってくる声は大きく自信に溢れている。
「なら問題ないな、俺も一応冒険者だし」
「どこの冒険者だ! ここはうちの組合の狩場だ!」
彼が言うにはウィードを撃退するのは冒険者の仕事なのだからユウヒが勝手に手を出してはいけないと、しかし相手が冒険者だと分かると狩場の占有を主張し始めた。聞いていた注意事項通りの展開に、何とも言えない表情を浮かべるユウヒは、自分の所属について少し考える。
「スルビルの組合扱いになるのかな」
最初に冒険者の資格を更新したのは巨竜山脈の向こう側、所属と言えばそちらになるのかと考えるユウヒであるが、砂の海で最初に訪れた冒険者組合はスルビルである為、自信なさげにスルビルだと呟く。
「……スルビルだと?」
「サルベリスなんで隣接領地っす!」
「むぅ……だがここは俺達の狩場だ! 勝手は許さん!」
一方で男も訝し気に首を傾げるが、どうやらスルビルと言う街を知らなかっただけのようで、サルベリスの街だと部下に教えられると難しい表情を浮かべる。しかしそんな表情も一瞬、それまで以上の大声でがなり立てると背中の大剣に手を掛け、部下の男達も得物を構えてにじり寄り始めた。
「狩る狩らないはどうでもいいけど、俺は通りたいだけなんだよね」
「なら俺達が狩り終わるまで待てばいい」
「どのくらい?」
ユウヒと距離を詰める男達、しかし不思議とバイクから離れるようにユウヒを囲む。ドワーフにとっては最優先目標にもなる遺物であるが、魔法文明が色濃い国であるトルソラリス王国の人間にとって、遺物は何が起きるかわからない危険物であり、彼等の反応はこの国では一般的である。
「うーむ、ひと月? いやふたつき……」
「急ぎなんだよね」
そんな男達はサルベリスと隣接する領の冒険者らしく、通りたいだけだと言うユウヒに自分たちがウィードを狩り終わるまで待てと言う。しかし彼らの実力だと街道が通れるようになるまで一月や二月かかると、どこか自信の無い表情で話すリーダーの男性に、ユウヒは呆れた様に呟き、その姿に歯を剥く男性。
「なら回り道したらいいだろ!」
「やぁ、こっちしか道聞いてないんだよ、通ろうと思えばいくらでも通れるし」
早く通りたいと話すユウヒの姿から、自分が馬鹿にされたと感じたらしい男性は回り道をしたら良いと怒鳴るが、残念なことにユウヒが聞いている道は目の前の道しかない。これはユウヒが魔法使いと言う事もあり戦力的な心配をされなかった事と、簡単に回り道と言うがその道は非常に遠く商人すら嫌がる距離の為、最初から候補に入らなかったのだ。
「その遺物でか、無理だろ」
「狩って良いなら一番楽なんだけどね」
「それは駄目だ! 俺達の報酬が減る!」
何も気にしなければ街道を通る事などユウヒにとって容易く、つい最近世界の崩壊一歩手前の状況で飛び回っていたことに比べればイージーモードも良い所である。しかしこの場でユウヒが暴れようものならその被害は大きく、スルビルの冒険者組合やサルベリス公爵家にも迷惑をかけかねない。
「こんだけいるんだから少し減ってもいいでしょ、追加も続々と来てるみたいだし」
そう言った面倒事を考えてなるべく穏便に進みたいユウヒであるが、目の前の男にとって少しでも報酬が少なくなることは耐えがたい事のようで、ユウヒの説得にも顔を真っ赤にして譲る気がないようだ。
「……たしかに」
「狩っても後処理が大変なんだよな」
「早く帰りたいしな」
しかし、そんな考えを持っているのはこの場で彼だけのようで、男が引き連れて来た部下たちは多少報酬が減ってでも早く帰りたいと、なんだったら狩った後の剥ぎ取り作業などが面倒だと、ウィードの数は少なくなってくれた方が助かると言う始末。
「だまらっしゃい!!」
『へい!!』
しかしリーダーには逆らえないらしく、気の緩みで下ろされていた武器を構え直した男達は、自然体で立つポンチョの男がどう動いても良い様に身構え睨む。
「欲張ると良くないよ? 領境であまり問題起こすと大変なんでしょ? それに被害が拡大したら軍が出てきて全部持ってくんじゃない?」
ターバンや革帽子など様々な暑さ対策に要所を守る軽装な男達を見回すユウヒは、何とか穏便にと言葉を尽くすが男は聞く耳が無いのか馬鹿にしたように笑う。
「ははは、軍が動くわけないだろ。あいつらは腰抜けだから出てこないさ」
実際に腰抜けと言われてもおかしくないほどで王都から離れた場所で国軍が働くことは少ない。それは国の中心から離れれば離れるほど、貴族の影響が強くなるためというのもあるが、単純に人員と担当範囲の広さの所為でもある。
「そうかなぁ? サルベリスも物流が滞って困ってるし、国が動かなくても貴族は動きそうだけど」
「む……」
単純に手が足りない国軍に変わって動くのが辺境の貴族、特にサルベリスは現状かなり追い詰められており、重要な街道の一つが長期間使えなければ私兵を出さざるを得ない。その事は冒険者の男も気にしているらしい。しかしと再度叫ぼうとする男であるが、それより早く新たな人の気配が近づいてくる。
「そうだぞー俺らは一応貴族からの依頼だからな」
「ん?」
ユウヒを挟んで反対側の岩陰から現れたのは数人の男女、先頭を歩く男性は少し気怠そうな足取りでユウヒの近くまで来ると、要所を守る板金鎧を小さく鳴らして立ち止まりユウヒを怒鳴りつけたり言い負かされたりしている男に目を向けた。どうやら彼らも冒険者のようだが、依頼元は貴族のようだ。
「てめぇら! まだ居やがったのか!」
「そりゃ依頼だからな? そっちがいなけりゃすぐ取り掛かるんだが……サルベリスからも人が送られて来たみたいだしな」
「んん?」
どうやらユウヒより前に狩場争いをしていたらしい二人、変わらず怒鳴る男に対して明るい色合いの布と板金で作られた鎧を身に纏った男は、肩を大きく竦めながらため息交じりに返事を返すとユウヒに視線を向ける。ユウヒの状況を観察した結果、彼等はユウヒをサルベリスから派遣された冒険者だと考えたようだが、現状サルベリスにはそんな余裕はなく、街道から最も近いスルビルの冒険者組合は様子を見ている状態だ。
「サルベリスから派遣された冒険者だろアンタ? ウィード狩りの」
「間違ってないけど間違ってるな、俺はスタールに行きたいだけなんだけど」
そんな状況を知らない男性は、ユウヒの返答を聞いて眉を上げると、探る様に目を細め武器一つ持っていないユウヒを見詰め、その視線をユウヒのモンスターバイクに向けた。
「スタールに……そうなるとうちの領を通りたいって事か、協力したいところだがなぁ……」
「な、なんだ!」
冒険者に囲まれている状況で武器を取り出さないユウヒと遺物の存在感から、ドワーフのように遺物で武装するタイプだと認識したらしい副長と呼ばれていた男性は、少し息を吐くと不揃いな革鎧の集団に目を向けて溜息を洩らす。
「街道整備をしようにも邪魔が入るからなってよぉ?」
意匠の揃った布と板金の鎧を着た冒険者達、体の中心や打たれやすい場所を板金で、それ以外の部位を小札と布で守る彼らは、本来貴族の要請により街道の調査と魔物の討伐の為にやって来ているのだが、ユウヒが絡まれたのと同じように革鎧の男達から圧力を受け積極的な狩りに出れていない様だ。
「通りたきゃ通ればいいだろ! でも狩るな!」
「殺すなって事?」
副長の周囲には同じような鎧を来た人が槍を手に少し呆れた表情を浮かべており、その後ろにはより軽装で手に短い杖を持った男女が、革鎧の男の言い分に表情をひどく歪め溜息を吐いている。
「当たり前だ!!」
『そうだそうだ!!』
「無茶を言うね君らは……」
男達の話を聞けば聞くほど副長の表情は呆れで深まり、首にゴーグルを掛けて困った様に笑うユウヒに目を向ける彼は、どうしたものかと頭を抱えた。そんな副長を後目にユウヒは虚空に目を向けて小さく唸ると、精霊を目で追いながら小さな声で呟く。
「殺さなきゃいいんだよね、殺さなきゃ」
<……? ……!>
男達が現れる前からずっと考えているウィードを殺さず排除する方法、ユウヒの助けになればと精霊達は思い思いに色々な意思をユウヒに送る。その中にヒントを見つけたのかユウヒは地面に目を向けた。
「へぇ? ウィードって落下で死なないんだ」
「む? 確かにウィードはどんな高さから落としても死にはしないが」
地面で飛び跳ねる光球は土の精霊、彼女が伝えて来るにはウィードはどんな高い場所から落ちても死なないと言う特性があるらしい。それは体の軽さの割に大きな体、弱点である核は大量の蔦のクッションで守られ単純な落下くらいでは傷もつかないからだ。副長もユウヒの呟きに肩眉を上げると同意するように頷くが、妙な独り言を話す姿に怪訝な表情を浮かべている。
「いつまでもここでダラダラしてたら休憩時間が短くなりそうだし、めんどくさいし」
「何をするんだね?」
精霊の見えない一般人からしたらユウヒの言動は少しおかしく見えるもの、普段はその辺も多少気にするユウヒであるが、どうやらそう言った事に気が回らなくなるくらいにはフラストレーションが溜まっている様だ。ユウヒはブラックな環境に鍛えられた経験があり、そのほかにも幼少期からの奇妙な環境で精神的に強くはあるが、イライラしないわけでも怒らないわけでもない。
「吹き溜まりでやったら大変なことになるかとも思ったけど、精霊が何とかしてくれるでしょ」
「せいれい? なん……」
モンスターバイクに歩いて行くユウヒに警戒を露わにする副長、少しでも遺物を起動させれば槍を構えるつもりであった彼は、遺物の蓋を開けて荷物を漁り始めるユウヒの言動に小首を傾げると、バイクの中から出てきた物を目にして言葉を詰まらせる。
「長い杖……まさかお前さん」
「長い杖だ」
「まさか」
「ど、どうせ見栄っ張りな魔法士だろ? な?」
モンスターバイクの荷物入れから出て来たのは身長を越える長さの杖、そんな長さの杖を持つのは二通り、魔法使いを騙る見栄っ張りな魔法士か本物の魔法使い。不揃いな革鎧を身に着ける男達は得物を構えて息巻くが、魔法士二人に目を向けた副長たちの表情は固い、何故なら魔法に最も詳しい魔法士の二人が揃って顔を蒼くしているからだ。
「て、てめぇ! 俺らとやるつもりか!?」
「え? 人殺しはしないよ、あんまり」
革鎧のリーダーは、杖を手にして谷方向へと歩くユウヒに大剣を抜き放ち怒声を浴びせるが、怒声を浴びせられたユウヒは飄々とその怒声を受け流すと、酷く冷めた表情でちらりと男を見る。
その表情はまるで彼の母親のように冷たく鋭い。
「では何を?」
最低でもユウヒが強力な魔法士であると言う前提で慎重に言葉を選ぶ副長、一体ユウヒがこれから何をするのか、その対策はどんなものがあるのか、頭を最高速で回転させる彼の背中には止めどなく嫌な汗が流れ続け、そんな副長に魔法士の二人は何かを伝えようと口を開くも体も動かなければ声も出ない。
「街道塞いで邪魔なウィードを退かそうと思ってね、後は好きに狩ったらいんじゃない?」
「は?」
何故なら杖を取り出した瞬間からユウヒは内在する魔力を大量に汲み上げ、さらに汲み上げた魔力を練り込み、周囲に上質で濃厚な魔力を振り撒いていたからだ。そこまでやればどんなに鈍感な魔法士でも状況を理解し、優秀な魔法士なら様々な感情で心が震える。ちなみに精霊は恍惚の感情を振りまきながら宙を舞っていた。
「たぶん後ろにはあまり影響は無いと思うけど、近付かないでね? 魔法使いの魔法はちょっとすごいよ?」
『…………』
魔法使い、滅多に一般人が遭遇する事の無い特別な存在が今、笑みを浮かべながらフラストレーションの籠った魔法を使う。蒼い表情で声を失う革鎧の男達は餌を求めるコイのように口を動かし、副長たちは息を飲み、魔法士の男女二人は顔を興奮で赤くする。
いかがでしたでしょうか?
笑みの裏にフラストレーションを溜めてストレス発散とでも言うような魔力を練り上げるユウヒ、いったい彼はどんな魔法を使い、そのさきの影響はどうなるのか、次回もお楽しみに。
それでは今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、またねー!




