第28話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね!
スルビルの街は歴史があるだけに広い、安全運転のバイクであれば中央に近い冒険者組合から東門まで割と時間がかかる。
「少し時間があれだけど、まぁなんとかなるでしょ」
そんなゆっくりと走るバイクを操るユウヒは、少し前まで冒険者組合の倉庫内で魔動キックボードの使い方についてレクチャーしており、本来の出発時間をだいぶ過ぎてしまっていた。
「王都への街道途中にある吹き溜まりは昔っからウィードが良く出るから何もないけど、その少し先に休憩できるオアシスがあるから、そこまで行ければ問題ないと思うわよ?」
幸先に僅かな不安を感じるユウヒの隣には、展開されたサイドカーの背凭れに体を預けるアダが、機嫌良さそうに目を細めている。彼女曰く、現在問題が発生している街道の吹き溜まりは昔から似たような事がよくあるらしく、人が住むには危険な場所の為、休憩できる場所もその先にしかないと言う。
「とりあえず今日はそこを目指すよ、ありがと」
「気にしなくていいさ、こうやってバイク? にも乗せてもらっているからね?」
どのくらいの距離か大雑把にしか分からないユウヒは、前を向いたまま若干悩む様に眉を寄せるもすぐに開き直って表情を戻すと、アダに目を向け礼を口にし、そんなユウヒの言葉に眉を上げたアダは、目を閉じて微笑むと肩を竦めながら大したことないと言って、滑らかなバイクのボディを撫でる。
「こっちにもじゃんけんってあるんだね」
ジリジリと照り付ける太陽の下の黒いボディ、しかしその触り心地は不思議なほどひんやりとしており、その感触に困った様な表情で溜息を小さく洩らすアダ。彼女はユウヒのどこか呆れた感情が感じられる呟きに顔を上げる。
「そうだね、色々な地域で少し毛色は違っても大体あるんじゃないかね?」
「ふしぎだねー……ところで乗り心地はどうかな? その席は色々頑張って作ったんだけど」
どうやら現在アダがユウヒの隣に一人乗ることになった主な理由に『じゃんけん』があるようで、日本でも若干の違和感を感じても問題なく理解出来るような異世界のじゃんけんに、ユウヒは何とも言えない表情で呟くと、気を取り直してアダに座り心地について問う。
「最高だね、こんなに揺れないなんてこのまま寝ちまいそうだよ」
目に見えないところに様々な工夫がなされたモンスターバイク、その巨体から横にせり出たサイドカーにも様々魔法による工夫がなされ、多少整えられていても凹凸が多い街の道を走っているがアダにはほぼ振動を与えておらず、心地よい風に思わず欠伸を漏らしている。
「寝ても大丈夫なように背凭れも大きく作ってあるからね」
助手席に乗っている人が思わず寝てしまう事は良くある話で、その事について議論が生まれるぐらいにはありふれた事だ。ユウヒとしては隣で寝てもらっても全然かまわないタイプであり、なんなら快適に寝てほしいとも思う彼の考えはサイドカーの背凭れにも現れている。
「……あたしを寝かしつけてどうするつもりだい?」
「ええ?」
ちょっとしたゲーミングチェアのように体を包み込む様に支える背凭れは実に快適で、ユウヒの返事に心の中で同意するアダは、ふといたずら心が湧き出て来たようで、少し声に色味を加えると、身を乗り出しながら聞く者の心をざわつかせる様な蠱惑的な声で問いかける。
「ふふふ、冗談だよ。でも冗談じゃ利かない連中もいるから注意しなよ?」
「そうなの?」
アダが大きく立ち上がる様に身を乗り出しても、まったくバランスが崩れないモンスターバイク。しかし耳元でささやかれた声に思わずハンドルを揺らすユウヒは、自分の言葉が何やら妙な勘違いを生んでしまいかねない事に気が付き、しかしその結果が解らず困惑した表情を浮かべた。
「特に魔女とか魔女とか魔女に気を付けな」
いったいどんな勘違いで何が起きるのか、前を向き直しながらも不安そうな表情を浮かべるユウヒは、アダの異常な魔女注意喚起に肩眉を上げると、少し驚いた表情で後ろに目を向ける。
「魔女嫌いなの?」
魔女だけを論うほどに魔女が危険なのかそれとも嫌いなのか、色々と考えを巡らせるユウヒの問いかけにアダはくすくすと笑いだす。
「そうだねー? まぁ色々知ってるからね」
「ふーん? お、門番の人がいっぱい出てきた」
思わせぶりに言葉を濁すアダの表情をじっと見つめたユウヒは、前に向き直ると遠くの門の中から兵士がたくさん出て来たことに苦笑を漏らす。明らかにその兵士たちはユウヒと言うより巨大なバイクを指さしており、アダもその事に気が付いてユウヒと似たような笑みを浮かべた。
「出番みたいだね」
「お世話になります」
予定通り想定通り、アダは少し身を乗り出すと門に向かって大きく手を振って見せ、彼女の姿に気が付いた兵士が数人城壁の中に走って行き、門前にバイクが到着する頃には老齢の兵士が城壁の扉から腕を引っ張られながら現れるのであった。
それから数十分後、半ば面倒になった老兵士が通常と変わらない審査でユウヒを通し、過ぎ去るモンスターバイクの背を東門の外に出て見送っていた。
「変わった魔法使いだったな」
「また戻って来るらしいわよ、組合からまだ報酬全部貰ってないらしいから」
彼の隣にはアダがフードを深く被って立っており、ターバンのような頭巾を被った老兵士は風変わりな魔法使いを思い出し溜息洩らす。長い時間を生きた老兵士はそれだけ経験も多い、しかしその長い人生で培った経験をもってしてもユウヒを計ることは出来なかったようだ。
「そりゃ、なんつぅか……」
また戻ってくると言うアダの言葉に肩眉を上げて彼女の表情を覗き見る彼は、続く寒い話に表情を引きつらせると、まだ見える小さなモンスターバイクを不憫な物でも見るような目で見詰め溜息を洩らす。
「そんなに悲観することも無いと思うわよ?」
「ん? 良い話でもあるのか?」
今の話だけでスルビルの冒険者組合がギリギリの運営であることが良くわかり、その状況は街全体としても大きな問題である。しかし最も影響を受けるだろうアダは、実に楽しそうな表情を浮かべており、その顔には老兵士の様な悲観の感情は見られない。
「ユウヒが行く先は水の精霊が興味を持っているんだってさ」
顔に深い皺を蓄えた老兵士よりずっと長生きなアダは、良い話を聞きたそうにしている視線に笑みを浮かべると、ユウヒが出かけた理由について触れ、その言葉に老兵士は複雑な表情で考え込む。
「あの魔法使い殿が行く先は確か……むぅ、荒れそうだな」
ユウヒが向かっている場所を、門から出る手続きの際に直接本人から聞いている老兵士、まだまだボケ始めるには早いと言った様子の彼は、波乱の予感を前にして考え込むように胸の前で腕を組む。
「さぁ、それはわからないわね」
何かと噂の絶えない貴族領に向かうユウヒの安全を祈りつつ、その余波が自分の住むスルビルにまで影響しないようにより深く祈るも、アダの不穏な言葉に思わず顔を顰めてしまう。
「まったく、老人にこの感情は毒だぜ」
「ふふふ」
経験豊かなだけあり彼女の勘は良く当たる。そんなアダの言葉に顔を顰める老兵士であるが、彼女の顔が明るい事に気が付くと顔から力を抜いて、すでに見えなくなったモンスターバイクの起こした砂塵を見詰めた。その砂塵に先ほどまで感じていた気苦労が流されるような感覚を覚えた彼は困った様に肩を竦め、その様子にアダは機嫌良さそうに笑い声を洩らすのであった。
スルビルの大きな門をくぐり一台の巨大なバイクが岩砂漠を疾走する。突き出し海岸とは逆方向にゆっくりと走り出たバイクは、広く人が少ない道に出ると加速、馬車だと走り辛い道の端を大きなエアレスタイヤで疾走させる後ろには砂埃が長く巻き起こっていた。
「最高だ」
燃焼エンジンとは違う魔法の回転盤によって発生する音は様々な魔法付与によりごく僅か、大きなエアレスタイヤは衝撃を吸収して音も無く、時折大きな石に乗り上げ巨体が軋む様な音を鳴らすモンスターバイク、その躍動感にユウヒの頬は自然と緩む。
「見晴らしの良い岩砂漠をバイクで走るのいいな、風の感触が気持ちいい」
バイクから鳴る音はほとんどなく、後は大地を踏みしめる音と石が砕ける振動、耳には通り抜ける風の音が聞こえるだけ、耳を澄ませればバイクと並走する精霊達の楽しそうなささやき声が聞こえてくる。
その気持ちの良い空間でハンドルを強く捻り続けるユウヒは、新しく作った防砂マスクの奥に満面の笑みを浮かべ、暴風砂ゴーグルの奥で金と青の瞳を輝かせ機嫌の良い独り言を洩らす。
「帰ったら地球の砂漠も走ってみたいな、母さんに頼めばすぐ連れて行ってくれるだろうし」
日本であれば即止められる様な巨体でレーシングカーの様なスピードを出すユウヒは、砂漠を走ると言う快感を覚えてしまったらしく、地球の砂漠も走ってみたいと呟くが、その実現は意外なほど簡単なようだ。
「偶には甘えないと拗ねるからなぁ」
何故なら世界を股に掛ける傭兵である息子ラブな明華にユウヒが頼めば、次の日と言わず即座に動き数時間後には完全装備で砂漠の上空に到達出来る。これによって出る関係各所への被害は洒落にならないが、ユウヒが長期で明華を頼らない方が被害甚大なため、関係者はユウヒの偶の我儘を歓迎している節があるのだが、それまた別の話。
「ウィードか……多いと思うけどいつもの状況が分からないからな」
遠く離れた日本で明華がデレデレの顔でクシャミをしている一方で、ユウヒが見回す岩砂漠にはクシャミを誘うような細かい砂塵が舞い、その中から時折ウィード系の魔物が顔を出している。風に乗り転がるウィードの数は多く、しかしそれが普段とどの程度違うのか分からないユウヒは、次第に増え続ける草の塊から目を離すと前方に目を向けた。
「このまま進むと小高い山が見えてくるんだったか、不思議な地形だ」
モンスターバイクは僅かに蛇行する道を特に問題も無く走り続けており、このまま進めば小高い山が見えて来るらしいが、大小様々な岩や丘によって目的の光景はまだ見えない。
「……まるで砂を防ぐような」
時折小さな吹き溜まりには砂が溜まっており、よく見るとウィードが砂に嵌り動けなくなっている。どうやらウィード系の魔物は動けずにいると餓死してしまうらしく、枯れた草の塊に目を向けるユウヒは、街道の作りに計画的なものを感じて小さく呟き、考え込む様に防砂マスクの奥で口を窄めた
「あれか、このまま進むと広い谷間に入ってそこが吹き溜まりと聞いたけど」
それからしばらくバイクを走らせると急に視界が開け、砂に埋まった岩砂漠のなだらかな地平の先に連なる小高い山が見える。街道はそのまま真っすぐ、辛うじて人が歩いて出来た轍が山間の細い谷間へと延びていた。
「視線を感じるなぁ……」
岩砂漠より走りやすい砂地の上を疾走するモンスターバイクは、後方に砂を大きく巻き起こしながら谷間へと向かい、そのバイクの上で正面を睨むユウヒは、右側の山の麓に目を向けると目を険しく細め呟き、そこから感じる厄介ごとの気配に溜息を洩らすのであった。
ユウヒの感じた厄介ごとの発生源である山の一角、天然の広く大きく浅い鍾乳洞の中には、多数の人間が休憩しており、思い思いに寛ぐ空間は明らかに人の手が入って久しい。
「アニキ! 誰か来るぞ」
「あ? 何が来るんだよ」
安全な休息場所なのか緩い空気が流れる鍾乳洞に大きな足音が近づいてくる。足音に気が付いた数人が顔を上げる中、鍾乳洞の奥で木製の椅子に座り寛ぐ男性の下に大柄な男性が走り込むなり大きな声で要件を簡潔に伝えた。
「何か黒くてめちゃ速くてよくわかんないのが来るんだ」
「……魔物か?」
大柄な男性が言うには黒くて速くてよくわからないものが近づいてくるらしく、その説明に何を思い浮かべたのか怪訝な表情をじわじわと深めていく男性は、顎鬚を扱きながら大きく首を傾げる。どうやら部下なのであろう大柄な男性の説明では、まったく状況が理解出来なかったようだ。
「わかんね」
「……」
しかし、最も状況を理解しているであろう大柄な男性は、椅子に座る男性の問いに首を傾げてしまい、その姿に椅子に座る男性だけじゃなく、周囲で寛ぐ男女も呆れた様子で首を傾げている。
「はぁはぁ……あんた図体の割に速いのよ」
「何があった?」
何とも言えない空気が広がる鍾乳洞に、今度は軽い足音が聞こえてきた。その足音に覚えがあるのであろう男性は、椅子から立ち上がると足音の主を出迎え、到着するなり悪態を洩らす女性を問い質す。
「うーん、遺物に乗った人じゃないかなってのが来てる。街道を通るつもりなんじゃないかな」
「あー? 街道は封鎖って話じゃなかったのか?」
先に走り込んで来た大柄な男性と違い、近付いてくるものが何なのかある程度把握しているらしい女性は、困った様に頭を掻きながら背中を丸める大柄な男性を横目に、説明を求めてきた男性の怪訝な表情を呆れた様に見詰めた。
「はぁ、誰が封鎖するのさ国軍動かないんだよ?」
説明を求めた男性と女性との間にはそれほど大きな上下関係はないのか、大柄な男性と違ってへりくだる様子の無い彼女は、呆れた調子で男性に問いかける。
「そりゃ冒険者組合で」
「どこの」
「そりゃうちの……」
女性に問われて応える男性は、明らかに呆れが伝わるとげとげしい口調に思わず腰が引けて声が小さくなっていく。どうやら女性の気迫によって自分の考えが不安になってきたようだ。
「組合で街道封鎖なんてしたらこっちが国軍に殺されるじゃん」
「……確かに、でも人来ないだろ」
冒険者組合に街道の封鎖を行う権限は実際にない、もしそんなことをしようものなら即座に国軍が動き事情聴取の上、悪質であればそのまま捕縛、抵抗などしようものなら武力でもって鎮圧されてもおかしくはない。それは男性も何となくだが理解してそうだ。
「来ないって……こんなに魔物が居たら来ないでしょう普通、実質封鎖されてるようなものだけど、通るのは自由なの」
「どうやってだよ、アホみたいにウィードが溜まってるんだぞ?」
街道の封鎖は出来ないが、彼らがここにいる理由である駆除対象のウィードが大量に集まっている以上実質封鎖状態になっている街道。呆れる女性に少しむっとした表情を浮かべる男性は、何か言い返せないかと彼女の言葉に噛みつく。
「さぁ? でも通るなら魔物を狩るしかないんじゃない?」
しかし、そんな噛みついてくる男性なんて気にも留めない女性は、肩を竦めて見せると至極一般的な答えを返し、近くの椅子に座って部下であろう女性から水の入った木製カップを受け取る。
「はあ!? 行くぞ!」
「おう!」
だが、彼女がその水を口に付けるより早く激高した男性は、大きな声を上げると机の上に置いていた大振りな剣を手に取り歩きだし、彼の声に反応した男性達も一斉に立ち上がり自らの得物を手に駆け出す。
「は? ……ちょっとどこ行くのよ!」
「んなの決まってるだろ! ウィードを狩られたらこっちの報酬減るだろが! ぶっ殺してやる!!」
「ぶっころ!!」
突然の激高から駆け出そうとする男性に驚いた女性は、慌てて立ち上がると、カップから零れて胸元を濡らす水を気にすることなく何をするのか問いかけ、怒りに任せて叫ぶ男たちに眩暈を感じて頭を抱える。
「あほか!? アタシいかないからね!」
「野郎ども行くぞ!!」
『おおお!!』
暴走したイノシシのように動き出す男達に向かって叫ぶ女性。しかしすでに彼女の声は彼らに届かない様で、心配そうに集まってくる女性達に手で待機するように伝えると、勇ましく武器を掲げ駆け出す男たちの背中を椅子に座って見届け、土埃だけが流れるて行く静かな鍾乳洞の中で盛大な溜息を洩らすのであった。
高速で接近する遺物と言う名のユウヒに、激高した男達が向かっている頃、反対側の山の一角では、大きな屋根を広げたテントの中に軽鎧を着た男性が静かに駆け込んでいた。
「隊長、お隣さんに動きが」
「ん?」
激高する男たちの様に、個々人で特徴の違う革と布の軽装とは違い、意匠が似通った布と板金の鎧を身に纏う者が集まるテントの中で、隊長と呼ばれた女性は訝しげな表情を浮かべる。
「あと街道を高速で進む影が一つ、見た目から魔物と言うよりドワーフの遺物かもしれません」
「……副長、様子を」
彼女の予想と随分違う動きを見せた冒険者達に訝しむも、イレギュラーの発生がその原因だと理解するとすぐに様子を見るように言葉も短く指示を出す。
「了解しました。何人か付いてきてくれ、お隣の動きが気になる」
「はい! ……遺物の方は?」
副長と呼ばれた男性は、即座に返事をすると立ち上がり、椅子に引っ掛けていた濃い緑の外套を羽織り、立て掛けてあった槍を手に取りながら良く通る声で指示を出す。しっかりとした声で指示を出すがその声色は柔らかくどこか呆れを含んでいる。
「そっちは何もわからんからとりあえず見に行くぞ、どっちから来てるんだ」
部下の心配そうな声に片眉を上げた彼は、何とも言えない悩ましげな表情を浮かべると、肩を竦めてわからないと言って歩きだす。突然現れた稼働する遺物、それだけ聞けばドワーフが現れたと思うのがこの地の常識であるが、どうにも彼は妙な違和感に遺物が現れた場所について問う。
「サルベリス方面です」
「……サルベリスから遺物?」
その質問の返答に、男性も隊長と呼ばれた女性も不思議そうに顔を顰めると、互いに目を合わせて小首を傾げる。明らかな異常事態にどう対処するか、隊長の指示に応えて対処に歩きだす副長は、妙な胸騒ぎに波乱の気配を感じて人知れず小さくため息を洩らすのであった。
いかがでしたでしょうか?
水の精霊に誘われ街道を走るユウヒ、しかし彼の道を塞ぐのは魔物だけではなさそうである。次回もと楽しみに。
それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー




