第21話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
無事スルビルの冒険者組合に到着したユウヒは、チルに荷運び一号の操作方法を一通り教えると、組合に荷物ごと預けている間は好きな時に動かして良いと許可を出していた。
「やっぱ、みんなチルに甘い気がするんだよな」
「仕方ないんじゃないか?」
今はまだ依頼の品の運び出しで使えないと言う事で、ユウヒと一緒に冒険者組合の受付に向かうチル、彼女の嬉しそうな表情に目を向けていたバンストは思わず呟き、そんな彼にユウヒはチルに目を向けながら肩を竦めて仕方ないと小さな声で返事を返す。
「うーむ」
ユウヒの言葉に眉を上げたバンストはチルを見下ろし、その表情を確認すると納得せざるを得ないと言った表情で唸り頷く。
「……」
バンストの視線に不快なものでも混じっていたのか、顔を上げると彼の顔を睨むチルは、落ち着けと言った様子のジェスチャーを見せられるも一向に表情は良くならず、
「ユウヒさん!」
「は、はい!」
しかし苦情を口にしようとした瞬間、大きな声に驚き思わず開いていた途中の口を噤む。
聞こえて来た大きな声の主は若い受付嬢と、組合の奥から突然上がった受付嬢の呼ぶ声に驚き返事を返すユウヒの声、二人の声に驚いたチルはそっと振り返ると、組合の奥から大きな足音を立てて駆けてくる受付嬢の姿が見えた。
「ご無事ですか? 足ついてますか? 手は? 怪我は?」
「え、あ、えっと? ちょっと!?」
膝下ほどのワイドパンツの裾を揺らし、肩にかけた受付嬢揃いのスカーフの裾をはためかせながら駆けて来た受付嬢は、ユウヒが初めて受付してもらったマリヤンである。
そして出してはいけない依頼を出してしまった彼女は、ユウヒに駆け寄るや否や肩や腕や手先をがっしりと自分の手で持ち上げ確認し、さらに腰や足まで屈み欠損や怪我の有無調べ始めた。まるで不審な持ち込みを調べる警備員が如く丹念に触られ見詰められるユウヒは、思わず驚きの声を洩らして顔を赤くしていく。
「ふん!」
「あぎゃ!?」
ペタペタとあちこち触る場所は次第に際どくなって行き、流石に見ていられないとアダが一発拳を落とす。人はそれほど多く無いとは言え人の目がある場所で男性の体を弄るなど、異世界でも微笑ましく見守れる様な事ではないらしく、マリヤンの悲鳴にほっと息を吐くユウヒは、足元で頭を押え蹲る彼女の姿に苦笑いを浮かべた。
「落ち着きな、先触れで無事だって言っておいただろ?」
「ええ、まぁ……ただ自分で見るまで何というか」
呆れて声から力が抜けそうになるアダの言葉に、よろよろと立ち上がったマリヤンは荒くなっていた息を整え申し訳なさそうに目を逸らすと、チラチラとユウヒに目を向けながら自分の行動に思い至り褐色の肌を赤くする。
「まぁ気持ちも分からなく無いけど、組合の職員がそれでどうするんだい」
「だって、一人で大型のカラシャガと戦ったと聞いたら心配しますよ」
冒険者組合の受付ともなれば、荒事も少なくない冒険者の事故や事件には慣れなくてはならない。それでも仲良くなった人間の不幸と言うものに慣れる者は少なく、一部の受付嬢はそれで続けられなくなる者も居る。
「オーヤンは殴られて結構飛んで行ったからな」
「まったく覚えとらん!」
さらにはこの辺りでカラシャガと呼ばれるヤドカリの様な魔物とユウヒが戦う事になったと言う報告を受けたマリヤンは、無事と言う報告にも懐疑的となり、気を使って怪我を報告されなかったのではと不安を抱えた結果、ユウヒの体を弄ると言う行動に出てしまったようだ。今もオーヤンと笑い合うユウヒに目を向けては不安そうにあちこち見詰め怪我の有無を探している。
「失敗した冒険者の半数はそんな感じです。擬態状態から腕だけ高速で動かしての衝撃波で吹き飛ばされ、近くにいると砂と一緒に纏めて吹っ飛ばされたそうです」
ドワーフの呼び方でハンマーシャグラ、スルビルではカラシャガと呼ばれる魔物の攻撃は地球のシャコと言う生物と似ており、その一撃は下手すると城壁にも罅を入れる。そんな一撃は砂地のクッションが間に挟まっていても、調査に来た冒険者達をあっと言う間に気絶させたのだと言う。
「なるほど、オーヤンは生贄になったってわけか」
「ぐぬ、不覚!」
強力な衝撃波で砂を舞い上がらせ敵を倒し、さらに砂煙に乗じて姿を隠す。そんな襲撃者は、あまりに大きかったこととオーヤンと言う生贄により、隠れる暇なくユウヒから攻撃を受けてさらに串刺しからの感電と言う最期を迎えたのであった。
「一応海岸で見つけた遺物は全部回収したと思うんで、あと魔物は美味しいらしいので一部持って帰りますね」
「食べるんですか?」
悔しがるオーヤンを後目に受付まで案内されるユウヒは、先を歩くマリヤンに簡単な報告をするのだが、カラシャガを食べると言う言葉に彼女は振り返ると、少し驚いた表情で目を瞬く。
「食べられるらしいですよ?」
どうやら彼女はカラシャガを食べると言う話を聞いたことがないらしく、ユウヒの食べられると言う言葉を疑うように眉を寄せると、自然と視線が横に動きアダを見詰める。
「あー、確か食べられるって聞いた気がするね」
「えぇ……」
スルビルの冒険者組合の中でも頼れる人間として認知されているアダ、しかし彼女の言葉であってもカラシャガと言う魔物は食用とみる事が出来ない様だ。
「宿で調理してくれたらいいけど、無理な場合は適当に焼くかな」
「宿はどこに?」
いったいどんな味がするのか全く予想できず怪訝な表情を浮かべるマリヤンであるが、宿と言う言葉に反応すると慌ててどこに宿をとるのか問いかける。今度またユウヒと連絡が出来ない状況に陥れば今回の比ではなく怒られるという彼女の恐怖心がその質問から漏れ出ており、食い気味に聞いてくるマリヤンに驚くユウヒの隣ではアダとバンストが無言で肩を竦め合う。
「えっと、白砂のバラ亭だったかな、そこに行くつもりです」
「あそこかぁ」
「ん? 問題あり?」
スルビルは開けた海岸線の近くに位置する城郭都市であり、領主の住まいがあることから主要な街道から少し外れるが安全な街として宿を求める者も少なくない。それ故に宿の数も多く、その質もピンキリで初めて訪れる人は宿選びに悩みがちである。そんなユウヒが迷わないようにとおすすめされたのが白砂のバラ亭、質が良く安心して泊まれる宿として紹介されることもあるが、どうにも一般的な現地民にとっては一癖ある様だ。
「そうだねぇ……あたしにも少し食べさてくれるなら護衛でついて行ったげるよ?」
「あ、私も興味あります」
「おらぁパスだ……」
微妙な表情を浮かべる三人であるが、アダとチルにとっては近寄りたくない場所では無いらしく、カラシャガを味見させてもらえるならとユウヒに気遣うような視線を向け、一方で気にはなっても宿に近づきたくないと言う意思の方が強いバンスト。
「おい! あれは今日中か?」
その違いに受付カウンターに肩肘突きながらユウヒが小首を傾げていると、組合の奥から大きな声がホール全体に響き渡る。少し驚いた様に肩を震わせるユウヒの視線な端では、カウンターの中に戻り戸棚の中に頭を突っ込んで探し物をしていたマリヤンが、驚き飛び上がり頭を強かに打っていた。
「あいたた、遺物ですかぁ?」
「遺物とカラシャガだ!」
頭を押さえながらカウンターから身を乗り出すマリヤンは、重たそうな胸をカウンターの上に載せると、重い足音を立てながら歩いてくる大柄な男性に問いかける。
「査定はなるべく急ぎでお願いしたいですけど……」
「ありゃ時間がかかるぞ? 量が多すぎる」
どうやら彼は遺物と魔物の査定を担当している職員のようで、カウンターに身を預けながら手を合わせるマリヤンを見下ろすと困った様に頭を掻く。
ユウヒが持ち込んだ遺物はどれも丁寧に梱包されて十分に査定可能であり、カラシャガも肉はほとんどユウヒが回収して組合貸し出しの荷車に載せ替えられているが、その何倍もの殻や甲殻を一つ一つ査定するのはとても数時間で終わるものでは無いようだ。
「全部持ってこない方がよかったかな?」
多ければ多いほど利益があるだろうと回収に全力を出したユウヒであるが、組合の職員が困るのであれば手加減した方がよかったかと頭を掻くも、その呟きにバンスト達もドワーフ達も首を横に振る。
「おん? おめぇが持ってきたのか?」
「そうですね」
視線のジェスチャーでユウヒの行動に問題ない事をバンスト達が伝えていると、彼らに気が付いた男性が振り向きユウヒに声をかけ、彼の返事に男性は険しい表情を消して目尻に皺をよせて大きな笑みを浮かべた。
「すげぇな、よくあんだけ持ってこれたもんだ! ちっと量が多いから査定は数日かかるがいいか?」
「ええ、ゆっくりどうぞ」
「そうか! 助かるぜ」
どうやら問題は急いで査定してほしいと言う受付からの要望にあったようで、それが無ければ査定する物品がいくら増えようが構わない。そんな感情が今にも聞こえてきそうな表情で驚きユウヒの肩を叩く男性は、回収した本人の了承を得るとまた表情筋を大きく動かし笑みを浮かべると、受付に手を振って見せその場を後にする。
「あの、それじゃ査定完了しましたら宿の方に連絡入れますね」
「よろしくお願いします」
あっと言う間に過ぎ去る嵐の後のような気持になるユウヒは、気を取り直したマリヤンの声に気が付くと小さく笑みを浮かべ、両手に街の地図とメモ用の木板を持った彼女に後のことを任せるのであった。
それから十数分後、ヤドカリの肉が入った砂岩の箱を組合貸し出しの人力荷車に載せて引いたユウヒは、アダとチルの案内で白砂のバラ亭に到着していた。
「ミーフェア居るかい! 客連れて来たよ」
宿の入り口に足を踏み入れるなり大きな声で誰かを呼ぶアダ、その声に宿の店員なのであろう少女達が物陰から顔を出す中、そのさらに奥から軽快な足音が聞こえてくる。
「あらぁん、大きな声上げてぇはしたないわよぉアダちゃん」
「はいはい、それより客だよ、上客だから変に手出すんじゃないよ」
軽快な音を立てながら現れたのは巨漢、鍛え上げられた筋肉をノースリーブのワンピースから惜しげもなくさらけ出し、はち切れんばかりの胸がエプロンを横に引き伸ばす。そんな巨漢が野太い声を限界まで高めた波長でしゃべりながら科を作る。その光景にアダはおざなりに返事を返してユウヒの背中に手を回す。
「あら? あらあらあら! うまぁ! いいぃ男じゃない! どうしたの? もしかしてぇアダちゃんのコレ?」
少し押し出される様にして前に出たユウヒは、男らしい体つきから発せられる癖のあるイントネーションに何とも言えない表情を浮かべると、某とれび菴と方向性は同じだが見た目が王道を行く人物を見上げる。興奮した彼女? は、ユウヒに素早く近付くとキラキラとした目で隣のアダを見詰めるが、その体は突然何者かによって後ろに押しやられてしまう。
「ちがう」
「あらぁんチルちゃんいらっしゃい! それじゃもしかしてぇチルちゃんの? ……事と次第によっちゃ問い質さねえとなあ?」
しかしその力は弱く、ユウヒと巨体の間に子供が入る隙間を作る程度しか効果を及ぼさず、しかし押しやった本人が体を入れるには十分な隙間であった。その押しやった人物はチル、彼女の短い言葉とジト目を受けた女性? は、嬉しそうな表情を浮かべるがユウヒとチルの間で視線を彷徨わせると、急にドスの効いた声で疲れた表情のユウヒに眼を飛ばし始める。
「……チェンジするか」
「こんなでも悪い奴じゃないんだよ……こんなんでも」
普通の人なら怯えそうな威圧感を前に全く動じないユウヒは、いつも以上に覇気の無くなった顔で彼女? を見上げると面倒くさそうに呟き、その言葉にアダは小さく頭を抱えながらフォローを入れた。
「あらぁん、酷いわあねぇ?」
「注文の多い客だけど泊めてもらえるか? あ、そうだこれも渡しとくように言われたんだ」
フォローなのか追い打ちなのかわからないアダの言葉に、口を窄めて頬を膨らませる巨漢、褐色の肌に灰色の長髪を靡かせ科をつくるミーフェアは、自らの体を抱く様に寄せていた手でユウヒから一枚の封書を受け取る。
「なにかしら? 恋文? やだもういきなりぃ……公爵の! 紹介状じゃない!?」
「そう言うこった」
一般人が使うには少々高級な紙の封書を受け取るミーフェアは、目を輝かせると頬を赤くするも、裏面を見た瞬間大きな目をこれでもかと大きく見開く。何故ならそこにはサルベリス公爵家の家紋で蝋封がされており、スルビルに住む者であればどこからの手紙であるか一目で解るものだからだ。
「とてもすごい魔法使いだから、丁重に」
「ふんふん、ふんふん……ユウヒちゃんて言うのね? なんだかすぅごい事書いてあるんだけど、不安になってきちゃったわぁん」
驚きユウヒを見詰める彼女は、チルの言葉にさらに驚きながら長い爪で蝋封を丁寧に剥がし、中に書かれている内容を確認して興奮で鼻腔を大きく膨らませる。何が書いてあったのかはミーフェア以外分からないが、興奮と不安を同時に感じる様な内容だったようで、困った様に微笑んだ彼女はユウヒを真剣な眼差しで見詰めた。
「はいはい、あとついでに調理してほしいものがあるんだよ、今日はここに泊まるからお願いできないかい?」
「あらなになに? 美味しい物ぉ?」
ミーフェアの視線に若干の熱いものが混ざっているのに気が付いたアダは、その熱を冷やす様に手を叩いて気を逸らすと、宿泊客をさらに増やすと言って調理の依頼を持ちかける。
「カラシャガの肉だよ、昔の知り合いがすごく美味いって言ってたからさ」
「あら、珍しい物を持って来たわね? あれってぇ上級の冒険者でも嫌がるから、あんまり手に入らないのよねぇ強い子は身まですっぱり切っちゃって痛んじゃうしぃ」
当然食材はカラシャガの肉、ユウヒが抱える砂岩の箱の蓋を開けながら話すアダに、ミーフェアは嬉しそうな表情を浮かべた。どうやら冒険者組合の受付嬢は理解出来なかった食材も、宿屋の主人……もとい女将であればその価値が分かるようで、なかなか手に入らない食材に思わず身を乗り出す。
「ユウヒさんが狩ってきた。かなり状態が良い」
「あらほんと、しかも太くて大きい上に何この冷たさ! 氷かしらん? でも水っぽくなってないわあねぇ?」
強い冒険者に頼めば狩って来て貰えはすると話すミーフェアは、期待していなかった鮮度や状態が思ていたよりずっとよく、しっかり冷やされている事に目を輝かせて驚く。水で冷やしたり氷で冷やしながら持ってくる冒険者や商人もいるが、その場合どうしても肉の質が落ちるらしく、その気配がない肉をそっと触るとその質感に唸る様に呟く。
「ドライアイスだからな、手で触ると怪我するから止めといた方が良い」
「そうだよ、バンストが既に怪我してるからね」
「やだぁん危険物ぅ? こわぁい」
カラシャガの肉に直接触れないよう工夫して入れられている冷たく白いブロック、冷気の元がそれだと気が付き触ろうとするミーフェアだが、すぐにその手はアダに軽く叩かれ、理由を聞いた彼女は大げさに体を縮こませるとくねくねと揺れる。尚、バンストはユウヒの目を盗んで冷たいドライアイスを素手で鷲掴みしたことで、軽い凍傷になり治療を受けていたりするがそれはどうでもいい話であった。
「にしても、ユウヒ殿は動揺しないね?」
「珍しい光景です」
そんなどうでもいい話よりアダとチルの二人が気になっているのがユウヒの反応、大抵の人間はミーフェアに会うと化け物と遭遇した様な反応を示し、酷いと暴言を吐いたことで彼女の熱く硬い胸板による抱擁の歓迎? を受けて気を失うものである。それがユウヒは肩の力を抜いて普通に対応しており、一般人相手にしている時となんら変わらないのだ。
「あら、もしかして貴方もこっちの子?」
そのあまりに自然体な対応にはミーフェアも驚いていたらしく、彼女は漢女の勘でユウヒもまた自分と同じ扉を開いた勇者だと考えたが、当然そんなわけも無く。
「あぁ……知り合いに結構いるからな、もう慣れた」
「あら! しょんなにいるの? いい趣味してるわねぇ」
少し嬉しそうに鼻息を荒く吐き出すミーフェアは、予想外の返答に笑みを深めると興奮した表情をキラキラと輝かせ、その視線は詳しく話せとでも言いたげである。
「うーん、自由ではあったかな」
ユウヒの世界でも特に性癖に対して寛容な変態国家日本、少し歓楽街の奥に足を踏み入れればミーフェアの様な人物も少なくはなく、中にはどこかの店のじぇにふぁーのように美女にしか見えない詐欺の様な男もいるのだ。そんな環境で育ったユウヒにとってオカマと言う人種は特に忌避する様なものでもなく、ただ自由な人達と言った感想なのであった。
いかがでしたでしょうか?
異世界にも性に自由な人が居る事を確認して少し親近感が増したユウヒ、そして巨大ヤドカリはいかなものか、次回もお楽しみに。
それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー




