第19話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
スルビルの城壁にはいくつも大きな窓が設置されており、昼間は風を取り入れる為に窓が開かれ、砂落としの音が街の朝の知らせとなる。
「ふわぁぁ……眠いな」
「シャキッとしな!」
そんなスルビルの城壁窓が締め切られた早朝の門前通りを歩くのは三人の冒険者、背中を丸めとろとろと歩くバンストを見てため息を洩らすアダは、隙だらけの尻目掛けて足を振りぬく。
「尻叩かないでくれよ」
バンストのお尻と、アダの長くしなやかな脚が奏でる音は早朝の街に吸い込まれ、一拍遅れて振り向くバンストは、お尻に感じた衝撃で若干眠気が覚めたのか、困った様に笑いながら自分のお尻を撫でる。どうにも眠気の所為か痛覚まで鈍くなっているらしく、そんな彼の姿に眉を顰めるアダは後ろを振り返り、いつの間にか離れてしまったチル迎えに行く。
「……」
「ほら、チルもしゃんと立って」
「ねむいですぅ」
フラフラと歩くチルを心配そうに支えるアダ。自分との扱いの差に何とも言えない表情を浮かべるバンストの視線の先では、目を擦るチルの腕を取るアダが、彼女を引きずるように連れて来ており、親と子供のようにしか見えない光景に思わず彼は笑い声を洩らしてしまう。
「はぁ、アタシは言ったろ? ギルド長の馬鹿が押し付けて来るって」
「あぁ、なんでわかったんだ?」
前日の朝から冒険者組合で面倒事を頼まれた三人、拒否もしないが様子見と言う対応を取った三人であるが、宿に戻った際にアダは嫌な予感を感じて二人には早めに休む様に促していた。その予感は的中、朝と言うより夜のうちに叩き起こされた三人は組合長権限による強制依頼を受ける事となったのである。
「領主の客を手荒に扱って良い事なんてないよ」
「たしかに」
「なるほど」
早めに休むよう促された二人は、特に気にすることなくそれぞれ夜更かしを実行。真面に寝る事すら許されずフラフラと歩く二人であるが、寝ぼけた頭でもアダの説明はすぐに理解できるほど簡単なものであり、そんな簡単な予測を出来なかったチルはアダに手を引かれながら肩を落とす。
「今どこにいるんでしょうか?」
「さぁねぇ? 案外門前で門開き待ちしてるかもね」
体温の低い手に引かれ歩くチルは次第に目が覚めて来たのか、フードの奥から大きな門を見上げると小首を傾げ、そんな彼女の疑問に肩を竦めるアダは何とも楽観的に返すが、エルフの視点で見るユウヒと言う存在はそれだけ楽観視することが出来る人間のようだ。
「それだと楽ですね」
「うーっす、緊急依頼でちょっと外出るぜ」
朝日が出ると開けられる大きな門の脇には人が通る為の小さめの門も設置されており、そこに声をかけるバンストはチルの言葉に同意する様に手を振って見せる。
「おうバンストか、なんだこんな早くから」
「ギルド長の無理難題だよ」
大きく分厚い城壁の中からは、革の軽鎧を身に着けた兵士が小さな門を押し開き現れ、バンストを確認するとすこし驚いたように眉を上げながら要件を問う。どうやら知り合い以上の仲らしい兵士にバンストは少し疲れた様に返事を返す。
「難題じゃないけど面倒事だね」
「いきなり朝から依頼に行けって言われました」
「あー、災難だったな」
大門に併設される扉の中は厚い城壁の空間を有効活用した詰め所などの役割もあり、中からは何があったのかと数人の兵士が顔を覗かせ、肩を竦めて見せるアダの姿に鼻の下を伸ばす者も居る。アダとチルの二人に目を向け、バンストの言葉を確認する様に目配せする男性兵士は、二人の言葉から状況を察して苦笑を浮かべた。
「ただの人探しと言うか迎えと言うか、大したことないからいいけどな」
「組合長の無茶振り人探しっと……うし、良いぞ通って」
どうやら冒険者組合の無茶振りは門兵も知る所のようで、気遣わし気にチルを見下ろした彼は、壁に取り付けられた滑らかなスレート板に石チョークでバンスト達の名前と門の時間外使用理由を書き込み通って良いと言って道を譲る。
「おーう、結構門開き待ち多いな?」
「何かあったみたいだねぇ?」
男性が二人すれ違える程度の細いトンネルを抜けるとそこは門の外、少し小高い場所からは門限に間に合わなかった人々が張ったテントが見られるが、その数はバンスト達からしても多く、普段は近付けさせない門近くでも寝転ぶ人々の姿にバンストは眉を上げ驚き、アダはまだ冷える外の空気に外套の前を合わせながら目を細めた。
「あんたら、まだ門は開かねぇのか?」
「うちは完全に日が出ないと開かねぇよ、問題も起きてねぇしもうすぐ開くさ」
あとから出てきたチルが腰にしがみ付くの感じて歩き出すアダであったが、門の近くで雑魚寝していた男性に声を掛けられ、足を止めるバンストを待つように二人も足を止める。町によって外壁の大門が開く時間はまちまちであるが、スルビルの街では完全に日が出てから開けるようだ。
「そうか、ありがとよ」
「何かあったのかい?」
明るくなってから開ける街は多く安全の為にも一般的であり、男性は渋々納得するとバンストに礼を述べ、その隣から飛び込んできた問いかけに顔を上げると少し驚いたように眉を上げる。どうやらエルフが珍しかったようだが、しかし声を出して驚くほどでもないのかすぐに瞼から力を抜くと体をアダたちに向ける男性。
「魔物が街道にいっぱい出てよ、足止め喰らったからこっちに来たんだが間に合わなくてな」
「あん? そんな話聞いてないけど、何が出たんだい?」
彼曰く、街道に魔物が大量発生しており本来のルートから急遽変更してスルビルに来たようだが、急だったため時間配分を間違えて門限に間に合わなかったようだ。しかしそんな魔物の大量発生など冒険者の三人は聞いておらず、少し不機嫌そうに片眉を上げるとすぐに表情を戻し何が出たか問いかける。
「ウィード系の群れだよ、ちょっと前に海風が強い日があってな、それで運ばれて来たんだろって話だ」
「ウィードかぁ、めんどくせぇな」
「時間かかりそうですね、どこの街道です?」
大量に発生したと言うのはユウヒも遭遇したウィードと言われる系列の魔物、コロコロと風に転がる草の塊のような魔物は、その見た目に反して厄介な魔物らしく、大量発生ともなれば処理には時間がかかるようだ。
「王都側だよ、あっちに吹き溜まりがあるからそこで詰まっちまったんだ」
「ならアタシらの依頼には関係ないね」
そんな魔物が大量発生したのは、スルビルから王都に向かう街道の一画らしく、丁度風の吹き溜まりになっている場所で道を塞ぐように詰り、街道を利用する人々の足を強制的に止めさせているようだが、突き出し海岸とは反対な為、アダは関係ないと言って歩き出す。
「早く駆除してくれよ」
「やだよめんどくさい」
「私も魔法使えないと役に立てないです」
歩き出すエルフの姿に眉を顰める男性は駆除してくれと、冒険者なんだからと言いたげに苦情を吐くが、その言葉にバンストはめんどくさいと言い、振り返ったアダも同意する様に肩を竦め、彼女の腰にしがみ付くチルは申し訳なさそうな表情を浮かべて役に立てないと話す。
「チルの魔法ぶっぱしたら被害広がっちまうからな」
「です」
どうやらチルの使う魔法はウィード系と言う魔物に対して効果的では無いらしく、大量の魔物相手では最悪被害が拡大しかねないようだ。
「相性悪いのか、水系の魔法士がいりゃなぁ」
相性の問題を出されると何とも言えなくなる男性は、地面に寝転ぶと水系統の魔法使いが颯爽と現れて街道を清掃してくれる姿を妄想して溜息を吐くのであった。
一方その頃、一晩を荒野の真ん中で過ごしたユウヒは、サンドニードルトラップに引っ掛かっていた草を適当に薙ぎ払うと、ドワーフの二人を起こして荷運び一号をスルビルに向けて走らせていた。
「ふーん、水の魔法使えたら偉くなれるのか」
「水魔法は難しいらしいからの」
岩が多い場所と言う事もあり速度を落として走る荷運び一号の上では、ドワーフの二人からこの世界の常識について聞き学ぶユウヒが、水の魔法を使えることで偉くなれると言う砂の海特有の事情を聞き興味深そうに頷いている。
「ドワーフは機械があるからそっちに頼るけど、ヒラビトは魔法があるからね」
「機械はよくわからんと言われとるよ」
砂の海でも多い人族の事をドワーフはヒラビトと呼ぶようで、そんな平野に好んで住む人々は獣人やドワーフよりも魔法の扱いに長け、神や精霊が嫌う機械に対しては大なり小なり忌避感を持つと言う。一般的なドワーフの認識を話すカリナンとオーヤンは、機械を嫌う者達の話を口にする度にどこか呆れを含んだ表情を浮かべた。
「便利なんだけどな、しかし水か」
<……>
一方で、全く機械に対する忌避感など存在しない科学文明の人間であるユウヒは、ドワーフ達の話に同意する様に呟くと空を見上げ、乾いた風を感じて水とつぶやく。そんなユウヒのおでこにふわりと降り立つ水の精霊、一休みと言った様子で降り立った精霊はそのままユウヒの頭によじ登りながら何かをユウヒに伝える。
「精霊が少ないから環境からの補助が無いのか」
「なんすかそれ?」
水の精霊は水のある場所を好む為、水が少ないと水の精霊の数も少ない。砂漠にも水はあるので多少は存在する水の精霊、彼女から声なき声で意思を伝えられたユウヒの呟きに、ギアボックスの隙間を覗いていたカリナンは不思議そうな表情で顔を上げる。
「水の精霊が魔法を補助してくれるけど、その数が少ないからほとんどの人が自力で魔法を使わないといけないんだそうだ」
魔法を扱う者は差があれほとんどの場合で精霊の助力を受けていると言うユウヒに、小さな精霊たちは頷く。これは精霊が善意で行っていることで、魔法を使う者はその時の状況で威力や規模が変わる現象を揺らぎなどと呼ぶが、それらは周囲で手伝ってくれる精霊の分布の違いによるものだ。
「なるほどの? 確かにドワーフにも神職のもんには火と土の魔法士は居るからの」
ほかにもいろいろと複雑な要素が絡むのだが、精霊の好みや住環境によってドワーフの扱える魔法には偏りが出ている。
「住んでる場所が悪いんすか……あぁだからエルフはうちらとちがうんすねぇ」
「いけすかんのぉ」
ユウヒの話に首を傾げていたカリナンは、理解が及んだのか顔を明るくすると、急に何とも言えない表情を浮かべてエルフについて触れ、その言葉にオーヤンは不機嫌そうに表情を歪めると悪態を洩らす。
「エルフは何が得意なんだ?」
「風と水を使うエルフが多いっす! 海エルフと砂エルフで偏りあるっすね」
どうにもエルフと相性が悪そうなドワーフであるオーヤンが、不機嫌そうに髭を揉みこむ前で、ユウヒの問いにカリナンが元気に答える。問いかけのたびに元気に答える彼女は、ユウヒに何かものを教えることに対して喜びを覚えているようだ。
「海と砂? 何が違うんだ?」
「砂もんは砂漠のオアシスを聖地にしとるよ、偶に行商で水とか果物を売りに来るの」
ユウヒが知っているエルフと言えば、真っ白な肌をしたステレオタイプな森のエルフの他には、最近出会ったお姉さん味が濃い褐色の肌をした旅エルフのアダ、ここに来て新しいエルフの呼び名が出てきたことで興味を示すが、その意味はとても分かりやすく住んでいる場所が由来のようである。
「あれは美味しいっすよね」
「海もんは砂海のどっかにある島に住んどるらしいが、どこにあるかわからん。船であちこち回っておるから港町に行けばおるじゃろ、興味があるのか?」
エルフと仲が悪いとは言え交流はあるのか、砂エルフが交易で持ち込むフルーツの味を思い出したらしいカリナンの表情が緩む。一方で眉を顰めたままのオーヤン曰く、海エルフについてはあまり詳しい事はわからない様で、港に行けば会えると話して探るような視線をユウヒに向ける。
「こっちではまだ一人しかエルフと会ってないからな、この辺のエルフは褐色肌なのが共通なのか?」
ドワーフよりエルフに興味がありそうなユウヒに対して、子供のような反抗心が疼くオーヤンに目を向けるユウヒは、特に他意は無く単なる興味だと言った表情でさらなる問いかけを行ったが、その問いに対するオーヤンの反応は顕著であった。
「……おめぇ、褐色以外のエルフに会ったことあるんか? それ言い触らんほうがええぞ」
目を見開き思わず尻を浮かせたオーヤンは、しかし自らの感情を抑える様に座りなおすと、少し上目遣い気味にユウヒを見詰め、褐色以外のエルフと接触したことがあるのかと問いかけ、ユウヒの表情から察すると目を閉じて首を横に振りながら言い触らさない方がいいと呟く。
「なんで?」
「知らないっす!」
オーヤンの神妙な表情にカリナンを見詰め首を傾げるユウヒは、同じくユウヒに目を向けていたカリナンの元気な返事にもう一度オーヤンへ目を向ける。
「褐色じゃないエルフは王族やちと面倒な連中だけだからな、会ったことあるなんて言ったら問い詰められる……だけならいいがの、いけすかん奴らじゃ何するかわからん」
「そうなのか」
どうやら砂の海で一般的にエルフと言えば褐色であり、多少の差があってもエルフの肌色は褐色なのでそこに疑問を覚える者はいない。だが一部には褐色ではないエルフも存在しているらしく、その事実を知る者は少なくまた接触したことがある者は極めて少ない。そんなエルフは大概面倒な相手であるらしく、神妙な表情で話すオーヤンに対してユウヒは興味深そうに頷くだけであった。
「うち何も聞いてないっす!」
「それがええ」
なにも理解していないと言う事が見て取れるユウヒにオーヤンが飽きれる一方、何か心当たりがあるのか耳を押さえ聞かざる構えをとるカリナン。よく見ると小刻みに震えているカリナンに目を向けたオーヤンは深く頷きそれが良いと呟く。
「陽射しがきつくなってきたな、屋根を作ればよかった」
これ以上は触れない方が良い話題なのだろうと理解したユウヒは、話を変えようと進行方向に目を向け陽炎が登る空を見上げる。朝からゆっくりと荷運び一号を走らせるユウヒ、フードを被っている部分は何ともないが、顔を上げれば肌に感じる強い日差しは、ポンチョが無ければ今ほど動けていなかっただろうと思わせるには十分だ。
「わしらは快適じゃが、この大きな砂岩は何なんじゃ? 冷却器でもないだろう」
「ひんやりしてとても気持ちいいっす」
何せ荷運び一号には材料の都合により屋根が無い。ドワーフの二人は荷物の影に隠れているので今は良いが、日が中天に差し掛かれば逃げ場が無くなるだろう。と言っても彼らも外套は持っているので何の問題もなく、歩かないで良いだけ随分と楽であり、また荷運び一号に載せられた荷物の中で一番大きな砂岩からは止めどなく冷気が洩れている為、屋根が無くても風通しが良くむしろ快適である。
「それ? クーラーボックス、中にカニ? の身を入れてドライアイスで冷やしてるんだよ」
「くー? どら?」
そんな大きく重い砂岩はクーラーボックスらしく、周囲に大量にある砂から作られた箱の中には大量のドライアイスと巨大ヤドカリの美味しい部分が詰め込まれていると話すユウヒ。
「中身がものすごく冷たくなる箱だと思ってもろて」
「も? 確かに冷たいが……まさかあの魔物を入れとるんか」
「おいしいらしいから食べようと思って」
腐敗しない様に丁寧に梱包されたヤドカリの肉を思い出すと思わず頬が緩むユウヒは、不思議そうに頭を傾げて砂岩を撫でる二人のドワーフに苦笑を洩らす。
「ん?」
何やら砂岩について言い合いを始めるドワーフを後目に、少しだけ状態がマシになった街道を見て速度を速めようとしたユウヒは、視界に現れた【接近】の文字に顔を上げると、どこかで見たことのあるシルエットに目を瞬かせる。
「あ! ユウヒって……なんだこれ!?」
ユウヒの前に現れたのは馬上のバンストを先頭にアダとチルが乗った馬の列、二頭の馬は少し離れた場所で立ち止まると、ゆっくり走る荷運び一号の上のユウヒに気が付き声を上げ、駆け寄り並走し始めると目線の位置が少し高いユウヒを見上げながら驚きの声をかけた。
「あん? ドワーフもいるね」
「エルフじゃと?」
一方、ユウヒの後ろに乗る二人に気が付いたアダはその二人を見下ろすと目を訝しげに細めて呟き、フードの奥に見える褐色とエルフの特徴に気が付いたオーヤンは声を低くして呟くと、荷運び一号の上で自然と身構えるのであった。
いかがでしたでしょうか?
ごとごと走る荷運び一号は何やら一波乱呼びそうな感じですが、それより前に種族間の衝突が起きそうです。そんなお話を次回もお楽しみに。
それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー




