第149話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「これはひどい」
小山を見上げて呟くユウヒ。
彼がいるのはドワーフ国の首都であるパッフェビュッフェの巨大外壁の内側、その外壁沿いの東奥に広がる軍の占有地。その一画には臨時のゴミ置き場が作られ、大量のゴミの中から石の塊が付き出している。
その石の塊は、何を隠そうユウヒのバイクだ。ゴミの山の中腹に突き刺さったような姿で生えるその姿に、ユウヒの目は死んでいる。
「……」
「重ね重ねもうしわけない。すぐに……掘り出そう」
ユウヒの後ろに立つ発見した兵士と中隊長の目も死んでいる。怒りと申し訳なさで複雑な顔色になっている中隊長の声に、待機していたドワーフの兵士達が動き出す。
「あぁいえ、自分でやります」
だがすぐにユウヒが振り返りその作業を止めさせる。ユウヒの言葉で動きを止めた兵士は、戸惑い顔でユウヒと中隊長に目を向け、同じ兵士同士でも顔を見合わせる。なにせ笑顔のユウヒの目が全く笑っていない。表情と目の輝きが真逆であり、どう考えても怒っている。その程度の感情が分からないほど、ドワーフの勘は鈍くない。
「いやしかし、これを一人でなんて無理だろ」
「ゴーレム使いなので、問題ないです」
謝罪のためにも、ドワーフの兵士は全力でゴーレムを掘り出さないといけない。謝っても謝り切れないほどの行いに、謝罪の機会も得られないとなれば兵士も不安になって当然。しかしユウヒからすればそんなこと知った事ではないのだ。
この時点でユウヒのドワーフ国に対する感情は底辺である。これより下がれば敵対もあり得るギリギリのラインである。悪気はないという事は分かっているからこそ、そこで踏みとどまっているのだ。
「ゴーレム……」
自分でどうにもできないならまだしも、ユウヒには最近はまっているゴーレムと言う魔法がある。そもそも一号さんと言う巨大ロボットをゲーム内でも愛用するくらいには、好きなジャンルである。これ以上自分の作品を傷付けられようものなら、例え故意では無くても切れる自信があるユウヒ。
互いのためにも、これ以上ドワーフの手は不用意に借りれない。何せすでに精霊がスタンバっているのだ。少しでもユウヒの心が“ステイ”から“ゴー”に変われば、この場は地獄と化すだろう。
「それに」
「む?」
「私の全財産の9割があの中なので、正直他人の手で掘り起こすのは気が気じゃありません」
「……わかった。何か手伝えることがあれば何でも言ってくれ」
それが決めてであった。
バイクと言うゴーレムだけでも相当な価値であるが、その中には大量の黄金が詰まっているのだ。もし何かの間違いでバイクの保管庫をぶちまけようものなら、その瞬間ユウヒの心が大きく傾くだろう。
それでなくても整備したばかりのバイクとは言え、すでに随分と手荒に扱われているのでどんな故障が出るか分からない。ユウヒとしては可及的速やかに回収して再整備しなければならない。
「はい、それではちょっと危ないので……あ、一応ですけど、この山はゴミですよね? 好きに使ってもいいですか?」
急いでいる時こそ冷静に、社畜時代に学んだことを守り、営業で身に着けた笑顔を顔に張り付けるユウヒは、中隊長に確認する。この場にあるものはゴミで、すべて好きに使って良いものなのかと。
「あ、ああ……ここ数日の暴動で発生したゴミだから、好きにしていい」
「そうですか、ゴミですね」
『……』
返って来た返答に、ユウヒの笑みは増し、同時に目は光を失い、その奥でドロドロとした何かが揺れる。
返答を間違ったことに気が付かないドワーフは居なかった。
それは、ユウヒによるせめてもの意趣返しであった。自分のバイクをゴミと言われても、今更ユウヒが怒る要素ではない。何せすでにゴミとしてゴミ山に捨てられているのだ。
今更である。
「でわでわ、ゴーレム!」
少しだけ溜飲も下がったユウヒは、手早くバッグから簡易ゴーレム用コアを二つ取り出しゴミの山に投げ込む。反応はすぐ現れ、バイクの周りのゴミが二カ所で膨れ上がる。
「ごむ! ……? ……ゴミ!」
「ゴーミ!!」
ゴミの山から現れたのは3メートルほどある人型のゴミ。新調した試作ゴーレムコアを中心に、ゴミで構成されたゴーレムは、鬼火のように燃える双眼を開くと、制作者であるユウヒを見詰めて産声を上げるが、その産声は彼らなりに空気を読んだものであった。
「そこは空気読まなくていいんだけど、バイクを掘り起こしてくれ」
そんな空気の読み方をしなくてもいいと言いつつ、彼らの姿に微笑むユウヒの指示に、ゴーレムは体を伸ばして周囲を見回す。
さっきまでただのゴミだった石や木屑、布切れが纏まり人の形となる魔法を前に、ドワーフたちは目を見開き、声を失う。中隊長は、周囲の若い兵士ほど驚いてはいないものの、腹に力を入れて後退りそうになる体を制御する。
ただバイクの場所を確認しているだけであるが、周囲を見回す蒼炎の目には、畏怖を与えるに十分な迫力があった。
「「ゴミ!」」
バイクの場所を確認した二体のゴーレム、互いに目を合わせて頷くと、ユウヒに向かって親指を立てて見せながら返事を一つ、早速作業を開始した。
「おおお」
「すごい」
人の手では何時間もかかるようなゴミの掘削作業も、砂山を崩すような動きで彼らは難なくこなし、見る見るうちに巨大なバイクが姿を現す。
ゴーレムのが大きく動く度にドワーフの兵士からどよめきが上がり、バイクの大きさに驚く彼らの前で、ゴーレムは二人がかりでバイクを抱えると、そのままゴミの山から滑り落ちるように降りてくる。
「……人形繰」
そのゴーレムのあまりに滑らかな動きを前に、中隊長は一人小さく呟く。散々迷惑をかけてしまった目の前の冒険者が、どういう人物なのか今初めて理解出来たのだ。彼の顔から血の気が引いてしまうのも致し方ない。
戦場にて、単独でありながら小規模な部隊一つ分以上の戦術効果を及ぼす存在であるとされる“人形繰”それが今目の前にいるのだ。彼の逆鱗に触れて暴れられれば、彼らにそれを抑えることはできないだろう。
「うわぁ……きちゃないな、軽く洗いたいんですけど水場を借りても?」
「う、うむ。洗い場に案内して差し上げろ」
そこで初めて、自分が竜の尾の上に立っていた事に気が付いた中隊長は、腹に渾身の力を籠めながらユウヒに返事を返すと、震えそうになる足にも力を籠めて、無邪気に驚く兵士に指示を出す。
「うっす!」
兵士に先導されながら、ゴーレムと共にその場を後にするユウヒ。その背中を見送る事しか出来なかった中隊長は、周囲を見回し頭を抱える。
そこには、珍しいものを見れたと無邪気に喜ぶ若いドワーフ兵士、その中の一部は中隊長と同じ考えに至ったようで、あまりの衝撃で意識を手放した者も見られた。
「まずい、まずいぞ……」
「何者なのでしょうか?」
頭を抱える中隊長に、比較的階級が高そうな男性ドワーフが声を掛ける。彼もまたユウヒの正体に気が付いてしまったのか、中隊長ほどではないが顔色が悪い。
「わからん。わかるのは、高位の魔法士に最悪の印象を与えてしまったという事だな」
「……怒られますかね」
「それで済めばいいが……それとなく伝えておこう。傷は浅い方が良い」
「……っすね」
ドワーフにとって魔法は一種の憧れであるとともに、他国との大きな戦力差でもある。魔法士を自国に取り込めるなら、ドワーフの議会は少なくない金額を積み上げて交渉させるだろう。少なくとも、最低限敵対しないように振る舞う必要がある。
ユウヒに対する麦1休憩場で対応の良さはここに直結しているのだが、麦1の司令官が神経をすり減らした努力も、たった一人の馬鹿の行為で水の泡である。それは規模こそ違うものの、現代におけるバイトテロにも似ていた。
「ただ、今回の馬鹿の主犯は鉱山送り確定だな」
「懲罰鉱山ですか」
ドワーフ国における刑罰において懲役刑と同等の制度である懲罰鉱山。要は完全監視下における奉仕活動である。
領土のそのほとんどが深く高い山であるドワーフ国。その資源の果てはまだまだ未知数であり、資源調査以上に不足している資源採掘員の不足を補うために発案された罰なのだが、最低限の命の保証があるとは言え、喜ぶ犯罪者はいない。
「しっかり頭を冷やせればいいが……余罪がないかもう一度調べておいてくれ」
「鉱山送りのもう一つ上ってなんでしたっけ?」
「……免職しなかったとしても、兵卒からやり直しだな、大抵辞めてくがまだ若いから大した傷にはならんだろ」
当然そんな鉱山での強制労働より厳しい刑罰も存在するので、余罪が出て来れば鉱山での奉仕活動では済まなくなる。そう話す中隊長は、自らの降格も覚悟して、深酒でも痛くなったことがない腹の奥で鈍い痛みを感じるのであった。
ユウヒとゴーレムが溜め池から流れてくる雪解け水をバイクに浴びせている頃、ユウヒを異世界ワールズダストに送り込んだ女神アミールは、
「うーん……」
とても不機嫌そうな唸り声を漏らしていた。
何がそれほど気に喰わないのか、深く椅子に座る美しい女神の眉には、将来が心配になるほど深い皺が寄っている。
「お茶です。……そんなに唸ってどうしました?」
「ありがとう……特に何も無いの、ただものすごくイラっとするような感覚がね?」
彼女にもイライラの原因は分からない様で、サポ子さんからお茶を受け取ると、不思議そうな表情で温かいお茶に口を付けた。ユウヒの事になると性格が変わる節がある女神、もしかしたらユウヒのイライラを受信したのかもしれない。
「ユウヒ様に会えないストレスでしょうか」
「そそ、そんなんじゃない! ……はずよ?」
それでなくても、ユウヒと連絡が取れないことを不満に感じているのだから、日々のストレスはそれなりに蓄積しているだろう。予想もしない連絡が出来たことで、あきらめと言う感情の箍が緩んでいるかもしれない。
「でも、モニターにユウヒ様の観測データはしっかり出してますよね」
「これは、義務なので!」
そんな女神の義務? はユウヒのサポート、いつ何時問題が発生してもいいように、彼女の近くにはユウヒのバイタルデータを表示したモニターが浮いている。それはアミールの意志一つですぐに彼女の前に現れるように設定されているのか、義務だと声を上げる彼女の周りを回りだす。
その動きはどこか精霊を彷彿とさせた。
「そうですか……あまり体調がよろしくないようですね?」
くるくると回るモニターに少し呆れた表情を浮かべるサポ子さんは、その表示を目にすると、自らのモニター上の顔を少し険しくして見せる。
「そうね、日本人には過酷な場所でしょうから、体調には気を付けてほしいのですが」
「断食でもしてた様な数値ですね」
「なにがあったのでしょうか、気になります」
サポ子さんは高性能なのか勘が良いのか、ほんの少しのデータからユウヒの体調を言い当てる。ユウヒが終始不機嫌そうにしていたのは、対応の悪さもあったが、半分が体に力が入らなかったからである。
その原因は栄養失調、長期間の断食により栄養が足りない体、当然だが頭に必要な栄養も足りない。いくらお腹がパンパンに膨れ上がるほど食べたと言っても、物はパンとパンを使ったミルク粥、とても栄養があるとは言えない。
「推定移動カ所はドワーフの国ですね」
「あそこは入り組んでいるので光学映像じゃ良くわからないんですよね。雨も多い地域ですし……あのロボットたちくらい大きければ解るんですが」
モニターのバイタルデータには、早期の栄養補給推奨という文字が躍る。
そんなユウヒがいると思われている場所はドワーフ国。流石は神々の技術力、たとえその技術の根幹である神の力を封じる大地であっても、ユウヒのだいたいの居場所を把握するくらい造作もないようだ。
とは言え、限られた機器だけでユウヒの動向を詳細に把握することは出来ないようで、衛星軌道上から光学センサーでドワーフ国を見ても、よく降る雨で視界が遮られることが多く、入り組んだ構造が多いパッフェビュッフェの街で確認出来るのは、大きくわかりやすい機兵くらいのものだ。
「日本の男の子が好きそうだというあれですか」
「例の如く詳細はとれませんが、ユウヒさんの言っていたことに繋がるのかもしれません。それとも、やっぱり男の子はああ言うのが好きなんでしょうか?」
どこから仕入れてくる情報なのか、毎度のこと微妙にずれた日本人情報をユウヒの行動に当てはめて考え込むアミール。果たして彼女の善意極振りの好意は、ユウヒの今後にどう影響していくのであろうか、少なくとも悪いことにはならないだろう。
と、思いたい。
いかがでしたでしょうか?
踏んだり蹴ったりのユウヒは、無事に宿までたどり着けるのであろうか。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




