第148話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「うんうん、そうだね」
そわそわとしたドワーフの牢番が、時折消しきれない足音を鳴らして様子を見にくる中、ユウヒは小さな声で不平不満を漏らし続ける精霊と談笑を続けていた。
<!!!>
<!?>
「うん、まぁ気に喰わないのも分かるし俺も怒ってはいるんだよ? でも、元氣も無いのに怒るのは疲れるだけさ」
床に寝そべり話すユウヒの声には、いつも以上に元氣がない。一時は黙って食事が届くのを待つつもりだったようだが、もう少しで食事にありつけるという意識は、彼の腹の虫を甚く刺激したらしく、その苦しみを誤魔化すために精霊と話し始めたユウヒ。
精霊の不満はもっと怒っていいという意見が多いようだが、ユウヒだって人の子、今の状況で怒らないわけじゃない。しかし、怒りを外に発散するというのは思ったよりエネルギーを使うもので、空腹のユウヒにそれを実行するほどの元氣は無かった。
あったとしても、それを怒りとして外に放出するかと言えば、めんどくさいと言いそうなユウヒに、精霊は何とも言えない感情を抱き、静かに体を摺り寄せる。
<……>
「大丈夫だよ、死にはしないから……でも」
≪?≫
無言で擦り寄る精霊の感情を読めなかったユウヒであるが、心配してくれているのは理解出来たようで、小さく微笑むと目を開き少し考えるように、横になった世界で本来の天井を見上げた。
「あと一日遅かったら、牢屋吹き飛ばしてたくらいには怒ってるかな」
思ったよりユウヒの怒りは大きいようだ。ドロドロとした粘性のある揺らぎを見せるユウヒの瞳を覗き込む精霊はブルリと震える。まるで深淵から洩れ出そうとする根源的な恐怖のようなその色に、精霊は恐怖を覚えたようだ。
「君らが変わりに怒ってくれなかったら、今頃どうなってたかなぁ……」
<……>
精霊が不平不満を漏らしてくれたことが、その漏れだす狂気を抑え、溜まるフラストレーションの減圧弁になっていたようだが、それがなければ今頃ドワーフ国はどうなっていたのか。自らの不平不満を振り撒いていた精霊は、ユウヒの内にある何かに恐怖するのであった。
そんな恐怖を感じながらも、精霊が寄り添うこと数分、ユウヒの耳に大きな足音と、硬い物同士を擦り合わせるような音が聞こえる。
「飯持って来たぞ!」
「お?」
いつの間にか閉じていた目を開いたユウヒの視界に、壁に立つドワーフの姿が映る。正確にはユウヒが横になっているから、まるで壁に立つように見えているだけだ。起き上るユウヒの目の前で、牢の中に大きな荷物を運びこむドワーフは、ずいぶんと息が荒い。
「簡単な物しかないが、とりあえずいっぱい盛ってきた。あと、こっちの樽は水だ……とりあえずこれで我慢してくれ、すまんな」
「ええ、ありがたく頂きます」
牢の中に運び込まれるのは大きな鍋とバスケットに入れられた大量のパン、それにドワーフが全身で抱きかかえる様な大きさの樽。
五日も食べていないという事で、なるべく大量に食料を用意してくれたらしいドワーフ。その様子に、起き上ったユウヒは思わずおかしくなってしまい、笑いをこらえるような表情でお礼を口にする。
「あぁいや、本当にすまん。とりあえず明日の話をして問題がなければ釈放されるから」
まさかお礼を言われるなんて思いもしなかったドワーフは、戸惑ったように後退ると恥ずかしそうに掻く頭を下げつつ牢の外に出ていく。彼は食事を持って行くことにひどく緊張していた、罵倒されるに違いないと思っていたからだ。
自分だったら悪態の一つ二つ、いや怒鳴っていただろうと思うからこそ、ユウヒの丁寧な対応が恐ろしく感じる。それはユウヒの状況を知るドワーフの共通意識だ。
「はいはい」
「……」
だと言うのに、ユウヒはニコニコとした笑みを浮かべ、怒鳴ることも悪態を吐くことも無く、なんだったら牢から出る兵士に手まで振っている。その姿は、ドワーフの兵士にとってあまりに異質すぎて恐怖すら感じる姿だ。
<……!>
「ドワーフの兵士も複雑な感情みたいだな、ほんとなんで捕まったんだろ?」
しかし、ユウヒとしては怒鳴る相手でも無ければ、そんな元氣もない。現状、フラストレーションが溜まっているからと言って、怒るというコスパの悪い行動を起こす理由がない。
<?>
「わかんねぇなぁ? まぁ、とりあえず飯を食おう。鍋とパンと水か」
実際に、今日ユウヒの前に現れたドワーフの中に、あの審査担当のドワーフは居なかった。彼が目の前に現れていれば話も違ったであろうが、当事者と言い辛いものの、状況的に申し訳なく思っているドワーフ達に鬱憤をぶつけるより、食事の方が優先のユウヒ。
ドワーフが運んで来た大きな鍋を覗き込むユウヒの緩んだ顔に、精霊はほっとしたような、それでいて微笑まし気な感情の光を灯す。
「んー? これはパンのミルク粥か、そんで付け合わせがパンとな……パンしかねぇな」
覗き込んだ鍋の中に、ユウヒの輝く右目の金色が落ちる。
どうやら鍋の中身は、パンとミルクと塩というシンプルなパン粥。それにパンが付いてくるのだからユウヒの感想も致し方なく。これで樽の中身が赤ワインであれば晩酌には上等とも言えるが、水である。
あまりにシンプルなその食事に、ユウヒは何とも言えない表情を浮かべた。
<!!>
「うん、冷え冷えだね」
しかもパン粥が冷え切っている事から出来たてではない様で、贅沢を言う気もないユウヒだが、せめて暖かなものが食べたかったと、鍋に触れる火の精霊と見つめ合い困った様に笑う。
そんなユウヒの様子を見上げる火の精霊が明るく輝く。
<!>
「お? 温めてくれるのか、ありがと」
どうやら自分の力をアピールする機会を察したようで、ユウヒがお礼を口にした瞬間、大きな土鍋の中から湯気が立ちのぼる。
一瞬のうちに適温まで温められたパン粥に驚くユウヒであるが、彼が驚きの声を漏らすより早く今度は白く輝く精霊が視界を塞ぐ。
<!!>
「浄化してくれる? 確かにこの状態で食中毒は致命的だな」
どうやら火の精霊にだけいい所を持って行かれないように慌てて飛び出して来たようだ。そんな光の精霊は、ユウヒに声を掛けて水樽の上に飛び乗ると、辺り一帯を明るい光で満たす。
光に包まれた場所を浄化する精霊の光、それにより粥鍋もパンも水も全てが滅菌され、毒素も消失してしまう。
<!!>
それに慌てたのは火の精霊、横から飛び出し良いとこを持って行かれたと感じた彼女は、慌てた様に飛び上がりユウヒに次なる提案をする。
「水は冷たい方が良いかな……」
<……>
それは飲み水のあたため、しかし、牢の中は外より涼しいとは言え、お湯が飲みたくなるような環境では無かった。なんだったら冷たい水が飲みたいというユウヒに、火の精霊はふらふらと冷えた床に落ちていく。
火の精霊が他の精霊から慰められる中、ユウヒは用意されたスプーンを手に取ると、火の精霊が温めてくれた土鍋の粥に口を付ける。
「思ったよりしょっぱい、これは確かにパンが欲しくなるし水もいるな」
水分が多いパン粥はずいぶんと塩味が強いようで、なんだったらミルクの風味がなければ食べづらく感じるほど、それに対して硬いパンは味気なく、塩味もほぼないパンとパン粥は相性が良いとも言えた。
「うーーーん…………ここを出たら、宿決めてご飯だな」
だが、お世辞にも美味しいとは言えない食事内容。牢を出たあとで優先することがユウヒの中で決まった瞬間だ。
「食べられないわけじゃないけど、もう少しどうにかならんものか」
心身の栄養を無視してただお腹の中を満たすためだけのような食事に、抑えきれなかった不満が言葉として漏れだすユウヒ。それだけその食事が残念だったのか、それとも食に拘る日本人の気質故か。
それでも出されたものは全て食し、牢番を驚かせたのはどうでもいい話である。
翌日早朝、
「へ? 釈放?」
ユウヒ無事釈放。
しかし、ユウヒはその話に思わず首を傾げた。なぜなら事前に聞かされていた予定の事情聴取が全くされずに、早朝現れた中隊長が牢内に入って来るなり、その場で釈放が伝えられたのだ。眠たそうな顔で木の板の上に座っていたユウヒは、少し驚いた様に目を見開いて首を傾げている。
「本当にすまなかった。こちらで徹底的に調べたが、君はまったく怪しくなかった」
「はぁ?」
どうやらユウヒに事情聴取をするまでもなく、彼が捕縛されるような理由が全くないという事が分かったようだ。
だが、そんな事を言われても状況が全く飲み込めないユウヒ。ただ釈放されるのなら、まぁそれはそれで有り難いけど、と言った様子で反対側にもう一度首を傾げて目を瞬かせる。あまりに呆気ない幕引きに肩透かしを食らったといったところだろうか。
「君を捕らえた兵士が全て吐いたのだが…………ただイライラしていたというだけの理由だったらしい」
「そらまた……よくある事なんですか?」
ユウヒが捕まった原因、そのあんまりな内容に呆れるユウヒの背後で、精霊たちが危険な色で輝き始めるが、ユウヒが心の中で落ち着く様に呟くと、不満そうな様子でユウヒの周囲をぐるぐると飛び回りはじめる。
「私が任官して一度も聞いたことがないような暴挙だ。本当にすまなかった!!」
『すいませんでした!!』
しかしそんな精霊の不満な様子も、中隊長とその後ろに控えていた若い兵士たちの謝罪の声に吹き飛ばされる。狭い牢屋の中で力いっぱいの謝罪を受けたユウヒは、その大声に思わず背筋を伸ばすと、ゆっくり背中を曲げる。
「はぁ、まぁはい……」
牢の中、目と鼻の先で放たれるドワーフの大きな声と、90度より深く下げられた頭に眉を顰めつつ、謝罪を受け入れるように力のない声で返事を返す。
精霊も、ドワーフ達の声から深い謝罪の感情を感じ取ったのか、若干不服そうではあるが怒りを一旦収めることにしたようで、不機嫌そうに飛び回るのを止めてユウヒの周囲に舞い降りていく。
「今回の慰謝料としてこれを、宿に泊まるという事だったのでな、これを見せれば半額をこちらで負担することができるので、半額回数券みたいなものだ……不満もあるだろうが活用してくれ」
ユウヒに渡されたのは分厚い紙の束、普通の紙と違って明らかに上等な質感の紙束は、一枚一枚が宿の半額券。中隊長のゴツゴツの手で、しっかりユウヒの手を掴む様にして渡された紙束はずいぶんと厚く、十枚や二十枚どころではないのは、手に持てばわかるほどだ。
パッフェビュッフェの街でしか使えないとしても、街の宿ならどこの店でも使えるとなればその価値は計り知れない。それでも、軍としては今この場で金貨を求められるよりは安いもののようだ。
それは中隊長の顔を見れば明らかで、慰謝料として半額券を渡した顔にはまだ申し訳なさが残っている。
「ありがとうございます。ついでに良い宿を紹介してもらえません? 広めの倉庫宿で、大きな音を出しても問題ないような、あとご飯が美味しい宿が良いですね」
「わかった」
それゆえ、追加でユウヒからお願いされた宿の紹介について、快く引き受ける彼の表情は明るい。少しでも償いが出来ればいいと考えているのであろう彼は、誠実な人柄のようだ。
精霊もそこについては評価しているのか、彼の顎下に伸びる短めの髭先を、褒めるように風でゆらしている。
しかし、緩んだ空気と言うのはすぐにまた引き締められるのがお約束なのか、ほっとした笑みを浮かべるドワーフの面々を見渡すユウヒは、ゆっくり立ち上がると爆弾を落とす。彼にはまったく悪気はなく、当然の問いかけ、
「それで、俺のバぁ……ゴーレムはどこに?」
「ゴーレム?」
それはバイクについて。
「あ、ゴーレム使いの冒険者なんです。乗って来たゴーレムはどこに?」
『……』
相手がドワーフである以上、バイクではなくゴーレムと言う体ではあるものの、それもまた立派なユウヒの持ち物である。なんだったら彼の資産の9割以上がバイクの中に保管されているのだ。返してもらわねば、ユウヒはまた貧乏冒険者に逆戻りだ。
しかし、ドワーフたちの反応は芳しくない。部下に振り返って目で問いかける中隊長に、返される視線は戸惑いにふらふらと揺れており、誰一人としてユウヒの問いかけに対する答えを持ち合わせてはおらず、その場に気持ち悪い静寂が広がるのであった。
いかがでしたでしょうか?
釈放ですべてが解決すると思っていたドワーフの心労は如何に……。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




