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ワールズダスト ~砂の海と星屑の記憶~  作者: Hekuto


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第147話

 修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。



「ふえたなぁ」


 急激に増えた牢屋の人口密度に、牢の奥で力なく座るユウヒは思わず呟く。


≪……≫


 助けを求める声に集まり、ユウヒの入れられた牢を観察するように集まったドワーフは、すでに二桁に達している。どのドワーフもユウヒを見ては顔を顰めて首を振り、周囲とひそひそ話し合っては、またユウヒを見下ろす。その繰り返し。


 ドワーフの壁は分厚く汗臭く、不審者を警戒する視線は圧を感じさせる。精霊もドワーフ達を警戒してユウヒの影に隠れてしまっていた。しかし、その雰囲気は怯えではなく噛みつく寸前の犬。ユウヒが心の中で念仏のように“ステイ”と唱えて無ければ、ドワーフがどんな目に合っていたか不明である。


「何をしている!」


「中隊長!?」


 牢の中に轟く声で、ただユウヒを遠巻きに観察するだけだったドワーフたちが震えあがった。彼らが勢いよく振り返った先には、牢屋の前室から姿を現した白髪のドワーフ。中隊長と呼ばれた彼は大きな足音を鳴らしながら入ってくると、その場に集まったドワーフ全員を睨む。


 睨まれるドワーフ兵士は震え、視線が外れると顔を逸らし、隣の人間と目が合うとアイコンタクトで何事か相談し合う。それは誰が生贄になるかの相談である。


 結果、十数人集まったドワーフ兵士の中から、一人が一歩前に進み出た。


「そ、それが……」


 上擦った声で話し始めるドワーフ曰く、早朝の牢屋清掃に来た人間が牢の中に立てこもる人間を発見。聞けば兵士に囚われたと自称しており、牢に入るための鍵も紛失はしていないが、捕縛した記録はない。


 そこまで話した兵士は、どうしたらいいのか分からず相談していたと話す。だが、ユウヒが集まるドワーフ達を無言で眺めている間、彼らが事情を確認することは一度もなかった。寧ろどうしたらこの不祥事を隠蔽できるかの相談ばかりしていた兵士達はまだ若く、どの顔にもあどけなさが残って見える。


「……それだけか?」


「え? あ、はい……」


 中隊長の低い声に返事を返す兵士は、思わず視線をそらしてしまう。中隊長が何を言いたいか察したのであろう。


「なんでこれだけ集まって事情の一つも確認しとらんのだ!!」


『ひっ!?』


「まぁ、それはそう」


 ユウヒは心の声が思わず漏れてしまう。その声に、中隊長は兵士達を押し退け牢の前まで歩いてくると、ユウヒをじっと見下ろす。


「それで、君は何をして捕まった」


 記録がなくとも、状況はどう考えても、何かやって捕まった人間を放置していただけである。誰も分からないというならば、聞くべき相手は牢の中のユウヒ以外にはいない。


 しかし、何をして捕まえられたのかなどとユウヒに聞いたところで、彼が欲しい答えの半分も分からないだろう。


「さぁ? 街に入ろうと思ったら怪しいって言われて捕まっただけなんで、何をしたかなんてこっちが聞きたいですね?」


 中隊長の片眉が上がり、周囲の兵士が顔を蒼くする。何せ牢の壁に寄りかかって座るユウヒの態度は、どう贔屓目に見ても悪い。壁に寄りかかり力なく顔を傾げ、目だけで中隊長を見上げ、手も足もだらりと延ばして姿勢を正すそぶりも見せない。


 話し方もぶっきらぼうで、目も眠たげに細められ、見るからに挑発的な態度。ドワーフの兵士の中には、その態度に腹を立てて顔を顰める者も多い。しかし苛立っているのはユウヒであり、それ以上に精霊である。


「書類は何もないのか!」


 ユウヒの態度から何かを感じた中隊長は、兵士達に目を向けると怒鳴る様に問う。彼にとって、今一番苛立ちを覚えるのは、若い兵士たちの言動である。彼らの言葉や行動からは、責任回避の様子しかうかがえないのだ。


「え? あ、えーっと……無いです。……たぶん」


「探せ!」


「はい!」


 中隊長に問われて視線を彷徨わせ、周囲の仲間と視線を合わせながら絞り出すように答える兵士。しかし、中隊長には彼らが何を思ってそう返事を返したか、その理由がありありと想像が出来た。書類がないと言いつつ、実態は一度も探していないのである。


 正確には少しだけ探したのだ。牢番用の待機部屋である牢屋の前室には、牢に捕らえた人間について記録する大きな書き板がある。それを見て、そこに何も書かれてないことで、聞きまわる事となった結果、これだけの人数が集まったのだ。


 だが、それは探したとは言えない。牢に人を一人捕らえるだけでも、彼らは関係各所への報告分も含めて複数の書類を作らなければならない。その書類を彼らはまだ探し出せていない、いや探そうともしていないのだから、しどろもどろにも、なろうものである。


「書類を確認するからちょっとまて」


「いまさら、いくらでもご自由に?」


「そうか……」


 不機嫌そのものと言ったユウヒの、妙に飄々とした態度に、中隊長は威厳を保ち小さく頷きながらも、何か致命的な問題が発生している予感を覚え、目を瞑ってしまったユウヒからすぐには目が離せなかった。


 それから数十分後、ユウヒが発見されてから数時間。


 目を瞑って寝ているようなユウヒが捕らえられた牢の前で、中隊長は顔を真っ赤にしていた。


「なんだこの書類は……」


 それは怒りによるもので、ユウヒの捕縛報告資料を探し出してしまった三人の哀れな兵士は、どうすることもできず直立不動のまま顔を蒼くしていた。しかし、報告をしないわけにもいかない。


「そ、その、日報の棚に入れてあって」


 震える声で話し始めた若いドワーフ曰く、本来保管しておくべき場所には無く、自分たち用の記録を収めておく場所に紛れ込んでいたという。その時点で先ずおかしい上に、見つかった書類はその羊皮紙一枚。


 本来ならもう何枚か書類が必要になる上、日報にも記載されないといけない情報であるが、日報には捕縛者の記録など一つもなかった。そこまで行くと記載漏れのレベルではない。


「日付がない! 記入者の名前も無い! 牢番の確認印も無い! なぜこれで牢に入れた!!」


 しかも、中隊長が手に持つ羊皮紙の書類には、必要なことが半分以上書かれていないのだ。どう考えても作成途中で放置したとしか思えない。実際に、書類の作成途中で放置、その後書類の事も忘れてしまったというのが正しいのだろう。空白ばかりの羊皮紙は、誰が見てもそうとしか思えない書類なのだ。


「わ、わかりません!!」


 兵士は正直者である。当事者でなければわかるわけがないのだ。


「わかりませんで済むか!!」


「すみません!!」


 しかし、わかりませんで済めば報告も確認も不要になる。それでは規律なんてもの意味を無くし、国を守る軍隊は成り立たない。中隊長の怒りもごもっともであり、報連相の基礎から出来てない事実に、兵士たちも言い訳すら浮かばず、ただ謝罪するしかなかった。


「大体、この捕縛理由は何だ。“なにか怪しいから一日牢に入れておく” など、何の理由にもなっとらんだろうが!」


『…………』


 逮捕者報告書の羊皮紙に書かれた数少ない一文を読み、怒りをあらわにする中隊長。それはこの場の誰しもが同意できる怒りであり、聞かされた側もふつふつと怒りが込み上げてくる様な、ふざけた一文である。


 特に精霊は、ユウヒの影に隠れながら怒りでざわめき立つ。そんな気配に気が付いたのか否か、背中を震わせ肩から力を抜いた中隊長はユウヒに振り返る。その顔からはそれまで滲み出ていた警戒感は消え、寧ろ不憫そうな目でユウヒを見下ろしている。


「はぁ……すまんが今はまだ忙しい、正式に事情を聞くにしても明日になると思う」


「そうですか」


 だが、不備のある捕縛であっても、不憫に思ったとしてもそこは一度捕まえてしまっているため、その場ですぐに釈放というわけにはいかない。釈放するにしてもそのための手続きが必要となる。それが一国の軍と言うものであり、本来なら書類なしでは人一人を拘束し続ける事も出来ないものなのだ。


「一日の勾留が二日になったが……まて、君は昨日からここにいるんだよな?」


 そう、拘束し続けることはできない。


「いいえ?」


「え?」


「今日で五日目……いや、六日目か」


 出来ないにもかかわらず、五日もユウヒを拘束してしまっているのだ。控えめに言っても大問題である。


「……すまない。だが今日はまだ忙しい、明日には必ず話をするので、もう少し待ってほしい」


 軍としても国としても大きな問題であるが、今の中隊長にはそれだけしか言う事が出来ない。彼は今から報告書をまとめ、関係各所に報告を行い、その後の処置について上司と相談しなければならない。


 不当拘束だけでも胃が痛くなると言うのに、そこに五日間のというオプションが付いたわけだ。叶う事なら今すぐに酒でも飲んで忘れたいと思う中隊長であるが、そこは責任者、責任ある行動が求められる。周囲の兵士たちも顔色がどんどんと悪くなっていく。


「はぁ、まぁ? それは今更いいんですけど、お金渡すんで何か食べ物買って来て貰えません?」


「なに? 食事が足りない……いやまて、それだと可笑しい。食事は一日二食、毎回食べているなら気が付かないわけがない」


 そこへさらに燃料を投下するユウヒ。


 それも仕方ないこと、ドワーフたちが引き起こした問題など彼にはどうでもいいことである。なんだったらこの場で大いに暴れて不平不満を言った方が、彼の利にはなるだろう。だがユウヒにとってそういった利の取得は面倒事でしかなく、何よりいま求める物は空腹を訴えるお腹を鎮めるための食事である。


 ドワーフは、ユウヒの言葉で今まで気にもしてなかったことに気が付いてしまう。


「食べてないですね? そもそもここに入れられてから今日まで誰とも会ってませんし」


「……」


「水は?」


「自前ですね」


 ざわついていた牢の中が水を打ったように静かになる。巨大な外壁の奥にある牢という事もあり、明り取りから僅かに入り込む音しか聞こえなくなる牢屋に、手を叩くような乾いた音が鳴った。


「ぐぐぐっ……すぐに用意する。金も要らん。だがあまり質に期待しないでくれ」


 音の元は中隊長のおでこ、頭を抱えるように自らおでこを手の平で叩いた中隊長は、真っ赤な顔で口から深く息を吐くと、努めて平静を装った声でユウヒの要望に応える。たとえ犯罪を犯して牢に捕らえられた人間とは言え、最低限の食事くらい提供されるものである。


 それがないなど、人道に反する行為も良い所だ。当然であるが後々これも問題になるのは確実である。


「ははは、ここまで空腹なら何でも美味いんじゃないですかね?」


「すまない……お前たち、あとで話がある。他の者も集めておけ」


「は、ははい!」


 姿勢を正すことなく投げ槍に笑うユウヒであるが、その目はまったく笑っていない。憎悪と言った感情こそないが、寧ろ乾いた感情しか見えないその目はいっそ不気味と言ってもいい。すくなくとも中隊長の罪悪感を刺激するには十分なほど疲れ切った目をしている。


 最初に発見された時とは全く違う感情で見られるようになり、ユウヒの今後についての方向性が少しだけ決まると、牢の中は一気に静かになる。牢にユウヒが居る事で、牢番も前室に待機しているが、たまに気まずげな表情で様子を見に来るだけで特に話をする様子もない。


「とりあえず、餓死せずに済みそうだ……」


「……」


 今もユウヒの呟きが聞こえたらしいドワーフの兵士が、気まずそうにそわそわし始める。牢番は基本的に何があってもいいように二人以上で番をするものであるが、彼の相方は、急遽必要になったユウヒの食事を用意するために走り回っている。


 日本のように食事が欲しくなったらコンビニへ、などと楽を出来るほど彼らドワーフの食事事情は良いものでは無いようだ。むしろ深夜に、小腹が空いたので歩いて一分のコンビニに、なんていう事が出来る日本の都会の方が異常とも言える。


<!!!>

<!?!?>

<!!……!!>


 そんな食事を待っているユウヒの周囲では、先ほどまで影に隠れてドワーフを警戒していた精霊たちがせわしなく輝き、勢いよく飛び回り、不満の声を周囲に振り撒いている。姦しい精霊たちを微笑ましそうに見上げるユウヒであるが、空腹もあって顔色は優れない。


「貴女たち、お口が悪いですわよ?」


 しかしそれ以上に、彼の耳に入ってくる不満をあらわにした精霊の声にはずいぶんと汚い言葉が使われているらしく、この場で唯一その声を理解出来る人間であるユウヒは苦笑いを浮かべている。一体どんな言葉なのか、ユウヒの表情を見る限り、無邪気な精霊による口汚い罵りの言葉は、聞いていて心にくるものがあるようだ。


「……流石に空腹で色々辛い、静かにしておくれ」


 お口が悪いと言われて若干声のボリュームが下がるがそれでもまだ騒がしい。そんな状況では落ち着いて休めもしないと、小さく不満を漏らして目を瞑るユウヒ。


≪……≫


 異常な空腹の時と言うのは、体力的にも精神的に参ってしまうもの、怒る元氣も湧かないほど疲弊しているユウヒの言葉に、精霊たちは目を見合わせる。小さな音を立てて寄りかかっていた壁から、倒れに様な勢いで地面に寝転ぶユウヒに、精霊たちは口を紡ぐと、そっと寄り添い光量を落とすのであった。



 いかがでしたでしょうか?


 怒る気力も湧かないほどの疲労や空腹、あれは経験したくない感覚ですね。


 目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー

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― 新着の感想 ―
自前の水とかいったら小便飲んでたとしか思えないから余計悲惨さが増すw
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