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ワールズダスト ~砂の海と星屑の記憶~  作者: Hekuto


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146/149

第146話

 修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。



 吐息が聞こえる。


「すぅ……空気が悪いな」


 大きく鼻から息を吸う音が聞こえ、ユウヒの不満が静かな牢屋に沁み込み消えた。


 早朝の牢の中には明り取りからも光は差し込まない、空気の流れもほぼ感じられず、薄い木の上に寝そべったユウヒの肺の中には、埃っぽい空気しか入って来ない。それでも多少マシである。


<!>


 彼の周囲には精霊が集まっているからだ。精霊が集まる場所は、自然と清浄な環境が維持されるという。それは彼女達が努めてそうしているからである。ある意味、ドワーフ国の街であるパッフェビュッフェの牢屋は、これまでの歴史上で一番きれいな空気で満たされていると言ってもいい。


 それでも、人が住んでいい環境とは思えない臭気が漂ってくる。


「おはよう。結局誰も来なかったね」


 ポンチョで身を包み、フードを深く被って、いつもは首に巻いている砂避けを鼻下まで上げているユウヒが起き上ると、周囲の精霊も目を覚ます。闇の精霊はユウヒが眠っている間ずっと側で見守っていたようだが、それ以外の精霊は周囲を漂ったり出かけたりしていた様で、どこからともなく姿を現す。


<……>


「俺が寝てる間も誰一人来なかったんだ? どうするかなぁ」


 日暮れ前に捕まったユウヒは、早朝を迎えたこの時間までずっと牢屋で独りぼっち。その間一度たりとドワーフは牢屋に現れていない。彼が寝ている間もそばには精霊たちが常駐しており、彼女達は一度も姿を現さなかったドワーフに怒り心頭の様子である。


「とりあえず水でも飲むかね? 空気悪いし乾燥もしてる……【湧水】」


 基本的に湿度の高いドワーフ国にしては珍しく、牢屋の中は酷く乾燥していて埃っぽい。その所為で一晩も寝てすごせば、喉は酷く乾いて痛みすら感じるほどだ。


 いつもならバイクの中に入れてある給水タンクを使うところであるが、周りに人もいないという事で、使用を控えていた魔法で水を作り出すユウヒ。手の平を上に向けて魔法を使えば、まるで手から湧き出るように水が生まれて宙に球を作る。


<?>


 空中で重力を感じさせない動きで形を保持する水球に口を付けるユウヒに、風の精霊が水球に波紋を作りながら声を掛ける。


「いいの? お願いできるかな、どうにも砂っぽくて」


<!!>


「それじゃお願い」


 ユウヒがお願いするとすぐに風の精霊は動き出す。


<!!>

<!>


 我先にと競うように精霊が起こす風は、まるで見えないホースでもあるかのようにうねり、埃や砂を巻き込む渦の柱となって立ち昇ると、牢の天井近くにある明り取りから外へと出て行き、別の穴からは勢いよく風が入り込み、砂ぼこりを上げる。


 想定外に起きた砂ぼこりから身を守る様に縮こまるユウヒは、フードと砂避けとゴーグルを装備すると、少し暴走気味の風の精霊によって引き起こされた風を見上げ、その風に巻きあげられる精霊の楽しげな声に、小さく笑い声を漏らすのであった。


 それから数時間後、ずいぶんと空気が綺麗になった牢の中で、ユウヒは完全防御のまま、申し訳なさそうな風の精霊を膝の上にのせて小さく唸る。


「水があればまぁ腹は膨れるし、一応食べかけの干し肉があるから我慢もできるけど……ドワーフ国は思ったより良くない国なんだろうか」


 これからの事を考えるユウヒの見上げる先で、明り取りから伸びる濃い光の筋が、空気中の埃を反射してキラキラと輝いている。風の精霊はちょっとやり過ぎたようで、空気中の埃は時間が経っても舞い続ける。


 そんな埃が落ち着くのを待つ間も、ユウヒの様子を見に来る者は一人としていない。もしこのままの状況が続けば、いくら水飲み放題とはいえ心配になる。世の中には、捕らえた人間が従順になる様に、飢餓で苦しませるという手法をとる世界もあるのだ。ドワーフ国のやり方が、そうではない保証はどこにもない。


「トルソラリス王国の女王様から貰った干し肉もこれが最後か、こんなことならもう少し節約してればよかった」


 ユウヒの食料はカバンの中に入れておいた干し肉がほんの少し、バッグの中に手を突っ込み、そこに感じる硬くもしなやかな手触りに溜息を漏らす。大半の荷物はバイクの中である。


「……炙るか、埃が落ち着いたら」


 バイクの事が少し心配になったユウヒであるが、落ち込みそうになる気持ちを頭を上げて振り払うと、輝く光の筋をゴーグル越しに見詰めながら、干し肉の食べ方について考え始めるのであった。





 それからさらに時間は過ぎ、牢生活三日目。


「うんうん、やっぱり耐久性重視が良いよね?」


 石の壁に背中を預けるユウヒは、肩の上の土の精霊に笑いかけていた。


<!>


「そんなに技術があるタイプじゃないから、薄刃なんてもってのほかだよね」


 一人寂しくとらえられたままなら寝てすごしていたかもしれないが、精霊達が居れば暇は潰せる。むしろ精霊とじっくり話し込む暇など中々取れなかったこともあり、ユウヒの状況に反して精霊の機嫌は良い。


 今はこれから作る武器についての構想を、精霊と共に広げているようだが、だんだん槍とは掛け離れたれた方向に進んでいる様で、そもそも杖を用意するつもりだったのだから、それはそれでいいかと、ユウヒの妄想は、本来の目的から脱線し続けている。


<?>


「硬いは脆いだからいっそ厚い鉄板……焼きが食べたいな。お腹減った」


 そんな話で誤魔化していたのは、空腹。


 僕の考えた最良の武器の形が、槍からウォーハンマーに変わっていく妄想の世界も、腹の虫が鳴けば霧散してしまう。


「水はいくらでも飲めるけど、流石に三日も食べないとしんどい」


 石壁に預けていた背中がずれ落ちる。とても腰に悪そうな態勢になるユウヒの肩から土の精霊が転がり落ちると、精霊たちは目ざとくその楽しさに気が付きユウヒを滑り台にし始めた。


 自分の体を転がり落ち続ける精霊たちを見下ろすユウヒの顔は、いつも以上に気怠そうで、精霊を手で払うわけでもなく、ただ見つめて鼻から息を吐きだし、手でお腹を押さえる。


<!!>

<!>


 どのくらいそんな恰好をしていたのか、いきなり風の精霊と光の精霊が明り取りから飛び出してきた。風にのって飛び込んできた風と光の精霊は、大きく回ってユウヒの牢に飛び込むと、楽しそうな事をしている精霊を吹き飛ばす様に、ユウヒのお腹に着地する。


「おかえり、どうだった?」


 特に衝撃も無くお腹で精霊を受け止めたユウヒは起き上がり、手で二人を掬いあげると、帰宅を歓迎しながら問いかけた。二人は外へと情報収集に出ていたようだ。


<! ……!! ……!?>

<!!!>


 ユウヒの問いかけに風と光の精霊は忙しなく輝き話し始める。その様子を見詰めるのはユウヒと起きたばかりで眠たそうな色とりどりの精霊たち。話の進路はあっちに行ったりこっちに行ったり、うわさ好きで無邪気な精霊らしく脱線と複線を繰り返す話に、周囲で話を聞く精霊たちは一喜一憂するようにざわつく。


「ほん? 街で暴動が起きてるのか、呪われ鹵獲品っぽいのもあちこちの店で見つけたの?」


 そんな話の中でユウヒが興味を示したのは、暴動と呪われた鹵獲品。


 麦1休憩場では、ユウヒの選別によって、廃棄や屋外への放置が決まった呪われた鹵獲品であるが、パッフェビュッフェの街では流通にのってしまったのか、精霊が商店などで目にしているようだ。そんな流通された鹵獲品の近くでは、ここ数日暴動が頻繁しているようだ。


 そんな話しを聞かされれば、ユウヒじゃなくても点と点が繋がり線となることだろう。


「なるほど、それで忘れられたかもしれないのね……いや忘れちゃだめだろ」


 しかし、線となって帝国の暗躍に気が付いたところで、ユウヒは暴動による騒動で牢の中に忘れられた虜囚である。何かすることもできなければ、率先してドワーフの国のために動く気にもなれない。


 これが、王道の神に選ばれし勇者のように正義感溢れる人間であれば、自分の身を犠牲にしてでも――などという行動に出るところなのだろう。だが残念ながらユウヒはどちらかと言えばひねくれ者、ましてや訳も分からず捕縛された以上、現状ドワーフのためにと率先して何か行動を起こすつもりはない。


<?>


「脱獄かぁ……いや、やっぱりそれは最終手段だな」


 日本でもユウヒは国や政府、権力者と言うものに振り回された過去がある。その事を考えれば、彼が自ら厄介事に首を突っ込む事を嫌うのも頷ける。それでも、なにか少しでも好奇心や興味を惹かれ、その上で頼まれたなら引き受ける事だろう。


 やるやらないの境界が濃いめなだけで、基本的に善人ではあるのだ。ゆえに脱獄と言う犯罪も極力なら犯したくない。ただし、最初からその選択肢が入っている辺り、一般人とは言えないだろう。


「今日で三日目、食べ物がなくて生き残れる日数って何日だったかな? まぁ水があれば割と行ける気はするけど、これなら普段からもうすこし食べておけばよかったかな」


 すでに彼のバッグの中に入っていた食料である干し肉は、初日に炙って腹の中。ユウヒも立派な社会人、若いころほど大量の食事を受け付けなくなった体に、もう少し無理させていればよかったかと呟く姿に、精霊たちは不思議そうに瞬く。


 彼女達には解らない感覚であるが、漠然と不憫に感じたのか慰めるようにユウヒに寄り添う。


「あと数日、完全放置なら餓死させようとしていると考えて、その時は全力全開で逃げようね」


 精霊の優しさが腹に染み入ったような表情で微笑むユウヒであるが、どうやら彼のフラストレーションはそんな優しい顔はしていないようだ。よく見ると目の奥ではドロドロとした何かが揺れており、それはまるで彼の母親である明華の瞳の色のようだ。


<!!>

<!!!>


「ははは、国は滅ぼさないかなぁ……フリーズデ、いや土魔法で断裂……すやぁ」


 ユウヒの感情に当てられ、火の精霊と土の精霊が声を上げるが、彼女達が声を上げるたような、国を滅ぼすほどの元氣は彼にはなさそうだ。しかし牢屋を破るくらいの元氣はまだあるのか、倒れるように床の上に横になったユウヒは、目を瞑ると牢の破り方を考えながらいつの間にか寝てしまう。


≪…………≫


 ユウヒが眠りについたことで、光量を落とし静かに囁き合う精霊は、その内に怒りをため込みながらユウヒに寄り添う。





 さらに時が過ぎた早朝。その日はここ数日と違い騒々しい音が牢に届いた。


「……」


 木や金属がぶつかり合う音と誰かの話声、それは次第に牢屋へと近づいてくる。ユウヒはその音に目を開くとゆっくりと起き上る。起きたばかりの彼は眉を顰めると親指と人差し指で、目頭を揉み込む様に擦った。


「うわくっさ!? 前回の担当誰だよ? 真面目に掃除しろよなっと!」


 牢屋の扉の向こうから悪態が聞こえ、ユウヒはそちらに目を向ける。どうやら牢屋の外にはもう一つ部屋があるようで、そこに誰かが入って来たようだが、荷物が多いのか雑なのか、あちこちに何かがぶつかる音が聞こえてくる。


 そして牢屋の中にユウヒ以外の人間が久しぶりに現れた。扉を蹴破る様にして現れたのは、手にモップ とバケツを持ったドワーフの男、口を覆うように布を巻いて、頭にも布を巻いた男の出で立ちは清掃員と言った感じである。


「ただでさえ臭いのが腐って……は、はああ!? お前誰だ!!」


「ん……?」


 その男は、牢に入るなり鉄格子の向こうに居たユウヒに気が付き驚きの声を上げた。お前は誰だと言われたユウヒは、小さく眉を顰める。まだ明り取りから光が少ししか入って来てないことで薄暗い室内、ドワーフの目にはよく見えていなかったが、ユウヒの表情は何時もより荒んで見えた。


「んじゃねえ! どこから入り込んだ! くそ鍵まで……お前鍵を盗んだな!」


「は?」


 勝手に驚き、勝手に怒って、勝手に相手を罪人と決めつける。その姿に起き抜けの精霊たちに怒りの光が灯り始める。ユウヒも不機嫌そうに眉をしかめた。


「は? じゃねえよ! こんなとこに入り込んで何のつもりだ! ……あれ? 鍵がある? んんん?」


 いつもは覇気の無い、疲れた表情を浮かべている事が多いユウヒであるが、今の彼はまるで飢えた猛獣の様にギラギラした目をしている。もしここに、社畜時代の彼をよく知る友人のクマがいれば、理不尽業務三徹目の顔だと、そう確信を持つような表情は、ドワーフの言動を聞けば聞くほどに険しくなってくる。


「出してくれんの? ようやく尋問? その前に腹が減ったんだけど」


≪……≫


 話す声に、いつもの柔らかな印象はなく刺々しい。どこか投げやりなその声に、周囲の精霊も戸惑ったようにユウヒを見詰める。彼女達は怒ったユウヒを知らないのだ。


 彼女達が知っているユウヒは、いつも優しく微笑んでくれて、たまに叱ってもすぐに許してくれるのだから、そんな何時もの姿とは違う、粘性を帯びた怒り感情を溢れさせる今の姿を見れば、驚くのも無理はないだろう。


「は? 尋問? 腹減っただ? 勝手に食えよ! ……いやそもそもなんで牢屋なんか勝手に入ってるんだよ」


「入れたのはお前らだろ」


「は?」


 ユウヒの中でじわじわと膨れ上がる怒りの感情、それを押さえつけるように彼の理性が腹の中の怒りを抑え込む。それはまるで臨界寸前の爆弾のようで、周囲の精霊は自分たちが感じていた怒りを忘れて、ユウヒをハラハラした様子で見ている。


 なにせ、ユウヒの怒りに呼応するように、彼の内から濃密な魔力が漏れだしてきているのだ。それは普段、彼が魔法を使う時に吹きだすような強く軽い風のような魔力ではなく、すべてを飲み込み押し潰すような重い溶岩のような魔力である。


 床を這って広がる特濃の魔力に、思わず精霊たちは後退りだす。


「は? じゃねぇよ、捕まえたまま何日も放置しやがって、餓死させるのがドワーフの流儀なのか?」


 一歩間違えればその瞬間周囲一帯消し飛ぶんじゃないか、そんな想像を精霊にさせてしまうほど、今のユウヒは危険な状態である。


 ぬるりと立ち上がったユウヒの前髪は重く垂れ下がり、その奥から覗き込む目は青と金色のはずなのに怪しく赤く輝いて見えた。彼が鬱憤を籠めて話すたびに、魔力が噴き出し、魔力や魔法に秀でたものであれば、その余波に当てられて気絶しかねない。


 そんな空気の中、


「え?」


 ドワーフは呆けた声を漏らす。


≪…………≫


 そして考え始める。


 目の前に侵入者。侵入者は、普段使用しない時は開けてあるはずの牢に、鍵をかけて居座っている。牢の鍵は警備上の問題から一本しかない。鍵は自分の鍵束にちゃんとつけられていた。


 顔を上げる。目の前には侵入者、そして鍵のかかった扉、牢の中には見覚えのある捕縛用ロープが切断されて落ちている。なんだろう、嫌な予感がして体が震え出す。


 俺は何も聞かされていない。ここ数日、牢屋は一度も使われていない。清掃記録の書き板にも毎日そう書かれていた。毎日、おかしいな? 明らかに牢番用の待機部屋は掃除がされていなかった。なのに毎日の記録がある。


 そこまで考えたドワーフの男は頭が真っ白になる。これは懲罰ものの事件だと理解した男は、


「だ、だ、だれかー!!?」


 大声を上げて牢の外に駆け出す。


 残されたのは不機嫌なユウヒと、驚き時が止まったように硬直する精霊たち。最初に動いたのはユウヒ。毒気を抜かれた様に背中を丸め肩から力を抜き、深く長い溜息を吐くと、ようやく状況が動き出しそうだと呆れた表情を浮かべ、その場に脱力しながら座り込むのであった。



 いかがでしたでしょうか?


 ユウヒのストレスがマッハでヤヴァイ。それでも爆発しないのは社畜の魂が故か……。


 目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー

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