第145話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「あれがドワーフの街かぁ…………でかすぎない?」
麦1休憩場での騒動を終えて塩街道へと足を踏み入れたユウヒは、六日で塩街道を走破した。
今彼がいるのは街道から離れた小さな丘の上、精霊に導かれた先で、ドワーフの街はユウヒを現実とは思えない重厚感で出迎えた。
背の低い草と岩が目立つ草原が、突然無くなった先に広がる石畳。さらにその先に聳え立つ巨大な石の壁は、ずいぶん離れた丘の上に立ってみても見上げるほどあり、壁の端はあまりに遠くて周囲を囲む山々に飲み込まれるように小さくなり見えない。
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「周りを歩いてる機兵がちっちゃく見えるな……」
驚く姿に満足気な声を漏らす精霊に纏わりつかれながら、苦笑するユウヒ。彼が目を凝らした先には石の壁を縦に切ったような真っ直ぐな入口が見え、その周囲では機兵が何機も歩いている姿が見えた。
大小5から10メートルはありそうな機兵が十数機も見えるが、壁と比べたら玩具である。それより小さなゴマ粒のような人影の列に、まだまだ目的地までの距離を感じて思わずユウヒは溜息を漏らす。
「うーん……壁しか見えない。右を見ても左を見てもずっと壁だ。端が見えない……多分あの壁の中も入れるんだろうな」
現代の日本であっても、建造するのは不可能にしか思えない壁に眉を顰めるユウヒは、壁を調べるために右目を輝かせた。
「どんだけででかいんだよ。……よくこんなの作れたな」
右目の力は対象との距離が離れるほど、その解析能力が減衰するのだが、それでも壁のだいたいの大きさは調べられたようで、視界に浮かび上がる数字の大きさに呆れるユウヒは、ドワーフと言う種族の技術力に目を見開く。
ユウヒの視界に現れた数値は、壁の高さが地上から約600メートル、奥行き約50メートル。見渡した壁は、見える範囲で約7000メートルに及んでいるようだ。あまりに馬鹿げた数値である。普通に考えれば、すぐに沈下するか倒れてしまいそうな壁であるが、実態として存在する以上、見えている以上のものが隠されているのであろう。
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「え? 元々遺跡があった上に建てたんだ。よく知ってるな」
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しかし、それはドワーフが建造したものでは無い。ドワーフがこの地に訪れる前から、その壁はそこに存在したのである。
以前ユウヒが三差路で遺跡などに興味を示していたことから、精霊たちの間ではユウヒの行く場所を事前に調べる遊びが流行っていた。周囲を飛び交い我先にと調べた内容を話し始める精霊に、ユウヒが驚きの声を漏らすと、風の精霊を中心に踊り自慢げに輝く精霊たち。
「調べたのね」
聖徳太子でもないユウヒは、精霊の賑やかに話す声の半分も頭に入ってこないが、感情は手を取る様にわかる。小さく翅の生えた光る綿毛にしか見えない精霊であるが、顔が見えるようになればきっとこれでもかとドヤ顔を見せてくれるだろう。
その姿を想像して可笑しそうに笑うユウヒは、踵を返すとバイクの岩ボディに足を掛ける。
「さ、もうひと頑張りだ」
【飛翔】の魔法がかかった体でふわりとバイクに飛び乗るユウヒは、丘の下に見える街道に向かってバイクを走らせるのであった。
それから数時間後、日も傾きかけた街道でバイクに乗ったユウヒは欠伸をかみ殺していた。
丘の上から街に入るための長い列に並ぶまでにかかった時間は、街道利用者が増えたことでゆっくりと走っても1時間もかかってはいない。列に並ぶまでより列に並んでからの方が長く、最前列に到達するまでに何度も喧嘩が発生し、そのたびに仲裁に出て来た兵士から不審な目で見られたユウヒ。
行列に好き好んで並ぶタイプではないユウヒは、じわじわと溜まるストレスによって表情に険しさが増していた。
「次の者!」
「お願いします」
そんなユウヒも、ようやく関所の審査場所まで到着。あとはいくつか質問されて問題なければ街に入れる。犯罪者でも無ければ早々何かあるわけではないと話す精霊に、ユウヒは安心していた。
「背高の冒険者? ……これは遺物か?」
「いえ、ゴーレムです」
「……なにをしにどこから来た」
安心していたのだが、ユウヒのバイクがゴーレムだと知った瞬間、審査官の表情は曇る。審査官と言うが実態は門兵と変わらない。軍所属の兵士が交代制で審査しているのだが、ユウヒが周囲に目を向けると、同じように審査する場所が並んでいる。
ユウヒが呼ばれたのは、いくつかある遺物用の審査所のようだ。しかし審査自体はそう変わらないだろうと、狭い審査所の中でバイクに乗ったまま受け答えするユウヒ。
「武器を求めて、前はトルソラリス王国で活動してました」
「トルソラリス? ……崩れか」
「はい?」
しかし、兵士の態度はずいぶんと悪い。
ユウヒは理解していなかったが、精霊は審査する兵士の意識を読んで怒りの気配を漏らす。なぜなら、トルソラリス王国の魔法士に対して崩れと言うのは、侮蔑的な呼称以外の何物でもないのだ。少なくとも関所の審査官が口にして良い言葉ではない。
「おい! 怪しいやつだ。取り調べのために牢に入れておけ!」
「……は?」
そんな侮蔑を口にして当然と言った様子でユウヒを睨むドワーフの審査官は、大きな声を上げると審査所のロープを引っ張ってうるさく鐘を鳴らす。
途端にユウヒは十人ほどの兵士に囲まれて、恐ろしい表情で槍を突き付けられる。どう見ても犯罪者に対して行う行為であった。
「口答えするな! トルソラリス王国からどれだけかかると思っているんだ! そんな嘘は通用せん!!」
「ええ……普通に街道を走って来ましたけど」
怪しいと判断した原因は、トルソラリスからやって来たという説明。確かに古戦場を使わずゴーレムを用いてドワーフの国に来るには、一度砂海に出て海路で森林山脈を超え、そこから陸路で数か国を経て、帝国領も越えてと大変な道のりである。実際にここ数か月で審査官は一度もトルソラリスからの人間を審査していない。
だからと言って、それだけで捕縛しようとするのはずいぶんと乱暴な話である。
その暴挙に周囲の精霊も怒り心頭で、何時もは強く吹く風は突然止み、沈む前から太陽の光は陰り、大地は小刻みに揺れ、空気は湿度を含み重くのしかかり、ガス灯の火が激しく燃えはじめ、闇からは不穏な気配が立ち上っている。
「問答無用! あとで詳しく聞いてやるから牢で頭冷やしていろ!」
「ちょ!?」
しかし誰もその変化に気が付かない。周囲の注意は、バイクから無理やり引き摺り降ろされるユウヒに集中しており、精霊の機嫌による自然の変化に気が付くドワーフはいない。列に並ぶ中には、気が付く種族もいたが、それよりも目の前で起きた捕り物に関心を引かれていた。
「こい!」
「暴れるな!」
「えー!?」
驚きの声を上げながらも、周囲の精霊に目を向け、心の中で「ステイ!」と叫ぶユウヒ。その言葉がなければ、今頃関所はどうなっていたか分からない。そんな気遣いにも気が付くことのないドワーフ達は、ユウヒを拘束すると巨大な壁の中にある牢屋へとユウヒを連れて行くのであった。
牢屋の中でユウヒは一人叫ぶ。
「…………雑!?」
彼の捕縛は雑であった。
乱暴に押し倒され、乱暴に縄の打たれ、そのまま乱暴に引き摺って牢屋まで運ばれると、縄もそのままに牢に鍵を掛けられる。しかもユウヒはここまで何も没収されていない。バイクこそ、その場に残さざるを得なかったが、身包みも剥がされず荷物もそのまま、見た感じ武器らしい武器がなかったからか、着の身着のまま牢屋に放り込まれたのだ。
これを雑と言わずして何を雑と言えば良いのか、そんな感情を爆発させるユウヒ以上に感情を爆発させたのは精霊たち。
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<!!!>
それはもう荒れる荒れる。ユウヒに「ステイ」と言われて犬のように従った精霊たちであるが、彼女達はそもそもにこらえ性がない無邪気な精霊、怒れば雪崩れだって起こすし、地震だって引き起こす。
その精霊を「ステイ」の一言で抑えられるユウヒが異常なのだ。今も騒がしい牢屋の外では精霊の怒りによる余波で異常が起きていたりするが、ユウヒの耳にそう言った異常は届かない。
精霊が届かないようにしているのだ。
そんな精霊達は、ユウヒにどうやって復讐するのかと声を上げている。特に火の精霊はまさに烈火のように起こっており、ドワーフ国爆破計画まで案に出していた。
「爆破はしません」
≪……!≫
でもユウヒには、そんな事をする気など更々ない。そんな彼の反応にも精霊は大変ご不満のようで、ロープでぐるぐる巻きにされたユウヒに詰め寄って、不満の感情をぶつけてくる。
「そんな文句を俺に言われても知りません。とりあえず落ち着け」
怒りを感じることがあっても、自分以上に周囲が怒っていると、自分の怒りは勝手に引いて行くものだ。ユウヒの場合は、どちらかというと精霊の怒り様に引いている。
ロープでミノムシになっている体を揺らして起き上り、小さく溜息を吐いたユウヒは、背中を冷たい石壁に預けて一息つくと、ごそごそと体を動かし始める。
「しかし、特に身包みはがされること無くポイされたんだが、雑過ぎるよな」
もう一度雑だと呟いたユウヒは、あっという間に手首の拘束を緩めると手を引き抜き、胴体をグルグル巻きにしている縄を、バッグから取り出した果物ナイフで切断。足首の拘束もナイフでさっくり切断する。
確かに状況を見れば、彼が雑だと評しても仕方がないかもしれないが、ガチガチに拘束された手首を抜くことができる一般人だって少ない。なんだったら縄も普通はナイフで簡単に切断できるほど軟ではない。
ユウヒは自分の事を棚の上に上げ過ぎである。
<……>
「取り調べとか言ってたけど、よいしょっと……どうなることやら」
さくっと何ごともなかったかのように拘束を解いたユウヒは、すこし気合を入れて立ち上がる。その姿を見上げる精霊達は、何か言いたそうに瞬く。
精霊の視線に気が付かぬまま、ポンチョに付いた土埃を払うユウヒは、そこでやっと精霊の声が消えている事に気が付き周囲を見回すが、瞬くだけの彼女達が言いたいことが分からなかったようで、小首を傾げてみせた。
「……? まあいいや」
何でもないよと言った様子でユウヒに纏わりつく精霊。少し前までの怒りに任せた騒がしさが無くなり、急な態度の変化に不思議そうなユウヒであるが、落ち着いたなら良いかと土埃が落ちて新品のように綺麗になったポンチョをはためかせて、今度はズボンや服に付いた土埃も落とし始める。
そんな土埃を落とす作業も数分と掛からず終わり、今度はバッグに手を突っ込む。
「えっとこの辺に、あったあった。牢屋はこれまで以上に臭いな」
取り出したのは光の石が入った革袋、見た目はただの革袋であるが、闇の力を用いた光封じを付与した立派な魔道具である。
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「トイレはこれか……水洗?」
ユウヒの臭いという言葉に同意する光の精霊と共に覗き込むのは、石で作られた大きな椅子に木の蓋がされた簡素なトイレ。息を止めて蓋を外し覗き込むが、光の石をかざすユウヒの前に広がるのは暗闇、微かに水音が聞こえるその穴に、ユウヒは首を傾げた。
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「水洗ではない……ぼっとん便所ってやつだな、でも水音がするから汲み取りでは無いのか?」
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「あぁ、下水にそのまま……」
水の精霊がユウヒの言葉を否定し、闇の精霊が構造を説明する。
どうやら、逃走防止用に随分狭く作られたトイレは、下水道に直接つながっているようだ。そこには臭気を押さえるような仕組みはなく、ピッタリと穴に嵌る蓋を開ければ、下水道の匂いが直接上がってくる様な不衛生な代物、現代社会で生きる日本人には耐えられない物である。
耐えられないのであれば改善したらいいと、光の石を取り出したユウヒはトイレを浄化、水を生み出すと、トイレに一気に流して汚れも害虫もまとめて流してしまう。
「この木の板は、ベッドの代わりかな? 石の床よりはマシか……これも浄化だ浄化」
天井から垂れ下がる蜘蛛の巣を魔法で吹き飛ばし、牢の中を歩き回り浄化して回ったユウヒは、床に敷かれた板に気が付く。幅がそれほどない板を張り合わせて大きく作られた板は、ベッド代わりのようだが随分と汚い。
捲れば虫でも出てきそうな板にげんなりしながら、ユウヒは隅々まで浄化の光を当てていく。それでもユウヒの気分は優れない。ユウヒは潔癖と言うわけではない、潔癖でもない彼が気持ち悪がるほどに、ドワーフの国の牢屋が汚いのだ。
「虫が気になるな、凍てつき命を奪え【フリーズ】」
手加減しながら、殺虫のために牢屋全体を凍てつかせる。一瞬で氷点下を下回る牢屋の中には、急激に冷やされた空気中の水分が白いもやとして現れる。牢屋には気流が少ないようで、もやがゆっくりと地面に落ちると足元が見えなくなった。
そんな牢屋の床にそっと手を置くユウヒ。
「冷た!?」
冷たいのは当たり前。
「一時の温もりを【ヒーターボール】んお!?」
今度は牢屋の中を温めるために、魔法でオレンジ色に輝く球を生成し、床に転がす。触れば火傷くらいはするが、火の玉ほどの熱量は感じない。そんな球を作り出したのだが、魔法で球を生成した瞬間、外から轟音が聞こえる。
大地を揺らすような轟音、ユウヒの視線は自然と精霊、特に火の精霊に向かう。
「…………おまん、やったか?」
<!?!?!?>
【ヒーターボール】よりも強く明るく輝く火の精霊は、免罪だと言った様子でユウヒの目の前で8の字に飛び回る。どうやら体全体で否定の気持ちを表しているようだが、ユウヒの視線は生暖かい。
精霊は嘘をつかない。しかし誤魔化しはする。目の前にいる火の精霊が直接爆発を起こしていなくても、他の精霊が起こした可能性は捨てきれない。そんな事を考えながら目を細めるユウヒ。
「ほんと? ほかの子は?」
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しかし返ってくるのは必死の弁明。死ぬわけではないが、彼女達にとって特別であるユウヒに誤解されて嫌われるなど、必死にもなると言うものだ。
そんな火の精霊が言うには、準備はしていても実行は絶対にしていないとの事で、ユウヒは思わず頭を掻く。ユウヒが怒りに任せて精霊に許可を出していれば、今頃ドワーフの国は火の海である。
「そっか……それじゃ、普通に異常事態かな?」
ならばいったい今の爆発音は何なのか、首を傾げるユウヒに、精霊たちも不思議そうに首を傾げ、理解を得られた火の精霊は、ほっとしたのかまだ冷たい床の上に膝をつき、土の精霊に慰められていた。
突然の爆発音、普通であれば異常の原因を探るところであるが、ユウヒはドワーフによって虜囚の身に落とされている為、焦りようがない。
「まぁいいや、もう休もう。何かあれば起されるだろ」
なら出来る事は少しでも体を休めることだけ。【ヒーターボール】の温もりと、ここまでバイクで走って来た疲れもあって木の板の上に胡坐を掻いて座るユウヒ。まだ牢屋の床はキンキン冷えているが、先ほどまでの凍てつく様な石の床よりマシなようである。
「せっかく塩街道じゃ何もなかったと言うのに、ゴール目前でこんな目に合うとは……ドワーフ国は相性悪いのだろうか?」
麦街道では様々な問題が発生していた一方で、塩街道では驚くほど何もなかったらしいが、ここに来てその幸運の揺り戻しが来たのか、思わずため息が漏れてしまうユウヒ。
特に何か悪いことをしたわけでもなく、ただ怪しいという理由で捕まる時点で相当に運が悪い。ユウヒの相性と言うのもあながち間違ってはいないのかもしれない。
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「ん? んー……流石に勲章出しても街に入れないだろ、国内用だろうし」
ユウヒの膝の上に降り立つ光の精霊は、国境で見せた勲章でどうにかできないのか問いかけたようだが、ユウヒはめんどくさそうに返事を返す。
ユウヒも勲章の提示については考えた。しかし、彼の鋭すぎる勘が、面倒事が増える予感を告げたのだ。その勘は正しい、彼が受け取った勲章は、トルソラリス王国の要人であることを示すものである。そんな人間が現れれば、当然国として丁重に扱わないといけない。
目立ちたくないユウヒとしてはそれは面倒であろう。しかし、あの場でその勲章を提示した場合、偽物呼ばわりされた上で、荷物は没収されてもっと厳重な牢屋に閉じ込められていた可能性も高い。それほどに、あの場での捕縛には理不尽なものがあった。
「最悪あらぬ誤解を受けそうだ。ゲームでも似たようなシチュエーションで牢屋にぶち込まれ……もうぶち込まれてたな」
その可能性も何となく察していたユウヒの脳内で展開されているのは、ゲームでのシチュエーション。ユウヒの思い出すゲームと言えばクロモリオンライン。そんなゲーム中でも、彼は誤解されて牢屋にぶち込まれているのだ。
すでに牢屋まで事は進んでいるが、現実はゲームのように甘くはない。もし、ユウヒが勲章を奪われ死罪にでもなろうものなら、トルソラリス王国とドワーフ国の同盟に致命的な溝が生まれかねない。
そんな未来の事など考えてもいないユウヒは、木の板の上に寝転ぶと、お腹の上で「処す? 処す?」と問いかけてくる精霊たちを「処さないよ」と何度もなだめながら、外から聞こえてくる爆発音をBGMにして、眠りにつくのであった。
いかがでしたでしょうか?
ゴール目前でのこの仕打ち、普通なら一暴れしそうなものの、荒ぶる精霊に気をそがれたユウヒはふて寝する。ユウヒの明日はどこに向かうのか。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




