第143話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
軍人というのは、多かれ少なかれ民衆からの目は気にするものである。特にドワーフと言うのは、気前のいい男ほどモテるという文化があるため、ケチだなんだと思われることを嫌う男が多い。
軍なんてものは大抵男の世界である。そうなれば、軍全体としてもそこは気にするところである。
「どうです? 小ぶりですけど、スライスして加工すれば対魔装備の装甲材も作れますよ」
ユウヒに払う報酬があまりに少ないという事実は、彼らのそういった価値観に反するものなのだ。すでに宿屋の無料宿泊権と言う報酬を貰っているユウヒであるが、あわよくば追加で何らかの報酬を払って、もう少し心証を改善したいと思うのが、ドワーフらしさ。
実際に、小奇麗なドワーフも上司から、そのへん何とかならないかと無茶な相談をされている。破格の交渉を成立させたことは高く評価されているが、一方であまりに安すぎる報酬も考え物だという彼らは、器用な手先と違って交渉事には性分もあって不器用な種族なのだ。
「対魔装備にするにはちと質が低いぞ? いいとこ土嚢に混ぜて対魔法強度を上げるくらいだ。しっかり精製してから加工しないと使えねぇよ」
不器用だが、その分正直者でもある。
「おや? 珍しいですね、お仕事は?」
「騒がしくて仕事にならねぇから散歩だ。何に使うか知らねぇが、そのままじゃ真面に使えんぞ兄ちゃん」
小綺麗なドワーフの後ろから顔を覗かせたのは、丈夫そうなオーバーオールを着たドワーフ。知り合いなのか、小奇麗なドワーフの持つ黒石を呆れたように見下ろす彼は、ユウヒに目を向けるとアドバイスを口にする。見るからに職人と言った風体のドワーフ、小奇麗なドワーフの手から一つ黒石を摘まみ上げると、険しい表情を浮かべて見分を始めてしまう。
「なるほど……黒石には呪いが付いてる物なんですか?」
「「は?」」
自己紹介するよりも素材が気になるらしい職人ドワーフは、ユウヒの言葉に思わず驚き、同じく小綺麗なドワーフも驚き声を揃えてしまう。
「いえ……これ、呪われてますよ?」
精霊に言われてユウヒが気になっていたのは、呪い。馬車から漂っていた呪いは、遠くから見ても左目でその気配が感じられるほどで、手に取り右目でしっかり確認が取れたユウヒの言葉に、職人ドワーフは小綺麗なドワーフを押しのけて前に出る
「おいおい! 変な事言わないでくれ、てかあんた誰だよ?」
職人としてか、それとも馬車にのせられた物資の取扱責任者だからか、ユウヒが突然言い出したことに語気を荒げるドワーフ。それに驚いたのは、ユウヒより先に小綺麗なドワーフの方であった。
「ばか! この方は昨日の人形繰様だ」
「マジか!? すまねぇ、魔法士さんとはおもわなくてよ……それじゃ目利きもできるってことか?」
「ある程度は」
上司からくれぐれも丁重にと指示を受けている彼は、職人ドワーフのオーバーオールを後ろから掴むと制止する。制止された職人ドワーフも、相手が魔法士だと分かると素直に謝罪し、確認をとる様にユウヒを上目遣いで見上げた。
ある程度、などと嘯くユウヒ。そんな彼を見上げる職人ドワーフは、頭を掻きながら眉をハの字にして、申し訳なさそうに小さく頭下げる。カッとなりやすく、また素直なところは、いかにもドワーフらしい。
「そうか……この黒石は強い魔力に対して斥力が少し発生する程度の石だ。精製して行けば機兵に使うような躯体制御装置になるらしいが、呪われてるなんて話は聞かねぇな」
相手が自分と同じ職人に類する相手であれば話は違うと言った様子の彼は、真面目な表情で黒石について説明を始める。
ドワーフ達が黒石と呼ぶ石は、古来から魔法に抵抗する力を持つ石として有名で、最近になって機兵などの大型遺物にも利用されている事が分かり、需要が高まっている素材でもある。当然、需要があるなら鹵獲品と言う曰く付きであっても買い手は付くもので、商人に持ってかれるより先にと、軍に掛け合う職人は少なくない。
「そうですね。私も聞いたことがないです」
しかし、彼らが求める黒石に、呪いがかかっているなどと言う話は誰も聞いたことがない。似たような呪いの石はあるものの、素材そのものを前にして、ドワーフが間違うことも無いだろう。
ユウヒも、真面目に答えるドワーフの姿から間違っているわけではないと理解すると、もう一つの可能性を思い浮かべて馬車の中にたくさん積まれた黒石を見詰める。
「そうですか……それじゃ、もしかしたらブービートラップかも」
「なに?」
その可能性はブービートラップ、使い古された手ではあるが、現代の戦争でも多く用いられる有効な罠だ。有名なものだと敵対勢力が欲しがりそうな物をわざと目立つように放置し、爆弾を接続させておくことで、回収する際に爆発し敵の戦力を効果的に減らすのだ。
特に、遅延的に効果を及ぼす罠などは、発見が遅れる事で被害が大きく拡大することもある。ユウヒはそんな話をたくさん聞かされてきたため、すぐにその可能性に行きついたようだ。
「全部同じ、精神干渉系の呪いが付いてますね。強くは無いけど、近くにあるとイライラするような……蓄積タイプかな?」
「……おい、それっておまえ」
「ええ、可能性は高いです。倉庫には先日搬入分の黒石があります」
右目の力を呪いに絞って調べるユウヒの視界には、次々と呪いについての詳しい情報が流れては消えていく。選ぶわけでもなく馬車から追加で取り出した石も、すべて同じ呪いとなれば、それは偶然では済まされない。
しかも、ユウヒが口にした呪いの効果は、彼らにある事件を想起させるには十分であった。
「運んだの街兵士の機兵だったな……」
「これは、急いだ方が良いですね」
呪いから倉庫で起きた喧嘩、そこまで話が繋がってくると、昨日の中型機兵同士の争いも自然と関連が生まれてくる。何故なら、目の前の鹵獲品を運んだのは、人手不足のために運搬作業まで担った、街から来たばかりの機兵なのだ。
それが突然の口論からの衝突、普段の様子が分からない者達のことでも、不自然に感じるところは多い。それだけの説得力が、ユウヒの話にはあった。多少はユウヒを疑う気持ちがあるものの、一つの呪いから生まれる奇妙なつながりは、その疑いを無視しても余りある。
「お手伝いは必要ですか?」
「えあ!? その、いやしかし」
普通なら、突然の提案に拒否するところではあるが、事態は一刻を争う。それでも戸惑う小綺麗なドワーフに、ユウヒは笑みを浮かべて見せる。
「乗り掛かった舟ですし、鑑定だけでもしますよ?」
「ありがたい! 倉庫まで案内する」
調べないといけないのは、ドワーフの苦手な分野である呪い。それに対して手伝いを申し出ているのは、どう考えても適材適所である高位の魔法士。悩む必要など無いと、職人ドワーフは近場の遺物の走っていくと乗り込み、操縦者に何時でも動かせるように話を通し始める。
どうやら職人ドワーフは、任務中の兵士にいきなり別の指示を出せるほどえらい人間のようだ。
「いや、その……お願いできますか?」
「ええ」
「助かります。私は司令部に行ってきますのでこっちはお願いします!」
「おう頼んだ!」
職人ドワーフの行動に、一瞬あっけにとられる小綺麗なドワーフは、すぐに気を取り直してユウヒに深く頭を下げてお礼を言うと、職人ドワーフに向かって大きな声を上げる。
ユウヒの前で腰の低い彼であるが、声量はドワーフらしく地面が振動しそうな大声。少し驚くユウヒにもう一度頭を下げた彼は、ドワーフらしい大きな足音を鳴らして走り去るのだった。
「お前ら酒の搬入終わったら鹵獲品を訓練場にもってけ! ばらさずそのまま放置で良いが解りやすく離しておいておけよ!」
『うっす!!』
小綺麗なドワーフを見送った職人ドワーフは、すぐに作業中の兵士に指示を出すと、ユウヒを多脚型の遺物に手招きし、手招きされたユウヒは目を輝かせると、軽い足取りで遺物に向かって駆け出すのであった。
それから数時間後、ユウヒは目頭を揉み解していた。
「目が疲れて来たな」
どうやら長時間の鑑定作業で目が疲れてしまったようだ。
ユウヒの右目は全てを見通す神の目、その黄金の輝きが強まるほどに見詰めた先にあるものが持つ来歴や詳細な情報を読み取れる。が、元は神様が持つ力であるため、人間が真面に扱える能力ではない。
「すまねぇな、魔法やら呪いやらは専門外でよ。街にいきゃ鑑定道具はあるんだが、こんな休憩場にまで置いとけるような安もんじゃなくてな」
「いえいえ、お昼も頂きましたし気にしないでください」
黄金の目の力をちょっと強めに使っただけで、視界は情報で埋まって何も見えなくなる。毎回コップから水を一滴だけ取り出すような、そんな繊細さで右目を使っているユウヒ。調べる対象と内容に一度慣れてしまえばあとは単純作業とは言え、絶え間なく視界に浮かんでは消える文字列は、否応なく目を酷使させる。
「晩飯も酒も用意するぜ、期待しててくれ」
「お酒は手元が狂いそうなので食事だけで大丈夫ですよ」
そんなユウヒの前に置かれているのは木箱いっぱいの鹵獲品。黒石だけかと思えば、その鹵獲品の種類は多種多様。いくら呪いだけに集中したとしても品が変われば右目の調整も変わるため、思ったほど作業は進んでいない。
簡易椅子の背凭れに体重を預けて背筋を伸ばすユウヒは、酒まで飲んでしまっては作業に支障が出ると、ドワーフの提案をやんわりと断る。疲れた時の酒がうまいのはユウヒも知っているが、同時に次の日に疲れを持ち越すことも知っているのだ。
「あんた、ストイックだな……」
「ははは……そうかな?」
そんな彼の姿は、お酒大好きなドワーフから見ると随分ストイックに見えるようで、苦笑いを浮かべるユウヒは小首をかしげると、目の前の木箱から矢束を取り出す。
<……!>
「そうかー……それにしても、種類は違えど8割呪われって感じだね」
精霊も認めるストイックユウヒは、革ひもで纏められた矢束を見詰めると、すっかり見慣れた呪いの表示に肩を竦めた。黒石から始まり、酒や帝国式硬パン、武器に矢束に補修用品と様々な鹵獲品が並ぶ中、8割が呪われていた。
全てが呪われていないのは、発覚を遅らせる意図があったのか、逆にお酒に関しては今のところ全てが呪われている。倉庫で乱闘を起こしたドワーフはその呪われた酒を、正確には呪われた酒瓶に入っていた酒を飲んでいた。
訓練場に急遽作られた鑑定場所に冷たい風が流れ込む。
「まいっちまうぜ、この黒曜石なんてかなり質が良いのによ……まぁ質が良いから持って帰るわけだが、なるほど罠だな」
ぽつぽつと、簡易テントの屋根に雨粒が落ちる音が聞こえる中、職人ドワーフは積み上げられた鑑定済みの箱から黒曜石を取り出し、不満そうに呟き自分で納得してしまう。ブービートラップに利用されるのは、何時でも利用価値がありそうな物なのだ。
未開封の食料や弾薬、ドワーフを相手に張る罠であれば酒に素材に、あとは干し肉でもぶら下げておけば、一緒に獣人もかかる事だろう。
「ええ、気になるものに仕掛けるから効果的なんですよ。しかも即効性じゃないところが嫌らしい。まるでアリの巣用の毒餌だな」
「毒か、性根の腐った帝国らしいやり方だな」
職人ドワーフは吐き捨てるように呟く。どうやらユウヒの毒餌という表現は、彼にもすんなり飲み込めるほどに帝国らしいやり方のようだ。
矢束を全部呪われ済みの木箱に放り込んだユウヒが次に取ったのは、矢を放つための機械式クロスボウ。帝国軍で広く使われているタイプのそれは、見た目上は何処にも問題はなさそうに見える。そのまま使えもするし、金属パーツが多いので鋳つぶして再利用もできる。
そんな思惑を含んだ目でクロスボウを見る職人ドワーフは、
「これもだめー」
「それもかよ!?」
ユウヒの無情な言葉で思わず悲鳴を上げるのであった。
それから暗くなるまでユウヒによる鑑定は続き、ドワーフたちは大変勿体なさそうな顔で走り回ることになるのであった。特に呪われた酒を捨てる係は、唇を噛みしめ血を流しながら酒を捨てていたそうだ。
いかがでしたでしょうか?
ドワーフに酒を捨てさせるというのは、実に鬼畜の所業ですね。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




