第142話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
ユウヒは荒ぶる精霊を前に目を瞑り、
「なるほど」
疲れた様に一つ頷く。
どうやら精霊たちの愚痴に付き合って疲れてしまったようだ
<!!>
そんな精霊たちの愚痴と言うのは、ドワーフたちの口からこぼれ出る“精霊の怒り”という言葉。ユウヒの頭の上に腰を落ち着けた2対の翅をもつ水の精霊は、そんな愚痴を最初に言いに来た精霊である。
今では愚痴ってすっかりすっきりした様子で、疲れた表情を浮かべるユウヒを慰めるように、冷えた空気をそっと吹き下ろしていた。
自分たちは何もしていない、心外だなどと話す精霊であるが、ドワーフの口からそんな言葉が出るという事は、それだけ問題が起きているという事である。
「心外だとは言うけど、思い当たる事は無いの? 昔怒って人間に天罰を下したとか」
≪…………≫
「あるのね」
それに実態として、怒った精霊による天罰と言うものは、意外なほど多い。特に精霊と相性の悪いドワーフ族、彼等にとって何気ない行動でも彼女たちの怒りを買うのだから、相対的に天罰との遭遇確率も跳ね上がるのだ。
罰の大小はあれど、ユウヒの問いに、真っ直ぐ目を前に向けられる精霊は居ない。
<!?>
「でも今回は違うと、特に思い当たることも無いんだ」
でも今回は本当に違うのだと声を上げるのは、ドワーフ国に天罰を下している筆頭とも言える土の精霊。麦1休憩場で起きている問題には何一つ、彼女達は関与していないと話す。
なら間接的な要因か、本当に何も関係ないのか、ユウヒの問いかけに対し、精霊たちは少し落ち着いた様子で瞬き合う。
<?>
<???>
<……>
ユウヒと騒がしく話す声は宿の外を通り過ぎる精霊にも届き、高級倉庫宿の広すぎる寝室には、いつの間にたくさんの精霊が集まりざわざわと樹々のざわめきのような声で溢れる。
「え? 嫌な感じがするの?」
そんな中、眠たそうな闇の精霊が布団の中から這い出してくると、麦1休憩場の中に嫌な感じがする場所があると話し出す。基本自由にその場の空気で世界を飛び回る精霊ゆえに、明確な場所は覚えていない様だが、精霊が嫌な感じと言って問題の無い方が珍しい。
「それはそれで問題の種がありそうでやだな……雨止んだね。散歩に行こうか」
≪♪≫
闇の精霊の言葉に、ユウヒの勘も何かを囁いたのか、小さく溜息を吐いて窓の外に目を向けた彼は散歩を提案し、その言葉に精霊たちは歓声を上げる。
彼が立ち上がるのに合わせて、ベッドの上に脱ぎ散らかしていたポンチョやバッグが宙に浮き、散歩に必要そうな物がユウヒの手元に集まりだす。知らない人が見ればホラーである。
雨が降り止んだ後の澄んだ空気の中、精霊を引き連れ麦1休憩場の市場通りを歩くユウヒ。大きな機兵も通れるような広い道と店舗や車庫を一階に備えた建物が並ぶ道には、雨避けのテントの下に様々な品が並ぶ。
「お? ロボットのパーツだ」
そんな中で特に大きな石造りの立派な建物の前には、大きな荷台に載せられたロボットのパーツが、幌をかぶせられた状態で止まっている。よく見るとそれは門前で大暴れした中型機兵の片足であった。
近くで見ると、改めてロボットの大きさを実感したユウヒが、荷台からはみ出た足先を見上げていると、ドワーフが荷台の影から顔を出す。
「おお! これはユウヒ殿、お疲れ様です!」
「えっと、あぁ昨日の、おつかれさまです。順調ですか?」
ユウヒの顔を見て驚き、笑みを浮かべたのは昨日の作業中に報酬の交渉をしてから何かと接点のある小綺麗なドワーフ。ドワーフにしては線が細く見える彼は、書き板を小脇に挟むとユウヒの言葉に少しほっとした様に息を吐く。
どうやら忘れられていなかったことにほっとしたようだ。どうしても人種が違うと見た目で違いが分からず、覚えてもらえないという事がある。彼が小綺麗な格好を心がけているのは、覚えてもらう意味もあるのかもしれない。
「はい! ユウヒ殿のおかげで通行に関しては問題なくなったので……まぁ、夜警業務が増えたのが難点ですが」
「あー、門が閉じられないですからね」
「はい……」
よく見ると小綺麗な格好ではあるものの、疲れが彼の顔には見える。特に目を見れば明らかに寝不足を示す隈が出来ており、肩を落として溜息を漏らす彼の姿にユウヒは苦笑を浮かべた。
ユウヒは元ではあるが、日本の一般的な社畜である。残業続きによる寝不足の経験もあれば、繁忙期によって引き起こされる緊急的なシフト制によって、早番に遅番、それに夜勤と不健康極まりない日々を経験した戦士である。急なシフトの変化による辛さも、良くわかるようだ。
「この大荷物はどこに持って行くんです?」
夜警業務と言いながら、今も仕事をしている姿にブラックな匂いを感じるユウヒは、なるべくそこに触れないように、興味半分で話を逸らして目の前の足を見上げる。
「あー、休憩場には本格的な工場は無いんで、兵舎の訓練場と倉庫にって感じです」
「工場ないんですか?」
ユウヒの問いかけに少し考えた男性であるが、すぐにこれからの予定を口にする。本来なら一般人に話していい内容でもないのであろうが、彼にとってユウヒはもう関係者である。それは、上層部から丁重に扱うように言われているのも関係しているだろう。
それよりも、大きな麦1休憩場に工場がないという事にユウヒは驚く。彼の認識では、ドワーフ国と言うのは、どこにでも遺物を修理できる工場があるもの、そういう認識だったからだ。その認識の元は日本のサブカルチャーなのだから、異世界の常識と当てはまらなくても当然である。
「メンテナンスハンガーはありますけど、組み直すには狭くて無理みたいです。他にも荷物が多くて、倉庫も色々あって大半が野ざらしになりそうですが……街の工場長が知ったらカンカンになるとかで、整備兵のため息が止まらんです」
不思議そうなユウヒに、困った表情で頭を掻く小綺麗なドワーフ。その顔には、疲れと呆れと眠気が浮かんでおり、これからの事を考えると頭が痛いと顔に書かれている。
勘が良くなくても分かるほど、このあとの激務が予想できる男性の姿を見下ろし、思わず心配そうな顔になってしまうユウヒ。そんなユウヒの下に慌てた様子の精霊が飛んでくる。
「お外じゃ錆びそうだしなぁ……ん? んん? あれは?」
「はい? あれですか?」
人と話している時は、空気を読んであまり話しかけてこない精霊が、視界を塞ぐように飛び回り注意を引いて声を上げる姿に、少し驚いたユウヒは精霊が指し示す方に目を向け、目を見開き問いかける。
それは店の前に停められた大型荷車の列と一緒に並ぶ、少し小さな木製の荷車。ロボットのパーツが積まれた荷車と違って、それほど重いものは載せられそうにない大きさのそれは、何が載っているのか分からないようにぴっちりと幌がロープで固定されている。
「ええ、あの布が被せてある馬車」
またその荷車は、ドワーフ国では比較的珍しい馬車である。曳いているのが馬なのだ。トルソラリス王国で見るような鱗をもつ馬ではなく、ばんえい競馬で見るような体格のいい馬である。
ただ、馬の状態はあまり良いようには見えない。
「おい! あの馬車の中身は何だ?」
「あれっす! 運んで来た! 拾いもんの!」
「あぁ、わかった!」
「うっす!」
ユウヒの問いに頷いた小綺麗なドワーフが声を張り上げると、石造りの建物から荷物を運び出していたドワーフが一人立ち止まって、大きな声で返事を返した。何とも心配になる会話であるが、ドワーフらしいと言えばらしい会話である。
「?」
<?>
しかし、聞いているユウヒには何が何だか分からず、視線を向けられた風の精霊も小首を傾げるように揺れて、わからないと意志を返す。
ドワーフ国では、軍の馬車は大抵遺物が引っ張っているものだが、そんな中で珍しく馬が曳く馬車を見詰めるユウヒ。フードの中で両の目が輝いているところを見るに、ただ珍しいという意味で驚いているわけではなさそうだ。
「あれは帝国の鹵獲品です」
「んん?」
ドワーフ兵士に手を振って振り返った小綺麗なドワーフ曰く、それは帝国軍の鹵獲品だという事だが、それだけではいったい何なのか見当もつかないユウヒの表情を見て、彼は笑みを浮かべると続きを口にする。
「ここのところ国内に帝国の兵士が侵入してきてまして、うちがバタバタしてるのもその所為なんですけど」
「なにか工作でも?」
どうやら噂になっていた帝国の兵士は、国境近辺どころか国内にまで侵入してきている様で、麦1休憩場の空気が落ち着かないのもその所為なのだという。特に麦1休憩場は、麦街道全体を管轄する方面軍の基地があるため、特にバタバタしているのだ。
「ええ、まだはっきりとは分からないんですがね。帝国の工作なんて今に始まった事じゃないですけど、ここのところそれが顕著で、うちもあっちこっちから兵を集めて国境の巡回警備を強化してるんです」
「それって話して大丈夫なんですか?」
「ええまぁ、耳聡いものなら知ってる話です。お礼になるか分かりませんが、旅の安全のためにはなる話かと思って」
「ありがとうございます」
ふわっとした噂話程度であればすでに出回っているという事もあって、特に気にした様子の無い男性に、ユウヒはほっとした様に礼を口にする。
何せユウヒの周りには昔から狸や狐が多く、わざと口を滑らせていつの間にか共犯者にしてくる様な者が多い。それは家族に友人知人、その知り合い含めて癖の強いものが多いのだ。とはいえ、今のユウヒは只者ではないが故に、罠にはめようとした方が振り回されることになる可能性が高く、一種の動く罠と言ってもいい彼は、人のことを言えない立場である。
そう言う意味では、現在ユウヒの事を丁重に扱っている彼やその上司は、運がいいと言えた。
「いえいえ。……それで進入してきた帝国兵を追いやってると色々置いて行くらしく、放置も不味いので全部回収してるんですよ」
そんな運のいい彼らは、進入してきた帝国兵に対しても良い結果を出せている様で、帝国兵を撃退するたびに、鹵獲品と言う戦利品を手に入れていると言い。ユウヒが気にする馬車も、馬を含めてすべて鹵獲品である。
「最近では鹵獲品の回収の方が、侵入者撃退より手間だとか兵士が愚痴を漏らしてますね」
面倒だからとそのまま放置していては、再度侵入してきた帝国兵に再利用されかねず。また馬などは、そのまま放置していると魔物を誘引してしまうため、残されたものは全て回収しなくてはならない。
撃退に加えて調査、回収、集積、運搬と、余計な仕事が増えた兵士達の愚痴は、小奇麗なドワーフの耳にも良く届くようだ。
「なるほど……あれの中身を聞いても?」
鹵獲品というワードは、ユウヒも両親の仕事の関係上たまに耳にするものである。傭兵団の面々からも、そういった話はよく聞かされていた。故に、彼は目に映るその鹵獲品が余計に気になり始めていた。
「あれは黒石でしたね。対魔法特性のある材料なんで、それなりに高価な物資です。まぁ、高価と言っても未加工なんでたかがしれますが……そうだ、ゴーレムの材料にどうです? 拾い物ですし、融通はきくかと」
「それは……ちょっと見させてもらっても?」
黒石と言われてもピンとこないユウヒであるが、対魔法素材と言う言葉には興味をそそられる。しかし、いつもなら好奇心に目を輝かせるユウヒは、いつもとは違う少し神妙な表情を浮かべていた。
「ええ、どうぞどうぞ!」
これが、ユウヒをよく知る者であれば、その雰囲気から違和感を覚えるところであるが、小奇麗なドワーフにそんな空気を読めるわけもなく。なんだったら、あまりに少ない報酬の補填になどと考えるくらいに軽い考えで、ユウヒを馬車に案内するのだった。
いかがでしたでしょうか?
慌てる精霊と気になるユウヒ、ドワーフは入った何を見せてくれるのか。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




