第141話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「ユウヒ殿! ユウヒ殿はおらぬか!!」
「ん? ……何ごと?」
ガラス窓から歪んだ朝日が降り注ぐ中、ユウヒは低く地に響く様なドワーフの大声で目を覚ました。
目覚めたばかりでぼやける視界に入り込む眩しい光に顔を顰め、これまでの旅の中で上から数えた方が早いだろう寝心地の良いベッドの上で頭を掻くユウヒは、二度寝に以降しようとした思考を再度の大声で覚醒させる。
それから五分ほどかかり、ユウヒは大声を上げるドワーフの声を止めることに成功し、さらに十分ほど時間をかけて最低限の身支度を整え、湿度を含んだ風が吹く外へと、ドワーフに手招きされながら足を踏み出した。
「これなんですが……」
「あー……」
「なにかご存じですか?」
魔法でさっと身支度を終え、先ほどまで寝ていたとは思えない整った髪を掻き上げるユウヒ。日本で散髪したのは一月以上前であり、髪の毛の長さは丁度いい長さまで伸びている。
などと、現実逃避をしていそうなユウヒの前には、ユウヒの二倍ほどの高さがある樹に吊るされ、昨夜遅くに降った雨によってずぶ濡れとなったドワーフが、赤黒い顔で気を失っていた。そんなものを早朝の起き抜けに見ようものなら、誰でも現実逃避をしたくなるだろう。
≪…………≫
そんな現実逃避に一歩足を踏み入れたところで踏みとどまったユウヒは、視界の端で団子になった精霊に目を向ける。その瞬間、ざわめく様に揺れる団子。
明らかに何か知ってる様子である。
「ちょっとまってくださいね(説明してね?)」
ドワーフに笑みを浮かべて見せたユウヒは、精霊に向かって鋭い視線を向けて心で一言念じると、一度宿の玄関から室内に戻った。
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扉を閉めた瞬間始まったのは、精霊による言い訳の合唱。
「なるほど……」
彼女達の言い訳を要約すると、昨日のゴーレムによる作業中から、ユウヒに強い敵愾心を向けているドワーフを見つけた。その男を監視していたところ、襲撃を計画していると判明。その襲撃からユウヒを守るためにこっそり罠を張ったのだが、複数の属性の精霊による合作となった罠があまりに強力で、罠にかけたはいいが、自分達では地面に下ろすことが出来なくなって、今に至るという。
精霊の力は強力だが、それでもこの地は神を退ける大地。その影響は精霊にも強く出ているため、個々の精霊の力は弱い。合作によって複雑怪奇に絡み合った魔法が発動したはいいものの、その効果を除去するほどの魔力は、彼女達には無かったようだ。
そんな言い訳を頷き聞き続けたユウヒは、営業スマイルを顔に張り付け外に出る。
「どうやら彼は昨日の夜、倉庫宿の中に進入を試みたみたいで、仕掛けていたトラップ魔道具に捕まったみたいですね」
外で待っていたドワーフに話すのは、真実と虚を混ぜた話。しかし、嘘を信じさせる時は、真実を適度に混ぜ込むことでより信憑性が増すものである。そもそも、トラップが精霊由来であること以外は大体真実なのだから嘘は言っていない。
そう自分に言い聞かせながら話すユウヒ。
「魔道具のトラップ……なるほど、解除は出来ますか?」
「ええ」
解除は簡単。魔法によって馬鹿みたいに強化されているとは言え、同様にバカみたいな量と質の魔力を有するユウヒ。いくら精霊が作り上げた魔法であろうと、力任せに解除することは可能である。
当然にやらかした精霊たちは率先して手伝いに手を上げ、寧ろ彼女達に魔力を渡すだけで大きな蔦の木は何事もなかったように消え去った。それにより拘束されていたドワーフは地面に落下、状況証拠からも、ユウヒには特にお咎めも無く、気絶したドワーフは再度ロープによって拘束される。
「あと、そのトラップ魔道具を確認させてもらいたいのですが」
「あぁ……使い捨てでもう無いんです」
「そうですか……」
地面に寝かされたことで顔色が良くなるドワーフを右目で視ていたユウヒは、崩れそうになった営業スマイルを張り付け直すと、魔道具トラップを気にするドワーフ兵士に答える。ありもしない魔道具トラップを見せろと言われても、見せられるわけがないのだ。
「……」
少し残念そうなドワーフに、ユウヒが笑みを張り付けたまま小首を傾げていると、門の向こうから追加のドワーフ兵士が走り込んでくる。これにより倉庫宿にはドワーフが全部で7人と随分な大所帯となり、鉄の格子で作られた門扉の影からは野次馬も顔を見せていた。
「曹長」
「どうした?」
「実は……」
まったく悪いことをしていないにもかかわらず、何か悪いことでもしたかのような視線を向けられるユウヒのフラストレーションは蓄積して行き、周囲の精霊は緊張した様に瞬き、風が急に弱くなる。
精霊の感情が自然に影響を及ぼす中、ユウヒの目の前でひそひそ話を続けるドワーフの兵士。曹長と呼ばれた兵士は思わず眉を寄せてユウヒに目を向けた。
「……なに? わかった」
「……(お説教だね)」
≪!?≫
そのまま頭を抱えだす曹長の姿を営業スマイルを浮かべたまま見つめるユウヒ。彼の許容量を超えたストレスは心の声として外に漏れだし、周囲の精霊を震わせる。
「一応、寝る時に結界張ってるから大丈夫だっていったのにまったく、心配性なんだから」
<……>
日の光を避けるように宿の軒先に移動したユウヒは、周囲のドワーフに聞こえない程度に声量を抑えて呟く。話しかけている相手は精霊たち、彼女達には万が一のためにバイクや自分の周りに結界を張っていると伝えてあった。また精霊であれば結界の有無も分かる。
それでも今回こっそりと罠を張ったのは、無邪気ゆえの善意とやさしさからであった。それはユウヒも何となく理解しているため、しょんぼりと光量を落とす精霊たちに小さく微笑む。それは営業スマイルとは違ってとても柔らかい笑みである。
「次からは起こしてくれるかい?」
<!!>
小さなため息交じりに精霊たちを許したユウヒは、それまでのしょんぼりとしていた雰囲気が嘘のように瞬く精霊たちにもう一度小さく溜息を漏らす。それは傍から見ると、朝から騒ぎを起こされ鬱屈とした感情が漏れ出ている様に見える溜息であった。
「ユウヒ殿、少し良いか?」
「はい?」
「あの者と面識は?」
「無いと思いますけど? 知り合いにドワーフなんて、数えるほどしかいませんし?」
それ故か、ユウヒに問いかける曹長の表情は、申し訳なさで顰められ、帰って来た営業スマイル交じりの返答により表情が険しくなっていく。彼らの方でも何か新しい情報が上がって来たのか、最初にユウヒを訪問した時ほどの覇気が感じられない。
「そうか……昨日から言動が可笑しかったようで、詳しく調べるので連れて行きます」
「あ、はい」
ユウヒの宿を襲った男は、なにやら可笑しな言動が目撃されていた様で、胃痛を我慢するような表情で頭を抱える曹長は、小さく頭を下げると、地面に転がる意識不明の男を睨む。睨んだところで何も変わらないと分かっていはいても、睨まずにはいられないと言った様子である。
その感情に覚えがあるユウヒは、かつての社畜時代を思い出し、心の中で曹長に手を合わせると、視線を戻した彼に笑みを浮かべて見せた。
「ユウヒ殿の予定を聞いてもよろしいですかな?」
「今日はゆっくりして、明日は塩街道に入る予定です。昨日の簡易ゴーレムの核が壊れたので、一日宿で製作してると思います」
予定を問われたユウヒは少し眉を上げると、明日には休憩場を出ると話す。元々の予定であれば、今日明日はゆっくりと休養を取り、休憩場を出るのはその後のつもりだったユウヒ。しかし、目の前で起きている事を考え、その場で予定を変更しておくことにしたようだ。
昨日の作業で使い潰してしまった簡易ゴーレムの補充も、一日あれば十分だという計算である。
「なる……壊れたのですか!?」
そんな、何でもないことのように付け加えられたゴーレムの破損であるが、普通ならさらりと流せるような内容ではない。
ゴーレムのコアと言うのは、非常に高価である。それは、魔法士にしか使えない魔道具のようなものであり、需要がそもそも少ないことで大抵は受注生産品になるからだ。そうなると製作には時間もかかれば金もかかる。どんなに簡単な物でも、普通なら一つ作るのだって数日は掛かってしまう。
「ええ、6体全部、流石に簡易ゴーレムじゃ耐久力が足りなかったようですね」
それが6体分である。曹長と言うベテランなら、詳しくは知らなくてもある程度の想像は出来た。
「申し訳ない。それほど負債を負わせてしまうとは……上には報告しておきます」
いくら善意による手伝いとはいえ、いやむしろ善意であるからこそ、そんな損害を与えて何もしなかったではドワーフ軍人の沽券にかかわってしまう。気にするなと言う方が無理な話だが、ユウヒは本気で気にしていない。
「気にしないでください。簡易ゴーレムなので、替えは効きますから」
「いや、しかし……そうですか。おい! そいつを連れていけ!」
「うっす!」
そもそも、簡易ゴーレムはまだ試作品であり、今回の手伝いも半分は稼働テストを兼ねている。データが取れれば壊れても気にしないユウヒの背後で、日本にいるであろう白い少女にしか見えない老人の幻が、「わかるー」とサムズアップしていた。
だがそれは、頭のネジが外れた可笑しな人間の感覚であって、異世界における一般的なゴーレムの知識を持つ、普通のドワーフ兵士に気にするなと言うのは無理な相談である。
「何かわかりましたら報告に伺います」
「はい」
不安や焦り、苛立ちによって指示が荒っぽくなる曹長を見送るユウヒは、振り向き何度も頭を下げて帰っていくドワーフの兵士に手を振り返し、一緒に退散する野次馬を見送ると小さく溜息を漏らす。
「さて、やるか」
静かになった倉庫宿の軒先で、朝日を十分に浴びたユウヒは、小さくやる気を出して部屋に戻るのであった。
パントリーで茶葉を見つけたユウヒが、優雅に朝のティータイムを開催し、その片手間で簡易ゴーレム用のゴーレムコアを作っている頃、倉庫宿で起きた事件は休憩場の司令官まで直接説明が届いていた。
「これは、どう言う事だ?」
「何といいますか、昨日から言動のおかしい者が増えているようです」
ユウヒに直接状況を聞いた曹長は、直属の上司と共に麦街道全体を統括する軍司令官の前でカチカチに固まっており、司令官の問いに思わず肩を跳ねさせている。その隣では難しい表情を浮かべた司令補佐が、昨日から急激に増えている異常についても触れる。
それは、曹長が部下から聞いた話とも類似する内容で、ユウヒの泊まる宿を襲ったドワーフの工兵も、昨夜から妙な言動が増えていたのだ。
「入れ替え後のストレス、というわけでは無いのだな?」
「それだったら医務室から報告が上がると思います」
原因として考えられるものの一つに、ストレスと言うものがある。
特に、現在のドワーフ国では、大規模な軍の配置換えが起きており、慣れない環境によるストレスの問題は、すでに司令の耳にも入っているが、旅人を突然襲う危険性が確認されるほどに症状が悪化している兵士がいるなどと言うのは、補佐も司令も聞いたことがなく。
「何も聞いてないな……何か他に変わった事はあったか」
視線を向けられた曹長と、その上司も全力で首を横に振っている。変わった事がないかと言われ、無言で視線を合わせる曹長とその上司、首を傾げあうその姿に片眉を上げる司令は補佐に目を向けた。
視線を向けられても困ると言いたげな表情で、手に持った書き板の束に視線を落とす補佐は、何かないかと薄い書き板を入れ替え始める。
「人員再編の影響はあるでしょうが……」
「失礼します!!」
それでも何も出てこないため、悩まし気に眉を顰める彼の声は、大きな足音によってしりすぼみになり、直後、扉を勢いよく押し開いた兵士が息を切らして声を張り上げた。普通なら怒られるところであるが、どう考えても緊急事態の様相。
「どうした随分顔色が悪いが」
司令官は慌てることなく落ち着き払って問いかけると、豊かな顎髭を手で掴み扱く。
「そ、それが……倉庫で大規模な乱闘が起きてます。現在は手隙の人間で押さえていますが、人数が多く抑えきれません」
「いったい何を……すぐに人を回してくれ」
緊張をほぐすように顎髭を弄っていた司令官は、髭を扱いていた手を止めると、そっとその手を机にのせ、怒気が漏れそうになるのを腹に力を籠めて押さえる。
ドワーフ式怒気制御法――所謂アンガーマネジメントなどと言われるもので、あふれ出そうな怒りを抑えた司令官は、鼻息を一つ吐き出すと落ち着いた声で指示を出す。
「はっ!」
「……はぁ、次から次に問題が増える。精霊でも怒らせたか?」
補佐の目配せを受けて、固まっていた曹長とその上司も走り出し、先ほどまで緊張感で息苦しかった執務室に寂しい空気が流れていく。
部下がいなくなったことで背中を丸めて机に両肘をついた司令官は、頭を両手で抱えるようにして深い溜息を漏らす。大抵のドワーフは、こういう面倒事が雪崩のように押し寄せてくる時に、精霊の怒りを口にする。
<……?>
それは彼らが、古く鉱山をねぐらにしていたころからの文化的な口癖であり、自らの行いに間違いがあるのではないかと、立ち止まって考える彼らの思考をそのまま言葉にしたようなものであった。
しかし、大半の場合において精霊は無関係であり、ちょうどそこに立ち寄った水の精霊は不思議そうに瞬くと、ドワーフ司令官の周りを二周する。考えるように翅をゆっくり開いて閉じると、何か理解した様に瞬き、彼女は二対の翅を強く羽ばたかせ、一直線にどこかへと飛んで行ってしまうのであった。
いかがでしたでしょうか?
アンガーマネジメント、生きる上で大事な技術です。出来れば学生の頃に教わりたかった。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




