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第140話

 修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。



「ありがとうございました!」


『ありがとうございました!!』


 ユウヒの前で横一列に整列したドワーフ達が、一歩前に出た代表の声に続き、声を揃えると一斉に深く頭を下げる。その頭の角度は彼らの感謝と比例していた。


「いえ、暗くなる前に終われてよかったです。それじゃ私はこれで」


 少し驚きつつも、日本でも見るような言動に微笑むユウヒの背後には、壊れた外壁が大きくひらけていた。本来の門よりも大きく広くなった門扉跡では、門の修理資材を運ぶ遺物と交差するように、疲れの見える顔をした人々が休憩場の中へと歩を進めている。


 明るく輝く日はまだ、遠くに見える山脈に沈み始めたばかりのようで、ユウヒの返事にドワーフの作業員達も、深く同意する様に頷き笑みを浮かべていた。


「ご案内します!」


「あ、ありがとうございます」


 小さく会釈してバイクに乗り込もうと踵を返したユウヒの目の前に走り出るのは、明るい茶の服を着た小奇麗なドワーフ。


 ユウヒへの報酬でもある宿に案内するために、軍から手配されたドワーフ軍の文官である。ドワーフにしては少し背の高い男性の大きな声に少し驚くユウヒは、苦笑をかみ殺すような笑みを浮かべてバイクに乗り込みゆっくりと走り出す。


『……』


 案内のドワーフが、操縦部分以外には脚しかない逆関節の二足歩行遺物に乗り先導する後ろ姿を見送るドワーフ達。整列したままユウヒを見送る彼らの中から、小さなため息が漏れる。


「…………ふぅ」


 ユウヒの背中が小さくなったことで、急激に気の抜けていくドワーフ工兵たちの先頭で、代表として声を上げていた男もまた溜息を漏らすが、それは聞こえてくる中で一番大きな溜息であった。それはそのまま彼の張っていた気の大きさを表している。


「いやぁ、すごかったな」


 気が抜ければ一気に騒がしくなり整列もすぐに崩れ、いくつも小さな纏まりが出来ていく。あっというう間に車座になって笑い合うドワーフたちが、自然と休憩する流れになった中で、話題に上げるのは当然ユウヒについてである。


「ほんにほんに、ありゃ人形繰じゃな」


「高位のゴーレム使いか、初めて見た」


「戦場でも無ければ見んじゃろて」


 楽しそうに話す彼らの口から出てくる“人形繰”とは、高位のゴーレム使いに対して敬意をもって使われる呼び名だ。トルソラリス王国であれば、ゴーレムマスターなどと呼ばれることが多い特殊な土の魔法士は、戦場を共にする兵士達にとって心強い前線の楯である。


 古いドワーフであれば、戦場で肩を並べて戦った者も多い。なにせ大きな土のゴーレムは、ドワーフの遺物と相性が良いのだ。相性が良ければ印象も良く、逆に技師からはライバル視されることも多い。


「まさか中型機も運んでしまえるとは思わなかったぜ」


 戦場くらいでしか見られない、高度なゴーレムを見る事が出来た若いドワーフの表情は明るい。壊れた中型機兵を運ぶ姿を思い出し、鼻息も荒くなっている。


「恐ろしく動きの良いゴーレムだった。あれで簡易らしいぞ」


「人形繰すげぇな」


「でも、人形繰レベルの魔法士が何でこんな場所に?」


 人形繰という戦術兵器のような魔法士に会えたことで興奮する面々であるが、疑問も同時に浮かんでくる。


 高位の魔法士は国にとって貴重な人材であるため、国に所属する魔法士は手厚く保護され国外に出ることも少ない。もし国外に出るとなっても、必ず護衛が付くものだ。如何に強力な魔法士とは言え、一人旅では暗殺や誘拐の危険が付きまとう。


 にもかかわらず、ユウヒは明らかに一人で行動しており、その事が余計に疑問を深くさせたようだ。


「帝国との国境があやしいからな、稼ぎ場所はいくらでもあるだろう」


 だが傭兵や冒険者の中にも高位の魔法士は存在する。そういった者であれば、単独行動であることはそれほど珍しくはない。国に所属する者よりも荒事に慣れている彼らにとって、稼ぐときに現地集合なんてことはざらなのだ。


 だがそう言う場合は、危険を承知で向かうほどに稼ぎが良い戦場が近くにあるという事である。


「もしくは何かあるのかもしれんな」


「何かってなんだ?」


「そんなもんわかったら国境警備の全面増員なんてやってねぇべ」


『たしかに』


 どんどんおかしな方向に想像が膨らんでいるが、その想像を裏付けるような事態が、すでにドワーフ国内では起きていた。それ故に、彼らは自分たちの想像を疑わない。むしろ国の動きや帝国の動きを考えると、近々大きな争いが起きてもおかしくないと思えてしまう。


 ユウヒと言う人間を核にして膨れ上がった想像に、ドワーフ工兵たちは険しい表情を浮かべて黙りこくってしまった。そんな静寂は一時的な物で、すぐにまた騒がしくなる。


「いつまで休んでんだ! 暗くなる前に最低限道の整備までおわらせんぞ!!」


『うっす!』


 なぜなら彼らの仕事はまだ終わっていないのだ。ユウヒのおかげで数日分の作業があっと言う間に終わっただけで、壊れた門はまだ何一つとして復旧していない。せめて門が閉められるようにならない限り、休憩場を守る兵士も利用者も、安心して夜眠る事が出来ないだろう。


 麦1休憩場の安寧は、彼らドワーフ工兵の肩にかかっているのだ。





 そんな休憩場の安寧の一助となった事で、ドワーフの工兵や軍人から一目を置かれたユウヒは、案内された広い倉庫宿を隅々まで歩き回っていた。


 倉庫宿に泊まるたびに行われる徘徊も慣れたもので、革紐を括り付けた光の石を革袋に仕舞うと、何度も鼻を鳴らす。


「……よし、匂い消し終わり」


<!!>

<……!>


 一頻り鼻を鳴らしたユウヒの鼻腔には、爽やかとまではいかないものの、少し湿気た木の甘い香りが感じられ、宿に入った時から鼻の奥を突き刺していた油や煤臭さに、酸っぱい汗臭さや腐敗臭が混ざった匂いは感じられない。


「麦1休憩場で一番良い倉庫宿らしいけど、匂いは変わらずだったな」


 匂いの大小はあれど、大体どこも似たような匂いのする倉庫宿。その匂いはある意味ドワーフ国の匂いと言ってもいいのかもしれない。慣れればいいと言われたらそれまでであるが、精霊の喜ぶ姿を見るユウヒは、毎度の徘徊を止める気にはならなかった。


「倉庫は馬車三台分と広いし、外には大きな馬房もある。部屋の数もたくさんあってお風呂まで付いてる。……なのにこの匂い。あと、気のせいかと思ってたけど、いろいろな設備の背が少し低いよね」


<……>


「ドワーフ基準と言うわけでもないのか」


 ユウヒは日本人の中では平均よりやや背が高い程度であるが、それを観見しても宿の設備は全体的に少し小さい。それはドワーフの平均身長を考えれば当然と言えるが、しかしそこは旅の人間が立ち寄る休憩場、それなりに設備は考えて作ってあるようだ。


 とはいえ、ドワーフからは微妙に背が高くて使い辛く、その他の種族も微妙に使い辛いという評判のドワーフ国の倉庫宿は、他種族が同じ場所で暮らす異世界らしさとも言える。尚、獣人の中でも小柄な者が多い人猫族には比較的評判が良く、ドワーフ国に獣人の行商や冒険者が多い理由にもなっている。


「食料保管庫の中は自由に使って良いらしいから、食事にしてからバイクを点検するかな」


 さらに、今回はドワーフ軍人による出来る限りのお礼としての宿とあって、宿の仕様は豪華そのもの。普通であれば食事は宿の食堂が提供するものか、自分で買ってくるのが普通である中、ユウヒが案内されたこの宿は、事前に食べきれないほどの多種多様な食材が保管されており、それを好きなだけ利用していいという言うものである。


<!>


「なんでも金持ちはシェフが作ってくれるらしいけど、俺はちょっとむりだね」


<?>


 普段は一般人や冒険者なんかが使うわけではなく、富裕層のために作られた宿とあって、いろいろと豪華そのもの。案内のドワーフが言うには、大抵そう言った旅人は料理人を連れていると言って、なんだったら料理人も手配できるという話だったのだが、ユウヒはその提案を断っていた。


 断っているところ見ていた精霊も、その理由までは理解出来なかったようで、キッチンに向かうユウヒの後を追って不思議そうに瞬いている。


「他人がいるとあまり落ち着かないというか、ほら? こうやっておしゃべりも出来ないだろ?」


<!?>


 精霊たちは理由を聞いてパッと明るく輝く。そもそも陰キャであるユウヒ、社会でもまれてマシになったとはいえ、人間という存在に対する評価は非常に低い。それに対して素直な精霊との関係は、彼にとって一つの癒しとも言える。


 面倒事の火種になる事もあるとはいえども、優先するなら知らぬ他人より精霊だというのはユウヒの本心だ。その本心を読んで楽しそうに精霊がじゃれつく中、ユウヒはキッチンの奥のパントリーに足を踏み入れる


「うわすご、半分以上お酒じゃん。しかも種類が多いだけじゃなくて全部がでかい樽で保管されてるよ」


 そこに広がっていたのは、良く磨かれて鏡のような真鍮製の吞口が取り付けられた無数の酒樽。キッチンの何倍もあるパントリーは、部屋そのものが魔道具と言う豪華なもので、室内の温度と湿度は一定に保たれている。その室温設定は、ドワーフらしいというのか、完全に酒を保管する上でベストな設定になっているようだ。


「流石ドワーフの国だな、それに見たこと無い食材ばかりだ」


 床に直接は置かないように、一段上げて作られている壁の棚は7、いや8割が酒樽で残り2割が食材。部屋そのものが広いからこそ、食材もそれなりに保管されているが、初めて訪れた者は、必ずその酒樽の数に圧倒される。それらが飲み放題なのだから、ドワーフの本気を感じられる宿と言えるだろう。


「肉は、塩漬け肉か……アウカラもある! 小分けにされてるところも良いな」


 また食材も酒に合わせたラインナップが目立ち、酒と肉を共にすることが多いドワーフ族として、多種多様な塩漬け肉は外せない。現代社会のように高性能な保存設備がない異世界では、生肉での長期保存は衛生上難しいようだ。


 ひんやりとしたパントリーからキッチンに戻るユウヒは、調理機器などの設備にも目を向ける。


「設備がしっかりしたキッチンに、水道まで引いてあるのは凄いな……トルソラリスでは見なかったけどあるのかな」


 壁に剥き出しで固定されている配管は水道のようで、バルブを捻れば水が流れ出る。日本人には当たり前の光景だが、これまでの旅で同じような設備を目にしてないユウヒは、蛇口から流れ出る水を浴び始める精霊に微笑みながら呟く。


<!>


「あるんだ、見ておきたかったなぁ」


 誰に聞くでもなく呟いたユウヒの言葉に、水の精霊は直ぐに返事を返す。


 実はユウヒが目にしてなかっただけで、トルソラリス王国にも水道設備はある。むしろドワーフ国に比べて質、量ともにトルソラリス王国の方が優れていると言っていい。そもそもが地下水を利用しなければならないお国柄であるため、その進歩は必然とも言える。


 その後も続く水の精霊の説明に理解を示すユウヒは、キッチンの設備を確認してもう一度パントリーの奥に足を踏み入れ、食材の中からある物を探す。


「……だめだ、米はなさそう」


 それは米。キッチンで魔道具のコンロと土鍋らしきものを見つけたユウヒは、日本人の心を思い出てしまったようだが、その心、白米を堪能するという野望は潰えてしまったようだ。食べないのであればそれはそれでどうにかなるものの、ふと思い出して白米を食べたくなるのは、日本人としてしょうがない習性である。


「パンと肉と野菜が自由に食べられるだけでも贅沢かな」


 小さくあきらめの声を漏らすユウヒは、木の車輪が付いたワゴンで、鍋に使えそうな食材を運び出すのであった。





 深夜、塩漬け肉多めの鍋を堪能し、お酒の誘惑を振り切ったユウヒが眠る倉庫宿の外で影が揺れる。


「ここか、コケにしやがって……」


 黒い外套に黒い覆面を頭から被り、手にウォーハンマーを握る影は、背格好からドワーフであることが分かる。声からは男であることも分かるが、その語気は荒くとても平常な人間のようには見えない。


「何が人形繰だ。遺物騎兵もどきの糞ゴーレム使いが」


 目は血走り、鼻息荒く独り言をつぶやくその男は、倉庫宿の塀に梯子をかけ侵入すると、真っ直ぐにガレージに向かう。


 彼の言葉を聞くに、どうやらゴーレムに対して批判的な意見を持つ人間のようだが、他人が泊まる倉庫宿に侵入し、今まさにガレージのシャッターをこじ開けようとする姿からは、思想強めの過激派にしか見えない。


「これは正義の鉄槌だ。大体ここはドワーフの国なんだ。他種族が来ていい場所じゃねぇ」


<…………>


 自らの行為を正義と称して悪徳に励む者というのは、世の中どうしても現れるもので、それは異世界の地であって同様のようだ。そしてその行いを見ている者は必ずいる。


 愚かな行いには罰が下るものであるが、彼の行いを見詰める者達は何も行動を移さずその行いを見詰めるだけ。このまま男が正義の名の下に鉄槌を下せば、ユウヒのバイクは破壊されてしまうであろう。それでも動かない監視者である精霊。


 光る綿毛のような色とりどりの精霊は、静かに宙に浮き男を見下ろしているが、体は小さく小刻みに揺れている。そこから漏れ出る気配はどうしても隠せぬ“期待”であった。どこかわくわくとした気配を漏らす彼女達の目の前で、男はシャッターをこじ開けるために一歩前に出て力を籠める。


「さっさところ、ころ……?」


 血管が切れそうなほど目が血走り、明らかに正常じゃない呼吸でぶつぶつ呟く男は、踏み出した足の裏に違和感を感じる。


 何かを踏んだ。下を向けば月明かりに浮かび上がる黒い線のような物。


「なん、なんだこれ……ひぃ!? ぎ――っ」


 それが何か理解するより早く、地面に伸びた黒い線は動き出し、男をからめとると縛り上げて宙に吊るし上げる。


<……>

<…………>

<?>

<!>


 途端に精霊たちから歓声が上がる。


 精霊との親和性が高いものでなければ気が付きもしない歓声の前で、太い蔦が絡み合ったような樹に吊るされる男。苦し気に藻掻いていたがそれも数分で意識を失い静かになる。


 そう、精霊たちはすでに愚か者への罰を、罠という形で用意していたのだ。いつその愚か者に気が付いたのか、しかし随分前から気が付いていたのであろう。ユウヒを守るために用意された罠は、ユウヒの安眠を妨げることなく本懐を遂げたのであった。



 いかがでしたでしょうか?


 侵入者は罠に気が付かない……。罠が発動、回避ロール……ファンブル、回避失敗。精霊の罠により侵入者は捕らえられた。精霊は歓喜した。ユウヒは寝がえりをうった。


 目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー

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