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ワールズダスト ~砂の海と星屑の記憶~  作者: Hekuto


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第136話

 修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。



「ここで良いんだよね?」


 背の高い女性が、倉庫宿を見上げながら呟く。よく見るとその女性はアウカラと戦っていた大楯持ちの冒険者。今は鎧も脱いで、随分身軽なパンツルックで、ノースリーブから伸びる腕に大きな荷物を抱えている。


「金持ちだったかにゃ……」


 その隣には、こちらもパンツルックにノースリーブの猫耳女性。革鎧を脱いでいるが、腰にナイフは下げている。彼女もまた、倉庫宿を見上げて間の抜けた声で呟く。


 なぜなら、彼女達が門兵や冒険者組合に話を聞いてやって来たのは、貴族もギリギリ使う事があるようなグレードの倉庫宿、敷地も広く宿と宿の間には高い塀もあり、近隣トラブル防止にも気を使っている。そうなると、宿泊代も当然高くなり、下手すると小銀や銀貨で泊まれない可能性が高い。


 本当にこんなところにゴーレム使いが泊まれるのか、不安そうに塀の門扉から顔を出し中を覗く二人、


「あ」


「ん? ああ、無事に戻って来れたんですね」


 その瞬間ユウヒと目が合って小さな声が漏れた。


 大きな門扉の奥には、馬車でも十分旋回できる開けた空間、その奥に開いた大きな倉庫内には、十分すぎる広さの倉庫の中央に停められたゴーレムこと、ユウヒのバイク。そこで何か作業をしていたユウヒは、倉庫の外に出てくるタイミングで彼女達と目が合い、そのまま笑みを浮かべて歩いてくる。


「あ、はい……あ! お肉持ってきました」


「厳選した良い部位だにゃ!」


 手に荷物を抱えていたユウヒは、すぐ荷物を足下に下ろすと少し緊張した様子の二人の目の前まで歩いてくるが、対照的な二人の様子に小首を傾げると、背の高い女性を見上げ、獣人女性の機嫌よさげな細い目を見詰め、そしてもう一度高身長女性の手元を見詰める。


 そこには大きな物が二つ、


「それは嬉しいですけど、多くない?」


 大きなパパチャの葉を、柔らかく丈夫に加工した包葉に包まれた荷物が二つ、そのどちらもユウヒが頼んだアウカラの肉の美味しい部位のようだが、明らかに量が一人分と言うレベルじゃない。どんなに過包装だったとしても、数人分の量はありそうだ。


 魔法で加工しておけばとも思うユウヒであるが、それはなんだか勿体ないとすぐに眉を顰める。


「一匹分の功績には見合わないかもしれないけど、なるべくたくさん切り分けてもらったんだ」


「これ以上はもうちょっとしっかり血抜きをしないと切り出せないにゃ」


 眉をしかめたユウヒを見て、申し訳なさそうな表情を浮かべる高身長女性と、その隣で困った様に頭の上の猫耳を撫でつける女性。そうじゃないと言いたそうなユウヒは、二人をじっと見詰め考え込む。


 せっかくの善意でたくさん肉を持って来てくれたのに、それを突き返すのは、何とも収まりが悪いと視線を彷徨わせるユウヒ。


「これを一人で食べるのは……そうだ、晩御飯一緒に食べません?」


「え?」


 ならばと、ユウヒは二人を食事に誘う。


 誘う事を考えた瞬間、なんだかナンパみたいだなと言う考えと共に、妙な悪寒が背筋を通り過ぎたが、特に気にする事のないユウヒの提案に、高身長女性は呆けた声を漏らして目を見開く。


 気のせいか、驚く彼女の頬には、少し赤みがさしたようにも見える。それはユウヒの所為だろうか、それとも沈み始め、赤みが増す日の光のせいか。


「アウカラの肉を外で焼いて食べようと思ってたんですよ、宿の管理人にも許可は取れましたし」


「いいのかにゃ!!」


 ぱっと花が開く様な笑顔の猫耳女性に、自然と笑い頷くユウヒ。彼にこれと言って他意はない、あるとするなら、ここまでの道中で見て来たドワーフ達の酒盛りが羨ましいと思ったくらいだ。


 どちらかと言えば陰キャのユウヒであるが、ゲームから続く友人関係が維持されている辺りを見るに、人と一緒にいるのが嫌いというわけではない。ただ一人でいるのが好きなだけで、一人旅を続けていれば人恋しくもなる。


「いや悪いだろ、世話になり過ぎだ」


 そんな意思を感じ取った精霊の抗議を聞きつつ、少し戸惑ったように話す高身長の女性を見上げるユウヒ。視線を向けられて肉を差し出す彼女から、米袋より重い肉の包みを受け取ると、彼の機嫌は更によくなり、普段なら人には滅多に見せることの無いような笑顔を浮かべた。


 尚、ユウヒの顔は父親譲りである。その父親はとてもモテるため、しょっちゅう浮気をしては妻である明華に折檻されている。その原因はだらしない性格によるものであるが、半分はその女性を惹きつける顔だ。


「良いんですよ、ずいぶん肉も多いし、食べないと腐らせちゃいますから」


「むむ……」


 当然ユウヒにもそのポテンシャルは引き継がれていて、ちゃんとした表情を浮かべれば、異世界であっても十分人を惹きつける顔立ちであった。惜しむらくは、常日頃から疲れた社畜の様に覇気の擦り切れた顔をしている事だろう。


 ただし、彼を慕う者達は、そんな顔もまた良いと言い。息子を溺愛する明華の神経を逆なでするのだが、それはまた別の話。


「お腹鳴ってるにゃ」


「うるさい! ……その、ご一緒しても?」


「ええ、皆さんでどうぞ、そのくらいの量はありそうでしょ?」


 空腹からか、それとも何か別のものに魅かれたのか、猫耳女性に腋腹を突かれる女性冒険者は、恥ずかしそうに提案を受け入れ、ユウヒは今はここに居ないドワーフ達についても言外に触れる。


「十分あるにゃ」


 お腹を手で押さえ、鳴こうとする腹の虫を止める女性の横で、猫耳女性は指を折ってグーになった手と、ユウヒの抱える肉を見比べて屈託なく笑う。





 それから小一時間後、宴は始まっていた。


「いや悪いなにーさん! せめて飲んでくれ!」


 場所はユウヒの泊まる大きな倉庫宿、そのガレージ前スペース。馬車を出し入れするために必要な空間が確保されているので、五人で食事するのには十分な広さがある。


 トサカ兜を被っていたドワーフの男、ヒャルムは木のジョッキを掲げて機嫌よく笑う。その脇には小さめの樽が置かれ、濃い琥珀色の発泡酒が中で揺れている。


「飲め飲め! 仕事の後のビータは最高だぞ!」


 そんなヒャルムより若いドワーフのスレントは、すでに出来上がってるのか、赤い髪と髭に負けないくらい赤い顔でジョッキを掲げ笑う。


 ビータと言うのは、ドワーフの国でよく作られる穀物の発泡酒。ユウヒが用意した焼肉用の焼き台を囲んで、小さな椅子に座る面々は、ぞれぞれに自分のジョッキやマグカップを手に、樽から酌んだ酒を飲んでいる。特に酒が飲めない人間はいない様だが、そもそもドワーフ国に来るような人間で、酒が飲めない者は珍しい。


 しかし、だからと言って酒を無茶に進める行為は褒められたものでは無い。


「酒ハラは止めなよ」


「何が酒ハラじゃ、ビータの一樽くらいあいさつ代わりじゃろが」


「ドワーフと一般人の肝を一緒にするにゃ」


 酒の文化にこだわりのあるドワーフであっても、良識ある者であれば無理強いしないものだが、この場にいるドワーフにはその良識がないようだ。しかし、これが冒険者としては割と上澄みの方であったりするのだから、ユウヒを見て怪訝そうにして者達の気持ちもわかると言うものだろう。


「俺は一杯もらえればいいよ、メインは肉だから」


 そも、ユウヒは肉が食べたいだけであって、酒は食前酒程度で十分なのだ。彼の口は完全に焼肉の口になっており、濃いめのビールにも似た味のビータは二の次である。


 切り分けてもらったアウカラの肉は、すでにユウヒによってすべて下処理を施され、食べやすいサイズのスライスが皿に盛られていた。そこから次々と焼き台にのせられる肉は、肉汁の弾ける焼き音と、少し野性味のある香りを周囲に振り撒く。


 しかしその香りは、猫族女性のセシーが知る香りと違うのか、焼けた肉を二又フォークで刺してを鼻先に近づけると、じっくり匂いを嗅いで真剣な表情で肉を頬張る。


 周囲は静かになり、肉の焼ける音だけが支配し、酒を飲んでいたドワーフの二人も彼女の姿を注視する。


「……最高の下処理……最高の切り分けにゃ」


 セシーは涙した。


 その姿に、ドワーフの二は驚くと慌てて二又フォークで肉を差し頬張る。そしてビータを勢いよく呷った。


「確かに……にーさん料理人か?」


「いいえ? ただの冒険者です」


「ほんとかよ、下ごしらえもしっかりしてあって、普通に良店の味だぞ……」


 肉の評価においてセシーは一家言あるのか、彼女が高評価するならと肉を口にした二人は納得した様に頷くが、ユウヒの返事には懐疑的である。それほどにユウヒの用意した肉は美味しかったようだ。


 そもそも、ドワーフ国で割と美味しい部類にあるアウカラの肉であるが、下処理などをしなければ野性味の強いだけの肉である。それでも旨味が濃くそれなりに食べられるので、ドワーフ国では割と広く流通している肉だ。それでも店に出せるレベルの肉というのは、普通の人間には用意できない。


 それが普通なのだが、一般人の手で用意したとは思えない目の前の焼肉、ユウヒが料理人だと思われてもおかしいことでは無かった。


「このソースもすごくおいしいです」


 実際に、ただ肉を焼くだけでなくソースまで自作している辺り、料理人と言った方が説得力があるだろう。


 大楯持ち冒険者のアルーナは、少し前までの緊張はどこに行ったのか、少し赤らんだ頬にソースをつけて満面の笑みを浮かべている。


「あり物で作っただけだよ、アウカラの肉が美味いだけじゃないかな」


「モグモグモグ、それはあるけどモグモグ、だけはないにゃ……モグ」


 ユウヒ謹製、魔法で作った正真正銘魔法のソースを一舐めして、難しい表情を浮かべるセシーは、ニコニコと煙に撒く様な笑みを浮かべるユウヒを、納得いかなそうにジト目で見詰めるのであった。


 その間も、肉にソースをつけて口に運ぶことを止めない辺り、相当に焼肉もソースを気に入ったようである。





 そんな楽しい焼肉パーティは数時間続き、すっかり日は暮れた会場からは、猫のうめき声が聞こえてくる。


「お、おもいにゃ……っ」


 それは、すっかり酒で出来上がり寝てしまった、樽のような腹のヒャルムを引っ張るセシーの声であった。最初は起こそうとしていたものの、酒臭いし、いびきもうるさいので諦めて引っ張り始めたのだが、それも小柄な彼女には難しいようだ。


「私が運ぶからそのままで、今日はありがとうございました」


「いえいえ、楽しかったです」


 苦笑を浮かべるアルーナは、少し酔いが冷めて来たのか、落ち着いた様子でユウヒに頭を下げ、その隣でセシーも大きく頭を下げ、屈託のない笑みを浮かべている。


「片付け、手伝わなくていいのかにゃ?」


「大丈夫ですよ、そんなに手間じゃないので」


「そうか……」


 今日一日、すっかり世話になってしまったという思いのアルーナは、片付けなどの手伝いを申し出たのだが、やんわりと断られて少ししょんぼりとした表情でユウヒを見下ろす。


 まったく悪気無く断られては、何も言えないと言った様子のアルーナに、ユウヒは申し訳なさそうに笑う。とはいえ、彼女達に手伝ってもらうよりも、魔法で済ませた方が片付けは早いのだ。近隣トラブル防止のための壁も高く、気を付けていれば魔法が周囲にバレることも無いので、彼女達が帰らないことには片付けが始められないとまで考えているユウヒ。


「そちらこそ、二人も運ぶみたいだし気を付けて」


 それにと、彼は地面に目を向けると、腹を出して大いびきをかく二人のドワーフを運ばないといけないだろうからなと、少し呆れた様に笑いながら言う。


 初対面の相手と酒を飲むと言うのに、まったく警戒心がない二人には、ユウヒも心配にならざるを得ない。しかし、ドワーフと言うのは、割とこんな感じの人間が多い。街に住むドワーフであればまだ警戒心も強いが、地方のドワーフや冒険者など、気持ちよく酒が飲めれば後の事は酔いが冷めて考えるタイプが多いのだ。


「ありがとう……重いなこいつら」


 最後にもう一度お礼を口にして微笑むアルーナは、ヒャルムとスレントの片足を掴むと、そのまま引きずり倉庫宿の門を潜る。


 ずいぶんと乱暴な運搬であるが、その程度でどうにかなるほど、ドワーフと言う種族は軟ではない。以前ユウヒが出会ったオーヤンが、吹き飛ばされてもピンピンしていたことからも分かるだろう。


「にゃー、それにしてもユウヒは強くておいしくて優秀だにゃ」


「そうだな」


 そんな風に慣れない手付きでドワーフを運ぶアルーナに、セシーは微笑みユウヒの感想を話し出す。若干不穏にも聞こえる言葉であるが、アルーナの笑みを見る限り、セシーの言葉は最上の褒め言葉のようだ。


 そんなセシーはふと笑みを消す。


「……あれ?」


「どうした?」


 急に真顔になって、その後不思議そうに小首を傾げるセシーに、アルーナは眉を上げる。


「そう言えば、ユウヒの宿は臭くなかったにゃ」


「あれだけ肉の匂いがしてたらわからないんじゃないか?」


 どうやらセシーは、今更になってユウヒの泊まる倉庫宿に違和感を覚えたようだ。しかし、それは彼女にだけ感じられた違和感のようで、香草をふんだんに使って下拵えされた肉の焼ける香りの中、普通の鼻を持つアルーナにはその違いが感じられ無かった。


「そうかもしれないにゃ……あれ?」


 納得しつつ、しかし訝しげなセシーはまた首を傾げた。


「今度は何だ?」


「虫が飛んでこなかったにゃと……」


 今度の違和感は虫、夜に明かりをつけていれば大なり小なり虫が飛んで来るもの、乾季と言えど年中雨の降るドワーフ国は、トルソラリス王国と違って虫が多い。


「……そう言えばそうだな、虫よけの香でも焚いてたんじゃないか?」


 そのため、虫よけのお香などの製品も多く流通しており、その大半は隣国である森の国から輸入されている。


 ユウヒもまた、そう言ったお香を使っていたのだろうと話すアルーナであるが、事実を知れば驚愕するであろう。なぜなら、完全に虫を遮断する魔法具など一般に流通しておらず、彼等の傍らに何気なく吊るされていたランプこそが、その魔道具だったのだから。それを知らずに過ごせたことは、ある意味で幸せだったのかもしれない。


「ふーむ、不思議で臭くない人に変更にゃ」


「それは、ちょっと失礼じゃないか?」


「にゃ?」


 異常が服を着て歩いているようなびっくり人間ユウヒであるが、気が付かなければただの不思議な人でしかないようだ。



 いかがでしたでしょうか?


 びっくり人間ユウヒは、焼き台も食器もまとめて魔法で洗いながらくしゃみを漏らす。


 目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー

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