第135話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
ユウヒは、まるでバイクと一体となるかのように体を石のボディに寝かせ、ほんのわずかに前方に目を向ける。
そうでもしないと風圧で振り落とされそうなのだ。
「ターゲット距離1000、体高3mくらい、右側の固体攻撃可能」
魔法によって視界の一部を占有するレーダー上には、ユウヒを中心にした周辺の生物が三次元的に表示されている。
狙うのは横に三匹ならんだ中でも一番大きな右端の魔物。サイズ的にユウヒのバイクより大きいようだが、今のユウヒは速度と言う高いエネルギーをもった岩塊に等しく、風の精霊の補助もあって巨大な魔物相手だろうと怯む要素はない。
「ヤギのようなサイのような、あの頭の位置なら……行けるな! ラムアタックだ!」
瞬く間に距離を詰め、まだまだ魔物から遠いと言うのに叫ぶユウヒは、波打つように歪んでいる石畳によって空に跳び上がる。強力な風のうねりがバイクを包み、蜃気楼のように歪む風の奥でユウヒの青と金の瞳が輝き、バイクのヘッドライトはその輝きに呼応して赤く強く輝く。
砲弾と大差ない速度で浅く弧を描いた先には巨大な魔物。咄嗟に恐怖からか身を捩り逃げるそぶりを見せたが、魔物に出来たのはそこまで、むしろ硬い角よりも柔らかい首筋を晒したのは致命傷である。
「それは不可視の角【インビジブルラム】」
<!!>
「いくぞおおお!! らぁぁぁあああむアタアアック!!」
さらにダメ押しとばかり唱えたのは、目に見えぬ衝角。双角を覆う様に出現したそれは冒険者たちの頭上で唸りを上げ、周囲の光すら歪ませた。
「ヴェブリゅ――!?!?!?」
強烈な衝撃が周囲に広がる。
しかしユウヒには、一切反動は返って来ない。なぜならすべての衝撃は魔法によって外へ逃がされ、僅かに残る反動も精霊たちによってユウヒに届かない。
バイクを中心にして発生した衝撃波は、首筋を貫かれた魔物を跳ね飛ばし、近くにいた魔物をたじろがせた。
「む……!」
勢いの付いたバイクを停止させるために、横滑りの態勢でボディを石畳で削るユウヒは、視界の端で動く魔物を捉える。どうやら首筋の一撃を受けてもまだ絶命には至らない様で、その姿からは魔物の強い生命力が伺え、少し驚くユウヒは魔物を目で補足したまま、滑るバイクの位置を調整していく。
「ヴェエエエエエエ!!!」
「逃げるか、お前だけでも!」
「ヴゥェ!?」
突然現れた地竜に混乱する魔物。いくら強力な魔物であるアウカラと言えども、竜を相手に出来るわけがなく。即座に状況の不利を察した無事な二頭は、なりふり構わず走り出し、置いて行かれたことで思わず叫ぶ仲間に目もくれない。
これが知性ある動物や、人であれば、仲間の叫びに一瞬の戸惑いを見せそうなものであるが、魔物にはそう言った思考はないようだ。
「逃がさん!!」
逃げる仲間を追いかけようと立ち上がるアウカラの背に、鋭い声が突き刺さると、同時に明確な殺気がその巨体を突き抜ける。
「――ッ!?」
殺気を理解したのが先か、それとも首筋にかかる圧力を感じたのが先か、声にならない叫びを上げる様に空を仰ぐアウカラは、太陽の光と闇が目に映ったのを最後に意識を失う。
海老反りのように首を持ち上げたまま倒れる魔物の首筋には、ユウヒの右足が突き刺さっており、よく見るとその右足は鎧のような氷に包まれていた。
横倒しになるアウカラの反動によって空に舞い上がったユウヒは、氷の脚鎧を魔力に解きながら冒険者たちの目の前にふわりと降り立つ。跳び上がった拍子でフードを深くかぶり、彼等の目の前に降り立つ姿は、不穏そのものでしかない。
「……飛翔をこういう使い方したの初めてかも」
「な、なにものだ!」
本人にその気がなくても、その脅威を目の当たりにした冒険者達にとっては、魔物以上に危険な相手にしか見えない。咄嗟に武器を構えられても仕方ないのかもしれない。
――熟考。
周囲を目だけで見て、冒険者たちの表情と手に持つ武器の震え、そして自分がどう見えているか、静かに考え込むユウヒに、冒険者達は時間が引き延ばされる様な緊張を覚える。少しでも動けば何が起きるか分からない。そんな緊張の中で、ユウヒは困った様に眉を寄せた。
「…………獲物の横取りで怒るのは分かるが、武器を構えるのはやめてほしいな」
いかにも怪しげなフードを下ろして話し始めるユウヒに、一層警戒心を強めるドワーフと大楯持ちの女性冒険者。
武器を構えるなと言われて、はいそうですかと武器を下げるような人間であれば、冒険者などやっていないだろう。しかし、ユウヒに考え付く言葉はそれくらいである。
彼が十代の中学生時分であれば、まだほかにも選択肢はあったかもしれないが、その選択肢も状況を劇的に改善することはないだろう。むしろ悪手と言える。
「盗賊……にはとても見えないが」
「旅の……ゴーレム使いだ。おに、魔物の姿が見えたから来ただけだ」
両手を大きく横に広げ、自分が何の武器も所持していないことを示しながら、ゆっくりと冒険者達に近付くユウヒ。盗賊と思われていたことに少し悲しそうな表情を浮かべるも、冒険者達から見たら武器もなくアウカラに止めを刺したユウヒは、何も持ってなくても脅威でしかない。
むしろ、その余裕のある動きからは、強者の気配が染み出している様で、より冒険者達を警戒させた。
しかし、そんなユウヒを見て警戒心を緩める者も居た。
「敵じゃないにゃ?」
それは楯持ち女性の後ろから顔を出して、ユウヒを見詰めていた猫耳女性。彼女の問いかけに、ユウヒは困った様に笑みを浮かべる。
「争うつもりはないよ、まぁ獲物を逃がしてしまったのは申し訳ないけど」
少しテンションに任せてやり過ぎたかと、心の中で反省しながら敵意が無い事を伝えるユウヒに向けられる警戒心は、微動だにしない。
しかし、猫耳女性が楯持ち冒険者のズボンを引っ張ると、彼女から感じる警戒心は緩む。そして猫耳女性と何ごとか話すと、明確に警戒心が薄れて構えていた剣が鞘の中に仕舞われる。
「……いや、こちらも手に余る相手だったから助かった。ありがとう」
「なら良かった」
楯を地面にさして手放す女性は、そのままユウヒの歩み寄ると手を差し出す。差し出された手を握るユウヒは、彼女の言葉に心底ほっとしたのか、自然な笑みを浮かべて返答する。
その返答に、女性の後ろについて来ていた猫耳女性は瞳孔の開いた黒目がちな目で見上げ、何か納得した様に頷いて自らも無言で手を差し出し、少し困惑した様子のユウヒと握手を交わす。
そこまで来れば、ドワーフの二人も警戒を解かざるを得ない。
解いた瞬間しりもち突く様に座り込むドワーフに、ユウヒはキョトンとした表情で目を向ける。
「はぁ……びっくりしたぜ」
どうやらドワーフ達には、すでに真面に立っている元氣もなかったようで、大きな溜息を吐くと手に持っていた斧も手放してしまう。
「ゴーレムか、ゴーレム使いって事は、冒険者だよな? 取り分はどうする?」
「半々で良いだろ、1匹狩れたが他はほとんど有効打も入れられなかったんだ」
座り込んで武器を手放しユウヒを見上げるドワーフの二人は、ユウヒを冒険者だと決めつけると早速取り分の話を始める。相手が冒険者であろうとなかろうと、取り分の話をするのは冒険者にとっての安全策であった。
相手が冒険者じゃなければ、取り分の前にその話になるであろう。また冒険者であれば、相手に独占の意思が無い事を示すことができるので、その後の会話を円滑にする効果があった。特に気の短いものが多いドワーフの国においては、当たり前のやり取りであるが、なじみのないユウヒにとっては、急に変わる話の流れに驚かざるを得ない様だ。
目を瞬かせるユウヒに、楯持ちの女性冒険者は苦笑を浮かべる。どうやら彼女には、ユウヒの浮かべる表情に覚えがあるようだ。
女性の苦笑を見詰め、思わず同じような表情で返すユウヒ。
「でもワタシら狩ったの小さいにゃ」
「いやでも一匹は一匹だろ」
そんな二人を他所に、狩りの配分を話し合うドワーフと猫耳女性。種族によって考え方が違うのか、すんなりとは決まりそうにない様子。
ドワーフは気が短く、細かいことは気にしない。それがドワーフのステレオタイプで、二人もその傾向があるのか、兜を脱いで汗を拭う赤髪の二人は、赤い髭を扱きながら猫耳女性を見上げ首を傾げる。
一方で、獣人は違うのか、自分たちで狩った唯一のアウカラと、ユウヒが最後仕留めたアウカラの大きさについて気にしている。実際にユウヒが仕留めたアウカラは、彼女達が仕留めたアウカラより一回り以上は大きいのだ。一般的な冒険者であっても、それだけサイズ差があれば多少なり気にするところだ。
「でも狩りは大きさで決まるものにゃ」
「そこはもう少し賢くだな!」
要は、ドワーフ達は少しでも取り分を増やしたい。一方で明確な違いがあるのだから、分け前は公正でなくてはならないと言うのが猫耳女性の主張だ。完全に半分にして分けると言うのはある意味で平等であるが、公平とは言えない。ドワーフと他種族では、度々こういった問題が発生することが多く、それ故、ドワーフと他種族の混合パーティは珍しい。
特に狩りにおいて、公平性を良しとする獣人とは反りが合わない。
こうなると大体は話し合いが長引くものだが、ユウヒは大変めんどくさがりである。
「二匹ともそっちの取り分で良いよ? その代わり……肉が食べたいから、美味しい部分を優先的に分けてもらえると助かるな」
「なに?」
そも、ユウヒは肉が食べたいから無理をしてアウカラを狩ったのである。もっと言うなら、助けが必要そうだったから、肉もそのついでである。最悪拒否されてもユウヒ的には問題ない。ただ、精霊的には大問題であろう事は明らかで、ユウヒの背後には不穏な光を放つ精霊たちが、無言でドワーフを見詰めている。
言葉を間違えれば何が起きるか分かったものじゃないが、その気配に気が付く者はいない。ユウヒも彼女達を見てないので気が付いていない様だ。
「肉か、いやいいのか? アウカラ討伐は金にも功績にもなるぞ? それを肉だけなど……」
「俺は肉が食べたいだけだから、美味しいんだろ?」
「それは、まぁ美味いがよ……」
赤毛のドワーフ達は怪訝な表情でユウヒを見上げる。
アウカラの討伐報酬は割が良い部類に入る。特に街道での討伐ともなればその功績は大きく、功績は報酬の上乗せにも、冒険者としての様々な優遇にも変えられるものだ。それを放棄して、肉だけ寄こせと言われたら、少しでも得をしようと考えるドワーフでも即答を躊躇してしまう。
何か裏があるんじゃないかと訝しむドワーフに、黒目がちな目でユウヒを見詰める獣人の女性、楯持ちの女性も大楯の汚れを拭いながら、少し驚いた表情を浮かべている。
「金も功績を要らねってか?」
「今は欲張るほど必要ないかな、それより美味しい肉のほうがいい」
斧を杖がわりに立ち上がったドワーフが、トサカの付いた兜を小脇に抱えてユウヒを睨むように見上げ、いつもの表情を浮かべるユウヒと見つめ合う。特に感情を揺らすことなく当然の様に話すユウヒを睨むこと数十秒、
「……なんというか」
「変わったやつじゃ」
トサカ兜のドワーフは呆れた様に眉尻を落とし、一切嘘を感じなユウヒの表情とその言葉に肩を落とす。座り込んでいたドワーフも思わず呟いてしまったが、小首を傾げるユウヒの姿に毒気を抜かれたのか、少し心配そうに眉を顰める。
「肉の重要性を理解している奴に悪いやつは少ないにゃ」
一方、黒目がちな目でユウヒを見詰めていた猫耳女性は、心得たと言わんばかりの表情を浮かべると、胸の前で腕を組んで深く何度も頷く。どうやら獣人としては、ユウヒの発言に感じ入るところが合ったようで、彼女の姿に楯持ち女性は、思わず顔から苦笑が漏れだしてしまうのだった。
「良い冒険者だったな」
<?>
それから十数分後、ユウヒはバイクに跨り麦5休憩場に向かっていた。そのバイクには荷物が増えた様子がないが、ユウヒは機嫌がよさそうだ。
「だってアウカラの運搬も肉の解体もやってくれるって言うんだ。俺は肉を待つだけ、良い出会いだ」
<……>
不思議そうな精霊たちは、ユウヒの返答にどこか呆れた様子で瞬くと可笑しそうに笑い声を漏らす。
冒険者との交渉で、肉を貰えることになったユウヒであるが、アウカラの運搬や売却、肉の切り出しは全て冒険者のパーティがやってくれるという事になったようだ。普通なら初めて会った相手を信用して全て任せるなど、心配で任せられるものでは無いが、持ち前の鋭すぎる勘があるからか、彼等を信用しているらしいユウヒ。
精霊は当然として、任されたドワーフ達までユウヒを心配していたのだから、彼の行動が可笑しいのは明白である。
「解体は魔法でも出来るけど、人目がある場所じゃ使いたくないしな」
それでも任された以上は、完璧な仕事を約束せざるを得ない。それもまたドワーフの性格である。どの道、狩りの公平な分配を是とする獣人族の女性が、肉の分配で不正を許すわけが無いのだ。
「今日はもう麦5休憩場で肉を待っていればいいだけだ、どうせなら外で焼肉にするか」
ユウヒの勘がどこで大丈夫だと認識したかは不明だが、今日はもうこれ以上がんばる気はなさそうである。本来であれば、今日中に麦4休憩場まで走るという予定も、焼肉の前には無力であった。
「楽しみだな、焼肉の焼き台を用意して、外で食べるなら虫よけの結界とかも作るか」
倉庫宿のグレードによっては、BBQが出来そうな屋外焼き台のある宿もあるし、基本的に倉庫前は開けているので、調理や食事に利用されることが多い。特にこの国は酒好きのドワーフ国、人の多い倉庫宿では、ドワーフの集団による酒盛りが度々開催されており、ユウヒもその姿には異世界の情緒を感じて自然と笑みが浮かんだ。
ただ、朝方まで飲み明かしたドワーフ達が、打ち上げられたトドのように、地べたで腹を出し寝ている姿には、ため息交じりの精霊と一緒に、苦笑を漏らしていた。
「泊る倉庫宿も広めで良いとこにしようかな? ……ふふふ」
<……>
<……?>
<…………♪>
早めの宿泊による余裕は、ユウヒにまた妙な魔道具を作らせる原動力となりそうで、機嫌の良いユウヒに当てられたのか、周囲を舞う精霊たちも心なしかいつもより綺麗に輝いているのであった。
いかがでしたでしょうか?
焼肉の光景を思い浮かべながら書くとお腹が空きます。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




