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ワールズダスト ~砂の海と星屑の記憶~  作者: Hekuto


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133/149

第133話

 修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。



 雨が通り過ぎたあとの澄んだ空気が、強い風に押し流されていく麦街道。


 ウォーターアブソーブのおかげで、ずぶ濡れの体はあっと言う間に乾き、雨よけで被っていたフードを下ろして空を見上げるユウヒ。


「ドワーフの国……広すぎない?」


 ぽつりとつぶやく彼は、すでに四日間石畳の上を走っている。それでもまだ麦街道を抜けることもできていない。


<!!>


「横に長い国なのか、それにしてもまだ麦街道とやらが終わらないわけだけど」


 それも仕方ない。


 国土が横より縦に長いトルソラリス王国と違って、ドワーフ国は縦より横に長い国である。西から東へと伸び、中央街道へと接続する麦街道は、トルソラリス王国から質の良い麦を仕入れる為に拡張されたことで、そう呼ばれるようになった歴史を持つ。


「次で麦10休憩場だけど、これでやっと半分が過ぎたくらいかな? ……西側の街道だけでも二週間前後かかるのか、18休憩場で一泊したのはロスだったな」


 長い歴史のある麦街道を走るユウヒは、ようやく半分を走り終えた。石畳の街道に入った事でバイクの速度を上げられ、微妙な到着時間となった18休憩場にこそ一泊したものの、その後は休憩場を一つ飛ばしに出来ていた。それでも麦街道から中央の塩街道に入るまでに二週間前後は掛かる計算になる。


 それも順調な旅であることが前提だ。


<!!>


「え? あ、そうか……徒歩や馬車だともっとかかるのか、大変だな……」


 先ず雨の多いドワーフの国で順調な旅程などありえない、洪水が起きるほどではないが、それでも雨の中での移動と言うのは時間がかかるもので、その為にも古代のドワーフはこの地に長大な石畳の街道を築いたのだ。トルソラリスの様に年中乾燥しているような地域であれば、石畳の街道など作らなかったであろう。


 ドワーフの国に点在する休憩場は、ドワーフの足で一日に移動できる距離にある。そこで一日休んで次の休憩場へ、それが徒歩のドワーフの一般的な旅程。馬車でも一日に一休憩場と言う移動が基本であり、ユウヒの様に一つ飛ばしで移動するものなど早々いない。


「日が暮れるまでには着きたいけど、どうかな?」


 そんな常識など知らないとばかりに、ユウヒはさらに贅沢な悩みを口にしており、ドワーフの国に住む精霊たちは、その移動の早さに感嘆というよりは、呆れにも似た笑い声をこぼす。


 精霊は基本的に土地に居つくものである。特に樹の精霊や土の精霊はその傾向が強く、最も自由なのは風の精霊で、闇や光の精霊は神出鬼没なところがある。ずっとユウヒについて来ている精霊も居るが、周囲で瞬く精霊の多くは現地の精霊、故にドワーフ国の事にはそれなりに詳しい。


<……!!>


「あ、もうすぐなんだ……ありがとね。大きな市場があるとか言ってたけど時間は、微妙だな。面白そうだったら二泊しても良いか」


 休憩場の場所程度なら、すぐに答えが返ってきた。


 ユウヒは耳元で囁く樹の精霊に笑みを浮かべると、次の休憩所の噂を思い出して、少しの寄り道を思い浮かべた。それもまた精霊から聞いた話、しかしそこは精霊らしい噂話、人の噂話よりも内容がふわっと纏まりがないため、その全貌が分からない。わからないが、わからないからこそユウヒの期待を高めるのであった。





「もう一泊決定だな」


 ユウヒは寄り道を決めた。


 ユウヒが見渡しているのは、日が暮れる前に到着した麦10休憩場。少し小高い場所の、値段も少しお高い倉庫宿の二階から見渡す麦10休憩場は、これまでユウヒが訪れたドワーフ国の休憩場で一番大きい。小さな村なら複数入りそうな休憩場は、山の麓とそこから流れる川も含めて巨大な外壁で守られている。


<……♪>


「そうだね、ドワーフの国に入ってから一番人が多い休憩場だ」


 また、広さもさることながら人も多い。


 ユウヒが泊まる様な二階建ての倉庫宿も多く、街を歩く人はドワーフだけではなく、頭に獣の耳を持つ獣人やユウヒと見た目がそれほど違わない人間も多く見かける。そんな街と言っても良い休憩場の中央には、大きな市場が広がっており、日が傾き始めた今の時間帯は酒を手にしながらでも食べやすい物が売られる屋台で賑わっている。


 ユウヒも屋台は気になっていたものの、精霊が嫌そうな意思を静かに漏らしているのに気が付いたため、早々に宿に引っ込んでいた。


「明日に備えて今日は早めに寝よう……その前に掃除だな」


 そんなユウヒは小さな溜息を吐くと、バッグの中から小さなランプのような魔道具を取り出し、蓋を開けて光を点ける。掃除と言うよりは、消臭の時間と言った方が良いだろう。


「トルソラリス王国では、匂いとかそこまで気にならなかったけど……こっちはどこも臭いな」


 わざわざ、少し値が張る宿に泊まった理由は――臭い。


 休憩場が変われば、宿の何とも言えない臭気も変わるかと、ここ数日期待しながら倉庫宿に泊まっていたユウヒであるが、どこも変わらず臭く。ならば大きな休憩場の一つ二つグレードの高い宿ならばと期待したようだが、ご覧の感想である。


 少し大きな倉庫宿の二階にいても、一階のトイレと土間の油臭さが混ざりあい、何とも言えない独特な臭気となった纏わりついてくるのだ。区切られた部屋である二階にいてそうなのだから、一階は語るべくもなく。そんな臭気は壁や床にこびり付いた汚れもろとも、ユウヒの魔道具によって消し飛ばされていく。


「……そうか、向こうはお香のような匂いがしてたから、匂い消しをしてたんだな」


 消臭を終えたユウヒは、確認のために一階のバイクに背中を預けながら鼻を鳴らす。注意深く探る様に鼻の音を鳴らすユウヒは、ふとトルソラリス王国で嗅いだ匂いを思い出す。それは夏の風物詩でもある蚊取り線香にも似た香り、匂いではなく香りと形容するにふさわしいそれを思い出したユウヒは、同時に他の記憶も蘇ってくる。


「そう言えばそう言うのが売れるとか聞いたな、お金に困ったら消臭剤かお香でも作るか……困る事はないと思うけど」


 トルソラリスで聞いた話を思い出し、バイクの荷物入れに目を向けるユウヒは、石でカモフラージュしたことで、出し入れが面倒になったバイクの中の荷物を思い出す。


 思い出すと同時に、路銀目的の金策の必要はないだろうと思い直す。なぜなら、バイクの荷物入れの中には、トルソラリスでもらった大量の報酬が保管されているのだ。手持ちでバッグに入れているお金でも路銀としては十分すぎるほど、路銀稼ぎなど考える必要もなかった。


 それはそれとして、消臭剤やお香に関しては、暇があればとも思うユウヒ。


「まぁ消臭剤よりこっちの方が強力なんだけど、あまり見られても良くないだろうし、カモフラージュは大事だな……ドワーフ国に来てから誤魔化してばかりな気がする。」


<!!>


 彼自身は強力魔道具があるからいいものの、人に見られていい物でもない。カモフラージュと言う誤魔化しばかりしている事実に肩を竦めるユウヒに、精霊たちはくすくすと笑うのであった。





 笑う精霊たちにジト目を向けながら、適当に屋台で買った味の濃い総菜パンを齧った翌日。


 思ったほど腹が満たされなかったユウヒは、空腹を訴える腹を押さえながら、朝の市場に来ていた。


「色々あるなぁ……肉」


 朝も早くから開いた屋台は、朝食を求めて多くの人で賑わっている。大体のドワーフは夜に酒盛りをするので、朝はさっぱりした食事や酸味のある果物、また水分の多い食事を好む傾向にあるため、時間帯によって屋台も偏りが生まれる。


 しかし、夜勤で働くドワーフはこれから酒盛りを始める時間であり、そう言った人に合わせて濃い味付けの肉料理もそれなりに見られ、そんな屋台の一つに吸い寄せられるユウヒ。


「おう兄ちゃん買ってくか? 一本豆銀一個だ」


「じゃあこれで、買えるだけ」


「小銀なら8本だな、食えるか?」


 いまひとつ、貨幣のレートを理解していないユウヒが差し出した長方形の小銀に、頭の上のとんがり耳をピンと立てる屋台の店主。狐か、それとも犬か、見た目だけじゃ正確な種族は分からないものの、小首をかしげて問いかける姿はドーベルマンのような雰囲気もある。


 小さな長方形の小銀は、一枚で豆銀8個分の価値のようだが、一定の大きさに丸めた銀を国の刻印付きハンマーで叩いただけの、簡素な貨幣の持ち合わせがないユウヒは、8本と言う思わぬ量に、すこし考え視線を彷徨わせる。


「大丈夫だと思います……入れ物あります?」


 そんな考える時間も無駄だと言わんばかりに鳴る腹の虫に視線を下げたユウヒは、頷きながら入れ物がないか問いかける。


 屋台の商品は、何かの肉の串焼き。お上品とは真逆にあるようなサイズ感の串焼きは、片手で8本持とうと思えば持てなくはなさそうだが、落ち着いて食べられるかは別の話である。


「パパチャの葉でくるんでやるよ」


 少し困った様に問いかけるユウヒを見下ろす屋台の店主は、差し出された小銀を受け取りながら包みを用意してやると話し、その言葉に笑みを浮かべるユウヒであるが、聞いたことも無い何かの名前で頭の中にはクエッションマークが通り過ぎていく。


 それから一分と掛からずに、パパチャの葉と呼ばれた艶のある大きな葉っぱに包まれた串焼きが、ユウヒの腕の中に収まる。一本の串焼きが30センチほどあるため、手で掴み持つには大きすぎたようだ。


「結構大きいですね? 何の肉ですか?」


「……魔物肉は駄目なやつか?」


「いえ、毒が無くて美味しければ何でも」


 店主の言葉から、どうやら串焼きの正体は魔物であるらしいが、両親の影響で食べられたら何でもいい性格になったユウヒには、特に気になる要素ではない。


 むしろ興味があるのか、店主を見る目に少し生気が宿る。いつも覇気がない草臥れた社畜の目をしているユウヒにしては珍しく、店主も興味があることが解ったのか少しほっとした様に話し出す。


「ならいいや、そいつはアウカラだ。いつもはムススとかの安い肉を使うんだが、最近はアウカラの供給が増えてな、仕入れの値も下がってきたからこっちに変えたんだよ。うめぇからな」


「アウカラですか……」


 アウカラと言われても全くピンとこないユウヒ、なんだったらムススも分からない。ユウヒの右目は物体が何であるかを詳細に調べられる目であるため、名前を言われても調べようがない。


 魔物の名前なんて、可食部がない草の塊――ウィードくらいしか知らないユウヒ。店主もユウヒの様子から察したのか、どう伝えるべきか少し悩み、顎を上げて小さく唸る。


「しらねぇかぁ……角と巨体で、まぁなかなか厄介な魔物なんだが、肉はどの部位も美味くてな? 何でも街道付近にまで現れるようになって、ここ最近は収量が増えてるらしい」


「冒険者が狩ってる感じですか?」


「そらそうだ、あんなでかくて凶暴な魔物を普通の猟師が狩れるわけねぇ」


 角と巨体と言われて頭の中の想像が膨らんでいくユウヒの疑問に、少し呆れた調子で話す店主。それは当然で、魔物を狩るのは冒険者の仕事と言うのが常識、猟師が狩るのは魔物じゃなくてただの動物。魔力により変質した魔物と、ただの動物では、その脅威度が全く違う。


 逆に、冒険者が動物を狩らないといけなくなる状況と言うのは、異常な状態とも言える。


「そんなに危ないんですねぇ」


「街道使うなら兄ちゃんも気をつけろよ?」


 親切な店主の話に笑みを浮かべるユウヒ。その姿はとても強そうには見えない、寧ろ店主でも簡単にどうにかできるほど弱く見える。それは彼の雰囲気によるものなのだろう。その姿には、初対面のはずである獣人の店主も、自然と心配する言葉が出てくるほどだ。


「ありがとうございます」


 とても親切な店主に頭を小さく下げて歩きだすユウヒ。


「……アウカラ、美味いな」


 串焼きを頬張り歩く彼の頭の中には、まだ見ぬアウカラの姿が何パターンも生み出されている。どのパターンでも大きくて角が生えている事は変わらない、しかしその想像のどれもが、最後には美味しそうな肉料理へと姿を変えていく。


「でかく凶暴、でかいという事は可食部が多い……」


 どうやらユウヒにとってアウカラは、すでに獲物としてしか見られてないようだ。


<……>


 それほどに、アウカラの串焼きは美味しいのか、ユウヒの想像を感じ取った周囲の精霊は、興味深そうに瞬き、アウカラの串焼きが消えていく速さに興味深げな笑い声をこぼす。


「よし、見かけたらちょっと狩ってみよう」


<……? ……??>


 市場を眺めながらゆっくり歩いていたユウヒは、最後の一本を食べ終わると、アウカラを狩ることにしたようで、いつもの草臥れた顔とは違う覇気に満ちた顔で宣言する。


 そんなユウヒの雰囲気に歓声を上げる精霊。はやし立てる様な精霊たちの中から、風の精霊がユウヒの鼻先に飛んで来ると何か話し始める。どうやら、今から探してこようか? と言った内容のようだが、ユウヒはその言葉に対して首を横に振って見せた。


「いやいいよ、積極的に探すつもりは無いけど、たまには焼肉が食べたいなと思ってね。串焼きも良いけど、焼肉……白米も欲しくなるなぁ」


 積極的に狩るつもりはないというユウヒであるが、その思考は次第にずれていく。どうやら完全に思考が食事に傾いてしまっている様で、その様子に精霊たちは不思議そうに瞬く。


 普段からあまり食に興味を示さないタイプのユウヒであるが、それは後天的に身に付いた性格であって、本来は食いしん坊な方である。寧ろ、何かに嵌る時は食べすぎて気持ち悪くなるまで飽きないユウヒは、ずいぶんとアウカラの味に心を掴まれたようである。


「面白いものがいっぱいあるけど、食欲が頭を汚染する」


 そんな状態で市場を歩いても、頭の中にある食欲が興味を邪魔するようで、いつもなら無駄遣いしていろいろ買い込みそうな素材の並ぶ区画でも、ユウヒは何も買わずにだらだらとウィンドウショッピングを楽しむだけであった。



 いかがでしたでしょうか?


 ユウヒの心は食欲に囚われた……。


 目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー

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