第132話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「とまれー!! とまれ!!」
「おっとと、結構ゆっくりなのに持ってかれるな」
大きな声を上げて進路をふさぐのは休憩場の警備兵、余裕をもってブレーキを踏んだつもりのユウヒであるが、完全に止まるまでに時間がかかり、進路をふさいでいたドワーフ兵士のすぐそばまで土の地面に深い轍を刻んでしまう。
普通に走るよりブレーキを踏んだ時の方がよく削れる土の地面。そんな路面の状態を気にするユウヒが前を向くと、槍を構えていたドワーフの兵士がおっかなびっくりと言った様子で近付いてくる。
「動くな! 動くなよ!」
「はいはい」
槍を突き付けながら近づく兵士に苦笑を漏らすユウヒは、フードを下ろすと、両手を上げながら遠くに見える休憩場の外壁目を向けた。
麦の19。そう大きく書かれた外壁の上では、矢を番えたクロスボウを構える複数のドワーフ兵士の姿があった。距離にして百メートルもない距離である。気を抜けるほどの距離とは言えず、万が一に備えてユウヒは魔力を汲み上げ、いつでも盾の魔法を使える様に備えた。
「……遺物か?」
ユウヒの姿を確認した男性兵士は、相手が普通の人であると分かると槍を突き付けるのをやめ、しかし槍の間合いギリギリで立ち止まると険しい表情で問いかける。
明らかに警戒しているものの、それでも最初に遺物かどうか問いかけてくるところはドワーフらしいところか、ユウヒは何とも言えない表情を浮かべてながら首を横に振って見せた。
「ゴーレムです」
「ゴーレムか、魔物かと思ったぞ」
「迫力ある方が良いかなと思って」
ユウヒは努めてにこやかな笑みを浮かべると、平然と嘘をつく。それに対してドワーフの兵士はほっと息を吐くと、一つ咳き込んで話し始める。どうやら最初はユウヒのバイクを見て魔物だと思ったらしく、外壁の上でクロスボウを構える兵士も、突然襲撃してきた魔物を迎撃するために出て来ていたようだ。
ユウヒと兵士が話し始めると、すぐに彼らはクロスボウを構えるのを止め、しかし警戒を解く気が無いのかユウヒを注視しているようだ。
「手製か? 確かにこれだけ厳ついなら盗賊もよって来ないだろうな」
一方で、いつも覇気の無い表情を浮かべているユウヒ、それ故か警戒心を緩めたドワーフ兵士は、ゴーレムだと言われたバイクに目を向けながら話し始める。その顔にはどこか感心するような表情が浮かんでいる。
いくらゴーレムに関心の無いドワーフとは言え、作り手の拘りが感じられる物には、一定の敬意は抱いているようで、彼はゴーレムの顔を見ながら納得した様に頷く。彼が兵士であるからか、バイクのヘッドライトの瞳が見せる気迫には、自らの仕事に通じるような何かを感じたようだ。
「すまんな、最近街道が荒れとるもんで、魔物に盗賊にとピリピリしてるんだ」
何を納得したのかは分からないが、ユウヒに対して悪くない印象を持ったらしいドワーフの兵士。にこりと笑みを浮かべてユウヒを見上げると、謝罪を口にして警戒していた理由を話し始める。
どうやら麦19休憩場では、最近増え始めたという魔物や盗賊に警戒していたようで、そこに現れた厳ついナニカに、兵士達の警戒心が振り切れたようだ。よく見ると、外壁の上の兵士達もどこかほっとした表情で様子を窺っている。
「麦街道は草街道よりまだマシなんだが、何時こっちにも盗賊が出るかわからんからな……しかし、これは地竜型か? 随分凝った造りだな」
西から東に進む麦街道、麦街道が終わりさらに東に向かう街道の名前は草街道。なにが起きているのか、遠く東の街道の異常にも警戒しないといけない何かがあるようだ。
そんな警戒心も薄れた様子でユウヒと話すドワーフの兵士は、興味深そうにゴーレムを見回し、その姿から地竜がモチーフなのだろうと当りを付け、ディテール一つ一つに頷いて見せる。
「単眼だと砂漠の石竜みたいだな、中々こだわりを感じる」
自分の作品を褒められてうれしく無い者と言うのは珍しく、ユウヒも例に漏れず嬉しそうな笑みを浮かべている。そんなユウヒは、ドワーフ兵士の石竜と言う言葉に眉を上げると、ひとまず頷いて見せた。
頷くユウヒに満足気な表情を浮かべるドワーフ兵士。考えが当たった事で満足そうな兵士を見下ろすユウヒは、何かモチーフがあったわけではないので、今後問われた際は、石竜ゴーレムですと説明することに決めるのだった。
「ありがとうございます。ガレ、あー倉庫宿ってどっちですかね?」
「そのサイズならまっすぐ行って三つ目の曲がり角を曲がった先が良いだろう」
ガレージと言っても通じない倉庫宿の場所を聞きながら、ユウヒはドワーフの手招きで門までゆっくりと走る。
麦20休憩場と同じような手続きを行うユウヒは、集まって来た兵士達に、つい先ほど決定した石竜モチーフと言う話を交えながら、兵士達と雑談を交わす。緊張からの安心という緩急があったからか、それとも普段からそうなのか、ドワーフ達はずいぶんとおしゃべりであった。
そんなやり取りと入場手続きは、さほど時間も掛からず終わる。
「周りの建物にぶつけないようにな」
「あ、はい」
入場を許可されアクセルを回すユウヒは、背後からの注意に思わず背筋を伸ばすと、いつも通りの緩い表情で笑みを浮かべ、予定よりも控えめな速度で、石竜バイクを走らせた。
ドワーフに紹介された倉庫宿に到着したユウヒ。バイクの速度もゆっくりだったためか、以前の宿の管理人の様に、驚いて腰を抜かされることもなく。すんなりと宿泊手続きを終えて宿の中、彼は天井を見上げて鼻を摘まんでいた。
「ここも臭いな、造りは前の宿とそんなに変わらないけど屋根が少し低い。あとここはベッドがハンモックなのか……うん、バイクで寝よう」
昨日利用した倉庫宿を基準に、今日の宿の評価をするユウヒであるが、注意せずとも気になるのは――やはり臭い。
作りは変わらずとも、明らかにグレードが低くなっている宿の中を見回すユウヒの周りには、光の精霊が集まっている。どうやら早く光の石を使って消臭しようと、袖を引っ張り促しているようで、そんな彼女達に頷くとバッグから消臭と浄化専用の魔道具を取り出すユウヒ。
「石ボディで寝そべる場所が大きくなったのは良い所だな」
<!!>
部屋のあちこちを、魔道具の強力な光で照らす。照らされた場所は一瞬で汚れが薄れ、臭いはそれよりも劇的に消えていく。その強力な浄化の力に、周囲の精霊は楽しそうに舞い上がる。
寝辛そうだからと使わないことにしたハンモックも、一応と言った感じで魔道具で照らしてみるユウヒは、何とも言えない汚れと匂いに顔を顰めた。以前泊った倉庫宿より明らかにグレードが一つ下であることを理解した彼は、いそいそとバイクの上に乗り、岩で一回りも二回り大きくなったバイクの新たな利点に何とも言えない表情で呟く。
「……もう少しこの辺滑らかにするか」
しかし、寝るにはちょうどいい広さであっても、そこは石である。石らしいディテールに拘ったことで、表面は最近流行りの意地悪なベンチの様に居心地が悪い。拘りと実用性を天秤にかけたユウヒは、そっと石のボディに手を添え、汲み上げるだけで無駄になっていた魔力で表面を滑らかに整えるであった。
翌朝、バイクの上で就寝したユウヒは、倉庫宿からバイクを出して扉に鍵をかけると、少し凝り固まった背中を伸ばし、そのまま空を見上げる。
「今日はちょっと天気が悪いな」
<……>
「午後は雨? 急いだ方が良いかな」
空を見上げるユウヒの視界に飛び込んできた水の精霊の話によれば、今日の午後から雨が降るらしい。雨が降れば、いくら水をあっと言う間に吸収する魔道具があるとは言え、晴れている時と同じ速度で走るわけにはいかず、東側からゆったりと流れてくる灰色の雲にユウヒは眉を寄せる。
しかし旅をしている以上、天候の変化はつきもので、寧ろ砂漠の砂嵐や、極限の乾燥と熱波よりはずいぶんとマシだと小さな溜息を吐くユウヒは、宿の鍵を胸ポケットに入れて、重力を感じさせない動きでバイクに飛び乗った。
「おいお前! それは遺物か!」
そんなユウヒに、突然大きな声が掛けられる。
「え? ああ、ゴーレムですけど」
「なんだ石人形か……つまらん」
ユウヒが声のした方に目を向けると、よく見るドワーフとはずいぶんと雰囲気が違うドワーフが立っていた。突然の問いかけに小首を傾げながら答えるユウヒに、男はつまらないと吐き捨てるように言いながらバイクを睨む。
男がバイクを睨む姿を見下ろすユウヒは、その煌びやかな服装とシルクハットのような帽子をかぶる姿に目を瞬かせた。これまで見て来たドワーフは、作業着のような服や鎧姿ばかりで、金色や銀色に色とりどりの指輪を付けて、装飾過多な服を着た者はいなかった。だからこそ、ユウヒには余計珍しく見えたようだ。
トルソラリス王国も、貴族とは言えそれほどゴテゴテとした装飾で着飾るものは少なく。女性も大振りの装飾を一つ二つ身に着ける程度で、どちらかと言うと髪飾りを多く身に着ける傾向にある。またユウヒが城で見た貴族も、どちらかと言うと制服然とした雰囲気の装いが多かった。
それは、ユウヒが出会った貴族の種類と、砂漠地帯と言う気候によるところ大きいのだが、それにしても目の前のドワーフは非常に装飾が多い。見る者が見ればそのすごさが分かるのであろうが、残念なことにユウヒには重そうな服だなと言う感想しか持てなかった。
事実、ドワーフが胸に付けたメダルは重いのか、重力に引っ張られて服に皺を作っている。
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珍し気にドワーフを見下ろすユウヒの一方で、精霊は機嫌悪そうに意思を垂れ流す。
「あーはいはい、それじゃ」
「さっさといけいけ」
どうやらドワーフはユウヒを心の中で馬鹿にしている様で、それが精霊達の逆鱗に触れたようだ。しかし、そんな事どうでも良いと言った様子のユウヒは、今にも飛び掛かりそうな精霊は指で摘まむと、荒っぽい言葉を吐き捨て、手で払うようなジェスチャーを見せるドワーフに呆れながら、彼が乗っていたらしい遺物を一瞥してバイクを発進させる。
「……ゴーレムだとこういう問題も出て来るのか、それにしてもぼろい四足歩行ロボットだな」
遺物には強い関心を示すドワーフは、一方で魔法の産物であるゴーレムには興味がない。だからこそバイクをゴーレムと偽っているユウヒであるが、まさか嫌悪の感情まで向けられるとは思っておらず、困ったものだと苦笑すると、そんなドワーフが乗っていた四足歩行のロボットを思い出す。
<!!>
「そうだね、倉庫宿のあの油臭さと同じ匂いがする」
関節部に油の垂れあとが目立つ四足の遺物は、例えるならバッタ型の遺物であった。錆付きこそ無かったが、離れていても漂ってきた油の匂いに、倉庫宿の油臭さの原因を理解すると、ユウヒはこの先の宿の事を考え眉をしかめた。
ここに来て初めて見たドワーフの遺物に、好奇心を抱く前に残念な気持ちで満たされた彼は、自らの相棒はあんな油臭くしたくないと、石のボディを一撫でして倉庫宿の管理棟まで静かにバイクを走らせた。
「おうゴーレムの兄ちゃんか……よし問題ない。今日は雨が来そうだから石畳の道には気をつけろ?」
管理棟に近付くとすぐに管理人のドワーフが出てくる。彼は先ほどのドワーフと違って、オーバーオールのようなすっきりとした服を着ており、差し出した大きな手でユウヒから部屋の鍵を受け取ると、手の中で鍵を回し見て、満足そうに胸の中央に大きく縫い付けられたポケットに鍵をしまう。
そんな彼曰く、今から街道に出るのなら雨が降りそうなので石畳に気をつけろという。しかし休憩場の一部は石畳であるが、それ以外は家も外も土道しかない。
「石畳ですか?」
注意する石畳が見当たらず、周囲を見回し小首を傾げるユウヒ。
「おう、この先で街道が石畳に変わるんだが、雨が降るとよく滑るんだ。たまに馬車がスピードの出し過ぎで転倒するからよ、ゴーレムでもどうなるかわからんだろ?」
「滑るか、わかりました。ありがとうございます」
「なんの……事故が起きちまうとまぁ、こっちも仕事が増えるからな」
麦街道と呼ばれる西から東へ伸びる道は、西から東へ向かう途中で土道が石畳に変わる。寧ろドワーフ国の主街道は、そのほとんどが石畳で作られており、それは遥か昔から存在する旧街道を延伸することで作られていた。
そのため、古くから存在する街道の石畳は人々の往来によって削られ滑らかになり、そこに苔などが生える事で、雨天時はとても滑りやすくなる。これによる事故は、年間で数百件以上を数えるのだが、いろいろな理由があって街道の整備にはつながらない。
休憩場を出発後、小一時間ほど走った先でユウヒは問題の石畳を確認した。
「確かにこれなら事故も起きるかな」
<!!>
土道から石畳に変わる街道を走りながら、まるで土道が石畳を飲み込む様な状態の道をバイクで踏み越え、お尻に感じる感触が変わったまましばらく走ったユウヒは、バイクを街道の端に停めて感想を呟いた。
ユウヒが見渡す広い石畳の街道は、車であれば両側数車線は取れるほど広く、路面は降り始めた雨が表面を濡らし滑らかな姿を見せている。明らかな凹みとなった轍は無いものの、現代日本の道の様に平坦な道とはいかないようだ。
「うねうねしたりアップダウンしたり、道幅は広いけど石畳も平らってわけじゃないし、スピード上げたら足取られるかもね」
先ず、道が真っ直ぐではない。横に広いからこそそれほど急なカーブは無いものの、まっすぐ走ろうと思うと、道の端から端へとフラフラ走らなければならなくなる。また見た目以上にアップダウンも多く、バイクでスピードを出すと飛び跳ねてしまうほどで、それは石の鎧を纏うこととなった、今の石竜バイクでも同様だ。
石畳は磨かれているものの、敷き詰められた巨大な石のブロックは、それぞれに微妙な丸みを帯びており、あまりフラフラと走っているとその丸みでタイヤを滑らせかねない。ユウヒのバイクよりずっと幅の狭い馬車の車輪なら、なおさら滑りやすいであろう。
「まぁ、俺にはあんまり関係ないかな」
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しかしそれだけ酷評してもなお、ユウヒは問題ないと言った様子でバイクのアクセルを握る。そこへ、アクセルを握る手の甲へと着地した小さな樹の精霊は、本当に問題ないのかと、その緑色の丸い体を左右にゆらし問いかけた。
「うーん? 今くらいのしとしと雨なら、ウォーターアブソーブでスリップは防げるでしょ」
少し考えながら重い石の蓋を開け、黒い金属ボディで光るスイッチ入れると、ユウヒの周囲から瞬間的に水が消える。消えるとは言え、からからに乾燥するわけではなく、走るのに十分な程度の水分が路面から消え、アクセルを回すと進む先の路面が次々乾いて行く。
「今のスピードだと休憩場一つ二つくらい飛ばせるかな?」
ウォーターアブソーブの効果を確認しながら、アクセルをゆっくり回していくユウヒは、バイクが大きく跳ねない程度の速度を維持すると精霊に確認を取り、その返事に笑みを浮かべると、雨と土の匂いが強くなる街道の雰囲気を楽しむ様にバイクを走らせた。
いかがでしたでしょうか?
ユウヒの旅の足音は、石畳の街道に移り変わったようです。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




