第131話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「これが倉庫宿……小さなガレージハウスって感じだな」
少し疲れた声で呟くユウヒ。厳つい岩の体を持つバイクの出現に、驚き腰を抜かした宿管理人のドワーフ男性を介抱することとなった彼は、時間はかかったものの、無事鍵を借りて倉庫宿を見上げている。
見上げていてもしょうがないと、バイクから降りたユウヒは木戸の鍵穴に取っ手の大きな鉄の棒カギを刺して回す。簡素であるが、少し重い手ごたえの鍵を開けて扉を開けると、何とも言えない木の古臭い匂いが出迎えた。
「……木造の二階建てガレージハウスって感じかな? いや、ロフト付きガレージの方が正しいかも」
少し顔を顰めつつも室内に入ると、天窓から差し込む光で室内がぼんやりと見渡せる。
部屋の中は一面土間になっており、奥に扉が二つと梯子、梯子の先にはロフトが見えた。ロフトの端に厚みのある布が見えるので、寝る場所はロフトになる様だが、その造りは簡素で、手すりも天井も低く、下手に寝がえりをうてば土間まで落ちそうである。
きょろきょろと周囲を見回すユウヒは、入り口直ぐの場所に滑車のハンドルを見つけて回す。それほど力を入れずとも回るハンドルに反応して、正面のシャッターが少しずつ開き始め、室内が更に明るくなる。
「木と鉄板のシャッターは面白い、ちゃんと鍵も付いてる」
倉庫宿の使い方としては、室内にいる間はシャッターを半開きにして使い、夜は閉めて灯りはランプを使う。重たい扉の鍵はシャッターの鍵にもなっており、セキュリティ面は意外と優秀である。それは、それだけドワーフにとって遺物と言うものが大事であることの表れでもあった。
そう言った背景を知らないユウヒは、唯々頑丈な造りの木製シャッターに感心し、力の掛かる場所や、滑車などの部品の金属加工の精密さを注視する。その見た目から手作りである事が伺える金属パーツであるが、どれもサイズ感がピッタリ合っており、そこからでもドワーフの技術力、手先の器用さが伺えるのだ。
物作りを趣味としているユウヒとしては、感心せざるを得ない。
「この部分が連動して二カ所の鍵が同時にかかるのか、よくできてる」
トルソラリス王国での休憩場と言えば、野宿か良くて備え付けのテントである。それは気候の問題や休憩場の立ち位置などによるものであるが、大きな理由としては雨である。トルソラリス王国で雨が降ることなど、雨期のごく短い一時的なもので、雨期の大半は霧が出る程度のものだ。
一方でドワーフ国は一年を通して雨がよく降る。感心した様に鍵の構造を見ているユウヒの頭上でも雨雲がゆっくり風に流されており、乾季だというのに小雨が降りそうだ。
「これなら盗まれないし、雨にも濡れないな」
ユウヒも雨の気配には気が付いている様で、シャッターを全開にしてバイクを倉庫宿の中に入れると、しっかりとシャッターを閉め、玄関口から外に出ると小粒の雨が降り出した空を見上げる。
倉庫宿を利用するドワーフはそれほど多く無いようだが、一様に雨から逃げる様に慌てて走る姿が見られた。彼らはユウヒのような平均的な種族と違い小柄とも言える体形をしている。所謂ところの短足であるため、走るのはそれほど得意ではない。特に女性に比べて横に大きく筋肉質な男性は、力はあっても速さはないのだ。
雨から逃げるために一生懸命走る姿は、少し可愛くもあるとユウヒは彼らを目で追う。本降りになるまでそれほど猶予はなさそうだと、彼等の幸運を祈るユウヒは室内に入り、魔法の明かり室内に浮かべる。
「ゴーレムは盗まれないらしいけど……受付の人、腰を抜かしてたけど大丈夫かな?」
<!>
「おもしろかった? 面白がって良いのかな?」
戸締り確認をしながら思い出すのは受付のドワーフ、まだ若いようで髭が無かったなどと考えながら、彼の腰を心配するユウヒに、雨から逃げる様に室内に入って来ていた精霊達は面白かったと笑い声を洩らす。大きな笑い声を上げない辺りは、彼女達も受付ドワーフを可哀そうに思っているようだ。それでもその姿は面白かったのか笑い声が漏れるようだ。
そんな精霊たちの姿に苦笑を洩らすユウヒは、室内の探検を続ける。バイクを入れるとそれほど広くは感じられなくなる室内も、まだまだ確認してない場所は多くある。その一つが奥の扉。
「こっちは何だろう……くさ!?」
<!?>
ユウヒの口から悲鳴のような声が上がり、驚いた精霊達も集まってくるがすぐ逃げだす。
「あー、汲み取りトイレだ」
<……>
「トルソラリスにもあったけど、こっちほどは臭くなかったと思うんだけどな……」
それは古式ゆかしき汲み取りトイレ。倉庫宿の室内に入った時からユウヒが感じていた、古臭く何とも言えない匂いの原因である。
ここまでの旅で、初めて臭いトイレに遭遇したユウヒ。トルソラリスの休憩場は、宿と言うものが少なく、大抵が馬車やテントを用いた野宿が基本で、トイレは公衆トイレがいくつか併設されているのが一般的である。そんなトイレをユウヒも利用して来たが、これまで匂いを気にするほど感じていなかったし、貴族の屋敷のトイレなどは、現代日本とそれほどかけ離れたものでは無かったので、気にもしていなかった。
しかしそれはよくよく考えてみると不思議なもので、思わず精霊に説明を求める様に目を向けるユウヒ。
<……?>
「あぁ、乾燥してたから匂いも控えめなのか……臭いな」
理由は乾燥、青い水の精霊が不思議そうに答える様に、トルソラリス王国は異常なほど乾燥している国であるため、排泄物も乾燥してすぐに臭気がおさまるのだ。自然環境では当然として、ユウヒは気が付いていなかったが、トルソラリス王国の休憩場では排泄物を砂の上で天日乾燥させて処理しており、そう言う地域性もあって意外と衛生的なのである。
一方で、ドワーフ国は気温こそ高くは無いが多湿であり、トイレは大半が汲み取り式であるため、とても臭う。特に種族的にドワーフは体臭がきつい。それは食生活や文化的な要因でそうなのだが、ユウヒはここで初めてドワーフ国の匂い事情にぶつかったのだった。
しかしそんな彼に精霊は天啓を授ける。
<!!>
「ライト? え、もしかしてこういう匂いとかも消せるの?」
それは赤く光る異形の単眼となったバイクのヘッドライト。
<!>
その大本は巨大な光の石である。白く輝く光の精霊曰く、死霊を消し飛ばす強力な力を持つ光の石には、臭気を消し飛ばす力もあるのだと、実に自慢気である。
そもそも光の石の本質は不浄を払う事であり、巨大で強力な石ともなれば、それ専門に調整されていなくても、不浄という概念に該当しそうなものは軒並み消し飛ばしてしまう。なんだったら、トイレの中に光の石を入れておけば半永久的に臭くならないし、病原菌の発生も起きない高性能トイレに早変わりである。
だがそんなこと、王族でもやらない。何故なら光の石は希少で高価で、どう考えてもコスパが悪いからだ。
「もちろん? そっか、ならそれ用のライトを作ろう。今後は必要になりそうだ」
だが残念? なことに、ユウヒの価値観はそれら異世界の一般的な考えと違う。何せ彼にとって光の石は量産可能な便利アイテムでしかない。
今日もまた彼は異世界人にとって頭のおかしい魔道具を作り、そのありえない発想に精霊達は喜び、楽しそうに笑い声を上げるのだ。
翌早朝、しっかり日が昇ってから倉庫宿を出て鍵を返したユウヒ。
「……行ったな、化物ゴーレム」
そんな彼の走り去る姿を見送った倉庫宿の受付ドワーフは、小さな声で呟くと伸ばしていた背筋を丸めて大きく息を吐く。どうやら異形のゴーレムに彼は今の今まで緊張していたようだ。
ドワーフ達によると、使い手の性格はその道具に出ると言われており、遺物使いなら扱う遺物に、ゴーレム使いならそのゴーレムに性格が出るとされている。そんな常識の中で生きるドワーフが、今にも噛みつき角で突き刺してきそうな異形のゴーレムを見たらどう思うか、とてもユウヒを真っ当な魔法士とは見ないだろう。
兵士や冒険者などの荒事を専門にする者なら、その姿を威嚇の意味ととらえても、一般人にその発想は無い。故に彼の緊張と言うのは、比較的普通の反応とも言える。
「よう! どうだ、驚いたかあのゴーレム?」
「…………お前の知り合いか?」
そこに現れるのは門兵のドワーフ、ユウヒに倉庫宿の場所を教えた彼は、現れるなり受付ドワーフに声をかけ、にやにやと笑いながら自らの顎鬚を指先で捩じり撫でた。ジト目を向けられるとそのにやにや顔が深くなるのだから、どう考えても煽りに来ている。それは受付ドワーフも理解していた。
「いや? 突然現れて驚かしてくれとは頼んだけどな!」
「ふざけんな!」
それでもその言葉には吠えずにいられないと叫ぶ受付ドワーフに、門兵ドワーフは楽しそうに笑っている。昨日と全く変わらない格好に少し目の下に隈がある彼は、夜勤明けとあって少し気分が良いようだ。
現代日本で働く社畜たちも、夜勤明けの帰りは少し足取りが軽くなるもの、それは異世界のドワーフ兵士にも似たものがあるようで、掴みかかろうとする受付ドワーフを手を避ける彼のステップは軽い。
「まぁ良いじゃねえか、一杯奢ってやるから」
一頻り笑い、何やらすっきりした表情を浮かべる門兵ドワーフ。足取り軽くなった夜勤明けのドワーフの楽しみと言えば酒である。仕事中に飲めば上司からどやされるが、仕事が明ければ怒られることはない。
「俺は今から仕事だ! 掃除とか考えただけでやる気が出ねぇのに、これ以上テンションさげんな」
だが残念なことにさっさと歩きだした受付ドワーフは仕事中、今日の担当は倉庫宿の掃除である。大抵の人間が掃除にテンションが上がらない様に、彼も掃除を楽しむ気質ではないようで、ずんずんと歩いて行く彼が立ち止まったのは、ユウヒが泊まっていた倉庫宿。
「あのゴーレム男の部屋か?」
倉庫宿には何かルールがあるのか、すぐにその部屋がユウヒの使用済みと察する門兵ドワーフ。
「ああ、冒険者だって話だからきっと汚くされてるさ」
受付ドワーフから清掃ドワーフにクラスチェンジを遂げた彼曰く、冒険者であるユウヒが使った後の宿は汚いだろうと言う。そういった予測もあって彼のテンションはなかなか上がらない。
実際に、砂の海と言う地域で宿を営む者にとって、冒険者と言うのは部屋を汚く使って当たり前の人種として見られている。それは、社会的に低い階層の人間ほど冒険者になる事が多い事による偏見なのであるが、実際にそう言った世界で働いていると粗暴に染まりやすくなるのも事実。
「誰だって変わらんだろ」
「冒険者だぞ? ……いや、冒険者っぽくなかったけど」
だが、使用済みの宿なんて大なり小なり汚れているのが当たり前で、兵士と言う仕事柄それほど清潔に拘りがない門兵は、鍵を開ける清掃ドワーフに向かって溜息を洩らす。どうやらこの清掃ドワーフは、ドワーフの中でも潔癖側の人間の様だ。
そんな潔癖ドワーフな一面のある彼からしても、ユウヒは冒険者らしくは見えない様で、トルソラリス王国でも冒険者ぽくないと言われていたユウヒの印象は、国が変わっても共通しているらしい。
「魔法士だからな、普通の冒険者と違うだろ」
「それは、まぁ確かに……ん?」
「どうした?」
その原因は魔法士だからだろうという言葉に、頷きながら扉を開けた清掃ドワーフは、一歩室内に入ると立ち止まり、小さく鼻を鳴らす。
「…………おかしい」
後ろからの声を無視して二度三度鼻を鳴らすと小さく呟く。
手に持っていた清掃用具を床に置くと、彼は一歩二歩とゆっくり室内に入りながら鼻を鳴らし、立ち止まると周囲をきょろきょろと見まわし大きく首を傾げた。
「何か盗まれたか? 今ならまだ追いかければ間に合うぞ?」
「違う……きれいなんだ」
「あ? 綺麗ならいいじゃねぇか」
彼の違和感は窃盗などではなく清潔さ、
「違う! きれいすぎる。まるで掃除したてみたいな……いや、大掃除でもこんなに綺麗になるかってくらい綺麗になってる」
潔癖気味の彼をして綺麗を言わしめる室内、よく見ると室内はユウヒが入った時よりワントーン明るく見える。それほどの違いがあれば、毎日掃除で倉庫宿を回っている彼が気が付かないわけがない。
「あ? お? 確かに、臭くもないな」
何より、倉庫宿を普段利用することがない門兵ドワーフでもわかるくらいに、室内の匂いが薄い。その言葉に頷く清掃ドワーフは目を見開く。
「……!」
そして駆け出した先はトイレの扉、水浴びスペースの隣の扉を勢いよく開く清掃ドワーフは、そのまま硬直した様に動かなくなる。
「おい、そんな急いでどうした!?」
「……便所が、臭くない!」
「は?」
原因は便所の匂い、それも臭すぎて気を失ったのではなく、なんの匂いも感じないことに衝撃を受けたからである。
便所は臭いもの、それはドワーフの常識であり、トルソラリス王国を訪れたドワーフが最初に驚くのもトイレの匂いだ。当然それだけ臭いのであれば、消臭についての技術も発展するもので、特に匂いを気にするトルソラリス王国の隣国という事もあって、消臭アイテムはドワーフ国にも広く流通している。
しかしそれらはどれも基本高価なもので、利用する者はそう多くない。一般的なドワーフがその効果のほどを知るのは、多くがミドルクラス以上の旅館であろう。
「……神だ、神客だ」
「なんだそれ?」
ましてや、こんな休憩場の倉庫宿のトイレに高価な消臭剤を使う人間などいない。貴族やそれに準ずる地位の人間が泊まれば使う可能性はあるが、そもそもそう言った人間はもっと良い場所に泊まるものだ。
事実この麦20休憩場にも貴族が泊まるような部屋を用意した宿はあるが、雑多な人間が泊まる倉庫宿からは、建物の姿が見えないほど離れた場所に建っている。
「上客ってことだよ! あぁ糞、もっと親身に対応するんだった!」
そんな宿がある事も知らないユウヒを神客だという清掃ドワーフは、恐ろし気なゴーレムに乗るユウヒの姿を思い出し、よくよく考えてみれば随分と物腰が柔らかく、気品があるようにも見えたなどと記憶の改変をしながら土間に膝をつき、四つん這いで項垂れるのであった。
そんな噂話は風にのってユウヒの鼻に届く。
「へっくしゅん!!」
≪!?≫
そしていつもの様にくしゃみを放つユウヒは、目の前から吹き飛ばされる精霊に目を向けながら鼻を擦る。道幅がずいぶん広く取られたとはいえ街道は街道、不意の事故を起こさないためにスピードを抑えて走るユウヒは、砂避けマスクもゴーグルも付けてない。
花粉だろうかと言う思考が彼の頭の片隅をよぎるが、すぐに違うだろうと勘が否定する。
「何かうわさされたかな、大丈夫?」
<!>
吹き飛ばされた精霊に声をかけると、彼女達は岩の取っ掛かりから這い上がる様に姿を現して瞬く。その謎に楽しそうな姿に小首をかしげ笑うユウヒは、岩ボディの上で飛び跳ねる精霊たちの言いたい事を理解する。
「確かに、岩ボディは掴むところが多いから落ちないか。……重くてスピードは出せないけど、それはそれで良い部分もあるか」
<!!>
「次の休憩場までの中間あたりで石畳か、スピード上げたら土道が痛みそうだし、そこまではゆっくりだな」
岩ボディの利点を話す精霊に笑みを浮かべるユウヒは、少し先を飛ぶ風の精霊のナビゲーションに眉を上げる。
轍が残る土剥き出しの街道はそろそろ終わり、その先は石畳に変わると言う。それはドワーフ国の技術力を高さを示すものなのだが、今のユウヒには気にするような事でもなく、ゆっくりと走りながら空を見上げる彼は、小雨の気配を感じてウォーターアブソーブの起動スイッチに手を伸ばすのであった。
いかがでしたでしょうか?
ユウヒは高級で高性能な消臭グッズを作った!!
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




