第130話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
トルソラリスとの国境にあるドワーフの巨大要塞、厚く苔むした壁に刻まれた無数の傷や汚れには、過ぎ去った永い時の流れを見て取れる。巨大要塞ともなれば通り抜ける通路も長く、バイクをゆっくり走らせ抜けたユウヒに、トルソラリス王国とは全く違う色合いの世界が飛び込んできた。
空は変わらず青く晴れ渡っているがその濃さが違う。空気が澄んでいる事でより濃い青空が広がるドワーフ国、視点を下げれば濃い緑の樹々が遠くまで広がっている。さらに視点を下げれば地面は草木に覆われ、轍の目立つ街道の色はトルソラリスの様に砂で出来た明るい茶色ではなく、有機質な濃い茶色の道が伸びている。
異世界で最初に目にしたのが今の光景であれば、“砂の海”と言う地名に疑問を覚えたことであろう。それほどに自然豊かな世界が広がっている。……が、そんな光景に感動しつつもユウヒの顔はしかめっ面で固定されていた。
「……すぐに偽装工作した方がよさそうだな」
<!!>
「兵士の人はそうでもなかったけど、それ以外のドワーフの目がすごかったね」
その原因はドワーフ達の視線。
巨大な要塞であればそこで働く人も利用する人も多く、周囲に町があるわけではないので、一般市民こそいないものの、典型的なドワーフは数多く要塞で生活している。そんなドワーフは遺物を前にすれば目の色を変え、特に大きく実際に稼働している遺物であれば作業の手を止めてでも見てしまうし、ましてや見た事もない遺物ともなれば、なおさらである。
ある意味、要塞を抜ける間に飛びついてくるドワーフがいなかったのは幸運とも言えた。
<……!>
「ああいう所も精霊的には駄目なのか、いろいろ可愛そうな種族だな」
そんなドワーフ特有の気質が精霊に絶妙な嫌悪感をもたらし、嫌いこそしないが関心を確実に削いでいる。それにより彼らドワーフが魔法と縁遠くなっているなど誰が考えるだろうか、少なくともユウヒは考えもしなかったのだから、精霊をよく知らない人々にとっては寝耳に水にちがいない。
「どこか人目に付かないところはないかな?」
<!>
「そっち? わかった」
かと言って、その事実を知ったところで、気質ゆえに出来ることはない。ただ心の中で彼らの関係が改善する事を祈るユウヒは、優先するべきバイクの偽装工作のため、精霊の導きに従ってバイクのアクセルを強く回した。
なぜなら、未だにドワーフ達からの視線をその背中に感じていたからだ。それはユウヒの勘も見られていると告げているし、周囲を探査する魔法の力も警戒を発しているのだ、ドワーフの執念、
おそるべし。
「それにしても、トルソラリス王国とはずいぶんと違うな?」
精霊おすすめの独りぼっちスポットへと向かうため、街道から少し外れた道なき道を走るユウヒは、改めてトルソラリス王国との違いに目を向ける。
「灰色の岩が多くて、でも草木は茂って樹も多くて目に優しい」
砂と岩に、刺々しく荒々しい植物が点在する環境がほとんどのトルソラリス王国。北に位置する王都周辺や、貴族の邸宅などは緑化が進められ、国民の癒しにもなっている、それでも必ず味気ない明るい土色が否応なく視界に入ってくる国。しかも、ドワーフ国に入国する直前までは、命の気配がない荒野を経由してきたのだから、その落差に彼が驚いても仕方ない。それほどに、両国を分断する巨大な森林山脈は、周辺環境に大きな影響を与える存在にほかならない。
「でも低木の樹が多いかな? あと風が強い……これは目に優しくないな」
<!!>
<……>
「へぇ、この辺りはいつもこうなんだ? 風が強いから、大きな樹は育たないと」
その影響の一つが、ユウヒの視界に入る背の低い樹々と、北に見える山々の色合い。東からの湿った強い風を森林山脈が受け止める事で、ドワーフ国は一年を通じて風と雨が多い地域である。
雨が多いと山には土が堆積せず、灰色の岩肌にへばりつく様に育つ植物が多い。さらに、強い風の中でも育つ樹となれば自然と背も低くなり、奇しくもその姿は重心の低いドワーフの様でもあった。もしかしたらこの場所は、ドワーフにとってきわめて理に適った居住地なのかもしれない。
「川もあちこちあるし、これも森林山脈の影響なんだろうな」
北に行けば行くほど山や高地が増えるため、西から東へと延びる街道を横切る様に小川が流れる。それは道なき道を走るユウヒの周りも同様で、そんな不整地な場所でもユウヒのバイクは軽快に進み続けていた。
そんなこんなで小一時間ほど走ったころ、ユウヒは木々に囲まれた空き地のような場所にたどり着く。そこは、どうやら精霊たちにとっての休憩場らしく、ユウヒに気が付いた精霊が顔を出す様に跳ねると、生い茂った草木が彼を迎え入れる様に避けて倒れ、バイクを停めるためのスペースができた。
「偽装用に、少し岩を貰っても良いだろうか?」
<!!>
「持ってくる?」
あとはバイクを岩でゴーレムに偽装するだけだ。そう思い、周囲を見回し話しかけるユウヒに、土の精霊が元氣よく返事を返して地面に姿を消した。
それから十数分後、樹の精霊の歓待を受けていたユウヒの目の前に――、
「持ってきたな……何というか、岩が地面から生えてくるのはシュールだ。いや、魔法使って同じことしてる俺が言うのもあれか?」
岩が、生えて来た。
<!!>
「ありがとう。それじゃゴーレムっぽくしていくか、ゴツゴツでそれでいて生物っぽく」
地面から竹の子のように飛び出してきた岩に、思わず気の抜けた声を洩らしたユウヒは、褒めてとばかりに輝く土の精霊にお礼を言うと立ち上がる。
始まるのだ。物づくりに対する執着とも言える性質を持った彼の創作が――遺物だと気が付かれないための偽装とはいえ、いやだからこそ手は抜けないと、大量の魔力を注ぎ硬質な岩を粘土のように操るユウヒ。
「うーん……足回りは、もっと隠すか」
粘土の様に柔らかく動く岩がバイクを包み込み、すぐに硬質化すると細かいディテールが掘り込まれ、自然のひび割れや窪み、風化によって欠けた岩肌が再現され、瞬く間に岩を強引にまとめ上げた様な風貌へと変わるバイクだったもの。
足回りも、一見そこにタイヤがあるようには見えないよう大きく包まれ、しかし走行に支障が出ない様に繰り返し修正が施されていく。そこには一切の妥協が無い。
「……出来た。出来たけど……これ動くかな?」
小一時間に及ぶ作業の結果、大隊規模の魔法士が昏倒するほどの魔力を使い、バイクのゴーレム偽装が完了した。元々が常識外れなサイズの魔法で動くバイク。そこに岩で偽装を施せば、さらに巨大化するのは当然だ。作った本人でも「動くか?」と疑いたくなるのも、無理からぬ話である。
「お? おお? 問題なく動くな……」
けれど、そこは元がオーバースペックなモンスターマシン。回転盤と言う魔道具直結の太く大きなタイヤはしっかりと地面を踏みしめ回り始めた。やわらかい土の上だというのにまったく滑ることなく回るタイヤの力強さは、寧ろ重さを増したことで、よりユウヒの操作に応えてくれるようだ。
とはいえ、滑らかな金属ボディと柔らかなクッションシートだったはずのボディは、こだわりぬいたゴツゴツの岩塊に変わっており――、
「……お尻が痛い。もうちょっと綺麗に」
こだわりすぎた鋭角なディテールは、段差をこえるたび容赦なくユウヒの尻を襲う。
まだまだ改良の余地があると理解させられたユウヒは、バイクを停め、岩のシートの上に立ち上がる。これぞ天然岩といった無骨なシート部分を、魔法で滑らかに整えていく。とはいえ、岩は岩である。シート部分については僕の考えるゴーレムらしさを捨て、高性能な非接触衝撃吸収ダンパーを取り付けたユウヒを、誰が責められようか。
人間と言う生き物は、妙な拘りよりも、時に快適さを求めるものなのだ。――いや、しばしばそう言うものである。
それでも趣味に走ってしまうのは人の業、それともユウヒの悪癖か、物足りなげにバイクの周りをぐるぐる回っていたかと思うと、正面でふと立ち止まり、ぽつりと呟く。
「角も、付けるか」
その言葉の真意を周囲の精霊は理解出来ず、何が始まるのだと言った様子で、不思議そうに首を傾げている。
作業時間はほんの数分、楽しそうな笑みを浮かべ、ヘッドライト周りに岩を継ぎ足し加工していく。全体のバランスを見直してまで作られたそれに対して、精霊たちが見せる反応は、悪くない。
「ライトは、そのまま目にしようかな、赤くて威圧的に」
<!!>
完成したのは、牛のような――あるいはライオンか、それでいて竜にも見える異形の顔。前へと突きだす双角を持ち、生きてすら見える単眼のヘッドライトを備える姿は、ボディの重厚さとあいまって、見る者に畏怖を抱かせる。
馬よりずっと大きく、そこに赤く鋭い単眼の異形――そんなものが走り、突然目の前に現れたら、魔物と見間違えられてもおかしくはないだろう。だがその迫力、精霊たちにはいたく好評の様だ。最後の仕上げにと、恐ろし気な顔に岩らしい凹凸を加えるユウヒのまわりでは、精霊たちが勝手に品評会を始めだし、かしこらげに瞬く。
「よし完成、それじゃテスト運転だ!」
自重するという言葉はどこにいったのか、妙な凝り性の赴くままに偽装を施したユウヒであるが、果たしてその偽装は意味を成すのか、その答えは走り出してそう掛からず判明する。
道なき道から、轍の残る土道の街道に戻ったユウヒは、その走りに満足していた。だがしかし、今日の宿泊先と思しき外壁を見つけ近付くと、重厚な造りの門から大きな声が飛ぶ。
「止まれ! 止まれ止まれ!!」
「むむむ? ちょっとブレーキが効き辛くなったか。まぁ、重くなれば当然か」
門から飛び出してきたのは、ひとりのドワーフ兵士。慌てた様子でユウヒの進路をふさぐ様に飛び出すと、彼の目の前――1メートルと離れてない場所で、バイクが地面に擦過創を刻んで停まった。思わず顎を引いて仰け反るドワーフ兵士の背後、重厚な門からは同じ意匠の鎧を身に纏った兵士が、それぞれに武器を構え、荒々しい足音を鳴らしながら現れる。
「なんだこれは……」
「ゴーレムです」
「ご、ごーれむ? 確かに、石だな……良く動くな?」
原因はバイク改め、ゴーレム? の外見。
目の前でゴーレムと言われれば、納得できる程度にはゴーレムらしい姿をしている。しかしそれは、遠目には魔物に見える出で立ちであるとも言えた。とはいえ、人が乗って操り、しかもその本人が「これはゴーレムです」と真剣な表情で言うのだから、飛び出してきた兵士としても納得せざるを得ない。何せ目の前で見れば、魔物だと思った異形の顔も身体も、岩でできているのだ。
むしろその巨体で軽快に街道を走るゴーレムの異様な機動性に、ドワーフの視線は集まっていた。警戒のために駆けつけたドワーフの兵士たちも、「なんだ、只のゴーレムだったのか」と興味が薄れる者がいる一方、その動きの良さを理解し、驚きを隠せない者も居る。
「動かないゴーレムって意味あります?」
「まぁ、そうだが……そうだな。腕の良い魔法士と見受けるが、休憩場を利用するのか?」
しかしそれでもゴーレムはゴーレム、魔法士だからこそ動かせるものという前提がある以上、ドワーフの興味を引くものでもない。門兵は、魔法士と言うある程度の地位が想定される相手に敬意を払いつつ、ごく自然に訪問の理由を問いかけた。
突然現れた巨大なゴーレムにこそ驚きはしたものの、職務を忘れるほどではなかったというあたり、彼が兵士として門を守って来た経験の深さが伺える。実際、遠巻きからユウヒと兵士のやり取りを眺めている若そうな兵士は、脅威がないと判断された後も、なお槍を構えたまま、その柄を強く握りしめていた。
「はい、このゴーレムもあるので、ゴーレムが置けるような倉庫があれば良いなと」
「倉庫宿ならあっちのほうだ、そのままゴーレムで入り口に向かえばいい。そんな厳ついゴーレムに乗って来たら、受付も驚いて走って出てくるだろ」
「脅かす気はないんですけど……」
驚きはどこにいったのか、どこか意地の悪そうな笑みを浮かべ話すドワーフ門兵の言葉に困った様に小首をかしげて見せるユウヒ。その覇気の無い困った表情を見てより警戒を解いていく門兵は、歯の隙間から空気が抜けるような声で笑い、バイクのボディを軽く叩くように撫でる。
「大丈夫だ、今日の担当は……少しぐらい驚かしておかないとすぐサボるからな」
「はぁ?」
どうやら倉庫宿の受付には彼の知り合いがいるらしく、今日はその知り合いがちょうど受付を務めているようだ。
なにがどう大丈夫なのか分からないと言った様子で眉を寄せるユウヒに、門兵は楽しそうに笑いながら先導し、門の前まで連れてくる。兵士は、薄く赤味のある使い込まれた書き板差し出すと、そこにユウヒが休憩場への入場を示すサインを記し、受け取った門兵は満足げに頷く。
「どこから来たんだ?」
何が良かったのか、ユウヒのサインを機嫌よさげに見ていた門兵は、顔を上げてバイクの上のユウヒに問いかけた。どうやら来訪者がどこから来た人間なのかも、入場確認用の書き板に記しておかなければならないらしい。
「トルソラリス王国からです」
「そら遠くから来たな。麦20休憩場は広いわりに人は少ないから、ゆっくりしていけ」
「あ、はい……麦20? あ、休憩場の名前か」
トルソラリス王国という返答に目を丸くした門兵に促されたユウヒは、バイクをゆっくり走らせ休憩場の門をくぐる。
いかがでしたでしょうか?
偽装したのに騒がしく、ユウヒの旅に静けさは少ない。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




