第13話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
街を散歩中に偶然アダとチルに出会ったユウヒは、その後二人に案内され雑貨屋へ、風通しの良い雑貨屋の店主にからかわれ顔を赤くするチルを後目に、いくつか合成魔法の材料になりそうな物を買い込んだユウヒは、暗くなる前にサルベリス邸に戻り使用人によって汗を強制的に流され食事の場に向かっていた。
「お父様」
「おお、よく来たね。そちらが魔法使い殿かな?」
サルベリス邸はどの部屋も風通しを考えられた設計になっており、食堂もまた大きく開かれた窓から柔らかな風が入り込んでいる。冷え始めた大地を通り室内に入って来る気持ちの良い風は、入室したシャラハの肩にかけられた柔らかな布地を揺らし、出迎える男性はその姿に目尻を緩め、しかしすぐに引き締めるとユウヒに鋭い眼差しを向ける。
「はい! 魔法使いのユウヒ様です。今回はスローターワームと言う大きなワームに追われているところ助けてもらいましたのよ」
ユウヒが自己紹介をするよりも早くシャラハが嬉しそうに紹介し、その行動に目を丸くするシャラハの父親であろう男性は、引き攣った表情を浮かべるユウヒを見て苦笑を洩らす。
「うむ、話は聞いてる。正直心臓に悪い内容ばかりだったがね……ユウヒ殿、此度は当家のおてんば姫を救ってもらい感謝する。私はサルベリス家当主でこのおてんば娘の父でランシュードだ、敬称はいらん気軽に呼んでくれ」
「お!?」
サルベリス家は公爵家であるが、その当主は肩書とはずいぶんかけ離れた性質を持っているのか、椅子から立ち上がると手招きをしてみせて、歩いてくるユウヒに笑みを浮かべて見せる。しかしその目の奥は表情ほど笑っている様には見えず、おてんばと言われて声を詰まらせているシャラハの後ろでユウヒは困った様に笑い会釈して見せた。
「あー偶然通りかかっただけですのでお気になさらず、それよりも色々と良くしてもらい助かっています」
「ほう? 家のおてんば姫にそう言えるとはずいぶん出来た……ふむ、この話はこの辺にして食事としようじゃないか」
距離感ってなんですか? と言わんばかり大股で歩いてくる公爵は、助けたのは偶然だと言うユウヒの肩を叩きながら楽しそうに笑い、ユウヒの人間性に甚く感心したのか不用意な言葉を洩らしそうになるも、側で立ち昇る怒気を肌で感じるとそちらを見ない様に回れ右してテーブルに戻っていく。
「お父様!」
「はっはっは、すまんな久しぶりに娘と食事と言う事で燥いでしまったよ、許せ」
ユウヒの前では少し活発な貴族のお嬢様と言った感じのシャラハであるが、どうやらその本性はまだまだ隠されている様で、これまでに聞いた中で一際大きな彼女の声に肩を震わせるユウヒは、吠える子猫と笑うライオンの様な二人のやり取りに目を瞬かせる。
「もう!」
「久しぶりなんですか?」
何とも微笑ましい父と娘のやり取りを見ていたユウヒは、ランシュードが零した言葉について気になったようで、父親の背中を掌で叩いていたシャラハに目を向けると小首を傾げながら問いかけた。
「うむ、最近は国中が忙しいからな、中々家族と食事する暇もない。唯一そんな暇がありそうなこの子もあちこち出歩いては家に寄り付きもしないんだよ」
どうやらゆったりと椅子に座り直すランシュードは、今は感じさせないが随分と忙しくしている様で、家族との団欒が不足していると不満を呟くと、より不満げな目でシャラハを見詰めため息を洩らす。
「それは! みんなの為に……」
「わかっている。が、もう少し手加減しておくれ、今回もユウヒ殿がいなかったらどうなっていたか」
シャラハは本来それほど忙しい身ではないようだが、じっとしてられない質なのかみんなの為にと必要以上に飛び回っているようだ。その結果がスローターワームに襲われると言う結果として現れてしまっては、娘に甘い父としても流石に苦言が洩れてしまうと言うものである。
「うん……」
彼女も父の言いたいことは理解できているらしく、先ほどまでの怒気は成りを潜めて申し訳なさそうに肩をすぼめたシャラハは小さな声で返事を返す。明るく気丈に振る舞ってはいるが、巨大な魔物に襲われた件は彼女の心に小さくない傷をつけたようだ。
「わかってくれたらいい、それで何か収穫があったのかな? 食事をしながら聞かせておくれ」
「うん!」
シャラハは領民から慕われ周囲の異性を魅了するくらいに魅力的であるがまだまだ子供の内、成人していなお転婆な少女はユウヒの前で見せていた大人っぽい仮面を外し年相応の笑顔を浮かべると小走りで食事の席に着くのだった。
「……」
使用人の女性に椅子を引いてもらい着席したユウヒが、親子のやり取りに微笑んでいるとすぐに料理が運ばれてくる。娘と父の話はゲストをほっぽり出してしまい、申し訳なさそうな使用人に頭を下げられたユウヒは小さな声で気にしてないと伝えると、お腹の虫が訴えるままに食事を始めた。
並べられた料理はマッシュポテトの様な物が主食、主菜には焼いたり揚げたりと言った魚料理が並べられており、ユウヒが興味を持つ物は傍に控える使用人の女性が説明してくれていた。
先の割れたスプーンは意外と取り回しが良く、ナイフで魚を切る時の押さえにも使える様で、少し感心した様に頷くユウヒは料理を一つ一つ堪能していく。僅かに花のような香りがする主食を口に運び、揚げられた魚は骨が抜かれ大きく硬い鱗に包まれた白身は程よく身が締まっている。焼かれた魚も同じ種類なのか一口食べると副菜に手が伸び、葉物は少ないが代わりに細長いトマトのような見た目をした四色の野菜は、軽く焼かれ塩がまぶされているのか、口に入れた瞬間塩味を感じるがすぐに舌が甘みを感じ、またとてもジューシーであった。
「それで夜にユウヒさんが幻想的な光の中で杖を作っていたんですよ」
「ほう? 幻想的な光、杖をその場で作る技量も気になるが光とは?」
「え?」
父と娘の会話を後目に砂漠の地の貴族料理に舌鼓を打つユウヒは、思っていた以上に美味しかったようで満足げに頷いていたのだが、二つの視線に気が付くとその手を止めキョトンとした表情で彼らと見詰め合う。
「そんなにお腹減っていたの? ごめんなさい」
「あぁいや、初めて食べるものが多かったから色々と考察してたんだよ、それで何の話?」
父親との話に集中していたシャラハはユウヒの食いっぷりに大きく目を見開いていたかと思うと、申し訳なさそうに眉を下げる。どうやら相当お腹が空いていた思われたらしいユウヒは、単に空気を読んだだけなのだが、初めて食べる食材に両目を物理的に輝かせていたのも事実であった。
「はっはっは! 流石魔法使い、常に学びを求めるのですな! 是非我々にも幻想的な光を学ばせてほしいのだ」
娘と魔法使いのやり取りの何かがツボに入ったのか、大きな声で笑いだしたランシュードは、料理を見詰めるユウヒの瞳に深い知性を感じたのか納得すると、話題に上がっていた光の魔法を見せてほしいと言う。
「ん? あぁ蛍火かな? 少し灯りを落としてもらった方が見やすいと思うんだけど、大丈夫?」
「頼む」
魔法使いと接する機会は大貴族とあってそれなりに経験があるランシュード、それ故に魔法使いが自らの技術をあまり大っぴらにしない事も知っている。相手の性格を探る意味も込めた断られる事前提の要望であったが、その返答は思っていたよりずっと軽く、若干面食らった表情を浮かべる彼は使用人に一声かける。
「かしこまりました」
「薄暗いですわね」
そんなに広いわけでは無い食堂は、夜の闇に負けないよう沢山の蝋燭で照らしている為、明かりを消すのも一苦労、しかし数分で大半の蝋燭の火は消され、使用人の持つ灯り以外に光る物は無い。その光景は焚火に照らされたオアシスの夜より暗く感じる。
「それじゃ【マルチプル】【ファイヤフライ】」
窓の外に見える星の光に目を向けたユウヒは、準備が整った事を使用人から耳打ちされると手元に魔力を収束させ始めた。ユウヒの体の奥底から溢れる魔力はすぐに必要な量が集まり、魔法のキーワードによって普通の人の目にもわかる光へと変換される。
「おお!」
「すごい!」
ユウヒの手の中に強い光が生まれると周囲の人間は目を細め、次の瞬間部屋全体に小さな粒となって散っていく。その色は白に近いオレンジ色をしており、電球よりも少し濃いオレンジの光は食堂の人々の目に幻想的な光景を魅せる。
「弱い灯りの魔法でね、あまり強い光じゃないけど周囲を照らすには十分で、数を増やせばこの通り結構な明るさになるんだ」
何でもないように話すユウヒの手の動きによって部屋の隅々まで行き渡る光の粒は、一つ一つは目に焼き付くことも無い優しい光であるが、数が数なだけあり蝋燭だけだった時より幾分明るい。
「美しい……まるで砂海に飛ぶ夜光虫の様だ。あれはもっと暗く緑色だが、これは明るく暖かい色だな」
砂の海と言う地域の中央を占領する広大な海である砂海、そこでは夜間に求愛行動を行う夜光虫が住んでおり、薄暗い緑色の光で海の上を飛ぶ光景は非常に美しく、そんな珍しい光景に見劣りしないと話すランシュードは、手元に漂ってきた光の粒に手を伸ばす。
「ふわぁ……」
「ん? ふっふっふ……良いものを見せて貰えた。何か礼をせねばな」
主人の短慮な行動に慌てる使用人を後目に、指を目の前に伸ばされた光の粒はわかっていると言わんばかりに軌道を変えてその指の上に乗る。乗った瞬間に熱を感じない光は少し強く輝き、その光の向こうで年相応の笑みを浮かべる娘の姿に頬を綻ばせるランシュード。
「十分もらってる気もするんですけど」
「貴族と言うのは見栄が大事なのだよ、しかし魔法使いが欲しがりそうなものなど見当が付かんな」
最近の不景気や領地を襲う異常気象によって、どんな表情も少し硬くなっていた娘の緩み切った表情、その顔を作り出したのが自らではないことに僅か思う所はあれ、感謝する気持ちはそんな雑念よりずっと大きく、お礼を拒否する姿勢を見せるユウヒに、やんわりと拒否は認めないと言外に語るサルベリス公爵は、魔法使いの欲しがりそうなお礼に頭を悩ませる。
「それなら情報が欲しいですね、この辺りの伝承とか不思議な話とか、ちょっと探し物があって環境に影響を与えるほどのものらしいんですけど」
あまりごねると妙なものを押し付けられそうだと笑顔の裏で眉を寄せるユウヒは、それならばと、彼の目的にもかなうと思われる変わった情報を求めた。現地の人間に危険物などと聞いては余計な問題を引き出しかねず、また昔からずっと砂の海と言う地を覆っているのであろう神様除けならば、伝承などの方がヒントになると考えたようだ。
「探し物か、それで旅をしていると……それにしては身綺麗なのだな?」
「ポンチョが高性能なんですよ」
そんなユウヒの求めに頷くランシュードは、じっとユウヒを見詰めると目を細め身綺麗だと呟き、その言葉に笑みを崩さないユウヒはポンチョが高性能なのだと言って背中に変な汗を流す。何せ旅を始めたばかりなのだから身綺麗なのは当たり前で、かといって素直に答えれば出自を問われかねない。
「ほう……よかろう、うちの蔵書からそれらしいもの探させよう。何分量が多い故しばらく、そうだな数日は待たせることになりそうだが」
どこか疑わし気な視線を向けていたランシュードであるが、魔法使いが高性能だと言うポンチョに対して少し興味深そうな声を洩らすと目を瞑り頷き、少し時間を必要とするようだが、蔵書から伝承などに関するものを見繕ってくれると言う。
「それではしばらくこの町に滞在することにします。冒険者としても長いこと働いていなかったので、少し依頼を受けていくつもりなんです」
疑わしい視線が無くなったことにほっと心で息を吐くユウヒは、しばらく滞在するつもりだったこともあって素直に頷くと、冒険者としてしばらく活動する旨を伝えた。
「そうか、なら家にこのまま滞在していくと良い」
その瞬間、目を細めたランシュードはサルベリス邸に滞在するよう話し、彼の言葉に静かに食事を進めていたシャラハは目を見開き顔を勢いよく上げるも、使用人と父親の視線によりそれ以上動けなくなる。
「あーいや、良い宿を紹介してもらえたらそれでいいのですが」
「……貴族は苦手か、魔法使いも難儀だな」
彼らが自制を視線で求めなければ立ち上がって声を出していたであろうシャラハは肩を落とし、さらにユウヒの言葉に悲しそうな表情を浮かべた。そのコロコロと変わる娘の雰囲気に眉をひくつかせるランシュードは、魔法使いと言う存在の扱い辛さに思わず愚痴を零す。
「いくらでも泊まって頂いて構いませんのに……」
「無理強いは良くない、そうだな……宿代はこちらで持たせてもらうぞ? 後で紹介状を書くから持っていくと良い。この町の宿ならどこでも問題ない」
魔法使いを語る詐欺師は貴族が行動せずとも嬉々として貴族に近づくも、本当の魔法使いは貴族がどう足掻いても基本的に権力から遠ざかっていく。これがただの庶民なら貴族の強権も使えるが、魔法使いと言う力を持った相手には無理もできず、それならまだしょんぼりとした表情を浮かべるシャラハを使った方が幾分可能性はあるだろう。
「あー、よろしくお願いします」
あるのだろうが、貴族としての冷たい考えを父としての欲が阻みユウヒの希望に沿う形で繋がりを維持するランシュード。彼の表情と言動から勇治のような気配を感じるユウヒは、思わず苦笑を洩らして頭を下げる。
「えー」
「シャラ?」
「はーい」
一方で父親の前と言う事もあり年相応の反応となっているシャラハ、小さく不満を呟くも父親から愛称で呼ばれ見詰められると背筋伸ばし、不満の隠せていない返事を返す。
「ふむ、魔法使いを引き入れたくても本物は人里を好まぬし、声を上げて現れるのは偽物ばかり……困ったものだな」
「はぁ、私も偽物でただの魔法士か詐欺師やもしれませんよ?」
娘のあまり見せない不満そうな表情に何とも言えない気分になるランシュードは、困ったものだと愚痴を洩らし、グラスに入れられた琥珀色のお酒でのどを潤す。清涼感のある不思議なお酒を飲みながら話を聞いていたユウヒは、視線を向けられ困った様に返事を返すと自分も詐欺師かもしれないと話し、隣のシャラハはその言葉にクスクスと笑い声を洩らす。
「それなりに目を鍛えているからな、大体にして魔法使いの称号も今じゃ曖昧なものになっている。遥か昔は魔法使いの国とも交流があったよだが、大半の者はおとぎ話だと思っているよ」
「へぇ、その話も書籍があれば是非」
男二人の話しを楽しそうに聞いているシャラハの横顔に視線を向けながら話すランシュード曰く、ユウヒが魔法使いである事について疑いはもっていないが、最近は魔法使いの定義自体曖昧になっているそうで、一般の民にとって魔法使いの存在は少し近くに感じるおとぎ話の様なものだという。
「それじゃ後で私がお部屋にお持ちしますわ! 本棚にあったと思うの」
そんなおとぎ話の元になった話と言うものに興味を引かれたユウヒに、隣で魚の切り身を食べようとしていたシャラハは劇的な反応を示し、スプーンとナイフを置くとユウヒに向けてキラキラとした笑みを浮かべて見せる。
「……ずいぶん懐かれておりますな?」
「な、何のことでしょうか?」
まるで人懐っこい子犬の様なシャラハに微笑むユウヒであるが、殺気を感じて顔を上げると、その視線の先で震えるハイライトが目から消えた公爵に表情を引きつらせた。なぜならその表情はユウヒもよく知っている類のもので、主に父親の嫉妬の感情により生まれるものであるからだ。
「ふふふ……ナニをしたらそんなに懐かれるのか、是非教えを請いたいものですな?」
その視線はユウヒもよく妹の流華とのやり取りで勇治から向けられることが多く、似たような言動を行う公爵の姿に彼が娘を溺愛する駄目な父親であることを察し、そしてその先の未来が雷のような速さで脳裏を流れて行く。
勇治も常日頃からよく似た表情を浮かべている。
「お父様、その話し方気持ち悪い……お母様に手紙書くからね」
「っっ!?」
続くのは父親の異常な行動に対して向けられる娘の不快感を隠そうともしない言動、そしてこういった場合に発言力を増す母親への告げ口による二次被害に対する恐怖で歪む男親の表情。どうやらサルベリス公爵家もユウヒの家と同じく女性の権力が強い家である可能性が高くなったと、公爵の後ろに待機する老紳士然とした男性に目を向けながらユウヒは自らの勘の先にある未来に黙祷を捧げるのであった。
いかがでしたでしょうか?
異世界でどこか慣れ親しんだ空気を感じて親近感を覚えるユウヒの明日はどこへ向かうのか、次回も楽しんで貰えたら幸いです。
それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー




