第129話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「なんだか騒がしくなってきたな」
近づけば近づくほどに要塞の大きさを実感するユウヒは、すっかり日の光が差さなくなった土道をバイクで登り続けながら小さく呟く。
遠くから見上げた時より明らかに増える人影はドワーフばかり、縦に短く横に大きいがっちりとした体形が特徴のドワーフ兵士が、手に手に武器を握って門から出て来ており、片手で持つには大きすぎる斧と、体の半分を隠す様な盾を構えた姿からは威圧感が溢れている。
「止まれ!」
「はいはい」
大きな声で静止されたユウヒがバイクを停めると、ドワーフ達は一斉に動き出し、半包囲する様に広がると代表者であろうドワーフが前に進み出る。
兜の形で位が決まっているのか、進み出たドワーフの被る金属製の兜には角が生えており、周囲を囲むドワーフ兵士の兜は多少の凹凸があってもすっきりとした造りで、角などの目立つ装飾は無い。
「お前、トルソラリス王国から来たのか?」
バイクに乗るユウヒの前まで進み出た角兜が、大きくユウヒを見上げながら話し始めると、ユウヒは眉を小さく上げてバイクから降り始める。あまりに視線の高さが違う事で気を利かせたユウヒの動きに、角兜は訝し気に顔を顰めた。
「はい、ちゃんと向こうの関所を通ってきましたよ」
バイクから降りれば角兜も首が痛くなるほど上を見上げる必要がなく、ユウヒも深く下を見る必要が無いので、ゴーグルを外すと少し視線を下に向けながらにこやかに応対する。しかしその表情を見た角兜はしかめっ面を解くことはない。
どうやらまだ、突然大きな遺物に乗って現れたユウヒを警戒しているようだ。周囲を包囲するドワーフ達も気を抜いていない。
なにせ今の時期にトルソラリス側から人が来るとすれば、トルソラリス王国の兵士や役人くらいなもので、古戦場の状況が改善されたと言う報告も無いのに、突然一般人が現れるなんてことは考えられないのだ。
故に現状のユウヒは不審者である。そう言った扱いを受けると言う辺り、ユウヒに関する情報はドワーフ達の国境要塞にまで届いていない様だ。
「そうか……通行所はあるな? 見せろ」
「向こうはこれで通ったんですけど、こっちでもこれでいいとは聞いてるんですよね」
「なんだ? 勲章か? 勲章は分からん、他に無いのか」
そんな不審者ユウヒが取り出したのは、トルソラリス王国側でも使った紅星光勲章、同盟関係にあるドワーフ国へ入国するには十分な身分証明となる。なにせその勲章を所持しているという事は、彼の身元保証人がトルソラリス国王という事を示すからだ。
しかしドワーフ国の兵士にその効果は無いのか、さっさと仕舞えと言ったジェスチャーを見せながら、他に通行許可証は無いのかと眉間の皺を深くしていく角兜。どうやら本格的にユウヒを怪しみ始めたようだ。
「無いですね」
「むむ、ちょっと待って色々わかる人間を連れてくる」
「はい」
だがいくら怪しんで圧を掛けてもユウヒの覇気の無い表情は崩れず、どこか飄々としても見える彼の姿は妙な圧にも感じられ、困った様に唸る角兜は兵士達に振り返り、手で人を呼んでくるように指示を出す。
指示を出されるとすぐに一人の兵士が胸を叩いて踵を返し、大きな足音を鳴らして走り去る。
「ちょっと待ってろ、すぐ爺さん辺りを連れて来るだろ。ところでそれは遺物か?」
「ええまぁ」
振り向き直る角兜は爺さんが来ると言って、手に持った斧の先端を地面に突き立てると、張っていた気を少し緩めてバイクに目を向ける。覇気の無いユウヒに何時までも気を張っていても馬鹿らしくなったか、いやそれは違う。
なぜなら彼がバイクに向ける目が輝いているからだ。よく見ると周囲でユウヒを警戒し続けるドワーフ達も、ユウヒとバイクの間で視線が揺れている。
「そうか……それなら盗まれないように気をつけろ? 休憩場を利用するなら必ず倉庫付きの宿に泊まると良い。倉庫宿はどの休憩所にもあるし、門番に聞けば教えてくれるはずだ」
「盗まれるんですか?」
「ドワーフだっていい人間ばかりじゃねぇ、寧ろそんな遺物を見せびらかしてたらその気がないやつも盗みに加担するかもしれねぇ」
ほぼ全てのドワーフにとって、遺物とは人類の宝なのだ。ピンキリはあれど関係なく遺物と言う存在にロマンを抱く種族であるドワーフ、そんな彼らの前にユウヒ謹製のバイクが姿を表せば、その興味を引くのは当たり前である。
角兜がユウヒに注意を促すのも、不審な男であるユウヒを心配してというよりは、優れた遺物が不本意な形で利用されることに対する懸念と、誘惑に負けたドワーフが愚かな犯罪に手を染めさせない様にと言う考えからであった。
なんだったらユウヒが想像どうりの危険な人物だと分かれば、すぐにでもバイクを保護しようとすら考えている節がある。
「それはまた……」
「変に思うな? ドワーフにとって遺物はそれだけ魅力があるもんだ。これがゴーレムだと言われたら多少その気も失せるだろうが、どっからどう見ても遺物だろ、あまり意味がない」
若干引いた様に半歩後ろに下がるユウヒの視線が、まるで自分の考えを見透かしているように感じた角兜は、少し慌てた様に声を上げ悩まし気に呟く。
「ゴーレムだと興味が無くなるんですか?」
「ゴーレムは魔法だろ、ドワーフに魔法なんて使えないからな? 使える奴は盗みなんてしなくても良い身分のやつしかいねぇ」
ユウヒの問いかけに対して、露骨に表情を呆れたものへ変える角兜。
ドワーフはその性格故に精霊との折り合い悪く、魔法と言うものにあまり縁がない。今はどこを旅しているのかオーヤンにユウヒは真実を告げたが、そんな真実をドワーフは誰も知らず、彼等の中では魔法が使えるのは血筋と天性の素質と考えられている。
そんな彼らには魔法を毛嫌いする傾向があった。魔法の魅力を知りながらも、それが自分たちには使えないと言う事実への落胆――その感情はやがて拒絶へと変わり、いつしか魔法にも似た力を秘める『遺物』への執着と呼べるものに姿を変えていた。
「なるほど、ならゴーレムに偽装したら盗まれないかもしれませんね」
「確かにな、でもドワーフを欺くのは至難の業だぞ?」
「頑張ってみます」
ユウヒの「頑張る」という言葉に軽いものを感じた角兜が、ドワーフの執着について詳しく話してやろうと大きな口を開いた――その時、
「連れて来ましたー!!」
遠くからでも良く通る、大きく野太い声が二人の会話を遮った。
「はぁはぁ……まったく、老人を労わらんか!」
走って来たのは、三人のドワーフ。先頭で声を上げたのは、元氣よく足音立てて走る若いドワーフの兵士。その後ろを、角兜とよく似た格好のドワーフに背中を押されながら、白く長い髭の老ドワーフが駆けてくる。
ユウヒから少し離れた場所で減速した老ドワーフの息は上がり、フラフラと歩く姿は今にも膝をついて倒れそうなほど疲弊して見え、後ろから背を押していたドワーフは、彼の背中を労う様に摩っていた。
「良いから見てくれよ、その勲章でここ通しても良いのか?」
そんな老ドワーフを労う素振りすら見せない角兜は、急かすようにユウヒを指差し見てくれと言い、その言葉にユウヒはもう一度勲章を手に持って差し出す。その行動は見る人が見ればあまりにぞんざいであり、とても世界に数えるほどもない勲章を見せている様には見えない。
「なんでそんなこともわからんのじゃ……は? ……ちょっと触っても良いかの?」
「どうぞどうぞ」
しかし老ドワーフすぐに目の前に差し出された勲章が何であるか理解した様で、それまで疲れで曲がっていた背筋を勢い良く伸ばしたかと思うと、ユウヒに上目遣いで問いかけ、壊れ物を触るようにそっと勲章を両手の指で持ち上げる。
ドワーフは手先が器用だ。それは砂の海に住む多種多様な種族の中でもトップクラスに手先が器用で、それは一兵士であっても最低限の素養を持つほどである。故に勲章を扱う指先も繊細で、しかし勲章を見れば見るほど、その手には信じられないほど汗がにじみ震えだす。
「やっぱダメか? 駄目だろ? 駄目だよな、勲章でここを通った奴なんて居ねぇからな」
「なんで判断できなかったお前が偉そうなんだよ」
「俺の審美眼に狂いはないからな!」
そんな老ドワーフの変化に気が付かぬ角兜は、残念だったなと言いたげな表情でユウヒにチラリと視線を向けると、老ドワーフの背中を押してきた同期に胸を張って自信に満ちた声を上げる。
しかし、そっとユウヒの手に勲章を戻した老ドワーフの、陽炎の如く空気を歪める怒気を孕んだ鋭い眼光に気が付くと思わず後退るが、時すでに遅く。
「馬鹿者が! お前の目は狂いっぱなしじゃろが!!」
「いてぇ!?」
「しっかり調べもせんで何が審美眼じゃ! お名前を聞いてもよろしいか?」
口と手のどちらが先に動いたのか、目にもとまらぬ鋭い拳骨は二つの角が生えた鉄兜の頂点に突き刺さり、その一撃は、硬いはずの鉄兜を貫通して頭蓋骨を震わせ、痛みと衝撃で彼に膝をつかせた。
そんな怒気もユウヒに振り返る瞬間どこかへ消えており、相手がどういう人物か理解している老ドワーフの対応は国賓に向けるそれである。トルソラリス王国の人間ほどではないにしろ、その勲章はドワーフ国の兵士にとっても憧憬を向けるに値する証なのだ。
要は、国境要塞を預かる兵士が知らないと言うのは普通に問題なのである。
「ユウヒです」
「ユウヒ殿じゃな、どうぞ通って下され……ここを通った事に関しては向こうに知らせる決まりになっておりますが、よろしいか?」
あまりの衝撃に未だに立ち上がれない角兜を他所に、老ドワーフは話を進めていき、それは今まで待たされていた時間が嘘のようにすんなりと進む。
「ええ、元々ここを通るとは王様にも伝えてあるので、そうしてもらえた方が私も助かります」
「しかり伝えるでな」
滞りなく進めばユウヒも気持ちよく返答することができ、老ドワーフの言葉に自然と笑みが浮かぶ。老ドワーフもそんなユウヒの笑みに為人を察してにこやかに微笑み、あっと言う間にそれまでドワーフたちとの間にあった緊張感が霧散してくのだった。
一方で、全く状況が読めないのがフラフラ立ち上がる涙目の角兜と、その同期の男性ドワーフ。
「……どういうことだ?」
「さぁ?」
状況が理解出来ないと、互いに目を合わせて大きく首を傾げるが、その行動がまた老ドワーフの逆鱗に触れたのか、彼を中心に怒気が膨れ上がる。
「お前たちは門兵心得書を読み直せ! 連帯責任じゃ!!」
『!?』
膨れ上がった怒気はあっと言う間に破裂、そっとその場を後にするユウヒの背後では、角兜だけでなく、その場に居合わせた兵士全員が巻き添えにあってしまう。
「……なんか、申し訳なくなるな」
<……>
兵士達の口から漏れる、声にならない悲鳴を背中に感じながら国境要塞を抜けるユウヒは、彼等の悲鳴の原因になってしまったような感覚に思わず背中が曲がり、そんなユウヒの姿に周囲を舞う風の精霊は呆れた様に笑うのであった。
いかがでしたでしょうか?
とばっちりを受けたドワーフ兵士達に幸あれ。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




