第128話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「暗いな、ライトが無かったら今頃、バイクを降りて押してたところだ」
広く、暗く、時折空から光の筋が落ちて地面に当たり、反射した僅かな光が周囲を照らす。それが森林山脈を横に切り裂く谷の姿。トルソラリス王国とドワーフ国を徒歩で行き来することが出来る唯一の道で、両国で共通して越境谷と呼ばれる場所だ。
横に長く大きな要塞を建造しなくてはいけないほど、大きな口を開く越境谷の内部は広く、その広さは暗い谷の中で両側の壁を同時に視認するのが難しいほどである。そんな暗くて広い不整地な谷の中であるが、人々が行き来するための街道は続いており、歩きやすい様にと石畳で作られた道は、バイクで走っても何ら問題の無い造りをしていた。
「前の休憩場ほどじゃなかったけど、なんか遠巻きから熱っぽい視線を感じて嫌だったな」
<!!>
「あ、やっぱり見られてたんだ。悪い感情は無かったって? そうか、それならまぁ……良いか」
トルソラリス側の要塞はすでに暗く見えなくなったが、ふと後ろを振り返ったユウヒは、要塞での出来事を思い出し、小さな溜息を洩らしてごちる。
一目英雄の姿を、それは日本人が遠巻きに有名人の姿を見たり、スマホで写真を撮ったりする心理と同じだろう。まるで見世物の動物にでもなったかのような、少し複雑な気持ちになったユウヒは、精霊の補足するような説明に納得しきれずとも、不満は飲み込むことにしたようだ。
「それにしても、暗いし細いしジメジメだな、あと寒い」
そんな話をしながらバイクで走る谷底は静かで、しかし砂漠を走っていた時とは種類の違う自然のざわめきが聞こえてくる。
<……!>
「へぇここはずっとこんな感じなのか、ウォーターアブソーブが無かったらちょっと大変だったな」
顔に張り付いてくる空気はじっとりと重く、日の下と違って汗を掻く様な暑さは無く、むしろ風の当たる顔が少し寒いとすら感じるユウヒ。環境適応能力の高いポンチョが無ければ、体が震えていたであろう気温の原因は、十分な湿度と谷を吹き抜ける風である。
森林山脈は、東からの湿った空気を受け止めるため山頂は霧が濃く、一年のほとんどが雨と言う環境のために、谷の中は山頂から流れてくる水で常に湿潤、谷の中には清水が流れる川まであるほどだ。そんな湿潤な環境では石畳も苔むし、そこを乾いた風が流れていくので周囲は常に冷たく保たれる。
ユウヒにはウォーターアブソーブと言う便利な魔道具があるからこそ、何ら問題なく湿った石畳の上を走れているが、馬車であればかなりゆっくりと走らなければ、鉄で保護された車輪が滑り転倒してしまう。環境の所為もあって、綺麗に舗装されているとは言い辛い石畳、どうしてもアップダウンや凹凸が多いのである。
「ずっと下りだし、滑ってこけたら大変だ……水が流れる音が聞こえる」
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<!!!>
「森林山脈に降った雨なの? あぁなるほど、それがあの大量の水の源か」
より深く谷に入ると見えてくる壁面の滝、暗い時は音だけしか聞こえない滝であるが、ユウヒが目を向けた左側の壁には、良いタイミングで光が差し込み、キラキラと白く美しい滝がその姿を見せつけていた。
滝の周りも薄くぼんやりと空からの光に照らされ、キラキラと輝く苔や水飛沫は、暗闇の中に現れた光のオアシスのようである。
「それじゃ、トルソラリス王国は意外と水があるんじゃない?」
そんな滝から降り注いだ水は、落水地点に大きな滝つぼを、周辺には湖を作り出しており、その水は川となってどこかに流れていく。行先は主にトルソラリス王国である。
<……>
「全部地下に流れて行っちゃうのか、地質的な問題かね?」
しかし残念なことに、その水は大半が地下深くに流れて行ってしまうため、トルソラリス王国の地下水源を潤しても、表面の乾いた砂の大地を潤すことはない。そのため、水を求めたトルソラリス王国の地下水利用技術は随一でもある。
いったいその特殊な地質は何が原因なのか、精霊に聞けばすぐにわかると思い問いかけるユウヒ。
<……!>
「深い所には行けない? 土の精霊でも?」
しかし返って来たのは分からないという返事、ユウヒの前を先導する様に飛ぶ風の精霊は、瞬きながら渦を巻くように飛び、体全体で分からないと伝えているようだ。
<!!>
「無理かぁ……そこに何かありそうだな」
それは土の精霊であっても同様で、バイクのボディに腰を下ろしていた土の精霊も、解らないと体を振って困った様に瞬く。
水の精霊でも、地下深くの水源を調べられないという可笑しな大地である砂の海、神の目も精霊の目も届かないと言う異常に、ユウヒは探し物である危険物の気配を感じたのか、じっと暗い谷の地面を見渡すが、反則的な力を持つ目を手に入れた彼でも、その先の地下を調べる術はない。
それから数時間後、ユウヒは大きな岩の上にお尻をつけて座っていた。
「うん、国境広すぎないか?」
胡坐を掻いて腕をきつく胸の前で組み、暗い空を見上げながら不平を洩らすその顔は、無駄に凛々しいしかめっ面である。
「ずっと暗いから時間がわからなかったけど、もう夜だぞ?」
それもそのはず、時刻は深夜。国境と言うからすぐに抜けられると思っていたユウヒは、ウォーターアブソーブの力もあって快調に街道を走っていたが、一向にドワーフ国側に到達しないのだ。流石にしかめっ面にもなろうもの、しかしそれはちゃんと調べないユウヒが悪い。
<……!!>
「あと半日はかかる? とりあえず今日は、ここをキャンプ地とするけど……明日は早めに出よう」
この越境谷と呼ばれる谷は、馬車でも三日以上かかる非常に巨大な谷なのである。いくらユウヒのバイクが快調に走れているとは言え、一日でドワーフ国に入国するのは難しい。タイムを競うバイクレースでもするかのように走れば別であろうが、そんな走りをこんな暗い場所でやろうものなら、怪我も事故も起し放題である。
思っていたのと違う国境について、精霊が補足する声を聞き項垂れていたユウヒは、溜息一つ吐いて立ち上がると、大きな岩の上から飛び降りた。着地した地面は乾いており、その乾きの中心に停められたバイクの収納を開けるユウヒ。
「この先上り坂、余計に滑りやすくなるだろうから、中の水は捨てておくか」
取り出したのは、ウォーターアブソーブで回収した水を取り出す給水タンク。圧縮された空間と繋がり、大量の水を吐き出すと言うちょっと頭のおかしい魔道具の蓋を開けたユウヒは、バイクから少し離れた場所を流れる岩間の小川に水を捨て始める。
いくら水資源が豊富な谷の中とはいえ、トルソラリス王国の民が見たら発狂しそうな光景だ。
「これだけ水があるとウォーターアブソーブの溜まりも早いな、これ流しても問題ないよね?」
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「ありがとう、頼むよ」
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圧縮空間の約8割を満たしていた水は、冷たい水の音を立てて小川に注がれていく。
持っているのがめんどくさくなって、給水タンクを傾けた状態で岩の上に置いたユウヒは、問題ないように処理しておくと言う精霊の声にお礼を言って微笑むと、息をつく。
周囲から聞こえてくるのはほとんどが水音で、樹々のざわめきも、生き物の鼓動も聞こえてこない。
「不思議な場所だ」
何もせずその場に座っていると、重い静寂がのしかかってくる。しかし気持ち悪いわけではなく、重めの布団を掛けられたような安心感もある不思議な谷。そこには水と苔しかなく、それ以外の生物が存在しないのだ。
空を見上げるユウヒの視界には、周囲から集まって来た精霊が寒色の光で来訪を歓迎している。水の精霊が非常に多く、樹の精霊が次に多い空間では土の精霊は目立たず、火の精霊も光の精霊も休む夜の谷底では、闇の精霊もその暗闇に溶け込んでしまう。
「広い谷間に、空が見えないほど高く密集した樹々、水が染み出す壁に、谷間を流れて消える川……自然にこうなったのか、人為的に掘ったのか」
自然が作り出した奇跡の産物、そう言ってしまえばそこで終わりそうな越境谷。しかしその中にユウヒは違和感を感じているのか、気になって金色の右目をぼんやりと輝かせるが、その違和感の正体はつかめない。
掴めそうで掴めない何かに不満げな息を吐くユウヒは、給水タンクの容量を示す表示を確認して、また一つ溜息を洩らす。ずいぶんと勢いよく流れ出る水であるが、まだその水量は8割のままであった。
<……?>
「ふーん? 昔からこうなんだ。なら自然に出来たのか、それにしては真っ直ぐな谷だよね。大昔は川だったのかもしれないなぁ」
昔から変わらぬ越境谷、そう囁く精霊の言葉で考える事を止めたユウヒは、バッグの中から干し肉を一欠け取り出すと口に咥え、空を見上げながら湿らせ、塩気と旨味の塊を少しずつ齧るのだった。
それからさらに半日、仮眠を済ませて早めに起きてバイクを走らせたユウヒは、急な上り坂を登った先で、差し込んできた久しぶりの日の光に目を細める。
「見えた!」
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ユウヒの声に反応して飛び上がる光の精霊と、隠れる闇の精霊。ユウヒが見たのは朝日に照らされ、黒い壁の様に見えるドワーフ国の国境要塞、その大きさはトルソラリス王国の国境要塞の数倍はありそうな強大なものであった。
見ただけで分かる建築技術の差が、そこにはあった。
「あれがドワーフ国側の国境か、トルソラリス王国より立派だね、縦にも横にも」
縦にも横にも大きいと評価されたドワーフの要塞、当然奥行きも深く、通り抜けるのにも時間はかかる。巨大な落とし門の中を普通に通るだけでも、トルソラリス側の要塞の比ではないだろう。
「あれは、中々突破するには骨が折れそうだ」
<!?>
そんな要塞を見上げながら走るユウヒの言葉に精霊が驚きの声を上げた。
「あはは、ただの想像だよ。要塞攻略戦とか城塞攻略戦とかよくやってたから、こうも厳ついと考えちゃうよね」
それもそうだろう、いきなり突破などと口走り、彼の思考には要塞を襲撃するような想像が混じっていたのだ。普通の人でも何を考えているのかと思う所であるが、精霊ならその感情も読めるのだから尚更である。
しかし、ユウヒに要塞を襲撃して突破するようなつもりは無い。無いのに考えてしまうのは、彼がサブカルに侵されたゲーム脳の持ち主だからである。彼の青春であるクロモリオンライン内では、攻城戦などのイベントは定番であり、同一ゲーム内にて様々なジャンルを楽しめるクロモリオンラインの攻城戦は、実にリアルなものであった。
そんな、現実の異世界を元に作られたゲームを体験して来たユウヒには、巨大な建造物を前にして戦いを想像せざるを得なかったようだ。それほどに、ドワーフの国境要塞は威容を放っている。
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<……?>
「わかんないか、あと手伝う必要はないよ? やらないから、ほんとだよ?」
理解不能だと言いたげな意思を向けてくるが、妙に好戦的な声も一緒に漏れる精霊達。驚いている割には、彼以上に好戦的な面を見せる精霊と言うものが良くわからなくなるユウヒは、念を押す様にバイクのボディの上で飛び跳ねる精霊を見詰める。
≪……≫
見詰めた先で光度を下げる精霊。
「なんで残念そうなの?」
とても残念そうにゆっくりとバイクのボディに寝そべる精霊達に、ジト目で困惑するユウヒ。
精霊と接してきて、色々と彼女達を理解したつもりで居たユウヒであるが、その考えを改めるべきかと首を傾げる。その間にもバイクは緩やかな上り坂を快調に走り続け、ドワーフの巨大国境要塞へと近付くのであった。
いかがでしたでしょうか?
暗く不思議な谷を抜けたらそこにはドワーフの要塞、ようやくドワーフ国に入れそうなユウヒは、どこでどんな光景を目にするのでしょうか。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




