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ワールズダスト ~砂の海と星屑の記憶~  作者: Hekuto


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第127話

 修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。



「あれが森林山脈の関所か……しかし、でけぇ山というか森と言うか」


 古戦場を走り抜けること数日、ようやく砂と岩ばかりの世界から抜け出したユウヒ。彼の視界には、古戦場を抜けた時からずっと森林山脈が入っていた。そこからさらに二日ほど走って、ようやく深い谷間を塞ぐように作られた大きな国境要塞が見えてくる。


 ずっと見えていた森林山脈であるが、走れば走るほどその巨大さは増し、遠目で見ても分かる大きな要塞が小さく見える事で、山脈の大きさを再認識させられるユウヒ。巨大な樹木で形作られる森林山脈は、遠近感が狂うほどの圧倒的大きさを誇るのだ。


 特定の場所からしか越境できないと言う理由を語られたユウヒは、実際に見て納得の声を漏らす。


「名前負けしない山脈だ。樹の精霊も多いけど、それでもやっぱり小さい子だけだな」


<……>


 緑色の山脈を見上げながら、ゆっくりと走るユウヒの目の前に、綿毛のように舞い降りる濃緑の精霊。それは見た目からも想像がつきやすい樹の精霊であり、不意にユウヒの鼻を濃い森林の香りがくすぐる。


「こんにちは」


<……!>


「そうか、森林山脈に住んでるのか、ちょっと向こう側まで通り抜けに来ただけだからよろしく」


 声をかけられると、バイクのボディの上で嬉しそうに揺れる樹の精霊は、スタールの森で見かける精霊よりも濃い緑色をしているが、大きさは変わらず小さい。どうやら自己紹介をしているらしく、精霊の意思に耳を傾けるユウヒは、小さく頷いて見せて優しく声をかける。


<……♪>


 森林山脈と言う国境を越える為に、わざわざ精霊からの許可はいらない。しかし彼女達が静かに暮らしている場所をバイクで走り抜けると思うと、一声かけずにはいられないと感じて、ユウヒの口から自然と言葉が出て来た。


 その行動は日本人らしい感性からか、それとも本来なら見えざる者が見えるようになってしまった故か。ただ少なくとも、精霊からは好意的な意思しか聞こえてこない辺り、ユウヒの選択は間違っていない様だ。





 聖域ほどではないが、珍しく精霊の多い街道を走ること小一時間、近くに見えて意外と遠かった、隣国との関所でもある国境要塞の門前にたどり着いたユウヒ。


「止まれ! 何用で来た」


「ドワーフの国まで買い物に」


 そんな彼を大きな声で呼び止めるのは、トルソラリス王国の正規兵用革鎧を全身に纏った男性。関所や街などでは必ず行われる誰何、大体聞かれることは同じであり、砂除けを口から外して慣れた様子で答えるユウヒ。その声は少しキーの高い張りのある声で、それは彼が社畜をしている時の声と似ている。


「買い物?…… 遺物使いか、通行手形はあるか?」


 しかし場所が場所故に、買い物と言う簡潔な言葉に思わず眉を顰める男性兵士。彼の後ろからは、同僚であろう門兵が、肩掛けバッグを取り出すユウヒに小首を傾げながら、ゆっくりと歩いて来ていた。


「通行手形は無いですけど、代わりにこれで通れると聞いてます」


「手形が無ければ通せないぞ? なんの……ん?」


 旅慣れた人間であれば、通行手形はすぐ取り出せる場所に括っておくもので、すぐに取り出さないユウヒに訝しむ男性兵士は、ユウヒが手の平にのせて見せて来た勲章を覗き込み、更に顔を顰める。


 ユウヒが見せたのは紅星光勲章。見せれば簡単な確認だけで国境も越えられるし、国内なら割と何処でも入れると言う特例のある勲章であるが、兵士の顔を見る限りどうにも雲行きが怪しい。勲章を見て、ユウヒの顔を見て、もう一度勲章を見て大きく首を傾げ、そのまままたユウヒを睨む様に見詰める男性兵士。


 同僚は、どうしたのかと彼の頭越しにユウヒの手の中に目を向け、


「ああ!? 馬鹿野郎! すぐに確認させていただきますので少々お待ちください!」


 大きく目を剥き、慌てて目の前の男性兵士を横に押し退けユウヒに頭を下げる。


「あ、おい! 馬鹿ってなんだよ! ……なんなんだ?」


「さぁ?」


 突然狂ったように声を張り上げ走り出した同僚の姿に首を傾げ、思わずと言った様子で問いかけてくる男性兵士に、ユウヒはキョトンとした表情で首を傾げ返す。勲章を見せるだけで、問題なく国境を越えられるとは聞いているユウヒであるが、まだ一度もその勲章の効果を利用したことがないために、今がどういう状況なのかさっぱり理解していない。


「ふん、しかしこれ、どこかで見た様な……何だったかな?」


 バイクに座ったまま、勲章を手のひらにのせて目を瞬かせるユウヒに、男性兵士は鼻息一つ漏らすともう一度勲章を睨む。どうやら彼はその勲章が何であるか知らない様だ。いくら有名で、兵士の憧れになる様な勲章であっても、中には興味のない兵士も居るものである。


 そんな兵士と適当に世間話するユウヒの耳に、遠くから何かが聞こえて来た。


「ぅぉぉぉおおおお!!」


「うげ!? 中隊長どうして!?」


 それは、この国境要塞のナンバー2である中隊長、複数の小隊をまとめ上げる実直な性格の彼が緊急時以外で走る姿が珍しいのか、それとも単に怖いのか。男性兵士は走ってくる中隊長に目を向けると、驚いた声を上げて慌てて曲がっていた背筋を伸ばす。


「お待たせしました!! ユウヒ殿でしょうか!?」


「え、あ、はい……」


「え?」


 何か怒られるのかと、背筋を伸ばしていた男性兵士を無視してユウヒの目の前。バイクの横で胸に拳をぶつけるように敬礼して声を張る中隊長。羽の付いた革兜を脱いで小脇に抱える彼の緊張した声に、少しびっくりした様子で返事を返すユウヒと、驚きの声を洩らす男性兵士。


 すぐに中隊長は、ユウヒの手から見える勲章の輝きに視線を動かす。


「そちら確認させていただいても?」


 そして異常に腰を低くした声で、ユウヒに了解を求める。


「あ、お願いします」


「はい! ……素晴らしい、本物だ。どうぞ、お通りください。お話は魔道通信で伺っております!」


 そしてすぐ、ガラスの板が嵌められた器具越しに、ユウヒの手のひらの上にのせられた勲章を見詰める中隊長は、感動で震える声を漏らす。これが、紅星光勲章を前にした一般兵士の、ステレオタイプな反応である。どちらかというと中隊長の反応はまだマシで、中には泣き出す兵士もいるのだから、今もって状況が飲み込めず、キョトンとした表情を浮かべる男性兵士は、トルソラリス王国兵士としては希少種なのだろう。


「あ、どうも……」


「ああ! それと、ひとつ伺いたい事が……」


「はい?」


 通って良いと言われ、バッグの内ポケットの蓋に勲章を取り付けたユウヒは、バイクのアクセルに手を添えるが、まだ要件があったのか慌てた様子で呼び止められる。居住まいを整えている途中だったこともあって、特に驚いた様子もなく振り返るユウヒに、中隊長は神妙な表情を浮かべると一歩近づき、少し小さな声で話し始めた。


「その、数日前の竜巻について、何か情報は無いでしょうか?」


 その内容はユウヒのやらかしについて。


「…………あれは、ちょっと精霊の頼みごとで少し、何か被害が?」


 ユウヒが何のために、どうやって、そしてそれが思わぬ事故であった事など知らぬ中隊長。またトルソラリス王国の中で、突然現れた巨大竜巻がユウヒの失敗だと言う事を知る者はいない。何故なら、あれはユウヒにとっては失敗でも、求めた者達にとっては特に失敗でも何でもなく、むしろあの短時間で聖域を誕生させたのであれば、必要な事で間違いはないのだ。


 しかし、本人は失敗だと考えている為、中隊長の質問に答える彼の視線は、大型魚に狙われているイワシの群れの様に踊っている。またその背中には、ポンチョのおかげで暑くもないのに、気持ち悪い汗まで流れていた。


「そうでしたか! いえ、この要塞には何も被害は無かったのですが、うちからも調査隊を出すか悩んでおりまして……何か危険な魔物でも?」


「あぁいや!? ちょっと地質的な改善のため、みたいな感じで……行っても構いませんが、あの地を荒らすのはやめてくださいね? 精霊が怒るので」


<!!>

<!!!>


 にこやかに笑う中隊長に、固い表情ながらもほっと息を吐き笑みを浮かべるユウヒ。どうやら、竜巻の発生した古戦場の奥を調べるための、派兵について砦でも検討されていたようだが、中隊長や門兵の表情を見る限り、率先して行いたい任務ではない様だ。


 ユウヒの返答を聞いた門兵二人が息を吐く一方で、続く言葉を聞いた中隊長は表情を硬くする。精霊達も荒らすなと言う念を送っている様で、精霊の声が聞こえないなりに何かを感じるのか、中隊長は額から一筋汗を流す。


「……そうですか、わかりました! 王都への報告はそのようにしておきます! ささ、どうぞお通りください」


「あ、はい……」


 国境の要塞を守る兵士のナンバー2ともなれば、普通の兵士が聞かされないような内容も聞かされている様で、精霊と言う言葉に思わず息を飲んでいた彼は、努めてにこやかな表情を浮かべると、一歩ユウヒから離れ、敬礼するか悩んだ手を伸ばし先を促す。


 若干申し訳なさそうに頭を下げるユウヒに、中隊長もペコペコと頭を下げ、何とも言えない空気の中でバイクをゆっくり進め、大きな門を潜るユウヒ。その後ろ姿を中隊長はじっと見つめており、よく見るとその目は少し潤んでいた。


 一方で困惑しているのは、ユウヒを最初に止めた男性兵士。


「……なぁ、あれ誰なんだ? 手形無いぞ? いいのか?」


 中隊長の後ろに控えて、怪訝な表情でユウヒを見送っていた彼は、頭の中に溢れ出す疑問に耐えられず、隣の同僚にどう言う状況なのか問いかける。


 国境砦での一般的な誰何として、通行手形や通行書が無ければ、どんな相手でも通してはならないのが一般的な対応だ。だがそこには必ず例外と言うものがあるわけで、その例外もそれほど多いわけではない。


「ばかか! お前あれ紅星光勲章だぞ!?」


 故に、門兵であれば知っていないといけないのが、例外の一つである星光勲章について。たとえそれが、一生で一度お目にかかれるかわからない勲章だとしても、トルソラリス王国の兵士であれば知っていなければならない。


「は? ……はっ!? それだ! 教本で見た! え? それじゃ、偽物?」


 そんな勲章だと言われて、ようやく思い出したらしい男性兵士は驚き、そして引っかかっていたことが解りすっきりしたところで、すぐにキョトンとした顔で先に進んでいるユウヒを指さすと、偽物などと言い始める。


 実際に、勲章の偽造による関所通過を試みる者は、数年に一度くらいある事で、バレたら下手すると死罪であるため、見逃した兵士にも厳罰が下る事が多い。故に彼は少し慌てるが、慌てる男性兵士に同僚は盛大に呆れた。


「お前話聞いてなかったな? この間、勲章持ちの魔法使いがここ通るって話があっただろ。それに、中隊長が勲章用の鑑定板使ってただろ……」


「え? え、えええ!?」


 なぜなら、ユウヒがドワーフ国へ向かうために、森林山脈の国境要塞を通るであろう事は、事前に要塞に勤めるの兵士、そのすべてに通達されていたのだ。当然その通達は、驚く男性兵士にもされているはずだが、興味が無かったのか全く覚えがなさそうである。


 その姿を見て余計に呆れる同僚は、未だにユウヒの背中を見つめながら感動に打ち震える中隊長を横目に、顰めた目頭を押さえるように揉み込む。


「……おれ、くびとぶ?」


 彼は悩む、目の前で真っ蒼になる同期を助けるか否か、その結果がどうなるのか、考えるまでもない。


「今なにも無ければ大丈夫だろ? あとで拳骨くらいは、もらいそうだけど……いやぁ、それにしてもあれが救国の魔法使いかぁ」


 同期を助けたところで何の得もなく、普段不真面目な人間にはたまにお灸が必要である。そう開き直った同僚は、視線をまだゆっくりと走り続けるユウヒの背中に向けると、中隊長と同じように救国の英雄に想いを馳せるのであった。


 尚、拳骨くらいなどとうそぶかれ、ほっと息を吐いている男性兵士は、その後叱責され、三回ほど頭に拳骨を落とされ、さらに要塞にある全部のトイレ掃除を命じられるが、それはユウヒの知るところではなく、唯々風の精霊に笑われただけである。



 いかがでしたでしょうか?


 ある意味、拳骨にトイレ掃除、そして風の精霊に笑われただけの男性兵士は、ラッキーボーイなのかもしれませんね。


 目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー

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