第126話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「何という事でしょう。あんなに沢山あった毒電波を吐き出す危険な黒い石が今では見る影もなく、強靭な石の柱に美しく包まれ、聖域でたくさんの活性魔力を生み出しています」
朝から氷の浮いた湖の姿に驚き、様々な変化を見せていつの間にか立派に聖域となっていたパビリオン。ゴーレムたちの作る砂避けの壁も含めた一帯がその範囲に含まれ、安直に古戦場聖域と言う名前で呼ぶユウヒは、仕上げの終わった聖域を見渡しながら声を上げると、力が抜けた様にその場に座り込む。
彼が見上げる先には池から突き出る巨大な石の柱、真っ白な石の表面を青い幾何学模様が走るその柱は、黒い石と死霊の涙を大量に投入して作り上げた大型の魔力活性化装置。その数全部で4本、何かあっても互いが機能を補完し合う事で半永久的に活性化した魔力を吐き出すほぼメンテナンスフリーなエネルギー炉である。精霊が聖域を守っている以上、早々壊れる事は無いだろう。
「うん、これなら聖域ですって自信持って言えるだろ?」
<!!>
精霊のお墨付きもしっかりもらえた聖域は夕暮れ時、ユウヒが今も座り込んでいる中央と岸を繋ぐ道の脇には、光の精霊が求めた石灯籠がずらりと並べられ、様々な形の石像が少しずつ光を灯し始める。
緩い円錐状の屋根からは、常に池から汲み上げられた水が浄水されて吹き出し、細かい飛沫を振り撒いて屋根を潤しながら流れ、壁から池へと循環している。その水しぶきは昼間であれば光を屈折させて虹を見せてくれるが、夕暮れ時ともなるとそうもいかず、しかし太陽の赤みを増した光が宙を舞う水滴に反射していてそれもまた美しい。
「ゴーレムたちが作った壁も厳つくていいな」
その反対側に見えるのは高く分厚く長い岩の壁、ユウヒが吹き飛ばした岩を運んでは積み上げを繰り返した簡素な造りの壁であるが、一つ一つの岩が大きい事もあって意外なほど安定しており、すでにユウヒの魔法によって補強もされているので、ちょっとやそっとじゃ壊れることがない。
何より、ここは聖域である。精霊が何もしないわけがなく、
「……しかし、まさか精霊がゴーレムを気に入るとは思わなかったな」
今も壁の手直しをしているゴーレムには精霊がまとわりつき、その作業を手伝っているようだ。
<……♪>
「確かに防衛戦力として申し分は無いし、核が壊れない限り精霊と一緒なら稼働に問題は無いだろうけど、絶対ここから出しちゃだめだからね?」
そんなゴーレム達であるが、元々仕事が終わったあと回収するつもりでいたユウヒ。しかしそこで精霊の待ったが入り、その結果ゴーレムたちはこのまま聖域の防衛戦力として精霊と共に過ごすことが決まった。
整備次第では半永久的に稼働可能なユウヒ謹製ゴーレム、コアも精霊の力で維持可能という事で了承したユウヒに念を押される精霊とゴーレムは、ユウヒの後ろで顔を見合わせ合う。
<!!>
「ごむ!」
任せろと言いたげな声を上げる精霊とゴーレム、すでに精霊とコミュニケーション可能なようにコアも改造され、さらにボディも土木用をベースに強化改造が施されており、滑らかだったボディには追加で厳つい装甲も装備されている。
「大丈夫かな? 一応ボディを新しく作り直して俺の名前も刻印したけど、普通の人が見たら一つ目が光る化物にしか見えないぞ?」
両腕を持ち上げ自らの体を見せつけるゴーレムの纏った装甲板には、ユウヒの名前や精霊の守護者と言った文字が刻印されており、それぞれのゴーレムの装甲にも精霊が好む色が塗装されている。
なるべく攻撃されない様にと試行錯誤したユウヒであるが、座ったまま見上げるゴーレムは逆光によって黒く染まり、その中で青く光る眼は知らぬ者が見れば一つ目の化物のそれだ。心の弱いものなら逃げ出すか、気絶するか、訳も分からず攻撃を仕掛けてくるだろう。
「ごむ!」
「いや、蹴散らすから大丈夫とか言われてもな? 魔物だけだからね? ちゃんと精霊の言う事聞くんだよ?」
ただそこもユウヒ謹製、中途半端な攻撃では傷も着かない様にと装甲には魔法が付与されているし、そもそも大岩を持ち上げて壁を作り上げるような力持ちの時点で一般人に適う要素は無い、そこに岩盤も打ち砕く巨大なハンマーを持っているのだから、並の魔物では太刀打ちが出来ないだろう。
「ごむ」
ユウヒに念を入れられるとゴーレムは頷いて見せるが、ユウヒは不安そうなジト目でいつもより瞬きの多い気がする青いゴーレムの目を見上げる。改修を受けてより強くなった岩の体は、ユウヒの視線から逃げる様にゆっくり顔の向きを変えていく。
その動きはとても滑らかだ。
古戦場で睨めっこにならない睨めっこが開催されている頃、トルソラリス国の城では国王アイレウクと男性騎士が目を合わせて話をしている。
「陛下、古戦場調査隊の準備が整いました。明日早朝出発の予定です」
「忙しい時に呼び出して悪いな」
どうやらトルソラリスの騎士団が古戦場の調査を始めるようで、それはアイレウクからの急な招集によって準備されたものの様だ。
その招集は国王であっても申し訳なくなるくらいには急なものであったらしく、執務室とも謁見の間とも違う部屋のテーブルには酒器と果物が並べられている。それは王のプライベートに近い部屋である事を意味しており、直立不動で話す騎士はそう言った部屋にも通されるくらいには信頼されているようだ。
「いえ、魔法使い殿まで派遣していただけるのです。これほど胸躍る王命はございません」
そんな騎士が指名された古戦場の調査には、騎士団や多数の兵士の他にトルソラリス王国に所属する魔法使いも同行するらしく、それは騎士にとって誉とも言えるのか笑顔で話す彼は心から嬉しいらしく、その笑顔の端々に少年のような雰囲気も垣間見える。
浮かれすぎると人は言葉を間違う事が多々あるだろう。
「なんだ……それじゃ胸躍らん王命があるみたいじゃないか」
「あ!? いえそのようなっ」
国に所属している以上王からの命令は絶対であり、そこに上下が合ってはならない。故に騎士の言葉は不敬なものであり、最悪その場で首が飛ぶ可能性も十分考えられる。しかし、慌てて顔を蒼くする騎士が思わず腰の引けた姿を晒す中、国王は揶揄う様に笑っており、壁際で控えている世話係の老女は困った様に微笑んだ。
「冗談だ、王命なんて大抵面倒なものだ。しかし胸躍るか、お主もまたトルソラリスの民と言う事だな」
「……お恥ずかしく」
腰の引けた騎士はアイレウクの言葉に力が抜けたかの様に肩膝をつき、国王の面白そうな声に良く焼けた肌でも色が変わったのが分かるくらいに赤くなった顔を伏せて小さく呟く。
恥ずかしいとは言うが、彼と同年代の騎士であれば大体同じような反応を示すし、もっと歳が上のベテラン騎士であっても魔法使いとの作戦は心躍るもので同じような、しかし王からの揶揄いには多少面白い返しを出来るくらいだろう。
「なにか少しでも分かれば報告をする様に、無理をして欲しくは無いが……あまりに焦らすと妻が軍を動かしかねん」
トルソラリス王国の騎士らしい騎士を揶揄い満足したアイレウクは、真剣な表情を浮かべてソファの上で背筋を伸ばすと一声かけた上で、最も懸念している事をぼそりと呟く。
今回の古戦場で起きた異常事態の調査には、王妃が並々ならぬ興味を持っているらしく、アイレウクが騎士を急ぎで招集しなければ今頃王妃が軍を纏めて調査に出ていたようだ。その場合動く軍と言うのは王家を守る近衛騎士団、それに上から数えた方が早い上級騎士が招集され、多数の魔法士に大規模な輜重部隊が編成されていただろう。
現在のトルソラリス王国にその規模の部隊を編成して動かす様な余裕はなく、編成できたとしても王妃を守りながら活動するには心もとない。妻の尻に敷かれ甘いアイレウクでも流石に認められないし、そもそも魔法使いユウヒの作る聖域を早く見たいという欲望による行動などもってのほかである。
「はっ!」
真っ直ぐな騎士の返事を聞き満足気に頷く王に、立ち上がって頭を下げた男性騎士は静かに退出した、
「さて、何が起きたのか……ユウヒ殿が何かしたのであろうが、魔法使いが喧嘩してまで調査に行きたいと言うのだから何かあるのだろうな」
騎士を見送り呟くアイレウクの口からこぼれ出る魔法使い同士の喧嘩。
彼等は国に所属する以上は国の方針に従わなくてはならない、それも随分緩いものではあるのだが、その中には王都に必ず魔法使いが一人以上待機していないといけないと言う決まりがある。国防上の問題などでそういう決まりになっているのだが、そんな魔法使いが全員古戦場に行きたいと言い出し、喧嘩にまで発展したのだ。
その原因は精霊、彼女達が何を知らせ廻ったのかは不明であるが、大体全部うわさ好きな風の精霊による知らせであろう。その知らせは魔法使いにとって理性を失うくらいのものだったようだ。
「派手な便りだったようですがな」
「無いより良い事だ」
男性騎士がいる間、静かに二人の話を聞いていた宰相は、アイレウクの杯に琥珀色のお酒を注ぎながら話す。
すでに古戦場で発生した巨大竜巻がユウヒによるものであろう事は、精霊から魔法使いを通じて彼らの耳にも届いている。何があったかなどの詳細は分からぬとも、ユウヒと思われる魔法使いが精霊の願いを古戦場で叶えた程度の事であれば、国に所属する魔法使いでも精霊から十分聞き取れたようだ。
色々な意味で刺激的な便りを出したユウヒが何をしたのか、それを知る為に多数の人間が動き出すのであった。
そんなやらかし男のユウヒは、青く晴れ渡った空を仰ぎ見て、
「へっくしゅん!!」
≪!?≫
盛大なクシャミを放ち、頭の上で寛いでいた精霊達を振り落とす。
聖域の仕上げを済ませ、ゴーレムたちの武装を整え、細かい傷と埃で煤けたバイクを洗うと就寝したユウヒ。彼は朝早くから起き出すと樹の精霊がおすすめした花壇の果樹から新鮮なフルーツを貰い、バイクの荷物入れに詰めると入らなかった物を朝ごはんにして、聖域を囲う壁に日の頭が見える頃にはバイクに跨り聖域を後にしていた。
「おっとすまん……また噂かな、まぁ派手にやったしクレームでも言われてるのかもな」
精霊に念を押して安全なルートを走るユウヒは、バイクを停めてフードを下ろし、さらに砂避けとゴーグルまで外すと顔を手ぬぐいで拭い始める。嵐を発生させた事でクレームが入っているのかと、働いていた頃のクレーム対応を思い出したのか、清々しい朝だというのに景気の悪い顔で溜息を洩らすユウヒ。
「それにしてもなんか空気がころっと変わったな」
彼は顔を拭った聖域産綿花を100%使用した魔法の手作り手ぬぐいをバッグに戻すと、肌に感じる空気の違いに首を傾げる。
初めて足を踏み入れた時は死を覚悟する様な空気が支配していた古戦場、しかし今ではどうか、小高い岩場に上り遠くに見える聖域に目を向けるユウヒの頬には、乾いてはいるが痛みを感じる様な風は感じられず、降り注ぐ日の光もまだ気持ちよさを感じられる程度の熱だ。日本の湿度高めな暑さに比べれば快適とも言える。
<!!>
「そうだね、先ず夜に死霊が出なくなったな」
さらに明確な変化と言えば死霊が発生していないという事、精霊に聞いてもほとんどその姿を見なくなったと言っており、砂避けとフードを被り直したユウヒは着心地を調整しながら不思議そうに唸る。
その事に気が付いた直後は聖域の効果なのかとも思ったようだが、精霊も不思議そうにしている辺りあまり関係はなさそうで、誰にもわからないなら考えても仕方ないと、少なくとも夜が安全になったから良いかとユウヒは深く考える事を止めた。
「あと昼夜の寒暖差が少し緩くなったのか、昼の暑さも随分楽になった気がする」
ゴーグルを付け直すとバイクを走らせるユウヒは。【水衣】越しとは違う新鮮な風の感触を全身に受けながら肩に乗って来た精霊に語り掛け、その言葉を肯定する様に風の精霊は瞬く。
昼夜の寒暖差の緩和、それに関しては聖域が完成したことによる影響が大きい。何が理由かと言うとユウヒの周囲に見える精霊の数が激減している事が大きく、今まで大量に集まっていた光と火の精霊の姿が随分と少なくなっており、彼女達がどこに行ったかと言うと快適な聖域。さらに聖域を中心に水の精霊も新たに生まれており、聖域のバックアップを受けて古戦場の環境は急激に改善されている。
「ポンチョの下に汗を感じなくなったのは大きい」
汗という生理現象でより明確に環境の変化を感じたユウヒは、その事で何か思い出したかのように目を見開く。
「しまった……」
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「聖域にお風呂を作るのを忘れてた……」
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それは聖域に露天風呂を作るのを忘れていた事だ。聖域を作るにあたって、大量の水が出て来た時にお風呂を作る事を思いついたユウヒであるが、炎天下の中での作業を終えた後の水浴びがあまりに気持ちよすぎ、すっかりお風呂の事を忘れていた。
精霊もその計画は聞いていたが、楽しい事ばかり起きる聖域の生活ですっかり忘れており、ユウヒも次から次に作りたい物を形にしている中で忘れ去ってしまったお風呂。思い出せば急に入りたくなってくるが、これから数日は砂ぼこり舞う古戦場、その先は国境を越えてドワーフの国、どこで次のチャンスが訪れるかわからないユウヒの手の力は緩み、それに合わせてバイクは速度を落とす。
「お風呂作ってもう一泊しても悪くなかったなぁ……水浴びだけで終わらせたのはちょっともったいないことしたな、でも暑かったからなぁ?」
あまりに過酷な環境のため、さっさと古戦場を出たかったユウヒは、すっかり過ごしやすくなった古戦場を見渡し、遠くに見える聖域を恨めしそうに睨む。
しかし誘惑を振り払う様に前を向き直すと、彼は一気にバイクのアクセルを全開にして走り出す。
解ってしまった。
いや、未来が視えてしまったのだ。
このまま引き返して聖域にお風呂を作った場合の未来が、その場合起きる致命的なタイムロス、衣食住という人にとって不可欠な要素について何の苦労もしなくていい聖域での自堕落生活、時が経てば経つほどに抜け出せなくなる未来、彼は元社畜、走っていないと謎の不安に押しつぶされそうになる病を背負った悲しき戦士である。
いかがでしたでしょうか?
悲しき戦士は一路ドワーフの国へ向かい走る。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




