第125話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
日の落ちた古戦場、そこに作り上げられた巨大建築物。
見上げるほど高い円錐状の屋根の頂上には、池の水を汲み上げ浄化して周囲に撒く宝玉の改造品である散水魔道具が設置され、屋根を伝い流れていく水は屋根と壁から熱を奪い湖に戻っていく。
「はぁ、疲れた……」
建物の中は外よりも明るく、無数の石灯篭には淡い光が灯り、中央の暖炉と言うには随分と大きな炉には、魔法の火が明々と燃えている。
そんな人が数人入っても余りある様な炉の前に、ユウヒは仰向けに寝たまま溜息を洩らす。彼の周りには狸、雪だるま、梟、デブ猫、ちょっと版権的に危ない物など様々な猫ちぐらが並べられ、そんな猫ちぐらの上には何枚もの大きな暖簾が積み重ねられていた。
「でも、達成感があるな」
それらは悪い癖が出たユウヒの作品であり、よく見ると無地の暖簾の中には模様や文字が書かれたものもあり、今も温泉マークが描かれた暖簾が風の精霊によって広げられ、まるで品評でもする様に囲んで何か話し合っている。
「明日は仕上げと、そうだ」
あちこちから集まって来た精霊達は建物の外や中で思い思いに寛いでいるが、まだ完成には至っていない。ユウヒが目を向けた先、壁際に並ぶたくさんの花壇はスタールの森に作った薬草園と同じような構造で、花壇に沿うよう作られた側溝には水が流れ、まだ若い芽しか生えぬ花壇に一定の水分を与えている。
それ以外にもまだまだ完成には至っていない聖域であるが、何より足りないものがある。
「黒い石を全部加工して活性化装置にしてしまおう」
それは魔力、聖域を聖域たらしめる要素は膨大な魔力にあり、ユウヒの魔法によって振り撒かれた余剰魔力によって池周辺はホットスポットになりかけているがまだ足りない。余剰魔力は所詮余剰魔力でしかなく、活性化装置を設置した状態とはわけが違う。
スタールの森が聖域化したのも、室内薬草園を維持する為に小型の活性化装置を設置したことが大きな要因となっている。
「聖域と言うくらいだからな、魔力はいくらあっても困らないだろう」
特に今回は聖域らしい聖域をという考えで設計をしているユウヒ、そこに置かれる魔力の発生源も小型なんて言うケチ臭い事は言わない。
「黒い石と同じで不活性魔力を強力に吸収するみたいだし、毒電波の処理して……」
何より今回は優秀な素材が揃っているのだ。地球でも大きな実績のある黒い石、その石とほぼ性質が変わらないワールズダスト産の黒い石がたくさんあるのだから、その量に見合った規模の活性化装置が作られるのは確実である。
むしろ作らなければ、黒い石をそれ単品で放置するのは周囲に悪影響でしかない。黒い石の持つ周囲から不活性魔力を集めて吸収する性質を使う事で、活性化魔力が乏しい砂の海でも効率的に魔力の循環が可能なのだ。使わない手はない。
「あとは、涙を使って小型化、して……」
他には何を考えているのか、目を閉じたユウヒはぶつぶつと何ごとか呟くも、疲れに染み渡る外からの冷気と暖炉の温もりに意識は遠のき夢の世界へと旅立ってしまう。
「すぅー……」
<……>
石の床の上に布一枚引いただけの場所でそのまま寝てしまうユウヒを、集まって来た精霊達は静かに見下ろす。そっと彼の肩口から這い出て来た闇の精霊は頬を突くと、完全に寝てしまったことを確認して周囲に目配せする。
<……!>
<……?>
闇の精霊の目配せに頷く精霊達は、光量を落とすとユウヒから離れた場所に集まり何ごとか話し合いを始めた。その話は小さく聞こえるようなものでは無いが、彼女達の目配せを見る限りユウヒの事についての様で、時折楽し気な笑い声が漏れ聞こえてくる限り悪い話ではない様だ。
そんな楽し気な輪に突然風の精霊が飛び込んでくる。
<!?>
≪!!?≫
風の精霊から何を聞いたのか、周囲の精霊は一斉に驚きの声を上げると慌てた様に飛び立ち、彼女達の様子を見ていた精霊も何事かと外に飛び立っていく。
「ぐぅ……」
精霊が一斉に飛び立ち静かになった屋根の下、ユウヒは暖炉の温もりで緩んだ口から寝息を洩らす。そんなユウヒの体を照らす暖炉の赤い光、しかしその光源とは別の方向から青白い光が差し込む、よく見ればあちこちから青白い光の粒が湧き出しており。その光はあっという間にユウヒの作り上げた建物全体を覆い、湖の上に浮かぶパビリオンを歓迎する様に光輝くのであった。
「アミール様、大変です」
それと同時刻、サポ子さんは監視していたモニターの反応に驚き、しかしその驚きを表面に出さない様静かに、寝室で眠るアミールをそっと起こす。驚かさないように小さめの音量で呼びかけた彼女の声からは、いつもより少し固さが感じられる。
「う……どうしたの?」
「あたらしく、それでいて強力な聖域が出来てます」
「え?」
サポ子さんが監視していたモニターに表示された異常、その異常を纏める事で得られた結論は惑星上に新たな聖域が発生したという事実、しかもその反応は発生したばかりとは思えないほど強い力をもっており、重要度は朝起きたアミールに報告するのでは遅すぎる内容であった。
「ええ?」
寝惚け眼でベッドから這い出、光の加減で体のラインが透ける様な寝間着姿でモニターを見詰めたアミールの口から変な声が抜ける様に洩れる。
位置は最優先で監視していたユウヒが嵐を起こした古戦場、聖域については聞いていたので、その確認の為にも監視レベルを上げていた場所で起きた劇的な変化。いくら強力な力を持つユウヒの行動とは言え、聖域の発生はある程度の期間を想定していたところに発生したあまりに早すぎる、そして想定以上の聖域発生とそれに伴う警報のログ。
「……」
「なにこれしゅごい」
静かに見守るサポ子さんの前で、アミールは呂律が回りきらない声を漏らし、その表情を艶めかせる。もしその表情を人が見ていれば男女関係なく見惚れ理性を無くすだろう。
「帰ってきてください」
それほど艶めかしく色気を感じる表情を前に、サポ子さんは冷静に声をかける。その声は少し前までの固さは無く、寧ろ砕けた様な呆れの感情が込められていた。
「はっ!? ……凄いですね。流石ユウヒさんです」
サポ子さんの声に正気を取り戻したアミールは、口から垂れていた涎を慌てて拭うと無駄に凛々しい表情で振り返る。何もなかったと言いたげな凛々しい表情にジト目を浮かべるサポ子さんに、無言で微笑んで誤魔化すアミールは、モニターに向き直って何やら作業を開始する。
寝ているアミールを起こしてすぐに伝えないといけないレベルの変化という事もあって、彼女が対処しないといけないことは割と多い様だ。
「それで済ませていいのでしょうか……」
「悪い部分は無いのですから、いいのでは?」
慌てることなく、寧ろユウヒの行動を称賛し機嫌よく作業を進めるアミールは、サポ子さんが用意したマグカップの温い飲み物に口を付けながら小首を傾げる。もしこれがユウヒと関係のない事により発生した作業なら悪態の一つも漏らしていそうであるが、乙女の心はちょっとした違いで大きく変化するものなのだ。
「それは確かに……でも、本当にすごいですね」
そんな女神であり乙女である主人の後ろ姿に、少し呆れを含んだ表情を浮かべるサポ子さんも、目の前の状況に感心していないわけではない。聖域を作ると言って短時間でそれを成し遂げる人間などそうは居ないのだ。居たとしても、それは国家事業を越えるレベルのコストをかけて成し遂げる事であって、単独で成し遂げた例などほとんど存在しない。
「ええ、ユウヒさんとの出会いに感謝を……まさかこんな短時間で聖域を作ってしまうとは、それにとても綺麗です」
「これからもっと凄くなって行きますよ、きっと」
ユウヒにとって未完成な時点で完成してしまった古戦場の聖域、衛星軌道上から見る聖域は綺麗な円形状の池と円形の屋根で構成され、大量の魔力が湖から湧き出す光景は二人の目に美しく映る。
今の時点でも大量の魔力で満たされた聖域、そのままにしておいても後々に異世界ワールズダストでも有数の聖域になる事が分かる姿に、サポ子さんが呟きアミールは頷き微笑む。
だが彼女達は知らない、まだこの聖域は未完成なのである。
そんな聖域の状況に一番驚いたのは、
「……なんだこれ?」
ユウヒである。
固い石の床の上で寝た所為であちこち痛そうなユウヒは、起きるなり周囲の妙な空気に気が付き、起き抜けのふらつく足で湖を見るために外に出ていたのだが、そこであまりにおかしい光景を見てしまい一人呆けていた。
そんなユウヒの眼前に現れる青白い光を放つ何か……。
<!!>
「え? あれ? 氷の精霊、日が出てるのに大丈夫なの?」
それは氷の精霊、ユウヒが寝すぎた事ですでに日は昇っており、本来なら氷の精霊はその陽射しから逃げるために姿を消すのだが、ユウヒの前には元氣な氷の精霊が背中の翅をはためかせ、呆けるユウヒを見ておかしそうに笑っている。
<!!!>
「あ、聖域だから大丈夫なんだ……まぁあんな大きな氷が浮いてたら涼めもするか、作ったの? 違うの?…………聖域?」
巨大な氷。
周囲が濃い魔力で満たされている事に気が付いたユウヒが、氷の精霊の所在に納得しながらも驚きが冷めやらぬ様に問いかける原因。それはまるで海氷から割れてすぐの流氷の様な鋭い氷塊。そんなものが湖にいくつも浮かんでいるのだから、驚くなと言う方が無理な話だ。
さらに変化が起きているのは池だけではない。
「なんか水晶がすごい事になってる……色とりどりだなぁ」
首を傾げながら室内に戻ったユウヒは最初に見つけた変化は水晶。
<!!>
「生やしたの? すごいねぇ」
ユウヒが用意したのは、小さな子供ほどある透明な水晶柱であり、まかり間違っても大人を越える様な大きさの水晶柱に張り付く色とりどりのクラスター水晶などではない。どうやら土の精霊が生やした様だが、クラスターと言いつつ一本一本が赤ん坊ほどの大きさがあるのだから、前にしたときの圧迫感は凄い。
そんな水晶に透けて見える緑色。
「もう樹になってる……植え替えた方が良いかな?」
それは花壇に植えた様々な植物の葉の色であり、花壇いっぱいに生い茂る草の中からは小ぶりであるが立派な樹木となった物が頭を出しており、とてもじゃないがそのまま花壇で育成するには窮屈そうな姿を見せていた。
そんな樹から飛び出す緑色の光。
<!!>
「おや、樹の精霊だね? ああうん、おはよう?」
ユウヒの声を聴き飛び出してきたのは樹の精霊、元氣に挨拶する樹の精霊は、挨拶を返しされると嬉しそうに笑う。そんな樹の精霊は花壇から次々と姿を現すと何ごとか伝え始める。
<!!>
<!!!>
「あ、植え替えとかはみんながやってくれるのか、よろしくね」
≪!!≫
どうやら花壇の植物の植え替えなどは精霊達がやるそうで、やる気を見せる精霊に自然と微笑むユウヒに、樹の精霊達は明るく瞬き返答するとそれぞれの持ち場に散っていく。
その様子に圧倒されたユウヒは花壇の中に緑とは違う色の塊を見つける。
「なんだろうこのもさもさ。……綿花、綿か」
それは綿花と一目でわかるくらいにもこもこの綿毛の塊、どこから持ってこられた種なのか不明だが、地球で見られるより大きな拳大の真っ白な綿毛は一纏めにして植えられ、精霊達の計画性が伺える。
<!!>
「樹の精霊が一晩でやってくれたのか、凄いね。貰って良い?」
そんな綿毛専用花壇の管理をしているのは当然樹の精霊であり、ユウヒが寝ている間に植え替えたようだ。
そんな綿毛は糸になり布になり人類の発展に大きく貢献した植物。ユウヒにとっても有用この上ない素材であり、見ているだけで彼の心に創作意欲が湧いてくる。
<……♪>
<!!>
<……!!>
「え? 勝手に増えたり生えたりしてるのは好きに貰って行って良いの? 俺だけ?」
≪!!≫
そんな植物はユウヒ限定で自由に持って行っていいらしく、田舎の農家に居る様なおじいちゃんおばあちゃんの様に、あれもこれも持って行けと言い始める精霊にユウヒは思わず苦笑いを浮かべた。
「それは助かるけど、荷物になるから少しだけね? あとはここで消費するだけにしとくよ」
綿花を胸に押し付けられたユウヒは、そのモフモフふわふわの塊を受け取ると、魔法で糸に加工しながらぐるりと花壇を見て廻る。廻るだけでちょっとそこまで散歩する位には時間のかかる室内を見て終わる頃には、綿花は全て糸に変わり、中から出て来た種は精霊がどこかへ持ち去っていった。
「なんだろ、ずっとここに住みたくなるな……住まないけど」
暖炉の前まで戻ったユウヒは、完成したばかりの糸を摘まんで感触を確かめつつ本音を漏らす。
古戦場だと思えないくらい涼し気な湖、室内を通り抜ける程よい湿度と温度の風、風が通り抜ける度に鼻腔を擽る草花の良い香り、遠くから聞こえてくる涼やかな水音、とても過酷な砂漠の真ん中とは思えない快適さに思わず洩れてしまったようだ。
<……>
「さて、綿花を加工したら黒い石の加工もしないと……水」
ユウヒの本音と戒めの言葉に暖炉の中の火の精霊がくすくす笑う。
片手間の様に糸を布に魔法で加工するユウヒは、ぼーっと寂しい天井を見上げ今日の予定を口にすると、渇きを覚えたのか立ち上がりバイクに向かって歩き出す。
「ごむ!」
「おはよう、ちょっと待っててね。そうだ、これ終わったら黒い石の加工するから纏めておいて、あとこれも一緒に持って行ってくれる?」
丁度そのタイミングで現れたゴーレムに挨拶を返すユウヒは、バイクから給水タンクを取り出すついでに死霊の涙の入った袋を取り出しゴーレムに渡す。どうやら魔力活性化装置に使うようで、差し出された袋を太くて長い指で器用に摘まむゴーレム。
「ごーむ」
「今日もいい天気になりそうだ……でも、涼しいな」
渡された袋の中身を確認して大事そうに抱えるゴーレムを見送ったユウヒは、妙に硬い陶器のカップに注いだ水で喉を潤しながら湖の見える場所まで歩いて行く。彼の周りではいつもよりも色の増えた精霊が楽しそうに舞い踊り、聖域の誕生を祝う歌を歌う。
想定外の状況で聖域化してしまった事を認識し、あっけなさすぎる聖域化に拍子抜けしたユウヒは、日の光の下に出ると肌に感じる程よい熱に首を傾げ、湖から吹き付ける冷えた風に小さく呟くと、カップの水を一気に飲み切るのであった。
いかがでしたでしょうか?
さあ明日は仕上げだと思っていたら一晩で完成してしまった聖域、しかしだからと言って最後まで手を抜く気が無いユウヒ。その職人気質な彼の行動がどう世界に影響するのか、それは誰にもわからない。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




