第124話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「お、おお?」
ユウヒの口から変な声が洩れる。それは魔法兵器による衝撃で頭がおかしくなったわけでも、体中に感じる鈍い痛みを緩和する魔法で頭がおかしくなったわけでもない。
「水が湧き出し始めたけど、これ勢い可笑しくないか?」
理由は目の前で噴水の様に吹き上がり始めた水である。
古戦場には水の一滴も存在しないと言うのは、トルソラリス王国の民にとっては常識、縁のない領地の人間でも噂話で聞いたことがあるくらいには常識であり、ここまで古戦場を体感してきたユウヒもそう感じていたのだが、実はどの古戦場にも水自体は存在しているのだ。
それは地下水である。
<!!>
「え? かなりの量の水が出て来てる? そりゃ逃げないとまずいな」
しかもそれは一度吹き出し始めればそう簡単に止まる事がないほどの量であり、慌てた様子の水の精霊曰く、当初の想定を超える量の水が地下から迫り上がろうとしているようだ。原因は魔法兵器となってしまったユウヒの魔道具、その衝撃があまりに強力で、地下の水脈をかなり深くまで掘り下げてしまったようだ。
「総員退避! うえまであがれ―――!」
「ごむ!?」
「ごむむむ!?」
ユウヒの声を聴いて振り返ったゴーレムたち、彼等は見てしまった。自らを創造した神であるマスターユウヒ、その彼が噴き出した水に飲み込まれて押し流される姿を……。一瞬時が止まったかのように停止したゴーレムたちは、慌てた様子で斜面を駆け下りユウヒを救助するのであった。
無駄に高性能に作られたことで、水の中であっても何ら問題なく動けるゴーレムたちに救出されたユウヒは、水が噴き出し、勝手に崩壊する岩盤層の拡大と共に更に勢いを増す噴水を眺めること小一時間、あっという間に湖となった盆地を見下ろしていた。
「あっと言う間に池になったな」
斜面の上から見下ろせばそれはもう立派なカルデラ湖の様であり。湖は浸水した斜面が崩れる事で常に形を変えている。
「それじゃ後は俺の仕事だな」
安全な場所から眺めているうちに水の勢いも落ち着いて来たようで、最初のような噴水は見られないものの、水の大きな揺らめきは確かに底から水が湧き出している事を示しているようだ。
強制水浴びをしたことで随分と涼しくなったように感じるポンチョ一枚羽織ったユウヒは、岩の上で干してすっかり乾き切った服を手に取ると、遅れていた仕事に取り掛かる為に着替えながら、片手間で魔力を体の底から汲み上げ始める。
「ごむ」
ユウヒが着替えていると目の前の水面から水を押し上げてゴーレムが顔を出す。手には厄介な黒い石を抱えており、水中に潜ってまで運搬作業を続けていたようだ。そんな彼らは黒い石の回収が終わったらしく、次は何をしたらいいかといった様子で水面からユウヒを見上げる。
「そうだな、みんなは湖……池の周りの整地を頼むよ。岩盤の残骸とか昨日吹っ飛ばした岩とかあるから、積み上げて壁にしてくれ、砂避けも一応必要だよね?」
堆積した砂や岩が水で崩れて、どんどん狭くなっていく湖を見渡しながらゴーレムに指示を出すユウヒ。今はまだよくても、古戦場は岩と砂の砂漠である為、何の対策もしなければいずれは湖も聖域も砂に埋もれてしまうかもしれないし、強い風が吹きつけても邪魔だろうとユウヒは考えたようだ。
<……!>
「そうだよね、それじゃなるべく安定した壁にしてくれるか?」
精霊の賛同の声を受けたユウヒは、ゴーレムに確認する様に問いかける。普通のゴーレムであればこんな指示を出したところで壁を作る事など出来ないが、水の中から陸に上がるゴーレム達は普通のゴーレムと違う。
『ごむ!』
自立思考で主人を助け、主人のバイクも引き上げ、今も回収した黒い石を地面に置くゴーレムは、ユウヒに振り返って了承の声を上げて走り出す。大量の水を滴らせ一列に並び走っていく13機の巨体は、その大きさの割に静かな足音を鳴らして壁作りに向かうのであった。
「よしやるぞ、先ずは周りが崩れて池が埋まらない様に護岸工事からだな」
優秀過ぎるゴーレムたちを見送ったユウヒは、その後ろ姿に鼓舞されるように気合を入れると、護岸工事だと言って歩き出す。
土の精霊を肩に乗せたユウヒは、湖となった窪地に流れ込む砂と岩を纏めて魔法で壁に加工して行き、歪な形の湖を綺麗な円形の池に変えて行くと、そのまま周辺の地面が簡単に崩れてこない様に固めていく。
「思ったより水位が上がって来てるな、追加でもう少し上げるか」
それにより水の流出が止まり水位がじわじわと上がり始め、その事に気が付くと水の精霊と相談しながら護岸の調整と水路を作る。人の手で進めれば数ヵ月かかる様な工事もユウヒの魔法であればあっと言う間に終わってしまい、護岸工事が終わると【飛翔】で宙に浮き湖の中心で水面に足を着け、水底の岩盤も魔法で滑らかに整えてしまう。
「柱は太く……」
そのまま水面の上で魔法を使うユウヒの足元からは、いくつも太い石の柱が迫り上がってくる。どうやらユウヒは湖の上に聖域の中心となる建物を建築するようで、それはユウヒの意思というよりも、彼の肩の上ではしゃぐ精霊達の意思の様だ。
「床も分厚く……」
湖の上に建物を作る土台である幾本もの柱が完成すれば次は床である。岩盤深くまで突き刺さったは太い柱の上にはこちらも重量感を感じる分厚く安定感のある円形の床が出来上がっていく。それはまるで植物が葉を広げる様な有機的な動きで、円形の床はまるで蓮の葉の様に湖の水面に浮いて見える。
「池の半分以上が床下に隠れちゃったけど、まぁええやろ」
円形の大きな湖に浮いている様にも見える同じく円形の床からは岸に向かって十字に橋のような床が広がり、湖の半分以上が隠れてしまうが、ユウヒの言葉には闇の精霊が機嫌よさげに頷く。
周囲に遮るものの無かった透明な池に落ちた陰の中では、いつの間にか集まって来た精霊が楽しそうに泳ぎ瞬いており、大規模な魔法により盛大に洩れ出す余剰魔力に酔いしれる精霊達の声は、さらに周囲から精霊を呼び寄せる。
「続きは明日だな」
それから数時間ほど魔法で柱や床に異常がないかぐるぐると確認して回ったユウヒは、疲れた様に池の中心で倒れ込む。
辺りはすでに薄暗く、水面に浸かった床は程よく冷えており、魔法を使い続けて疲れ切ったユウヒの体から余計な熱を奪っていく。集中し続け疲れた頭は、その心地よい感触に眠気を感じ始め、空腹である事を主張するお腹を無視する様に彼は眠ってしまう。
心地よい疲労感に笑みを浮かべるユウヒを見下ろす精霊達は、労う様にその体の上で跳ねると、完成した聖域の土台に精霊の加護を与えるために夜空へ飛び上がるのであった。
翌日早朝、ユウヒは猛烈に空腹を訴える腹の音で目を覚ますと、バイクを聖域の土台の中央まで運んできて朝食を摂り始めた。
「今日は上物だな……精霊の聖域だからドアとかそう言うのはいらないかな?」
元がどういう果物か良くわからないが、文句のつけようがない味の干し果物を食べるユウヒの頭の中は、今日の作業で作る聖域の上物についてである。モグモグと咀嚼していた口の中を味気ない水ですっきりさせると、周囲に集まっている精霊に問いかける様に呟く。
<……?>
<……!>
精霊の為の聖域なので、精霊の要望を極力叶えてあげようというユウヒに精霊は色々と声を上げている。
「風通しが良い方が良いけど、雨漏りも困ると」
建物と言っても人が住むための建物ではなく精霊が集まる為の建物である為、壁などは最低限で風通しを優先してほしいという風の精霊。だからと言って雨の日に延々と雨水が降り込んでくるような造りは嫌だと言う土の精霊。
古戦場で雨の心配をするなんて、トルソラリスの民に聞かれたら大笑いされそうであるが、聖域であれば話は別であり、ユウヒの異常な魔法の影響がなくてもすでに聖域予定地周辺の気候は変わり始めていた。
「屋根と壁と大きな開口部と風通しのいい我が家かな」
<♪>
すでに日が登っているにもかかわらず、【水衣】の魔法を使っていないユウヒの言葉に賛成の声を上げる精霊達、どの精霊も最低限屋根と壁は欲しいらしく、しかし風通しは絶対必要だと頷いている。
さらに要望は無いかと問いかけながら小一時間ほど朝食を楽しんだユウヒは、必要な魔法を自分に掛けて軽く飛び上がる様に立ち上がり、そのままふわりと空に向かって浮くと建築予定地を見下ろす。
「石の柱に石の壁、魔法って便利だな」
【探知】の魔法と金色の右目の併用によって基礎の柱と床の強度を確認するユウヒは、魔力を体から汲み上げながら壁と屋根を支える柱の位置を決めていく。
「開口部は四方を広く開けておけばいいか」
岸に向かって伸びる道に合わせて壁に大きな開口部を作る事に決めたユウヒ、彼の意思に従って周囲に満ちた高濃度の魔力が大きくうねる。それは合成魔法によって引き起こされた現象であり、素材となる周囲の瓦礫はその力に引き寄せられ、分解され、再構成されて彼が思った通りの形となって現れる。
ユウヒが合成魔法で魔道具を作る時同様、周囲には色とりどりの光が舞っているが、湖を含めた広範囲を覆う故に眩しくて見えないという事は無い。しかしユウヒの意思に従って動く光は、何らかの作用を及ぼす場所に集まり、その光景を見ていたゴーレムたちは、何かを察した様に周囲から岩や砂といった材料を集め始めていた。
そんな光景が続く事3時間、
「見た目は多目的に使える大型のパビリオンと言った感じになったな……」
最大9メートルはある無数の柱に支えられた大きな三角錐の屋根、横殴りの雨が降り込まない程度に、しかし風通しのよさそうな恒付きの開口部が四方に設けられた壁、その内部は円形の土台をギリギリまで使った事で非常に広く、一度に複数の室内球技を行えるくらいには広い。
その中央に座り込むユウヒは、小さなころに連れて行ってもらった観光施設を思い出し、家族の顔がその脳裏を過ぎていくと、ほんのりホームシックを感じたのか自嘲気味に肩を竦める。
「あとは、精霊が喜びそうな設備だな……熱いし散水機は必須だな」
しかし立派な建物だけでは精霊が集まる聖域にはならない。必要なのは精霊が喜ぶアミューズメント、その噂を聞けば精霊が自然と集まってくる施設だ。それは人間が求めるような物と違い割と単純である。
<!!>
実際に散水機と言う言葉と、ユウヒの頭の中に思い浮かんだ完成予定図だけで、ひんやりした床に寝そべっていた水の精霊は飛び上がり喜ぶ。未だにユウヒについてきた水の精霊以外に姿を見せないものの、聖域に散水機が用意されれば自然と水の精霊も古戦場に聖域に集まって来るだろう。
少なくとも、教会が占領している聖域に寄りつく必要は無くなる。
「夜は寒いから、室内に魔法の暖炉が居るな」
<!!>
水の精霊用の施設が決まれば次は今も元氣な火の精霊用の施設、それは事前に火があれば良いという事を聞いていたので、すんなりと魔法の暖炉に決めるユウヒとその提案を聞きつけ嬉しそうに集まる火の精霊。
すでにユウヒの周りには提案を聞くために集まった精霊で賑わっている。
「送風機は無くても勝手に風が通り抜けるか」
しかしすんなり決まったのもそこまで、風の精霊が喜びそうな物が思い浮かばなかったユウヒの体を、大きな入り口から吹き込んできた風が勢いよく撫でるように通り過ぎ、これだけ強い風が通り抜けるならそれで十分だろうと呟くユウヒ。
しかしその瞬間不自然に曲がった風が吹きつける。
<!?>
それは風の精霊の嘆きによってねじ曲がった風であった。
「え? 何か欲しい? ……風車でも作ろうか」
<!!!>
そんな嘆きもユウヒの提案を聞けばすぐに消え去る。だが何が一番気に入るかわからないユウヒは、それから30分ほど色々と魔法でサンプルを作る羽目になる。
「暖簾が人気とは、精霊良くわからない」
結果、一番人気があったのは暖簾で、少ない材料で作り上げた暖簾のサンプルを手に持つユウヒは、しかめっ面で首を傾げて精霊の感性に対する理解度不足を嘆くのであった。
「土の精霊は水晶とかが好きなんだっけ?」
<!!>
それに比べて土の精霊は実に分かりやすく、ユウヒが砂から作った水晶のサンプルを見せると歓声が上がる。多少の色の好みは土の精霊の中でも別れるようだが、水晶と言う選択は彼女達に好感触であることは間違いないようだ。
実際に、砂の海の民が土の精霊に捧げる物で一番多いものが水晶であり、次点でガラス製品などがあるが、ガラス製品の質がまだまだなのか、精霊からのお礼は水晶に劣る。
「樹の精霊は居ないけど……そうだな、種がいくつかあったし、貰ったドライフルーツにも種が入った物があったから、どうかな?」
土の精霊が決まれば次は樹の精霊だと周囲を見渡すユウヒであるが、当然と言えば良いのかこの場に木の精霊は居ない、何か小さな植物の一つでもあれば現れそうであるが、生きた植物の存在しない古戦場では、樹の精霊はその形を保てない。
<……?>
代わりに答えるのはたくさん居る土の精霊、ユウヒの問いかけに対して、集まって団子になって話し合いをしていた土の精霊。会議が終わったのか一人代表が進み出ると、たぶん問題ないと呟き、しかし好みがわからないからなるべくたくさんの種類の草木を植える様に求め、その言葉に風の精霊が一斉に飛び立ち、飛び立ちついでにサンプルの風車を回し、暖簾のサンプルをどこかに持ち去る。
「次は、光の精霊かな? とりあえず光の石かな? そうなると闇の精霊は闇のランプ?」
風に乗って聞こえてくる声で、彼女達が種を拾いに行った事を理解したユウヒは微笑むと、目の前で白く輝き主張する光の精霊が喜びそうなものを思い浮かべるが、光の石による強烈なライトの印象が強く、また闇の精霊に関しても闇のランプの印象が強くいいアイデアが思いつかないユウヒ。
そんなユウヒに光と闇の精霊は対照的に声を上げる。現在は昼間であり、光の精霊に対して闇の精霊の元氣はあまりない様だ。
「……! ……?」
「……」
元氣のある光の精霊は元氣よく瞬きながら、闇の精霊は疲れた様に要望を口にするが、その提案にユウヒは首を傾げる。
「え? 灯篭が良い? 君は静かで狭くて暗い場所?」
光の精霊が求めたのは石灯籠、どうやら光の石で死霊対策した際の蕪ランタンの石灯篭を気に入った精霊から話が広まった様だ。彼女達の言葉を聞くとどうやら色々な種類の頭を持った石灯籠をお求めのようである。
一方で疲れた様子で話す闇の精霊は、暗くて狭い個室を求めているという。対照的な精霊だからか真逆のようにも思えるが、その根本は同じ休める場所。光の精霊は夜に灯篭の中で休みたく、闇の精霊もまた昼間に心休める場所を求めたのだ。
その要望に応えるべく、ゴーレムに頼んで岩を集めてもらったユウヒはサンプルを屋内に作っていく。
「……色物石灯篭と言えば良いのか、こっちはこっちで石のかまくら……いやあれだ、猫ちぐらだ」
「「……♪」」
光と闇の精霊はたいへん喜んでいるが、本来なら笠と火袋があるべき場所に様々な石像が載せられた石灯籠は、空洞になった石像の中に灯りを入れられる様になっており、すでに光の精霊がその中に入り込み淡い光を透かし彫りから漏らしている。
闇の精霊もまるで猫ちぐらのような石の置物の中に入ると、屋根の下でも反射だけで眩しい日の光から逃れられて機嫌よさげな声を漏らす。猫ちぐらの中は暗く、闇の精霊が中に居る事で余計に暗くなり、外からではユウヒのような目を持つ者でなければただの闇しか見る事が出来ない。
「喜んでるから良いか……どうせならもう少し凝るか」
嬉しそうにしている光と闇の精霊、そして興味深そうに周囲を取巻く他の精霊達、その姿に思わず笑みを零すユウヒは、悪い癖が顔を出した様で、石灯籠と猫ちぐらのクオリティを上げて量産し始めるのであった。
いかがでしたでしょうか?
妙なことになって来た聖域、精霊の性格を把握していたつもりがそうでもなかったユウヒは、悔しさから彼女達との交友を深めていく。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー