第120話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「夜の古戦場を舐めていた」
ユウヒは夜の古戦場で震えていた。
砂漠の夜は寒い、これまでにユウヒが旅してきた砂漠も随分と夜は寒く、気温が一桁まで下がる事など当たり前で、場所によって氷点下まで下がっても何らおかしいことは無く、それ故に夜はしっかり着こむのが当たり前の砂漠という地域。
そんな中でも、ユウヒのポンチョは優秀で、熱かろうが寒かろうが適温を着用者に約束していたが、それにも限度があるのかユウヒは自らの腕を手に平出軽く摩って空を見上げる。
「こんなに一気に寒くなるとは思わないじゃん」
呆れたような声に合わせて、ユウヒの口からは青い魔力の光に照らされた白い息が見えるが、ほんのわずかに出るだけですぐ消えてしまう。
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「なるほど、昼間があれだから夜は真逆の状態になるわけだ」
まるで業務用の冷凍倉庫のような寒さを顔に受けながら、それとは違う乾いた空気の感触に眉を上げるユウヒは、肩の上に飛び乗った闇の精霊の声に耳を傾け頷く。彼が左目を凝らして見渡す周囲には、昼間とは違う印象を受ける輝きで満ちている。
<……♪>
「……砂の海に来て初めてこんなに氷ぽい精霊を見たかも」
その輝きの中には珍しい色も見られ、手を伸ばすとすぐに舞い降りて来た、白と青の混じった光を瞬かせる精霊に笑いかけるユウヒ。
それは氷っぽいと言われるまま氷の精霊、砂の海でも北に多く見られる精霊であるが、トルソラリス王国でも北に位置する王都の、さらに北東にある古戦場だからと早々お目にかかれる精霊ではない。そんな彼女達が楽しそうに笑い舞い、ユウヒの手の上に舞い降りる時点で今の古戦場は異常事態と言える。
「それだけ寒いって事か……おっと、休憩する前にあれを用意しておかないと」
どれだけ可笑しい事なのか、現地の魔法使いが知れば慌て出す様な状況でも無知なユウヒに慌てる理由は無く、それよりもやる事があったと顔を上げる彼は、肩に氷の精霊を載せるとバイクを中心に展開されたドーム状の結界の外に歩いて行く。
寒くなってバイクで走るのを諦めたユウヒの今日の宿は、砂地の真ん中でまだ少し温もりを残す大岩の上、程よく平べったい岩の側では焚火が揺れており、その火の周りでは火の精霊が楽しそうに踊っている。
「流石に明るさ第一で作ったヘッドライトを照らしてたら眠れないからな」
夜と言う事は死霊がわんさかと湧き出して襲い掛かって来るとわけだが、だからと言って今の様にバイクのヘッドライトを点灯させたままでは眩しくて寝てられない。それほどに眩しいライトの代わりを今から用意するらしいユウヒは、離れた場所で明るく光るヘッドライトによって発生する間接的な光に照らされ、悶え苦しみ消えていく死霊を横目にバッグの中を漁る。
「中くらいのやつより小石くらいの方が良いかな?」
ここに来るまで消し飛ぶ死霊を観察していたユウヒは、その原因を光の石の強さだと察し、大きさによって変わるらしい光の石の持つ対呪い、対闇属性の性能をなるべく弱めるために小さな光の石をバッグから取り出す。その石は小指の爪よりも小さく、一般に屑石と呼ばれる様な今にも砂に変わってしまいそうな石であるが、見る者が見れば目玉を見開き固まるくらいには上質な光の魔石である。
「光の石も量産しておかないとな」
本来なら特殊な条件下で自然発生するほかには、魔法士と魔導具技師が時間をかけて品質の低い光の石が出来る程度と言うのが世間の常識。そこからさらに精製することで品質を上げる物であって、本来なら気軽に量産などと言えるような代物ではない。
魔石の中でも特に作る事が難しい光の石を手の中で転がすユウヒは、今日の内に量産しようかと悩むも目の前に飛び出してきた光の精霊によってその思考を中断させられてしまう。
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「え? 量産は聖域でやった方が良いの? 楽なの? ならそうするかな」
飛び出してきた精霊曰く、この場で光の石を作るより、聖域を作った後にした方がずっと効率が良いと言う。
精霊が言うのであればそうなのだろうと、それ以上考える事を止めたユウヒであるが、提案した光の精霊を中心にして集まる色とりどりの精霊はほっと息を吐く。嘘をつくことは無い精霊だが、本音を話さないことはある。それは少しでも早く聖域を作ってもらいたいがための行動であって、本来ならユウヒの魔力をもってすればこの場で量産することはそれほど困難なことでは無いのだ。
それは提案した光の精霊も当然理解している。しかし、精霊でも理解出来ない部分はあり、その不確定要素をどこまで精霊は勘定に入れているのかは、いささか不安なところだ。
「さてさて、なんちゃって魔道具は出来たけど、魔法で強化と安全性を確保したいところ……何か良さそうな魔法はあったかな?」
本音を隠してユウヒを誘導し、その誘導がうまく行っている事に精霊達がほっと息を吐く後ろで、ユウヒはあっと言う間に光の石を元に対アンデット用の魔道具を作り上げてしまうが、それだけではまだユウヒの満足する効果を出せないらしく、魔道具の力を補助する魔法を考え始める。
ユウヒの魔法はその妄想力によって力の方向性や強さが変わる。より鮮明に頭の中に浮かび上がる妄想ほど強く効率的にあり、故に彼は過去体験したクロモリと言うオンラインゲームの魔法を元にする事が多い。
その魔法も元を正せば異世界の魔法ではあるのだが、その頭の中の光景をより強固にするために、魔法発動のキーワード以外にも補助的に言葉を紡ぐことがある。
「あ! ハロウィンイベントでしか入手できないスキルがあったな、元は装飾用だけど高難易度クエストでも使われたし元ネタ的にもピッタリだろ」
過去の記憶から浮かび上がって来たのはハロウィンイベントの光景、悪霊を追い払う祭りを期限とするイベントには。やはり悪霊を追い払う装飾と言うのも付きものであり、そんな装飾を作り出す魔法と言うのがゲームの中にも異世界にも存在した。
「懐かしいな、節操のない季節イベントの連続には日本らしさを感じると海外プレイヤーに言われたのを思い出す」
過去を懐かしむことで、ユウヒの頭の中では思い出により妄想が補完されていく。楽しかった思い出に訝しむ海外プレイヤーの言葉、その一つ一つがユウヒの魔法の根源である。
「でわでわ、祭りを彩る装飾を【ロフラン・アード・スネイプ】」
初めて使う魔法でも失敗することは無い。それはユウヒの魔力の質と量があまりに良すぎるからであり、放たれた魔法は妄想を具現化すると同時に、魔法の安定化に使われた余剰魔力が周囲に振り撒かれ、精霊は歓喜の声を上げ舞い上がる。
そこに現れるのは、大地にいくらでもある砂を材料に魔法で生み出されるハロウィンイベント用の装飾品。
「……うむ、カブだな」
それは蕪のランタン。
正確には、蕪で作られたランタンモチーフの石灯篭である。大きな口を開けた顔のような蕪の頭には葉っぱがふさふさと生えており、その柔らかな質感はとても元が地面の砂から作られた石には見えず、もし販売するとしたら、イベント用にとそれなりの値段で売れるであろう。
おしむらくは、日本でハロウィンのランタンと言えばカボチャであり、蕪のランタンの知名度が低い事だろうか。
「口の中に入れたらいいよな? ……おお!」
そんな石の灯篭の使い方は灯篭なのだから当然灯りである。ユウヒが光の石を元に作った対アンデット用魔道具は、それ用に調整された蕪頭の口の中に入れられると明るく輝き、しかしヘッドライトのような強い光では無く、淡い光であたりを照らすと、蕪頭から周囲に光の粒が飛散していく。
「そうそう、こんな感じだったこんな感じだった」
ゲームの中と全く同じエフェクトを発生させる石灯篭に目を輝かせるユウヒ。感動するユウヒの周囲では、さらに感動した精霊が言葉もなく空を見上げ、夜空の星にも負けぬほど美しく輝く光の粒は、石灯籠を中心に一定の範囲まで広がり地面に降り注ぎ、地面までたどり着くと花火の火のように消えていく。
「四つくらい作っておくか」
まるで線香花火のような儚さを見せる光を見詰めていたユウヒは、目を擦るとさらに石灯籠を増やすために結界の周り歩き出す。
それから十数分後、トルソラリスの魔法士と魔道具技師であれば数ヵ月かかりそうな工程をあっと言う間に終わらせたユウヒ。
「完成! そしてバイクのライトオフ! ……え、めっちゃきれいじゃん」
全ての石灯篭から輝く光の粒が出ている事を確認するとバイクに乗ってヘッドライトのスイッチをオフに切り替える。その瞬間、強すぎる光に慣れていた目は闇に包まれ、僅かな時間でじんわりと闇に慣れてきた目には、人の肉眼では捉えきれない宇宙の星々のような美しい光景が飛び込んで来た。
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<……♪>
バイクのヘッドライトを消したことで、より綺麗に見えているのはユウヒだけではなく精霊も同様らしく、呆けた様に呟くユウヒの周りに集まり歓声を上げている。
そんな石灯籠から吹き上がる光の粒、それはただ綺麗なだけの演出用光エフェクトではない。当然その美しさに見合った効果がある。その名はターンアンデット、現世に縛られた悪霊を浄化する力であり、悪霊以外の者には効果がないその力も、死霊には絶大な力を持つ。
「ほえー……あ、死霊」
結論、雨の様に降り注ぐ光の粒に触れれば、死霊は逝く。
「……おふぅ」
「……ぷひゅぅ」
「……じゅてーむ」
「なんか変なの混じってたけど、まぁ気持ちよさそうではあるから……正解かな?」
ヘッドライトに照らされた時の悲鳴とは違い、どこか気持ちよさそうな、それでいて気持ち悪い声を漏らして消えていく死霊、その表情は恍惚と言う言葉が最もふさわしいと言っても過言ではない、そんな表情を浮かべたゴーストやスケルトンが次々と塵になって還っていく。その消え方も、ヘッドライトの消し飛ぶ感じとは違い、まるで吹き消された蝋燭の様に夜空へと昇っていくのだ。
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「わかんない? でも満足そう? ……ほなええか」
訝し気に眉を寄せて頭を傾げるユウヒに、闇の精霊も良くわからないと言った様子で体を傾げ、しかし満足そうではあるとどこか自信なさげに呟く。
信じて大丈夫なのか、なんとも不安になる返事を返されたユウヒは、かといって解らないことを悩んでも仕方ないかと、恍惚とした表情のゴーストに目を向けて一応の納得することにしたようだ。
「消える度に叫ばれるよりマシだと思うか、結界もあるし問題ないだろ」
野宿用結界となっている青白い光のドームには、外敵を阻むほかにもある程度ではあるが防音機能もある為、妙な声が聞こえてきて来てはいても叫び声程気になる音ではないとバイクから飛び降りるユウヒ。
「飯にしよう。王妃様から貰った干し肉が美味いから食事が楽しみになったんだよね」
バイクから飛び降りて荷物入れを開くユウヒは、中から丁寧な造りの布袋を取り出し笑みを浮かべた。
取り出した袋は報酬を貰う際に王妃からと言われて貰った携帯食の詰め合わせ、旅をする中で一番うれしいと思ったユウヒであったが、その中身は予想以上に美味しい乾物の詰め合わせだったようで、焚火に向かって歩く足取りは軽い。
「干し肉でも高級品はここまで変わるんだなぁ」
日本で食べるような干し肉との違い随分固い干し肉が普通であったが、炙れば多少はマシになり、煮ればそれだけでスープになる。それが砂の海の干し肉なのだろうと思っていたところに現れた王家御用達の干し肉。
それは世界が変わるほどおいしかったらしく、焚火の前に尻を付けて座ると、大事に抱えていた袋から一つ干し肉を取り出す。少し大振りの干し肉を手に、バッグの中のナイフと袋を入れ替え、干し肉を削る様に丁度いい大きさに切り取り炙り始めるユウヒは、片手間で魔法を使ってテーブルやコップ、お皿などで食卓を整えるのであった。
固めに焼かれたパンと干し肉と干し果物、それに魔法で固めた砂の竈で温めたお湯で淹れたお茶と、優雅な晩御飯を終えたユウヒは、岩の上で星を見上げながら就寝した。
「夜は火の精霊が集まってくれたから暖かく過ごせた。ゆっくり休めたし、今日の出発は暗いうちにと思ったわけだけど……これ何?」
氷の精霊が舞い飛ぶ星の下で、ユウヒの周りには火の精霊が集まり眠る彼を冷たい空気から守っていた。正確には、あまりに寒いので、魔力の塊とも言えるユウヒに火の精霊が身を寄せていたと言うのが正しいのだが、そんな夜を過ごしたユウヒの目の前に異常事態が発生していた。
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「え? レアもの? 死霊の涙? 感謝の印?」
それは結界を囲む様にして転がる無数の石、その表面は割れた黒曜石の様に光沢があり、朝日の光を透かして紫色の影を地面に落としている。
石の名前は死霊の涙、呪いによって大地に縛られた死霊が浄化される際に落とす涙と言われている石であり、その実態は魔力の塊であるゴーストが浄化されることで急激に圧縮されてできる魔石の一種である。
「へぇ……レアものと言われても、これだけあるとありがたみが薄れるな」
生成の際の条件が厳しく入手が難しいその石は、非常に硬質で衝撃に強くないが、魔道具などの材料としては最上級の品として高額で取引される。そんな石が結界を囲むように一つ二ついっぱい、数えようとしてすぐに諦めたユウヒの視界に落ちている物だけでも数十個、大きめの缶バッヂほどのサイズのそれを拾い上げるユウヒは困った様に頭を掻く。
「とりあえず感謝の印なら捨ておくわけにもいかないな」
精霊の説明にあった感謝の印と言うのは事実で、ゴーストが浄化されることに対して感謝の念を持つことも生成の条件であり、ヘッドライトの光で消し飛ばしていては絶対に生成されることはなかった。
「蕪の灯篭は喜んでもらえたようだ」
早朝の思わぬプレゼントを拾い集めるユウヒは、石灯篭を見上げて誇らしげにも見える蕪の頭に小さく呆れた笑みを浮かべ、その言葉に精霊達は楽しげに笑う。
「……氷の精霊が消えたな?」
死霊の石を拾い終わったユウヒが、集めた石をいっぱいに入れた麻袋を持って立ち上がる頃には、辺りはすっかり明るくなっており、暗いうちから出発する予定は早々に崩れてしまった。
地平線から登り始めた眩しい日の光に目を細めるユウヒは、少し前までいた筈の氷の精霊が見当たらない事に気が付き、熱波の気配を間接的に感じて急いで荷物をバイクに仕舞う。
「すぐに暑くなるのか知らんが、急ぐとしよう」
焚火の残りかすは水の魔法でしっかり消火され、土の魔法で作られた窯は焚火を巻き込むように地面へと飲み込まれる。畑を耕す魔法によって若干固い砂地が柔らかくなり、土の精霊が歓喜する中、ユウヒはバイクに跨りゴーグルと砂避けマスクを身に着けると、今日も尋常じゃない暑さになろうとする古戦場を走り始めるのであった。
いかがでしたでしょうか?
舐めていたと言いつつ問題なく古戦場を進み続けるユウヒでした。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー