第119話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
猛烈な熱波に晒された古戦場に足を踏み入れたユウヒは今、闇の中に居た。
「闇のランプ、実力は本物であったか……涼しい」
<!!>
闇のランプそれは周囲を闇で包む、おおよそ一般的なランプとは正反対の性質を持つ魔道具であり、とある国では国宝として厳重に保管される様な魔道具である。
大きく平らな岩の上に寝転ぶユウヒの緩んだ顔の横には、仄かに青白い光が零れ出るように揺れる金属製のランプが置かれており、水でしっかり濡らして冷やした岩の上に仰向けで横になるユウヒが見上げる先には、遮光ガラス越しに見るような太陽が輝いていた。
直視しても目が痛くならない太陽をじっと見上げれば、その視界に無数の精霊が瞬き星の様に見える。
「ああ、これは作って正解だったね。というかだな、神様印の空調服ポンチョがあってもなお大汗を掻くとは思わないよね」
闇の精霊の元氣な声に、ユウヒはにっこり笑うと作ってよかったと話し、返事を聞いた精霊は嬉しそうに瞬き答えるが、申し訳なさそうに弱々しく瞬く精霊も居た。
<……>
「ぁいや……別にクレームを入れてるわけじゃないからそんなに落ち込まなくても」
それは何時もなら赤い光を元気よく輝かせている火の精霊、そんな彼女は闇のランプとはユウヒの顔を挟んで反対側に座っている。どうやらユウヒの不平不満をクレームとして受け取ったのか、実際に古戦場の熱波をコントロールできていない負い目からか、いつもに況して小さくなって見えた。
しかしそれは単純に申し訳ないからそうなっているわけではない。
<!!>
「え? あぁ暗い場所でテンションが下がってるから余計に? アップダウンの激しさで疲れ気味なのか」
闇のランプは周囲の環境を強制的に闇の精霊に適した環境に変えてしまうものであり、性質的に反属性に近い火の精霊は、ランプが作り出した闇の中では強制的にテンションが下げられてしまい、そこへユウヒの言葉で鬱気味になっているだけなのだ。
感情や環境の急激な上げ下げは、人だけでなく精霊の体にもあまり良いものでは無いのである。特に影響が強い光の精霊などは闇のランプの効果範囲どころかその周辺に近付きもしないし、よく見ると闇の中に居る火の精霊は一人だけで、彼女は逃げそこなってしまったようだ。
「確かに、外の精霊のテンションと真逆と言った感じではあるのかな?」
ユウヒが言うように、外で元氣だった火の精霊はテンションが下がりきっている一方で、闇や水の精霊はずいぶんと元氣が出て来たようで、干からびるようにバイクで寝そべっていた水の精霊は、ユウヒが見上げる視界の中で泳ぐように舞っている。
しかし、涼しく居心地が良いからといつまでも闇のランプの中に居るわけにはいかないユウヒ。古戦場に居る時間が長くなればなるほど、熱波による疲労は蓄積していくであろう。
「今日はこのまま街道をまっすぐ走って良いんだよね?」
<……!>
「明日のお昼ごろには街道を外れることになりそうなのか、そこからが問題だな」
今はまだ街道を走っているからいいものの、精霊が示す聖域に適した地と言うのは街道を大きく外れた荒野の先にあるらしく、明日には街道を外れて荒れ果てた道なき道を精霊の案内を頼りにバイクで走らなければいけないのだ。
たとえユウヒが作ったバイクが可笑しな程性能が良かったとしても、それを扱うユウヒの体力はそれなりに踏み固められた街道を走るよりもずっと削られるわけで、街道であまり時間を浪費していては、この先が辛くしかならない。
「街道近くは結構整備されてる感じだけど、遠くに見える小さな凸凹って、実際に近付くと結構な上り坂なんだよなぁ」
遮光ガラスの越し様に外が暗く見える中で起き上がるユウヒが目を向けた先には、大きな砂の丘陵と飛び出すように生える板状の大岩、彼が明日以降走らなければいけない道はそんな場所ばかりになるであろう事は、街道脇から生えた大岩の上から眺める景色だけでも容易に想像がつく。
<……?>
「バイクなら大丈夫? あぁ風で後押ししてくれるのか、ありがとう」
だがそこは精霊がお願いしている聖域に関することであり、精霊達は普段以上にユウヒを手助けするつもりの様で、ここまでの道も風の精霊が追い風を作り、ユウヒの魔法を補助する為に水の精霊は苦手な場所にも着いて来ているのだ。街道から外れて荒野を走る際には、更なる精霊の助力を期待していい、そんな雰囲気を周囲の精霊は醸している。
しかしそんな中、やる気を見せる一方で、不安になる精霊も居た。
<!!>
<……>
「あぁほら、火の精霊には夜の暖と言う重要な任務があるからね?」
それは火の精霊、古戦場に入ってから迷惑しか掛けていないと慌てる火の精霊と、何とかならないかと彼女の隣で見上げてくる不安そうな闇の精霊。
状況を察したユウヒは、火の精霊にも頼みたい事はあるのだと目を泳がせながら話す。事実、闇のランプで光が遮られた場所は地面の熱が残っていても随分涼しくなっており、ここまで砂漠を体験して来たユウヒには、乾き遮るものの無い古戦場の夜が寒く厳しいものになるのは想像に難しくない。
<……? …………!>
「少し元気が出て来たかな? 夜はこんなことないのに、闇のランプってのはずいぶんと強力だな」
底辺までテンションが下がり、何も考えられなくなっていた火の精霊であるが、ユウヒの言葉に少しずつ元気を取り戻すと、彼の言葉に顔を上げて明るく輝くと任せろとでも言いたげに瞬きバイクの上に飛び上がり舞い降りる。
元気が出ても、飛び回る元氣までは取り戻せていない火の精霊の姿を目で追うユウヒの呟きに、肩から下げたままのバッグの隙間から光が洩れ出る。
<!!>
<!?>
その光から飛び出してきたのは二つの白く光る精霊、闇のランプの発動に巻き込まれて逃げられなかったらしい光の精霊は、互いに寄り添い弱々しく瞬くと必死に声を上げた。どうやら闇のランプの高評価に対して声を上げずにはいられなかったようだ。
「え? 光のランプは夜が本領発揮? ……そっか、ヘッドライトがあるから夜も走れるわけで、なんだったら日が暮れてからしばらくは走りやすくなるのか」
そんな彼女たちの言い分は、光の石を使ったランプの本領はこれから来る夜にあるのだとの事で、バイクのヘッドライトに加工した光の石を思い出すユウヒは、思いがけず名案を閃いたと笑顔を浮かべる。
<!?>
<……!>
「昼間は休憩を取りながら、早朝夜間にノンストップで走って距離稼いだ方が良いかもしれないね。ヘッドライト作っておいて正解だったな、過去の自分を褒めてあげよう」
全てを理解した様な楽し気な彼の言葉に対して、賛同する様に輝く光の精霊に頷いて見せるユウヒは、あまりに暑すぎる古戦場での移動に関する行動方針を考え直す。実際に過酷な砂漠での活動時間として、猫のような薄明性の行動は理に適っていると言えるだろう。
「あ、でも夜は死霊が出るって話じゃなかったか?」
しかし問題は死霊である。日が沈み暗闇に閉ざされる夜間から早朝は死霊の時間であり、古戦場で活動する者にとって最も恐れるべき時間と言えた。そんな時間にバイクで移動すると言うのは普通に考えで自殺行為であるが、首を傾げるユウヒに周囲の精霊達は不思議そうに瞬く。
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<……?>
<……!>
「え? 俺なら平気? どういう事? ライト増し増し? まぁ明るい方が走りやすいだろうけど」
膝の上に落っこちた光の精霊も、周囲を舞う闇の精霊も同じように瞬きユウヒなら問題ないと言う微かな声で話し、キョトンとした表情で視線を向けた先に居た土の精霊も同じように力強く頷いて見せた。
なぜそんなにも自信を持って言えるのか、それは数時間後、日が暮れてから判明する。
「ギャアアアアアア!?」
ユウヒはただ暗くなって道が見えないからと、ただ機械的にヘッドライト点けただけである。
「ギヒャアアアアア!?」
ただそれだけで、どこからともなく悲鳴が上がり、進めば進むほどその悲鳴は増え続けた。
あるものは伽藍洞の目を見開き、あるものは宙に浮き胸倉を掻きむしる様に、
「アギャアアアアアアアアア!!?」
あるものは地面から顔を出した瞬間、両目を真っ白な光に照らされ、焼かれ、苦痛に満ちた叫びを上げながら塵となる。
「…………いや、なんか、その、ごめんね死霊さん達」
悲鳴を上げているのは日が落ちた事で無数に湧き出し始めた死霊、主にスケルトンやゴースト、リッチなどと呼ばれる一般冒険者や兵士の天敵とも言える魔物であった。
しかしその事如くが、ユウヒの前に現れた瞬間悲鳴を上げて消し飛んで行くのだ。その原因はバイクのヘッドライト、遠くでは無く足元を照らす角度で光を放つヘッドライトに含まれる属性は純粋な光、あらゆる闇属性を消し飛ばし照らした対象に癒しをもたらす光、本来ならそのはずだが、ユウヒの作った大きめな光の石は力が強すぎるのか、癒しの『い』の字も無く、淀んだ闇属性による呪いの塊であるアンデットを消し飛ばす。
そこには一切の慈悲が無かった。
<……>
<……! …………!!>
「良いぞもっとやれと言われても、すでに過剰な気がしてならないんだが」
その光景に喜んでいるのはバイクに跨り燥ぐ光の精霊、闇の精霊は何とも言い辛い表情を浮かべている。
「まさかこんなに威力のある光だとは思ってなかった」
ユウヒにとって古戦場の死霊が何の問題にもならないと言う精霊の言葉は、全てこのヘッドライトが理由であった様だ。目の前の光景にドン引きしているが、作った本人がそれでは、被害を受けたアンデット達も浮かばれない。
「普通の光でも結構ダメージになったりするの?」
<???>
<……>
「そうでもない? え? ここの死霊は特に効きやすくはある? でもこれは酷い? ……うん、まぁ自分でやっててなんだけど、もうちょっと無かったかなとは思う」
何せこの光による消失はユウヒが作った大きな光の石だから起きる現象であって、光の属性が多く含まれる朝日を受けたとしても、アンデット系の魔物に同様の効果を及ぼすことは無い。
呪いに良い感情を持たない闇の精霊であっても、目の前の光景には思わず酷いと言わざるを得ない様で、その言葉にユウヒも同意するように眉を寄せるが、その間もヘッドライトは無数の死霊を消し飛ばし、地面に反射した僅かな光を受けただけの死霊もうめき声を上げ悶え苦しんでいる。
「ターンアンデット系の魔法ってもっとこう、安らかな感じで還っていくものだと思ってた。もうこれ滅却って感じでちょっとかわいそう」
若干涙目で消し飛ぶゴーストに目を向け申し訳なさそうな表情を浮かべるユウヒは、光の魔法と死霊の関係性について修正が必要だろうかと、サブカルチャーで鍛え上げられてきた考え方について思い直す様に呟く。
<……?>
「あ、一応成仏的な感じではあるんだ。ならちょっと救われるかな……」
しかし、一応は消滅している死霊も、呪いで繋ぎ留められた現世から成仏はしているらしく、光の精霊の説明に眉を寄せながらも少しだけ心が救われる気持ちになるユウヒ。
若干の申し訳なさを感じながらも暗い夜道、安全のためにとゆっくりと走るユウヒは、急に前方から寒々しい気配と濃い暗闇の気配を感じ、やはり機械的に操作パネルに手を伸ばす。そこにはバイクに備えられた様々機能を操作するスイッチが並び、中にはヘッドライトの角度を操作するスイッチも淡く光っていた。
「ゲヒャアアアアア!?」
「アビャビャビャビャ!?」
「ブルアアアァァァ!!!?」
「あぁぁ、何か大きくて強そうなのが一瞬で消し炭に……」
指先一つでヘッドライトの角度を上げて少し遠くまで照らすと、道を塞ぐように大剣を構えていた巨大なスケルトンが身に纏った黒い大鎧ごと消し飛び、無数の取巻きもろとも驚愕に満ちた大きな悲鳴を残して塵と消える。
その指向性を持ったビームのような光の前では、アンデットとしての強い弱いなど何の意味もなく、ただ無慈悲に消滅していく。
≪…………≫
流石にその光景を前にして恐怖を感じたのか、バイクに乗っていた精霊は温もりを求め団子の様に寄り集まって静かに震えるのであった。
いかがでしたでしょうか?
無慈悲、あまりに無慈悲、人類は自らの行いに恐怖した。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー