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ワールズダスト ~砂の海と星屑の記憶~  作者: Hekuto


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第118話

 修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。



 ユウヒは昨日の自分をぶんなぐりたい気持ちで荒野を走る。


 ユウヒが走っている荒野は、トルソラリス王国では古戦場と呼ばれる地域の一つで、その中でも一番広大な王都近郊の古戦場、そこにはユウヒが夢で見た様な光景は無く、草木の一本生えない歪む赤茶色の世界が広がっていた。


「水衣の魔法を使って正解だったな、砂漠だからとか言うレベルの暑さじゃない」


 赤茶色の大地まではまだよかったのだが、古戦場の暑さはユウヒの想定を超えており、走るバイクとユウヒの周囲を包む様に浮く水の膜は、バイクや進む先を濡らし暑さからユウヒを守っている。


 そんな濡れた路面もバイクが通り過ぎれば、ウォーターアブソーブを使っていないにもかかわらず瞬く間に乾き、もしこの魔法を使っていなければ今頃バイクのタイヤは溶けだし、黒いボディは瞬時に目玉焼きが焼けるほど熱を持っていたであろう。これまでにも暑い場所を走ってきたバイクであるが、ユウヒが何の対策もしていなかったわけではなく、対策した上で現在耐えられない状態なのだ。


<!!>


「力の乱れ? なるほど、これが精霊の力が及ばない場所って事か」


<……?>


「え? そうじゃない……へぇ、特定の精霊が力負けしてバランスが崩れてるからこんなに熱いのか」


 その異常な暑さの原因の半分は精霊にあるらしく、本来彼女達が調整する自然のバランスが崩れた結果、元々暑く人の進入を拒む様な地域を、一切の生命が生存できない状況にまで悪化させているらしい。


「元氣な精霊は光と火、元氣が無いのは闇と水……土はいつも通り、風もそんなに変わらないけど、なんだかいつもよりテンションが高そうだ」


 精霊の偏りによって自然は姿を様々な形に変えていく、その全体のバランスを調整する為に精霊は流動していく、だが環境が悪ければ如何に精霊でも働くに働けないわけで、そんな労働環境を悪化させる何かが、この古戦場と言う不毛の大地にはある様だ。


 本来快適な環境を提供するはずのポンチョの奥で、薄っすら汗を掻くユウヒを追いかけて笑いかけてくる元氣な精霊は、燦々と降り注ぐ恒星の光にも負けない輝きを見せる光の精霊と熱いほど元気になる火の精霊。一方で元氣が無いのが闇の精霊で、水の精霊に至ってはバイクの上に寝そべる水の精霊しかそもそもが存在していない。


「他にも精霊は居るけど、大体6属性が多いよな」


<!!>

<!>


「そうだね、樹の精霊とかすごく少ないのは仕方ないよね。極小の精霊は形を保てないなら、環境が良くなればもっと増えるかもしれないか」


 樹を依り代にする樹の精霊が居ないのは当然と言えば当然で、あまりに過酷な環境で弱い精霊はその形を保てない。そもそも環境云々以前に神すら存在できない地域である為、力ある精霊も生まれない。そんな地域で頑張る精霊だからこそ、人々の信仰をより集めるに足るのだ。


 そんな精霊との橋渡しをしてくれる魔法使いが、トルソラリス王国で有り難がられるのは当然のことで、しかしそんな意識の無いユウヒは周囲を見渡すと、瓦礫で跳ねるバイクを制御しながら眉を寄せる。


「そう考えると、前に行った場所より精霊は多いのかな? 向こうではこんなにキラキラしてなかった」


 ユウヒが見ていたのは、水の膜の向こうでキラキラと輝き並走している無数の白と赤の精霊達。最初に降り立った異世界で精霊を見ることが出来る左目を押し付けられたころに比べて精霊の見え方が違う事に気が付いたユウヒは、意外と精霊の数は砂漠の方が多いのかもしれないと小さく呟くが、その呟いた言葉に対してまた眉を歪めた。


「……いや、違うな。日本で精霊が溢れた時はたくさん見えたから。左目が馴染んだのかな?」


<!!>


「だいたい正解? よくわかるな」


 正解はユウヒの左目が彼に馴染んできたことが原因だ。


 そもそも精霊から与えられたからと言って、精霊や魔力を見る目は誰にでも扱えるものでも無く、神様から貰った力が偶然使えているユウヒでもそれは同じ、昔に比べて精霊が良く見えるようになっているのは、それだけ与えられた力とユウヒの左目が馴染んできたからであり、その証拠にユウヒが目の力を緩めると精霊を見ることができる距離や範囲は小さくなる。


 ただし、完全に精霊を見ないで済むようにはならない。何故なら、精霊は人に認識されることを好む性質を持っている為、ユウヒが意識的に見ないようにしたとしても、精霊がそれを許さないのだ。


「……それにしてもなんだ。この世界の人はよくこんな場所を街道にしたな」


 ゴーグルで守られた眼の調子を確かめるように遠くを見詰めていたユウヒは、街道の地面から生えた石で大きく跳ねると、散漫になっていた運転に集中し始め悪態を洩らす。


 繰り返し踏み固められる事で出来た道を元に整備されている古戦場の街道は、悪路と言っても怒られることは無い位に荒れていて、環境も相まってとても人が往来するのに適しているとは言えない。


「魔法とポンチョがあるから俺は問題なく走れてるけど、これがなきゃ今頃はタイヤが溶けてバイク爆発してるんじゃないか?」


<……!!>


 それに加えて体感している最中の暑さに呆れた表情で呟くユウヒであるが、どうやらその環境について言いたい事があるらしい風の精霊がユウヒの頭に乗って話し始める。


「え? こんなに熱くなったのはつい最近の事? いつ頃?」


 風の精霊曰く、今ほど熱くなったのはつい最近の事であり、前はまだマシだったようだ。ただ精霊の最近と人間の最近では随分と差があるもので、確認する様に問いかけるユウヒに、周囲の精霊は話し合いを始めた。


<……?>

<! ……?>


「水害が影響してるの? 精霊の分散? 水脈が変わったから? え? あぁ水が増えて火の精霊が追いやられてるのか」


 そんな話し合う精霊達から返って来たのは、本当にここ数日と言う最近になって環境が変わったという返答である。その原因についてわちゃわちゃと話す精霊の言葉を、オウムの様に返しながら頭の中でまとめるユウヒ。


 そんなユウヒの頭の中でまとめられた古戦場が可笑しくなった原因とは、元を正せば水害の原因となった宝玉にあるようだ。


「前はもっと涼しかったのか」


 元々は、宝玉によって地上も地下も乾き切った南部から逃げて来た水の精霊が、北部や森林山脈に集まり、代わりに火の精霊や光の精霊が南部に移動していた。


 そこで起きたのが宝玉の大爆発、水浸しになった南部から一斉に火の精霊が北部に大移動、水が溢れて曇りや雨が増えた南部から光の精霊も大移動、さらに北部の聖域で暴走精霊の事件が発生、危険を感じた精霊がさらに移動した結果、現在の古戦場には光と火の精霊が過密状態となり、その影響を受けて急激に環境バランスが崩れたことで、一部精霊にとって住みやすい環境が出来上がってしまった。


 現在は水害を落ち着かせるために水の精霊が南部全域に移動している為、元々古戦場に居た水の精霊は居なくなり、唯一ユウヒに着いてきた水の精霊がバイクの上で干からびているだけである。とてもじゃないが精霊だけの力で改善できない自然環境のバランス崩壊がトルソラリス王国で起きているのだ。


「……聖域でその辺回復するかね?」


≪!!!≫


 そこで世界を救うのがユウヒの存在、彼の移動によって力を付けた精霊により辛うじて維持されているバランスは、今後予定している彼の行動一つで大きく変わる。それが聖域であった。


 ユウヒの呟きに大して一斉に声を上げる精霊、その必死さたるやユウヒが思わずハンドルを取られるほどで、目を瞬かせた彼は大きく息を吸って静かに吐く。


「そっかー……頑張るか、今回は本気で頑張ってみようか? 前回は流れで聖域になったけど、今回は聖域であることが最優先だね」


 呼気で曇りもしないゴーグルの奥で細められた目で赤茶色の地平線を眺めるユウヒは、思っていた以上に危険な状況であることを再認識すると、砂避けマスクの中でいつもと違う、力が感じられる声で呟く。


 その時、彼の心の中でいくつかの箍が外れたのだが、その事に気が付くものは誰もいなかった……。





 一方、ここ数日で起きた古戦場での大きな変化については、トルソラリス王国の国王の耳にも届いていた。


「……何と言う事だ。ユウヒ殿にこのことは?」


 アイレウクがその報告を受けて、最初に頭を過ったのが最近出会ったばかりのユウヒ。印象の強さもあるが、ここ最近で古戦場に向かった者など彼以外に居ない。それほど現在の古戦場は死霊が増えて危険な場所なのだ。


 そんな危険な場所へ向かったユウヒを心配していたところに、異常な熱波の報告が届いたのだから心配にならないわけがない。


「それが、王都周辺の村で見られた後、近隣の休憩場を利用してからは報告が上がっていない様で……」


「なに? 何かあったのか」


「休憩場を利用せずに古戦場へ向かっているのではないかと思いますが……」


 運が良ければ途中の休憩場で熱波の情報を知って引き返すか、今も熱波が治まるのを待っているかもしれないと考えたアイレウクであるが、報告に来た兵士の言葉に思わず目を瞬かせた。


 何をどうすればそんな状況になるのかと顔を顰めるアイレウクに、片膝をついている伝令の兵士は思わず顔を下げて汗を床に一滴落とす。その姿を見れば、何か言い辛い報告が残っていると察するのは簡単である。


「……何かあったのか?」


「ユウヒ殿の歓待が過剰だったかもしれないと言う報告が出てますな」


「気持ちはわかる……」


 ユウヒを怯えさせた過剰な歓待、それは宰相の言葉を聞いたアイレウクも、言われれば想定できるような事態の様で、ユウヒの事を歓迎したのであろう休憩場の兵士の姿は彼の脳裏で鮮明に思い浮かべられた。


『…………』


 彼らが今いるのは謁見の間、国王に目通りの叶ったものが通される場所であり、今はその合間の休憩時間、そこへ飛び込んできた異常気象の報告に、居合わせた者達の間では何とも苦みを感じる空気が流れていく。


「オホン!! ……しかし、この報告が正しければ、流石に戻って来るのではないか?」


「相手は魔法使いですぞ? 今も氷の塔は溶ける気配がありません」


 そんな空気に耐えかねた国王が希望を求めるように呟くが、そこは魔法使いのユウヒ。彼が作り出した巨大な氷柱は今も全く溶けることなく周囲に冷気を垂れ流しており、連日様々な者達がその氷柱に祈りをささげる始末、その魔法を前にしてユウヒが暑さで撤退すると思う方が難しい。


「確かにな、しかし蜜蝋が液化するほどとは……」


「古戦場の入り口からある程度離れた休憩場でそれですからな、古戦場はさらに厳しい環境になっていることでしょう」


 宰相の冷静な言葉に唸るアイレウクであるが、報告では休憩場に保管されていた封書を閉じるための蜜蝋まで溶けてしまうほど猛烈な熱波だと言うのだから、心配にならないわけがなく、それはその場に居合わせた者達にとって共通の心配である。


「まさか最近の異常な暑さの原因が古戦場だったとは」


「それについてはまだ調査中です。しかし水害以降の熱波に関してはそうであろうと、学術院では意見が一致しているようです」


 だがこの場に居合わせた者に、現在進行形でユウヒが暑い暑いと言いながらも、生物が生存できないくらい極限の環境をバイクで走っていると思う者がいるだろうか、彼等が知るのは古戦場からある程度離れた安全な休憩場の状況であり、古戦場の状況では無いのだ。


 果たしてユウヒは、不活性魔力汚染によりアンデットだらけとなったアメリカの死の谷も蒼くなるような危険地帯へと変貌した古戦場を無事攻略できるのか、そして聖域を作る事が出来るのであろうか……。



 いかがでしたでしょうか?


 現在の古戦場の気温はすでに地球で観測された最高気温を越えていたりしますが、ユウヒは無事に聖域を作る事が出来るのか……。


 目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー

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