第117話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
王都に向かったユウヒが説明会の日を待つ間にもいろいろとやらかし、それによって増えた報酬を手に、一路ドワーフ国との間にある難所の古戦場に向かっている頃、トルソラリス王国の各地では水害の復興が進んでいた。
「親方さん!」
そんな被害地域の一つであるサルベリス領スルビル近隣の港からは、明るく良く通る声が聞こえる。
「おお、姫様いらっしゃい」
「進捗はどうですか?」
声の主はシャラハで、ノースリーブの服の上から薄手の布を羽織った彼女がその健脚で登るのは、港全体を見渡せる工事用足場。その足場の上では親方と呼ばれた工事責任者が声を上げており、シャラハの登場で嬉しそうに顔をほころばせ、最後の足場を登る彼女の手を太くゴツイ手で持ち上げる。
水害の水が最終的に到達したのは砂海であり、そこに港を築く地域では津波のように押し寄せてきた水で物損事故が広範囲で発生、流れて来たのは水だけではなく、壊された建物の一部や死骸なども流れて来たことで甚大な被害を生んでいた。それでもそこは元から砂海からの荒い気候の中でも維持できていた港、修復も慣れたものである。
「ばっちしよ! 明日と言わず今日からでも使えるぜ、まぁもうちっと掃除しとかねぇとあぶねぇけどな? 午後には使えるようになるぜ」
「あら、思ったより早かったですね?」
「ドワーフの二人が色々細かいのやってくれてたからな」
またその復興には偶然居合わせたドワーフの協力もあった様で、想定していた復興速度よりずっと早く進んでいた。親方の言葉になるほどと頷いたシャラハのは、最近知り合った二人のドワーフの姿を思い出すが、その記憶には常にユウヒの姿も入り込む。
そんなオーヤンとカリナンの二人はすでにスルビルには居ない。
「オーヤンさんが……今頃だと向こうに着く頃でしょうか?」
「そうだな、流石にもう港について塩砂街道入りしてるだろう。急がないと奥さんが怖いらしいからなぁ」
「ふふふ、家と一緒ですね」
くすくすと笑い、王都に居る母親と今もスルビルで復興資金の書類に眉を顰めているであろう父親の事を口にするシャラハ。
若干方向性が違うと思うが、そもそもオーヤンが遠くスルビルまでやって来たのは、奥さんの機嫌を取るためのプレゼントを探しにやって来たのであって、そのプレゼントを見つけたら後は帰るだけである。
つい最近まで残っていたのは、プレゼント探しに協力してくれたシャラハが水害で困っていたので、礼の為に復興を手伝っていたからだ。後半は楽しくなってきて時間を忘れていたオーヤンは、いい加減にしろとカリナンに怒られ慌てて帰ったのだった。
「いや、ハルシャリラ様と比べちゃ可哀そうですよ……」
「あら、そんな事言って良いのかしら?」
「おっと? あっしは何も言ってませんぞ?」
「ほんとかしら?」
そんなオーヤンの奥さんをハルシャリラと比べるのは可哀そうだ。そんな言葉がつい出てしまうくらいには、ハルシャリラと言う女性の武勇は知れ渡っており、誤魔化して許されると思われているくらいには愛されている。
そんな母親の慕われている姿に目を細めるシャラハだが、それはそれで有り、責めるところは責めておかないといけないと、ジト目で親方の顔を下か覗き込む。
「おい! 姫様に冷えたの一本差し上げろ!」
「へい!」
ジト目と言うには随分と鋭く冷え切った目で見上げてくるシャラハに親方は降参する。
若干デレデレした顔で親方が声を上げると、近くに居た作業員が待ってましたと言いたげな顔で返事を返し、水の入ったタルから太くて長くて緑色をした野菜を取り出して、こちらも水の入った緑木の桶に入れて荷物用クレーンに乗せる。
「あら悪いわね」
ロープと滑車で作られた簡易的なクレーンが引き上げられると、シャラハの前に桶が到着、中から一本取り出したシャラハはその野菜を豪快に齧って見せた。軽い咀嚼音を鳴らしながら野菜を口にするシャラハの手には、黄色い果肉をもつキュウリのような野菜が瑞々しく輝いている。
「まったくよく似てる。ハル様の畑もようやく復旧した感じですね」
「ええ、お母様が悲しまずに済みそうです。緑木畑の怪我人も復帰したみたいですし、ようやく一段落ですね……」
彼女のその姿を眩しそうに見詰める親方の言葉に、シャラハは嬉しそうに微笑みながら遠方を見詰めた。そこには砂海に作られた大きな浮き農園があり、シャラハが齧った野菜もその農園で採れたものである。
またその農園はハルシャリラが若い頃に始めた事業の一つであり、スルビル周辺の民にとっては重要な収入源であり同時に誇りでもある。一方で緑木畑はランシュードと婚姻を交わした時に始められた植林事業であった。
怪我人を出しながらも進められた復興作業は一段落、今のようにシャラハが現場へと気軽に顔を出せるようになったのも最近のことである。心に余裕が生まれて来たことでいつもの笑みが見えるようになってきたシャラハの横顔は、嬉しそうであるがどこか寂しそうでもあった。
「想い人の便りは無しですかい?」
その原因はユウヒ、そんなことはユウヒが旅立ってからの彼女を見ていれば誰だってわかる事だろう。オーヤンだってわかるくらいには解りやすい。
「……親方? デリカシーって知ってる?」
「おっといけねえ! まだ仕事があったんだ!!」
「こら! 逃げるな!」
しかしそこは乙女の敏感なところであり、不用意に他人が振れて良い場所ではなかった。
一緒に居たのは短い間であるが、空から降り立ち巨大な魔物を打倒した彼の姿は彼女の心に深く刻まれている。そんな繊細で柔らかな乙女心へ無作法に触れた者には、相応の制裁が必要だと言外に問いかけるシャラハの目は冷たく、その視線に若かりし頃のハルシャリラを見た親方は、歳を感じさせない俊敏な動きで逃げ出す。
弟子曰く、その動きはずいぶんと洗練されたものだったそうだ。
大の大人が裸足で逃げ出す気迫が放たれ、笑い声があちこちから上がる砂海船を受け入れる港、そこから遠く離れたスタールの植林地でも逃げ出す者がいた。
「逃げてません! 逃げてませんよ!?」
だが彼女は逃げているわけではないのだと悲鳴のような弁明を繰り返し、ユウヒの建てた無駄に頑丈な小屋の影から短い兎耳をピンと立てて震えている。その姿は小柄な体格も相まって小動物そのものであるが、彼女は間違いなく成人女性だ。
「わかった、わかったから出てこい」
「……怒りません?」
「怒らねぇから」
そんな彼女を怯えさせているのは、ツンツン頭の兵士。普段なら門番などの責任者を任されているスタールでも名の知れた兵士であるが、現在は人手が足りないと言う事で様々な仕事を任されている。
そんなツンツン頭の兵士は、その頭も相まって割と怖がられることが多い。実態は気のいいあんちゃんと言ったところなのだが、現在進行形でミンテから怖がられていた。ただ、それはミンテに思い当たる節があるからの様で、その確認に来ただけのツンツン頭は被害者である。
「わかりました」
「はぁこう言うのは俺の仕事じゃねぇんだがなぁ」
「すみません」
同行した部下からの何とも言えない気遣いの視線を背中に受けながら背中を丸めるツンツン頭は乱暴に自分の頭を掻いて溜息を洩らす。その大きな動きを見る度にミンテは震え、より溜息は深くなっていく。
どう考えても素行の悪い人間が少女を虐めている様にしか見えない。
「おや、か弱い女性を虐める兵士がいますね」
見たままの感想を口にされたツンツン頭が振り返ると、そこには騎士然とした出で立ちの女性冒険者と、魔法士らしく頭から膝下まで外套を身に纏った男女が現れ、その姿にミンテは少しほっとした様に垂れていた短い耳を持ち上げる。
「それはいけない」
「いけませんね」
「ややこしくすんじゃねぇ! てかあんたらまだいたのか、もういい加減手伝わなくていいんだぜ?」
真面目な表情で揶揄う様に声を合わせ話す魔法士の二人は、ツンツン頭の荒げた声にニヤリ顔を浮かべるも、続く言葉に少し困ったような表情を浮かべると視線をリーダーである騎士然とした女性に向ける。
「姐さんは探し人が居なくなって途方に暮れてるところなんだ。まだ動いてた方が精神的にも健康的でな」
ツンツン頭の疑問に答えたのは後からついてきた無精ひげの男性、少し背中が曲がった様な疲れた様な彼の言葉で、兵士達は理解した様に頷く。
「あぁユウヒ殿か、もっと早くこっちに聞いてくれれば紹介もできただろうに」
「くっ!」
「煽らないでやってくれ……」
悪気無く吐いたツンツン頭の言葉は、女性が身に着けた硬そうなブレストアーマーを貫通して深く胸に突き刺さる。無精髭を扱いて苦笑いを浮かべる男性に目を向ける兵士達は、若干涙目になってい女性から視線を逸らす。
逸らさなければ噛みつかれそうだと思ったのだ。
「そんなつもりは無いんだが」
「ユウヒ様ですか?」
「ああ、結局会えず仕舞いでな? 今頃どこにいるんだか」
魔法使いの噂を聞いて一目その魔法を拝み、あわよくば交友をと考えていた彼女達の願いは復興作業の忙しさによって叶わず、また重要人物扱いであるユウヒの情報には制限が欠けられており、その詳しい行き先も不明のままらしい。
しかしユウヒは別に自分の行動を秘匿しているわけではなく、仲の良い人や好感度の高い人間には伝えている。
「王都ではないのですか?」
「なに?」
その一人が先ほどまで震えていたミンテ、彼女の言葉に女性冒険者は勢いよく顔を上げ、兎耳にじゃれついていた風の精霊は面白そうな話が聞けそうだと楽し気に瞬く。
「確か、王都に報告しに行くと、そのあとは……あ、別の国に行きたい、とかおっしゃってました……けど」
女性冒険者に凝視されて少しオロオロした表情を浮かべたミンテはおずおずと話す。
女性冒険者とは直接面識があるわけではないミンテであるが、彼女のパーティメンバーである魔法士の二人は植樹の手伝いなどで交流があり、そのパーティリーダーと言う事で比較的話しやすい様だ。そんな様子に、同じ街に住む兵士であるツンツン頭は、どこか納得のいかない表情を浮かべている。
しかし、話しやすいとは言え比較的、そもそも臆病な彼女に冒険者の相手が真面に出来るわけがない。
「どこだ!!」
「ヒュッ!?」
ミンテの足で五歩分の距離を一歩で詰め、大きな声で問い質す。慣れて無い者が冒険者の気迫を受けて耐えられるわけがなく、短く息を洩らすと引き攣った表情のまま飛び上がり後方に転倒してしまうミンテ。
彼女の背中を庇う様に柔らかな風が撫でる中、さらにもう一歩詰めよろうとする女性冒険者の後ろで頭を抱える仲間の男性と慌てる魔法士コンビ。
「ちょ!?」
「いかん姐さんが暴走だ」
「いけ! 止めろ!」
慌てて間に入るツンツン頭の兵士は、組み付いた女性冒険者の力に驚き、魔法士コンビに指示され慌てながら女性冒険者の両腕を二人がかりで押さえる兵士。
「どこに行ったのだ!!」
問い質すために我を忘れた女性冒険者とそれを必死に押さえる三人の男性兵士、そして気迫だけで気絶してしまったミンテ。混沌とした状況であるが、周囲から笑い声が上がるくらいには、スタールも平和になって来たようである。
ユウヒの行方を問い質す女性冒険者がとある騎士団に取り押さえられ、弁明する女性冒険者による魔法使いの行方についての情報で、もう一騒動起きそうになっているスタールから遠く離れてこちらはバイクの上のユウヒ。
「へっくしゅん!!」
例の如くクシャミを洩らしているが、すでに本日のクシャミは二桁に達していた。
「おかしい、こんなに熱いのに風邪か?」
あまりに多いクシャミに体調不良を疑うユウヒであるが、ハンドル片手におでこに手を当てても特に変化を感じられず、空調機能付きポンチョは今日もユウヒに快適な旅を約束している。
それでも無理は良くないと、少し荒れ始めた草原に面した街道の脇にバイクを止めるユウヒ。
「この辺で小休止だな、まさか入り口まで二日も掛かるとは思わなかった」
<!!>
すでに王都を出発して二日ほど経っているようだが、まだ目的のドワーフ国どころか難所の古戦場にも到達していない。それは彼が急いで無いのもあるが、休憩場を利用していない事もその足を鈍らせていた。
初日は休憩場を利用したユウヒであるが、着くなり異様な歓待を受けた事で居心地悪く感じた彼は、敢えて野宿する為に休憩場から離れた場所で一晩明かす事にしたのだ。野宿が出来そうな場所を探すのに時間を取られているユウヒは、溜息を吐くもそれはそれで楽しそうだ。
「確かに、もっと事前調査しておくべきだった」
精霊の囁きに小さく笑みを浮かべる彼は、その言葉に同意するように呟く。
もっと事前調査をしておくべきだったと言われたらしいユウヒであるが、同意しながらも後悔はしていない。あのまま王都のリステラン家で世話になっていては、そのままずるずると長居してしまいそうな気がしていたユウヒ。
まったくありえないとは言えない可能性に、ユウヒの勘が働いたのであろうが、そんなユウヒの心配する感情を感じた精霊達は不思議そうに瞬く。どうやらユウヒの勘は精霊の感じられるもの以上の何かを感じているようだ。
「明日は早朝出発で昼にランプの試験がてら休憩しよう」
<!!>
バイクの上に寝転んで体を伸ばしながら荷物入れを掌で叩くユウヒの言葉に、どこからともなく闇の精霊が飛び出して来て嬉しそうな意思を振り撒く。以前から光のランプに羨ましそうな瞬き見せ、何かある度にお勧めしてきた闇のランプ。どうやら王都のリステラン伯爵邸に泊まっている間に作り上げた様で、ユウヒもその試運転を楽しみにしている。
「見せてもらおうか? 闇のランプの性能とやらを」
<!>
ユウヒの挑戦的な視線に、珍しく太陽の下に出て瞬く闇の精霊。周囲に集まった色とりどりの精霊達も、ユウヒが作った闇のランプには興味があるようで、わくわくとした意思を振り撒く。その様子を見上げるユウヒはそのまま目を閉じ、草原から流れてくる気持ちよく乾いた風に頬を緩め、新たな光景を見せてくれるだろう古戦場を夢見るのであった。
いかがでしたでしょうか?
闇の精霊がおすすめする脅威メカニズム闇のランプの性能テストに心浮き立つユウヒであるが、彼は無事に古戦場までたどり着けるのであろうか……。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー