第116話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
王宮とリステラン伯爵の邸宅に氷の柱が出来た翌日早朝、リステラン邸の門前にはバイクに乗ったユウヒの姿があった。
「もう一日伸ばしてもいいのではないですか?」
「いえ、もう十分贅沢させてもらいましたから」
イトベティエの言葉に困ったように笑みを浮かべるユウヒが跨るバイクからは、早く走らせろと言いたげな魔力の唸りが聞こえてくる。
そんなユウヒの前にはリステラン家の人々が勢ぞろいしており、男性も女性も使用人たちは一様に寂しそうな表情を浮かべている者が多い。その筆頭であるイトベティエを横目に、ブレンブは小さく鼻から息を吐く。
「無理を言うな、しかし王都に戻ったらまた訪ねてくれ、我々がいなくても泊まれるように言っておく」
「ははは、もし泊る所が無ければ頼らせてもらいます」
「最優先で頼ってもらいたいところだが……まぁそれでもいい。気を付けてな」
出会った当初はユウヒの事を蛇蝎の如く嫌っていたブレンブであるが、ここに至っては尤もユウヒの事を理解している友人のようだ。そんな変化にジト目を向けるイトベティエの前で、バイクの上のユウヒとブレンブは握手を交わして笑い合う。
それは男同士の友情であり、イトベティエには構築できなかった親密な関係であるが、その事に納得のいかない表情を浮かべながらも彼女は夫の背中に微笑まし気な笑み浮かべる。
「ええ、復興とか大変でしょうけど頑張ってください」
「なに、ユウヒのおかげでずいぶん楽をさせてもらっている」
「んん? それならよかったです」
バイクのハンドルを握り直すユウヒは、ブレンブの言葉とリステラン家の人々の視線に小首を傾げるが、彼に何か復興の手伝いを行った認識はない。なぜなら彼は精霊のお願いを聞いて、その結果が復興の手伝いになっていただけで、宝玉や災害に関しても自分にとって必要な行動と火の粉を払っただけでしかない。
ふわっとした返事にユウヒを見上げるブレンブは、本当に自分たちの感謝を理解しているのかと左右の眉を歪に歪ませ、走り出すユウヒの背中にはっと目を見開く。
「あと手紙忘れるなよ!」
「あ、はい!」
最後に念押すことを忘れていたブレンブの大きな声にユウヒは振り返りながら手を上げて応える。貴族と言うものは往来であまり大声を上げるものではないと言うのが、トルソラリスにおける貴族のマナーであるが、彼の姿を責める者はここに居ない。
手を振ってユウヒを見送るリステラン家の人々は、ユウヒの背中が見えなくなると寂しそうに溜息を洩らす。
「行ってしまいましたね……手紙忘れてましたよね」
「うむ、忘れそうだな……」
だが彼らの主人二人の顔には、寂しさより拭えない心配と言う感情が際立って浮かんでいた。ユウヒからの手紙が届くまで、彼等の心には一抹の不安が残り続けそうである。
一方ユウヒはと言うと、
「王都から出るのが顔パスだったな……」
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想定以上にすんなりと王都から出て、東に向かって街道を走る顔に不安そうな表情を浮かべていた。なぜ不安そうなのか分からない精霊達は、ゴーグルの奥に見えるユウヒの目を不思議そうに見詰めている。
「馬車とか貴族でも止められてたのに、止まろうとしたら敬礼で見送られるとか、居心地と言うか視線が痛かった」
不安の他にも視線による精神ダメージを喰らったらしいユウヒであるが、その原因は王都に出入りする為の関所でもある大きな外壁門での出来事で、本来なら入る時も出る時も兵士の誰何を受けなくてはならない筈が、バイクでゆっくりと走って来たユウヒの姿を確認した兵士が皆一様に胸に拳を置いて迎え、門前で止まったユウヒに向かって慌てた様子で素通りして良いと声を掛けたのだ。
そんな対応をされるのは事前連絡のあった王族の馬車くらいなもので、いくら魔法使いだからと言ってそんな対応をされることはない。原因はアイレウクの事前連絡、その知らせによる人相書きとバイクの姿絵、さらに彼が紅星光勲章を授与されたと言う確かな情報によるものだ。
宰相はユウヒに簡単な説明しかしていないが、彼が貰った勲章には非常に大きな意味がある。その意味を知る者にとって紅星光勲章持ちと言うのは掛け値なしに敬意を払うに価した。ありていに言えば、兵士にとってそれはヒーローの証なのだ。
色にまつわる勲章はいくつかあるが、紅は自らの危険を顧みず多くの人命を救った者に与えられる色であり、弱者の楯となれと教わる兵士や騎士にとって憧れの勲章である。また星光とは人知れず誇ることなく偉業を成した者に与えられるもので、その二つが揃うと言うのはまさに英雄のそれなのだ。
「まぁいいや、とりあえず今日中に古戦場まで行けるかな?」
そんな意味が込められた勲章などと知りもしないユウヒは、その事実を知る者から羨望の眼差しを受けた。それが門を潜り抜ける間ずっと感じ続けた居心地の悪い視線の原因である。
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「え?そんなに近くない? そっかぁ……なら今日は野営できる場所までだな」
精霊の導きと持ち前の勘によって決められる道は周囲が思うほどしっかりしたものではない様で、走り出して決めるのが常のユウヒは、思わぬ精霊の言葉に早速予定を変更するようだ。
「新しい獲物が手に入るのはまだまだ先になりそうだ」
何かを失っては何かを得るユウヒの相棒となれる武器は現れるのか、彼はドワーフ国へ向かう為に王都から伸びる草原沿いの街道を、バイクで粉塵を上げながら東へとのんびり走るのだった。
一方ここはどこなのか、深く暗い森の中を二人の男が並んで歩いている。一人は猫背で小柄な男、もう一人は小太りのこちらもそれほど身長は高くないが猫背の男よりは大きく見えた。
「いやあ、流石お貴族様は違いますなぁ」
「ふん! 世辞は良い。まだあちこち混乱していたからうまくいっただけだ」
その二人はよく見るとユウヒも面識がある二人の男のようだ。猫背で胡麻を擦る様に手を揉む男は三叉路オアシスでユウヒの荷物を盗もうとして逃げ出した兵士であり、今も当時と同じ外套を身に着けて、腰には熱を感じないオレンジ色に光るカンテラを下げている。
もう一人はスタールの自称冒険者組合長としてユウヒと面識がある男、数々の不正などもあり牢に入れられていたはずだが、地下牢が水害により水没した際に逃げ出した様だ。今はそれなりに価値がある様に見える下級貴族の旅装と言った風貌で、背中には不釣り合いに大きな背嚢を背負っている。
「いやいや、そうは言うが旦那? こんなに上手くいったのも旦那のおかげなのは確かじゃないですか」
彼らの関係は対等と言うよりは、猫背の髭男がゲーコックの腰巾着みたいな立ち位置の様で、しかし明確に上下関係があると言った感じでもない。
「それはお前が馬鹿すぎるからだ! 何をしたか分からんが落ちるとこまで落ちたら這い上がれんのだ。落ちたとしてもある程度までにしておかなければならん」
「旦那だってやらかしたんでしょうに……」
トルソラリス王国で水がシトシトと降ってくる森などと言うのは一カ所、いや一帯しかない。それは森林山脈を横断する谷間、彼等は現在トルソラリス王国から出国する為に国境を越えているところである。
本来なら問題を起こして逃走中の二人が通れるような場所ではなく、しかし様々な混乱が発生している現在であれば、曲がりなりにも貴族出身であるゲーコックにはさほど難しい話ではなかったようだ。
髭男が猫背を伸ばしながら呟く声に立ち止まったゲーコック、すわや怒らせたかと髭男が身構えるが、どうにも様子がおかしい。もとより、ゲーコックの様子はユウヒと対峙していた頃とはずいぶんと雰囲気が違う。
「そうだな、昔々に爺から注意されたことそのままやらかした。だから目が覚めた、しかしやり直すにしても国内じゃ無理だ。魔法使い相手にやらかした奴はもうトルソラリスじゃやっていけん」
「はは、魔法使いですか? 詐欺でもしたんですか?」
何か憑き物が落ちた様なゲーコックの顔には、冒険者組合で見せていた様な感情的な気配は無く、どこか理知的な気配すらある。
そんな彼はこれからやり直すために出国するようだが、二人が話す魔法使いが互いに面識がある人物であるなど思いもしない。ゲーコックの頭の中には人知の及ばぬ圧倒的な力を見せた魔法使いユウヒの姿が、髭男の頭の中には詐欺師と決めつけた赤熱する地面に立つ魔法士ユウヒの姿が通り過ぎていく。
「……お前も本物を見たらそんな笑ってられんさ、何人か魔法使いは知ってるが、アレが本物なんだろう」
「やめてくださいよ、まるでホラーだ」
トルソラリスの民が話す本物の魔法使いと言うのは、御伽噺に出てくる様な偉業や大破壊を引き起こす様な魔法使いの事である。魔法使い自体は少数であるものの存在は確認されているが、大半は修行中の身である為、物語の魔法使いのようなことは出来ない。
しかしゲーコックが見たユウヒはまさに物語の中の魔法使いであった。スタールの街から逃げる時に見た氷壁は、溶けかかっても尚その威容を強烈にゲーコックの心と目に焼き付けたのだ。しかし髭男は冗談だと思ったのかヘラヘラと笑いながら歩きだす。
「ふん、まだそっちの方がマシだ。呪いだろうとアンデットだろうと対処法はある。だが圧倒的な力の前で人は何も出来ん。あの鉄砲水と同じだ」
「あれには驚きましたよ、でも稼げると思ったんすけどねぇ……」
歩き出す髭男の後に続いて歩き始めるゲーコックの雰囲気は本当に変わってしまっている。それは何か呪いに蝕まれていたのか、それとも酷い目に合った故に心境が変化したのか、彼等がここまでやってくるまでの道程は簡単なものではなかったのだろう。
特に髭男は鉄砲水を街の外で経験しているのか思い出して大袈裟に肩を落とすと、顔だけ上げて頭を掻く。なにせ彼は儲けられると思い盗賊に身をやつしてすぐに、思わぬ場所でユウヒに遭遇して逃げているのだ。まさに踏んだり蹴ったりと言うものだろう。
「死にたくなければ無駄に敵を増やさんことだ。俺は今回身に染みた。奴に謝れる機会があれば謝ろうと思っている…………しかし、変なのだ」
「何がです?」
一方でゲーコックは自らの失敗による結果とは言え、その愚かさを認めて反省までしている。その姿はユウヒと対峙していた時とは明らかに違い、その事は自分でも理解しているのか顔を顰めて俯き気味に呟く。
「今までの自分を振り返っても、まるで自分じゃないかのような……いや言い訳だな」
「魔が差したってやつっすね! 俺と一緒っすねぇ!」
「一緒にするな!」
声を荒げ叫ぶ姿はユウヒが見たゲーコックとそっくりであるが、まるで別人のようになってしまったゲーコックは、逃走中に出会った同じ逃走中の髭男と共にトルソラリス王国の国境を越え、隣国に向かう。
彼らの行動はユウヒにどのような影響を与えるのか、それとも与えないのか、もし与えるとしたらそれはどんな影響なのか、それはまだ誰も知らない。
いかがでしたでしょうか?
新しい旅立ちを始める者が一人二人三人、彼等が向かう先にはどんな出会いが待っているのか……。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




