第115話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
宰相からお願いされたユウヒは、王宮の広い中庭に立っていた。しかしそこに宰相の姿は無く、また中庭に設置されていたベンチやテーブル、大きなオブジェに照明用の魔道具などが次々と撤去されており、特に重たい物などは体力自慢の近衛騎士総出で抱えられている。
残されるのは手入れされた庭の樹々くらいなもので、樹々より煉瓦敷きや磨かれた石の道などが多い中庭と言う事もあり、随分と殺風景になってしまっていた。
「ここにですか……」
「ええそうよ!」
ユウヒが呟くと後ろから声が聞こえる。その声はつい先日初めて聞いた声と一緒で、その隣からはこちらもつい先日たくさん聞いた荒い鼻息が聞こえてくる。
「ところでなぜここに?」
「近くで見たいから?」
振り向いた先では、シャラハの母親であるハルシャリラが少し興奮した様に目を輝かせており、ユウヒの問いかけに対してキョトンとした表情で返事を返し、疑問の余地もないと言いたげな彼女の隣ではシノレアが同意するように頷いている。
ユウヒは宰相にお願いされた事を了承すると、危ないので近くに人を立ち入れない方が良いと伝えていた。だからこそ宰相がこの場にいないのだが、なぜかその場に居なかった二人が目の前で笑みを浮かべている事に、思わず眉尻を困った様に下ろすユウヒ。
「良いんですか?」
言外にこんな危ない所に居て良いのかと言う問いに、ハルシャリラが指を指す。
「あまり良くないから、私たち以外はほらあそこ」
「なるほど、見物席」
指差した先には、ビルの数階分はありそうな高い位置から中庭を見下ろせる広いテラス。そこには大勢の貴族が集まり、その中にはアイレウク王の姿も見られ、彼と腕を組んで手を振っているのは王妃であろうか、彼女にハルシャリラとシノレアはスカートを摘まみ会釈している。
テラス席を見上げるユウヒはアイレウクの表情を見詰め、小さく手を上げている姿から感じる感謝の念になるほどと小さく頷くと、ハルシャリラ達に目を向けもう一度頷く。
「大きいのを頼むわね!」
「なんか、親子ですね」
「ふふ、そうでしょうそうでしょう」
ユウヒの様子に満足そうな表情を浮かべるハルシャリラの姿は、シャラハの姿とよく似ており、なるほど母娘なのだと再認識したユウヒの何気ない一言でその顔に満面の笑みが浮かぶ。
それだけで家族のことを愛している事が良く分かる光景に、ユウヒ以上に眩しそうに目を細めるシノレアは、口元を吊り上げるように笑うとユウヒに向かって大きな声を上げる。
「なるべく長持ちするものにしてくれると助かるぞ! ここからの風は私の部屋にも通るからね! せっかく帰って来たと言うのに暑い日が続いていまいってたんだ……」
「でかいのかぁ……このくらいかなぁ? 危なくないかなぁ」
<!!>
<……?>
補助を申し出る精霊達の声に目を向けるユウヒが頼まれたのは、スタールの街を守った魔法の再現。
それはトルソラリスの王族らしく魔法が好きな王妃の機嫌をとる為であり、また魔法使いユウヒと言う人物に対して不信感を拭えない貴族の暴走を抑える為であり、反王族派の貴族に対する釘を刺す為でもある。
そのほかにも、ユウヒが中庭で魔法の実演を行う事による利点は大きく、その一つがシノレアの住環境事情改善であった。トルソラリスの王宮中庭を通る風は、程よく冷やされ彼女の住んでいる部屋の窓や、王宮に居を構える人々に涼を与える構造になっているのだが、それにも限度がある。
宝玉による水災害に起因する精霊の力の乱れは自然環境に様々な影響を与え、その乱れによって現在の王都周辺では猛暑が続いているのだ。ユウヒが頼まれた強力な氷の魔法は、その過酷な日々に一時の平穏を与えることも期待されていた。
「ならいいか、それじゃやりますけど……壁まで下がってもらえます?」
「「ん?」」
しかし、ユウヒを普通の魔法使いの範疇で考えてはいけない。ある事件によって一時的に不安定だった魔法も、最近はすっかり使い慣れてきて安定しているとは言え、彼の箍は緩みやすく、また彼の基準はいくつもの異世界のさらにゲーム用に調整された技術が元となっている。
正直、彼の実力を本当に理解している者がいれば、間近で魔法を見学しようなど思わないだろう。
「大結界の必要は無いし、スニールには無理させられないし……真ん中はこの辺り……それは強く長く支える【ソイルピラー】」
中庭の真ん中、最も建物から離れた場所へと歩いて行くユウヒは、ぶつぶつと呟きながらこれから使う魔法を選定する。
頼まれたのは氷の魔法であり、スタールの街を守る為に使ったような長期間にわたり維持される氷の壁。しかしスタール規模の魔法なんて使えば王宮はとんでもない事になり、彼の内に眠る娘達も砂の海の特殊な何かの影響を受ける為に無理はさせられず、ならば何が良いか、そんな選定作業もは終わったらしい彼は、丸く煉瓦で囲われ芝生のような植物の植えられた場所に土の小さな柱を立てる。
「【飛翔】……うん、この辺りまででいいな」
軽くステップを踏む様に宙に飛び上がればあっと言う間にテラスを越えて空の上、足元からは空を飛ぶ魔法だけで歓声が上がった。なにせ魔法で空を飛ぶのは魔女の領分であって、魔法士は空を飛ぶ術を持たないのだ。それだけでも十分ユウヒが詐欺師や魔法士じゃないことが分かるが、それでも尚足下からは魔道具だとか何かで吊るしているだけだと言う声が聞こえてくるが、そのどれも集中したユウヒの耳には届かない。
そして魔法と静寂が訪れる。
「集え【集水】」
ユウヒが手を振り一言唱えるだけで車ぐらいぺちゃんこに押し潰してしまいそうな量の水が現れる。水を使う魔法士は重宝されるので王宮にも多く所属しているが、その水量には誰しも息を飲む、それは好奇心から隠れて見ていた王宮所属の魔法士も同様であった。
ユウヒの周りでは水の精霊が嬉しそうに輝く、それは一仕事終えた清々しい輝きである。
「……それは目指すべき場所、迷わずの道しるべ【アイススポット】」
微笑ましそうに口角を上げるユウヒは、今は無きクロモリと言うオンラインゲームの中でもよく使っていた魔法を口にし、カラーコーンほどの大きさしかない土の柱を起点に、テラスから見上げるのに首が痛くなりそうな大きさの、太く先端の丸まった円錐状の氷柱を作り出す。それはまさに一瞬の出来事、空中に浮いていた水が滝のように落ちて行き、地面に到達した先から凍り付く。
ユウヒの魔法は周囲に凍てつく様な冷気を振り撒き、庭の八割が凍り付き、驚き庭の壁に背を付けていたハルシャリラとシノレアのすぐ目の前の地面には白く霜が降りている。
立ち込める冷気は微かな氷の音以外の音は消し去り静寂を作り出す。それは息を飲むどころの話ではなく、その場に居合わせ魔法を目の当たりにした者達が一様に呼吸することを忘れたからだ。
だがユウヒの魔法はまだ終わっていない。要望に応えるために魔法を追加する。
「其れ暑さに負けぬもの【耐熱】雨にも負けず【耐水】よしよし、物理ぃとかはいらないよね。ゲームだと物理耐性とか色々つけておかないとすぐ敵に壊されてたけど、まぁこれでしばらくは凍ったままだろう」
王宮の屋根を見下ろせるくらいの場所に浮かぶユウヒは、足元まで伸びて来た氷の先端に向かって追加の魔法を放つ。それはゲーム内ではバフなどと呼ばれる強化補助魔法、その模倣。氷が解けづらくなるように、水を掛けられても溶けにくくなるように、本来ゲーム内では目印などに用いるちょっとしたネタ魔法であるが、それも使い様によっては役に立つ。
友人たちと遊んだ時のことを思い出しながら満足そうに頷くユウヒであるが、この氷柱はこのさき数ヵ月もそのままであり、魔法使いユウヒの恐ろしさを貴族たちに知らしめる原因となるのであった。
「すばらしい! スバラシイよユウヒ君! 何と美しい氷だろうか! 食べられるのかい? 舐めてもいいかい??」
そんな事になるとは考えても居ないユウヒが地面に降り立ち足の痺れに顔を歪めていると、すぐに興奮したシノレアが出迎える。
スカートを持ち上げ歩き辛そうに大股で走る彼女が地面に足をつく度に細かい氷が割れる音が聞こえ、彼女の後方からはその踏み応えと音を楽しみながら歩いてくるハルシャリラの姿が見えた。その姿は微笑ましくもあるが、それよりユウヒは目の前のシノレアの言葉に一抹の不安を覚える。
「触れないように檻も必要かな‥‥‥」
ユウヒが作った氷柱はとても冷たく解け辛い、触れば下手すると手に着いた水分が凍り付く事となり、氷柱から手が離れなくなりかねないのだ。
「そうですね。おバカさんが触らないように囲いを設置しておきましょう。それにしても素晴らしい魔法です。流石魔法使い、感服いたしました」
ユウヒの意見にはハルシャリラも同意見らしく、騒がしくなる周囲の声に耳を澄ませながら溜息を洩らす。どうやらシノレアが特別に燥いでいるわけではなかったようだ。
「あぁいえ、大した魔法じゃないので、これで王妃様にも喜んでいただけたでしょうか?」
「……そうですね、おバカな事をしないように言い含めておかなくてはなりませんね」
大した魔法じゃない。その一言でハルシャリラの表情がぎこちなく引き攣り、しかしすぐに表情を取り繕うと視線をテラスに向けて困った様に呟く。
「え?」
「王妃の事です。きっと氷に触ろうとしますよ? ほら、陛下が止めてます」
彼女の視線を追いかけたユウヒの目には、大変興奮した様子の王妃様の姿が映り、走り出そうとする彼女を必死に止めるアイレウクの姿も確認出来た。どう見ても今すぐ下に降りて氷柱を間近で見る気でいる様子、そして誤って触れて大怪我、そんなことになれば最悪咎めを受けるかもしれないと感じたユウヒは、新たに魔力を体の内から汲み上げる。
「……それは堅き大地の衣【アーススキン】」
水の精霊の輝きに触発された土の精霊は、ユウヒの魔法に呼応して輝き、その補助で3メートルほどの土の壁が氷柱を地面から覆う。まるで服を着せるかのように氷に密着した土の壁、その壁の出現に周囲からは驚きの声が聞こえてくる。
「助かります」
「ああ!? いやしかし登れば……」
「土も冷えると手が張り付いたりするから」
驚きながらもお礼を口にするハルシャリラ、一方シノレアの口からは悲鳴のような声が洩れ、呆れた様に注意するユウヒに目を向けると、自分の両手の平と氷柱を見比べ始め納得した様に頷く、
「……確かに、お湯を持参しておく必要があるなっ!? ―――っっ!!」
がしかし、その頷きはただ単に危険性を認識しただけで諦めたわけではなかったようだ。ユウヒの注意を受けてさっそくと動き出す彼女であったが、静かに背後に忍び寄ったハルシャリラの拳骨を脳天に受けた事で声にならない声を上げて蹲る。
「おほほほほ」
「は、ははははは……」
驚いたユウヒの視線に気が付き扇で口元を隠すハルシャリラは、何事もなかったと言いたげな笑顔で笑い出し、雷の様な拳の一撃に後退るユウヒは乾いた笑い声を洩らすのであった。
その光景に、猛将ハルシャリラを知る者達はその健在を確信して震え、ユウヒと言う魔法使いと仲良さそうに笑い合う猛将の健在ぶりによって、トルソラリス貴族の集まりである反王族派の声は小鳥の囀りより小さくなったそうだ。
そんな魔法の実演を終えてリステラン伯爵邸に帰って来たユウヒは、なぜか伯爵邸の中庭に居た。王都の貴族邸と言うのは大体似たような造りをしており、砂や風から守られた中庭と言うものが存在する。
「すまない」
「いえいえ、タイミングが悪かったですからね」
申し訳なさそうにしているブレンブの隣で何故ユウヒが中庭に立ち、中庭の真ん中を見詰めているのかと言うと、全てはタイミングの悪さ故にであった。
「普段はこんな我儘ではないんだが、やはりトルソラリス王国民の性なのだろうか……」
「皆さん魔法好きですよね」
「色々と歴史があるのだ。話し始めると一日じゃ足りないくらいのバカみたいな歴史がな……」
バカみたいな理由であるが、偶然タイミングが悪く王宮に居たにも拘わらずユウヒの魔法実演を見れなかったイトベティエは、普段の姿から考えられないほどへそを曲げてしまい。迷惑を周囲に振り撒くわけではないが、帰宅後すぐに自室に引きこもってしまったのだ。
まるで子供のような行動ではあるものの、トルソラリス王国の民であれば、彼女の行動に一定の理解を示すであろう。そんな彼女を不憫に思ったユウヒは、小規模ではあるが王宮で作ったものと同じ氷柱を、リステラン伯爵邸の中庭にも立ててあげたのである。
「なるほど、ちなみに触ったら凍傷になりますからねー!!」
『はい!』
「はぁ……」
ユウヒの注意に元気よく返事を返すイトベティエとメイド達、まるで年若い町娘のような妻の姿に呆れつつも、思わずときめいてしまブレンブは、大きな溜息を吐いてすぐ傍のベンチに座り込む。
そんな彼を横目で見て苦笑を洩らしたユウヒは、3メートルほどの氷柱に目を向ける。王宮で使った規模の【アイススポット】の魔法を使えば、リステラン伯爵の邸宅は氷漬けになっていただろう。その為、大きさこそ随分と小規模になってしまった魔法だが、喜んでもらえた様なので彼もほっとしている。
そんな可笑しな中庭の光景を見下ろす精霊達は、ユウヒの魔法によって洩れ出た高品質かつ高濃度の活性魔力を受けて酔ったように舞い、夕暮れの空をバックに機嫌よく瞬くのであった。
いかがでしたでしょうか?
ユウヒにとって大した魔法でもない氷柱を作る魔法、ゲーム内でも使い慣れた作法のまま作られたそれは、その後多数の人間に影響を与えるのだが、国を去る彼にはあずかり知らぬことである。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー