第114話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「ふぅ……お風呂は良い物だな」
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寝る前にお風呂に入れると言うのは、日本人が思う以上にとても恵まれた贅沢なことである。そんな贅沢も明日からはしばらくお預けになるユウヒは、噛みしめるように呟き、そんな彼から立ち上る熱気に乗って精霊が笑い声をあげている。
贅沢に湯を使ったお風呂から上がり自室に戻ったユウヒは、メイドから届けてもらった水差しに手を伸ばしながら、話しかけてくる精霊に笑い掛けた。
「ああ、これで心置きなくドワーフ国に行けるね」
仕事は全部終わったのか問いかけてくる風の精霊に返事を返しつつ、ユウヒはトルソラリス王国での出来事を思い出し、どこからともなく集まってくる精霊達の様子を眺める。
異世界ワールズダストの地に降り立とうとした瞬間撃墜されると言う出だしの悪さもなんのその、結果的に縦断することとなった国でやるべきことも一通り終わらせた達成感を感じているユウヒは、その心をすでにまだ見ぬドワーフ国へと向けていた。しかしまだユウヒにはトルソラリス王国でやらないといけないことが残っている。
「と言っても明日またお城に行かないといけないらしいけど」
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その一つがお城へ再度の訪問。その言葉に精霊達は不思議そうに輝き耳を傾けた。
「報酬とかお願いした件の書類とか貰えるらしいよ」
その理由は報酬、それなりの報酬をすでにブレンブから貰っているユウヒは、当初国からの報酬を断ろうと思っていたのだが、その提案を聞いた国王も宰相も全力でその提案を拒否、なんとか減額と古戦場に関するお願いの受け入れによって話がまとまったのだ。
一般人であればお金を払わなくていいなら別にいいじゃないかと思いそうなものであり、ユウヒも同様の考えであったが、貴族や王族、と言うより国と言うのは面子と言う厄介なものを特に大事にする。その地位にふさわしき振る舞いを出来ない者は周囲から信用されない。
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「そうそう、聖域を建てていいよって言う許可証、あと色々くれるらしい。嵩張らないのが良いと言ったからバイクで行く必要はないと思う」
ましてや、ユウヒが誇ることなく成し遂げた偉業は多大すぎた。交易の要衝壊滅を軽傷に収め、国の重要な立ち位置に居る貴族の呪いを払い、その強力な呪いを解呪する国宝級の魔道具を国などに無償で複数提供、王国国土の5割を襲った災害の原因の究明に、その原因である魔道具の回収と解析、情報の無償提供、さらには王都壊滅の危機と言っても過言ではない暴走精霊の脅威を未然に防いだと言う、ほぼ確定の疑いまであるのだ。
国が褒賞を与えない選択肢などそもそも存在しない。
「ずいぶんと機嫌がいいな? やっぱ聖域が増えるのはうれしいのか」
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「ならなるべく丈夫に作らないとな? うーん、どうしようかなぁ」
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≪…………≫
もちろんだと言いたげな様子で輝く精霊達を見上げ、それほど嬉しいのであれば腕によりを掛けなくてはならないと気持ちが入るユウヒ。ごそごそとバッグから書き板を取り出すと、何時の間に作ったのか芯の太い鉛筆のような筆記具で簡単な図面を描き始める。
その様子を眺める精霊達の耳には、「過酷な環境だから丈夫に」や「一度地盤もしっかり安定させるために掘り返すか」などと言う不穏な言葉が飛び込む。その内容に若干の震える様に瞬いた精霊達は、今更少し不安になって来たのかひそひそと相談をし始め、しかし結論としてはユウヒを信じることにしたようだ。
翌日、街に活気が出始める時間帯に豪華な馬車の迎えを受け、困り顔でお城を訪れたユウヒ。朝から護衛の騎士まで付いた迎えの豪華さに引き気味だった彼は、アイレウクと会談した部屋でソファに座り、顔に何故か複数の小さな怪我をした宰相と二人きりで向かい合っていた。
「ではこちらが今回の褒賞となります」
「……王様は居ないんですね」
彫刻の施された銀の大きなトレイの上に並ぶ金銀赤、あまりに眩いそれからスッと視線を逸らしたユウヒは、周囲を見回すと居てもおかしく無さそうな人物の不在に対して触れ、一拍の現実逃避を試みる。
だが事実として、一般的な国王がどうなのか分からないが、褒賞の与える場にアイレウクがいないのはどうにも疑問を覚えずにいられない。そんなユウヒの表情に宰相も苦笑いを浮かべ窓の外に目を向ける。その視線の先は、国王夫妻の執務室がある方角であった。
「王妃様に怒られましたから」
短く簡潔に、しかし何とも言い辛そうに呟く宰相の横顔を見て、ユウヒは宰相の向ける視線の先に目を向け、もう一度宰相に目を向ける。
「なんで?」
「自分を呼ばなかったからでしょうな」
「仲間外れにされたからか」
十分に溜めて解き放たれた疑問に返ってくるのは、呆れが滲み出るような声による子供のような理由。しかし全ては事実であり、ユウヒはその言葉に理解を示すと、アイレウクの尻に敷かれていると言う言葉を思い出し生暖かい目で窓の外を見上げる。
そんなことは良いのだと言いたげに咳き込む宰相は、一言「そんなところです」と呟くと顔を上げ、背筋を伸ばして前を向き直ると口を開く。
「先ずこちらが報酬の金貨30枚、それから王国銀板証書です」
「銀板……?」
話をさっさと進めたい気配に前を向き直ったユウヒに説明される褒賞、先ずは手始めにと言った様子で差し出される金貨の山、日本の500円玉より厚く大きな金貨が30枚、パッと見た量としては小山程度であるが、磨き上げられたその金色の輝きは圧迫感がある。
それに比べてその隣に置かれている銀のプレートはまだ目に優しく、きめ細やかな彫刻の施されたそれは王国銀板証書と呼ばれる物のようだ。
初めて見る物に興味を引かれるユウヒは、その銀板をじっと見詰める。
「刻印されている枚数の金貨と交換可能な証書です。こちらが十枚ですね」
「……100枚って書いてますね」
「はい、小額の方が良いと思いまして」
「少額……」
金貨より高価なその内容に思わず声が小さくなるユウヒ。
王国銀板証書とは所謂ところの小切手のような物で、違いがあるとしたら現金化期限などが無く、どこでもお金さえあれば交換してもらえるところだろう。
銀板には細密な彫刻が施され、所々に宝石も取り付けられており、その中央には金額を示す数字と銀板の価値を保証する人間の名前が刻印されている。保証者の場所には発行手続きを行ったものの名前が刻まれるのだが、しっかりとトルソラリス国王アイレウクの名前が刻まれ、それを確認したユウヒは視界に浮かぶ翻訳結果を確認するよう何度も視線を虚空に向けた。
「はい、小額です。尚、国王陛下はこの十倍払おうとしておりましたので止めました」
「助かります」
「その返答は予想外ですね」
少額と言う言葉に疑問を覚えるような額であるが、ユウヒの功績を前にしたら少額であり、アイレウクの予定提示額も譲歩した金額である。昨日の交渉で減額が聞き届けられたのは金貨の枚数だけだったのか、銀板と言う頓智のような思わぬ伏兵にしかめっ面を浮かべるユウヒに、宰相は呆れにも似た表情を浮かべた。
だが、まだまだ伏兵は残っていたらしく、次に指し示されるのは赤く小ぶりなブローチにも見える何か。
「その代わりと言っては何ですが、こちら紅星光勲章です。こちらが授与される国外の人間は歴史上2名だけ、これで三人目となります」
「……凄いの?」
それは上から数えた方が早い高位の勲章、と言ってもそれより上のクラスともなれば国に所属する位の高い王侯貴族である事が前提となる勲章だけである。
「とてもすごいですね。わかりやすく言えばそう……この国の中であればどこでも旅ができますし、国王陛下を突然訪ねてもその日のうちにお会い出来ます」
「……使わないかな」
事実上国に所属しない人間に与えられる最高の勲章であるが、あまりユウヒの興味を示すものではない様だ。便利は便利であるが、その利便性の代わりに国からの間接的な監視は免れないであろう事は、勘の良いユウヒは理解していた。
「他国への関所もこれを見せればすぐ通れますよ? 帝国は微妙ですが」
「それは助かる」
国境の関所通行権は同盟国への牽制の意味でもあるが、ドワーフ国へ行きたいユウヒとしては、国王アイレウクに即日謁見できる権利よりずっと有用で、その反応の違いに宰相は少し悲しそうな表情を浮かべる。
自国の王が軽んじられたとなれば怒り出す臣下は多いだろう、しかしそこまで妄信的でも無ければ愚かでもない宰相は、目の前の魔法使いの性格に対する理解を深めながら説明を続けた。
「……それからこちらが古戦場での自由土地権利書と建築許可証です」
「これで好きな場所に建築物を作れるわけですね」
「古戦場に限りですが、あそこは国の管理区域ですのでこの許可証だけで可能です。とは言え常識の範囲でお願いしたいところですけどね」
「常識か、そんな大きな物にはならない筈だから、たぶん大丈夫」
常識の範囲と言われてサイズ感を思い浮かべるユウヒに、苦笑いを浮かべる宰相は自嘲するように息を吐く。
そもそも人の理から外れた場所で生きる魔法使いに対して、常識を語る愚かさと言うのは彼自身よく知っている。なぜなら、トルソラリス王国に所属している魔法使いと言うのは、学園を始め少数であるが居るのだ。その誰もが人と言う世界で捉えた時に必ず異常性が見えてくる。
しかしそれはその時異常として見えても、時間を置き全体として見た時に不思議と調和してしまう。それが魔法使い、故に今回のユウヒの願いも周り回ってトルソラリス王国の安定に繋がると宰相も考えている。そう言う意味では、国が管理する古戦場と言う土地の利用と言う要求はそれほど悪いものではなかった。
「探しても構わないと言う話でしたが? よろしいのですよね?」
万が一これが反王家派の貴族領であれば、王国側の進入を拒まれる可能性が高かった。最悪ユウヒの要求を拒否した可能性もあるのだ。後日探しても良いと言う言質をとれるだけでも随分と安心感がある。
「精霊が許可すれば普通に来れるんじゃないかな」
「……魔法使いたちが騒ぐわけですね」
ユウヒの返答に確信めいた表情で頷く宰相、実は昨日ユウヒとの会談後、国に所属する魔法使いが同じタイミングで王宮に現れ、まったく同じ要求をしてきたのだ。それが古戦場への立ち入り許可、しかもそれは今すぐではなくて良いと言う。
それに対して宰相は魔法使いたちに問いかけた。それは近々古戦場に建てられる建築物が目的なのかと、その質問に対して魔法使いたちの反応は劇的で、しかしそれぞれに何とも言い辛そうな、どこか確信が持てないが明らかに古戦場で何かがあると言いたげな雰囲気、精霊絡みの要望や話などでよく見る表情だったのだ。
何か精霊にとって特別なイベントが古戦場で起きるであろう事を理解し、その手伝いをユウヒが行うのであろうと認識した宰相であるが、後日ブレンブから聖地の件について聞かされ、眩暈で頭を抱えることになる。
「え?」
「いえ、以上が報酬となります。あとこちらは旅の食料にと、王妃様からの贈り物です」
「食料?」
そんな後日の医務室送りが確約されている宰相は、自らの呟きを誤魔化す様に笑みを浮かべると、机の上に置かれた絹の袋について触れ、それが顔も見たことが無い王妃、実質トルソラリス王国で一番偉い人間からの贈り物と言う事に驚くユウヒ。
アイレウクがこの場に居ないことから、嫌われているものと考えていたユウヒにとっては思わぬ相手からの贈り物であり、何とも不安になる話だ。
「王妃も本来ならこの場に来てお礼を言いたかったそうなのですが、折檻、いやお小言? まぁそんな感じで忙しく、目を放せばまた王が何かするだろうからと、せめて礼の品だけでもと言う事で、すべて日持ちする干し物と言う事です」
「凄く助かる! お礼は必要かな?」
しかしユウヒが心配する様な事は無く、純粋にお礼の印である。なんだったらこれから長旅に出るユウヒにとっては一番うれしく、これまでで一番の食い付きに宰相は何とも言えない表情を浮かべるも、ユウヒから王妃への印象が良くなったことにほっと息を吐く。
さらにユウヒからお礼と言う言葉を引き出せたことには目を輝かせ、彼は一つの懸念事項を解消するためのお願いを口にする。
「では一つ……」
それはたった一度でいくつかの問題が解消される願いであり、彼自身も興味がある事についてで、そのお願いを聞かされたユウヒは、キョトンとした表情を浮かべると、そんな事でいいのかと眉を顰めて首を傾げるのであった。
いかがでしたでしょうか?
嵩張らない様にとは言ったが、価値が低いとは言っていない。そんな内容のお礼のお礼は果たして……。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー