第113話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「……」
「…………」
「んん?」
シノレアの部屋を後にしたユウヒがリステラン伯爵邸に戻れば丁度夕食時、日本より少し早く感じる夕食の時間が終われば、ここ最近恒例となった食後のティータイム。雑談を交えながら香ばしい香りのお茶を楽しむ時間なのだが、妙な緊張感にユウヒは小首を傾げる。
「本当に行くのか?」
顔を上げれば何も話さずじっと見つめてくるブレンブとイトベティエの二人。不思議そうな表情を浮かべればブレンブが口を開くが、流石に勘が良いユウヒでもそれだけでは何を聞きたいのか分からない。
と言うより、ユウヒが何も気にしなさ過ぎて気が付かないと言うのが正しいだろう。
「どこに?」
「古戦場です。ドワーフ国にあの地を通って行くと聞きました」
「あぁうん、用事もあるので?」
不思議そうに問い返せば返ってくる古戦場と言う言葉、シノレアからも問われたことを思い出すと、ユウヒは古戦場の状況について再認識した方が良いのかと不安になるが、不安になっても古戦場に行くと言う予定は変わらない。
なぜならそれは彼の主目的である、どこにあるか分からないが世界を揺るがす危険のある何かを探す一助になるからだ。正確には精霊による地域の安定化の促進によってアミールと連絡をとる為であり、流石に長くアミールと連絡をとれない状況と言うのは、ユウヒでも多少不安にもなる。
「言っていたな、どんな理由があってあんな願いを?」
「願いですか? どんな?」
「う、うむ……言っても良いか?」
「え? うん、いいけど?」
国王との会談でどんな話がされたか詳しい事はまだ聞かされていないらしいイトベティエ、それはユウヒの許可が必要だろうと考えたからであるが、当のユウヒは特になにも気にした様子が無く、若干の肩透かしを食らうブレンブ。
褒賞金の減額とセットで頼んだ願いの内容があまりに突飛であったがために黙っていたブレンブは、ユウヒにジト目を向けると、隣に座るイトベティエに目を向け話始める。
「ユウヒは陛下にあの古戦場の土地が欲しいと言ったのだ。詳しい話はあえて聞かれなかった陛下は了承したが、それとなく釘を刺されてな」
「は?」
褒賞金の減額でもちょっと何言ってるのか分からないと言った様子だったアイレウク達であるが、さらに可笑しな内容のお願いには思わず閉口、しかし理由まで話さないユウヒの姿から何か特別な理由があるのだろうと、詳しい話を催促せずに国王はその願いを了承した。
特に拒むことなく了承した理由には、古戦場と言われる土地に利用価値が無い事も起因する。一日で渡れぬほど広大な荒野、土地はあれど大地は枯れ、草木一本生えぬ地は夜になれば死霊が彷徨う不毛の大地。かつて何度となく戦争の舞台となった場所は、そもそも利用価値が無い事で戦争に利用された歴史がある。
「あそこにちょっと建てたい建物があって、王様にも言ったけど壊さないなら見に来てもいいよ」
そんな場所でやりたい事があると言う話はアイレウクにも伝えており、その詳しい話を聞いておくよう遠回しに釘を刺されたブレンブは、ユウヒの言葉に耳を疑う。
当初は濁された言葉からまた魔道具でも設置するのかと思ていると建物を建てると言い出すのだ。もし建物を簡単に建てられるのであれば、国がすでに何かしらの施設、いや要塞の一つでも建てているところだ。しかし古戦場には石と砂があるだけで何も建てられていない。
それは単純に環境が悪い事の他に、兵士が守る前線基地ですら死霊によって建材が腐り朽ち、いずれ早いうちに砂や木屑に変わってしまうのだ。それ故に何も建物が存在しない場所に、いったい何をどう建てようと言うのか、ブレンブとイトベティエは真剣な表情でユウヒを見詰めた。
「何を建てるつもりなのだ」
「うーん、それは見てもらった方が早いと言うか、言いふらしてほしくないと言うか、まぁ言いふらしたところで精霊がどう出るか分からないけど」
<……!>
「精霊絡みか」
テーブルの上で寝転がる様に揺れていたのは光の精霊、今日の当番であるらしい彼女は、自分たちが呼ばれたと思ったのか勢い良く浮き上がり、どうやら呼ばれたわけじゃないと理解すると、呟くブレンブに小首を傾げる様に瞬きユウヒの頭の上に降り立つ。
「聞くのが怖いですわね」
「なんと言うか、教会ってのが聖域を占領していて精霊が真面に利用できないから、新しいの作ってあげようと思って」
「「…………?」」
ユウヒが建てたいのは、彼が以前精霊と話していた通り聖域である。すでに一個スタールの森に作ってしまったので開き直った節があるユウヒの言葉に、ブレンブとイトベティエは目を見開いたまま固まり、その目は脳裏に宇宙を感じていそうな色をしていた。
先ず常人には理解できないであろう。貴族である二人は、聖域と言う言葉に関する一般的な常識は持ち合わせており、国内にもそう呼ばれる場所がある事も知っている。しかしそれを作ると言う言葉を聞いても、聖域と作ると言う言葉が連結せず混乱しているようだ。
「場所としては古戦場? て言う荒野が精霊的にベストらしいんだけど、なんか他にも色々大変な事になってるからついでに解決してほしいとかなんとかね。あ、精霊がね?」
<!>
<♪>
<!!>
<……♡>
「……これが魔法使いか」
あまりに非常識で、あまりに超然的な言動に眩暈を感じるブレンブは、腹に力を籠めて絞り出すように呟く。精霊がそう言ったから、だから真面に人が存在できない場所に建物(聖域)を建築します。まるで父の言葉を妄信する幼子のような返答を前にして、眩暈を覚えないトルソラリス王国民は居ないだろう。
それほどまでに過酷な地域である古戦場、周囲から集まって来た精霊の歓声に溜息を吐きながらお茶に口を付け、琥珀色の水面からふわりと沸き立つ香ばしい香りに頬を緩めるユウヒの表情には、深刻さの欠片もない。
ブレンブは頭を抱えた。
「本当に大丈夫なのですか? あの地の状況は分かっていますか?」
「あー、精霊からはある程度」
「大量の死霊が街道を彷徨っていると言う事は?」
「何か良く無い物が噴き出してスケルトンがたくさん居るとは聞いてますね」
ユウヒの知識は国王からの問いかけにあった内容と、シノレアから聞いたことが少し、その内容を精霊に確認した返事と言う何ともおぼろげな内容しか知らない。それも精霊が大丈夫だろうと言うので、ユウヒ自身そこまで心配はしていない。
精霊は嘘をつかず、そしてユウヒに対して過保護な傾向がある。そう言った思いを感じ取っているユウヒは、彼女達がどこかずれていても基本的に信用しているのだ。故に今回も何とかなるとは思っている。なんだったら可笑しなことになっていると言う古戦場にこそ、危険物があるかもとすら考えていた。
「そのスケルトンがどれも、中堅冒険者や上級兵士や騎士ほどの強さだと言う事は?」
「そんなことも聞いたような? 精霊曰く、割と強いとは言ってますけど」
<!>
そんな古戦場に現れる死霊はどれも一騎当千とまでは言わないものの強敵揃い、しかしそこは精霊と人と言う種族故の違いか、それとも彼女達がユウヒを基準にしているのか、それなりに強そうだが脅威となるほどではないと言う見解を示し、今も頭上で自信ありげに瞬いている。
「軍が討伐に出ても手に負えないのですよ?」
「減らない感じなんですよね?」
「ええそうです。何でも一晩で元に戻るとか」
心配そうなイトベティエに目を向けたユウヒは、何でもないかのように返答するが、無限に湧き出る死霊など悪夢以外のなにものでもない。それを知っていても尚、とくに変わった様子も無く話す姿は、周囲の方が不安になる。
いくら魔法使いが驚異的な力を持っていると言っても限界があると言うもので、しかしそれはユウヒの事をよく知らない人間の想像の限界とも言えた。これがユウヒを中心としたパーティであれば、まだ彼らも多少は納得するところであるが、ユウヒはぼっちである。旅の仲間はバイクに精霊、荒野を吹く風が子守唄を地で行くユウヒを心配しないと言うのは、ユウヒを理解し始めた彼等にも無理なようだ。
「昼間ならまだしも、いくら移動手段が優れた遺物と言ってもあそこを一日で渡り切るのは不可能なんだぞ?」
「ええ、かなり広い荒野みたいですね」
「……はぁ」
特に古戦場と言うのは異常なほど広い、それはユウヒのバイクをもってしても一日や二日程度では横断できない。
死霊が急激に増える以前も、古戦場の街道は最短距離でも馬車で一週間以上かかる難所であり、複数の冒険者が商隊の護衛に着き、必ず夜間は複数の冒険者達で商隊の馬車を守る必要がある。それを一人、しかも今は原因不明の死霊大量発生が起きており、その危険度はブレンブの知る古戦場の比ではなくなっているのだ。
「何とかなりますよ、精霊も大丈夫だと言ってますし」
「……せめて」
「ん?」
「手紙を書いて送ってくれ、冒険者組合なり商工組合なりに頼めば届く」
何を言っても無駄だと理解した夫妻は、互いに顔を見合わせると何も言わずにお互いが考えてる事を理解した様に頷き合い、険しい表情で手紙を出す様に求める。
ドワーフ国に直接繋がる街道が全て真面に機能していないからと言って、ドワーフ国との間で連絡が取れなくなっているわけではない。国交の開かれた国同士、緊急時の為にも電話の様な魔道具もあれば、手紙などは、遠回りとなる空路でも重量が比較的軽いこともあって思いのほか早く届く。
特に貴族宛の手紙と言うのは、その重要性によっては受け取り時に貴族からチップが出ることもあり、商人は最優先でその手紙を届けることになる。また紛失したのが判明しようものなら、関わったすべての人間に被害が及ぶため、各組合で丁重に扱われることが多い。
「ここに届くように言えばいい?」
「うむ、送り出した魔法使いに何かあれば何と言われるか」
そんな手紙は貴族宛であれば、どこの国の貴族か伝えるだけで組合が手配してくれる為、日本で手紙を出すより簡単である。なんだったらその場で書き板に走り書きした様なものでも各組合は対応して見せるが、その分料金の内容が変わるのは否めない。
郵便物専門の組合もあれば、冒険者組合だろうと商工組合だろうと関係なく同じような対応が出来るのは、それだけ砂の海と言う地域にとって手紙と言うものが重要な連絡手段であることを意味していた。
「無事だと分かればいいんだよね?」
「頼む」
ユウヒに万が一の事があれば、王族に反発する貴族の派閥は恰好の攻撃材料を得ることになる。それはユウヒの世話を一手に引き受けたリステラン伯爵家にも深刻なダメージを与えることになる為、ユウヒに念を押すブレンブの顔は真剣そのものだ。
なんだったら、ユウヒが最初にお世話になったサルベリス公爵家にも影響する可能性もあるのだと、血の気の悪くなった顔で念を押すブレンブに若干引き気味のユウヒはその後、部屋に戻りそこで精霊からブレンブたちの必死さ具合について聞くと、バッグの中に入れていた書き板に「ドワーフ国に着いたら手紙を出す」と言うメモをしっかり書き込むのであった。
いかがでしたでしょうか?
メモは大事、大事だけどそのメモを書いたことを忘れたら意味がない。よくありますよね。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




