第112話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
宝玉と言う魔道具に関する説明と、それによって引き起こされる災害について説明を終えたユウヒが、そのままハルシャリラと話し始めてから2時間後、彼はまだ王宮内に居た。
時間はすでに昼も過ぎた時間、太陽の当たらなくなった壁の窓から賑やかな声が聞こえてくる。
「さあさあ奥までずずいっと! はいいらっしゃい! その辺に座ってくれてかまわないよ、それにしてもまさかまた会えるとは思わなかったよ」
「オアシスで会った……シノレアさんでしたっけ?」
勢いよく部屋の扉を開けると、そのままユウヒの腕を引っ張り自室の奥へと案内するのは、干上がったオアシスの休憩所でユウヒと出会ったシノレアと言う女性であった。ただの色気要員として第二開発室の老人達に呼ばれた彼女は、その時感じた不満などすっかり忘れているようだ。
ユウヒを部屋の奥に引っ張り込んで、少し埃っぽいソファに座るように勧めた彼女は、影に入った窓を勢いよく開くと、ユウヒの言葉にパッと振り向いて嬉しそうな笑みを浮かべる。
「覚えててくれたか! そうそのシノレアだよ! いやぁまたお話したいと思っていたんだよ」
「はぁ」
ユウヒはゆっくりソファに腰を下ろしながら目の前の女性を見詰め目を瞬かせた。
その理由は今のシノレアの格好である。以前オアシスで出会った彼女は、野暮ったい旅装と頭の先から足首辺りまである砂っぽい外套を纏っていたが、今は貴族の淑女然としたドレス姿であった。それは黙って立っていればお姫様にしか見えない可憐な姿であり、話す姿とのギャップでユウヒを混乱させるには十分な刺激である。
「むむ、あまり乗り気ではないかな? いやいやいやそれも仕方ない。すまないね、まだ帰って来たばかりで掃除が行き届かない埃っぽい部屋のままなんだ、窓を開ければまぁ少しはましだろう、どうだねここは良く風が通る部屋なんだ!」
そんな混乱するユウヒの姿に小首を傾げるシノレアは、部屋の空気の所為だろうと窓を次々と開いて行く。
彼女の住む部屋はとても広くその割に部屋を彩る様な調度品が少ないが、何もないわけではなく、壁にはずらりと背の高い木製の棚が並べられており、棚には石やら羊皮紙やら書き板が積み上げられている。それは居住する為の部屋と言うより資料室と言った方がふさわしい光景であった。
「お城に住んでるんですね……」
「まぁ……これでも王家に近しいと言えば近しい間柄だからね」
「え?」
そんな彼女の部屋は王宮でも奥まった場所に存在するのだが、それは彼女の出自に関係している故の配置であるらしく、ユウヒの問いかけに視線を彷徨わせる彼女は、ユウヒをじーっと見詰めたかと思うと軽い調子と苦笑気味な表情でその事に触れる。
「今の王様はおじさんなんだよ、ほらそういう関係って色々あってさ、その所為で両親は空の上、王妃様が危ないからここに住みなさいってね」
「それは、なんかすまない」
「気にしないでくれよ、私もなんで話したんだろうね。死者蘇生の魔法なんてないよね?」
驚くユウヒの顔を見て何を感じたのか、簡単かつ変わらず軽い調子で割と重い話を始めるシノレア。現国王が叔父であり、その関係によって両親が空に旅立ったと聞かされればあまり明るい話ではないだろう。その想像は正しく、ユウヒの申し訳なさそうな表情にシノレアは微笑む。
もう過ぎた話として一通りのケリが付いているのであろう事は、彼女の言動を見れば理解出来る。しかしお道化たような問いかけの中には、諦めきれない彼女の心の色が垣間見え、外からの反射で陰ったシノレアの顔を見上げるユウヒは、少し真剣な表情を浮かべた。
「死者蘇生か……」
「あるの!?」
「あぁいや、考えたことが無かったなと」
ユウヒの返事に少し期待していたのかシノレアは感情を抑えるように笑う。
誰だって死者蘇生なんてものはないと思いつつも、いざ大事な人の死を体験すれば想像してしまうもの、それは彼女も同じであり、ユウヒも同様である。しかし魔法が使えるようになってからこれまで、その死者蘇生を考えてこなかったユウヒは、改めてそれが可能なのか頭を巡らせていた。
可能か不可能かで言えば限定的には可能じゃないかと考えるユウヒは、だからと言ってシノレアの願いを叶えることは出来ないだろうと、不用意に開かないようにと唇に力を籠める。
余計な期待をさせられない、そんな心の壁を一枚張り直したユウヒ。そんな彼がどうして苦手そうなタイプの女性の部屋までほいほいと付いてきたのか、その理由は彼女が埃を払いながら漁る棚にあった。
「そりゃまぁ確かにそうか、普通は考えないよね……お! あったあった! これがドワーフ国の地質資料だよ」
「なるべく頑丈な金属が欲しくて、どんなのがあるかな」
ドワーフ国の地質調査資料、それはシノレアの専門とするところであるが故に保管されている他国の情報、ドワーフ国が保有する情報に比べれば少なくても、今後の方針にするには十分な情報の塊である。
その情報を餌に、シノレアはユウヒをここまで連れて来たのだ。精霊に聞けばわかるかもしれないそれらの情報であるが、精霊に人の求める情報を的確に選び伝える能力はない。もしユウヒが聞いたとしても、返ってくるのは土の精霊による思いついた先から話されるまとまりのない騒音であろう。
「どんなか、まぁパッフェビュッフェに行けば何でも揃ってると思うけど、安く手に入れたいなら商人より採掘組合とかに直接行って聞いてみるのが良いかな? 私のお勧めは中央街道辺りの東鉱山かな?」
「ぱっふぇびゅっふぇ?」
「知らない? ドワーフの首都みたいなもんかな? あいつらほとんど街とか村とか作らなくてさ、あっても休憩所に毛が生えた程度の村しかないんだ」
「ほん?」
早口で話される内容に笑みを浮かべたまま首を傾げるユウヒ。どうやらその早口の内容を咀嚼しているようだ。
ドワーフ国と言うのは明確に国として機能しているかと言うと微妙なところであり、国として対応しないといけなくなったので、仕方なく体制を繕う様に偉いドワーフ達が集まって作った国もどきである。流れで議会制のようになっているが、その内情は混沌としており、しかし元々ドワーフには身を寄せ合う性質がある関係上、議会制はうまく行っている。
その結果生まれたのがいくつもの集落が集まって生まれた街であり、便宜上首都として扱われているが、実際は真面な街がそこしかないだけだ。しかしその街の設計はドワーフによる僕が考えた最強の街造りであり、混沌としつつも他国に負けない立派な街であり城であり要塞となっている。
「その代わりパッフェビュッフェは大きいんだよ、一日二日じゃ街を回れもしないよ、中央通りは馬鹿みたいに広いし、街の中を奥まで移動するのにも馬車は当り前さ」
「へぇ……」
頑固で凝り性で熱したまま冷えもしないを地で行くドワーフの首都であるパッフェビュッフェは、とにかく広い。トルソラリス王国の城と王都なんか複数入りそうなくらい広い街の略図が描かれた羊皮紙を渡されるユウヒは、全く想像が出来て無いのか首を傾げる。
正確な首都の地図なんてものはドワーフ国にだって存在しないくらいに混沌としたパッフェビュッフェ、略図だけでその全貌を理解出来たら苦労はしない。毎日どこかで迷子の大人が発生する街の事を考えるのを放棄したユウヒは、そっとその略図を置いておすすめ鉱山リストに手を伸ばす。
その切り替えは正解だったのか、街道と鉱山の位置関係や、産出されるであろう鉱石の種類を確認していくユウヒの姿に微笑むシノレアは、ソファと共に置かれた大きな机を離れると、いつの間にか沸かしていたお湯でお茶を淹れ始める。その所作は実に手慣れたものだ。
「はいどうぞ、でもどうやってドワーフ国まで行く気だい?」
「ありが……どうやって?」
そんなシノレアの様子など気にせず資料を読みふけるユウヒは、目の前に置かれた湯気を上げるカップに顔を上げると、お礼を口にしつつキョトンとした表情を浮かべる。
「行くって言っても、ドワーフとの交易路はほとんど潰れて今はどこの商会も真面に取引してないんだ。商人が駄目だってあきらめてるんだから旅人だって無理だろ? まぁ今のトルソラリス王国は国内も真面に流通が機能してないけどさ」
ユウヒが王都に来ても真面な素材に出会えなかったのはいくつか理由があるが、最も大きな理由は、鉱石や金属素材の輸入元であるドワーフ国との交易路が使えなくなっているからである。
トルソラリス王国の主要生産物に鉱石や金属素材と言うものはない為、ドワーフ国との取引は必須であり、国もその対応に走り回っていたところへの水害。そんな泣き面に蜂な状況で真面に使える交易ルートがあれば、誰しも使うがそんな噂も聞かないと小首を傾げるシノレアに、ユウヒは同じように首を傾げる。
何故なら彼は精霊との相談でルートを決めている為、ドワーフとの間の街道が使えないと考えていなかったのだ。しかし、その話を聞いている精霊も良くわからないと言った様子で瞬いているのだから、ユウヒは小首を傾げるしかない。
「えーっと、ここから東の荒野を真っ直ぐ行くつもり」
「はあ!? 無茶するね……」
そんなユウヒの計画は、お茶を吹き出しそうになるくらいには無茶な計画だったらしく、机に小ぶりなお尻を半分のせて座っていたシノレアは、カップから床へ零れるお茶も気にせずユウヒをまじまじと見下ろす。見詰められるユウヒも彼女の顔を見つめ返し、驚いた様に目を瞬かせる。
だがユウヒの計画上どうしても荒野を通らなければならない。それは聖域を作るのに都合がいい場所が荒野、トルソラリス王国にいくつか存在する古戦場と言う地域にあるのだと精霊が言うからだ。
ある意味それほど聖域の設置に合っていないスタールの森に聖域を作ってしまう辺り、どこにでも作れそうなものであるが、そこは精霊ファーストと考えたユウヒ、場所も深く考えず彼女達任せである。
「いや、荒野にも用事があるから」
「古戦場に?」
「うん」
「死霊がわんさか現れてる場所に?」
正気を疑うような表情で問いかけるシノレアが言うように、現在古戦場と呼ばれる荒野には大量の死霊が彷徨っていた。その所為で、良く整備されてドワーフ国とも近い主要な街道が現在は半封鎖状態となっている。
半分だけ封鎖と言うのは、荒野の先に国境砦があるので国も正式に封鎖自体はしていないだけなのだが、物理的に危険すぎて通れないと言う状態である為、便宜上半封鎖と言う事にしているのだ。
要は、通るのは構わないけど、何が起きても国は補助も補償もしないよ、自己責任でお願いね? と言う事である。各組合も余計な負債を負いたくないので、この国の決定に対して右に倣えなのだ。
「あぁ王様にも言われた」
それはユウヒも理解している。理解している上でこの反応なのだから問いかけるシノレアも思わず顔を顰めてしまう。
「冒険者が束になっても、魔法士が派遣されても結局なんの成果無く逃げ帰ってきたあの古戦場に?」
「うん、まぁ何とかなるでしょ」
すでに古戦場の死霊問題に関しては、様々な人々が解決に動いて尽く失敗にいたっている。
最初に動いたのは報酬と名誉に浮かされた冒険者達、彼等は周到に用意を行い12パーティ90名で挑み、十日ほど古戦場の街道で奮戦するも撤退し、30名の怪我人を引き摺り帰って来た。
次に挑んだのは1000人規模の王国兵、この派兵により持ち帰られた情報を元に、第二陣として1万人規模の騎士団と魔法士団が投入されるも失敗し、予算などの問題から現在古戦場の浄化作戦は凍結されている。
「…………これが魔法使いか」
その辺りの話も国王と宰相から聞かされているユウヒであるが、精霊に問えば全員一致で大丈夫との事、ならば躊躇する理由は無く。一般人にとって理不尽の権化でもある魔法使いと言うものをまざまざと見せつけられたシノレアは、好奇心で触った急須で火傷した時のような、どこに向けて良いかわからない感情を持て余すだった。
「???」
それから小一時間、資料を見ては考え込むユウヒを見詰めるシノレアは、それまでとは少し違う感情でユウヒを見詰める。
その感情が何なのか、ほんのちょっとの交流では理解することが出来ず、悶々としたまま知ったのは叔父からとある提案がユウヒにされていた事実。その提案の経緯を宰相から聞いてシノレアが感情を爆発させたことはどうでも良い話であり、その怒りに任せて国王に腹パンしたのもどうでも良い話である。
シノレア、彼女はアイレウク王の血筋で唯一独身の姫であった。
いかがでしたでしょうか?
シノレアのフラグは立ったのか折れたのか、それは誰にもわからない。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




