第110話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
ゴージャスと言うよりはシック、しかし調度品一つ一つは明らかに高級品の気配が漂う室内で、ユウヒはソファーに浅く座っていた。その前には柔らかいソファーに深く大股開きで座る男。
「改めて自己紹介と行こうではないか魔法使い殿」
「えーっと、ユウヒです。魔法使いらしいです」
豪快が服を着て歩いているような男くさい笑みを浮かべている男性、本当にこの国の国王なのかと若干怪しく思いもするユウヒであるが、その目には彼が王である証拠がいくつか映っている。
ただユウヒ自身も、自分が魔法使いを名乗って良いのか未だに自信が持てないところがある所為で変な自己紹介になってしまう。
「ん? いや、そうだな。私はこの国の王、アイレウク・トール・ソラリス。王と言っても王妃の尻に敷かれているがな!」
「しり……」
「……」
尻に敷かれていると言われキョトンとするユウヒは、その視線が自然とアイレウクの後ろに立って控える宰相に向かい、目を逸らされると目を瞬かせて隣のブレンブに目を向け、やっぱり視線を逸らされる。
「安心しろブレンブ、密偵は誰も居らぬ」
「それはそれで問題の様な気もしますが……」
聞かれて不味い人間はいないから大丈夫だと笑って話すアイレウクに、呆れて肩を落とすブレンブ。密偵が居ないと言う事は、それだけ国王の身辺警護の人数が少ないと言う事であり、最初に居た兵士も通路に出てしまっている現状において、普通なら密偵が居ないことを告げるのは危険しかない。
それだけユウヒと言う魔法使いを信じているとも言えるし、魔法使い相手に隠し事など出来ないと考えているとも言える。しかしその実は密偵に聞かれては不味い話も出来るからという理由であるが、何となくユウヒはその辺を察しており、部屋から遠く離れた場所、窓の向こうに潜む気配を見詰めた。
「ユウヒ殿はこの国についてあまり詳しく無い様だな」
「ええまぁ、この国の人間ではないですから」
尻に敷かれている発言に視線を彷徨わせている姿を見て笑うアイレウクの言葉に頷くユウヒは、当然だと言った様子で返事を返す。
「うむうむ、元々この国は女王がトップだったのだ。それを私の妻は嫌がってな? 無理やり私をトップにして好き放題、今頃また私へのプレゼント探しでもしているのであろう。連絡がつかなんだ……」
「はぁ?」
謎のノロケを始めた国王を前にユウヒは思わず素が洩れる。
トルソラリス王国は元々二つの国であり、女王の国に隣国の王が婿入りする形で一つになった事で代々女王が国のトップとして君臨。女王が国のトップならば当然、貴族なども女性優位の家が多くなる。
一方で一般人の家ではそうはならず、家庭の大黒柱は何時も男達で、しかし気の強い女性が多かったのも事実。そんな流れが変わり始めたのは先代女王の頃からで、その娘である現女王が完全に国のトップを夫に移譲したのである。その頃には先代からの動きもあって特に混乱も無く、緩やかな変化は貴族にも浸透しているが、男達の気遣いは昔からあまり変わっていない。
「陛下は婿入りなのだ。元々トルソラリス王国は女系の家が多くてな、古い家は今もそうだ。私もそうだが、ユウヒ殿の隣のブレンブも同様なのだ。イトベティエが先代女王を見習うと言ってな……」
「うむ、同じ苦労を知るブレンブは臣であると同時に友でもある。ユウヒ殿もわが友になってくれぬか?」
宰相の説明を受けてユウヒは静かに隣に目を向け、またも目を逸らされたことに肩を竦める。
全体で見れば混乱はなくとも、国を自由に動かせる力は受け渡されたアイレウクの心情はどれだけ荒れたか、宰相もまた国王と同じ様な身の上の様で、過去を思い出すような彼の顔には疲れが見えた。荒事を専門としている役割は男の責任者が多いのだが、文官は女性が多いのがトルソラリス王国、そのトップである宰相ともなれば気苦労も多いのだろう。
だが残念な事に、宰相やブレンブと違ってユウヒはトルソラリス王国の民でもないし、年齢イコールな独り身である。国王の友になれそうな条件は何一つ揃っていない。
ユウヒは心で涙する。
「なるほど、でも私は独り身なのでその仲には入れませんよ」
「なんと、それはいけない。そうだな家の血筋の姫などいかがか? 一人活きの良いのが居ってな」
「陛下!」
ユウヒの言葉に勢いよく立ち上がるアイレウクの頭が、宰相の手によって捕まれる。不敬罪も良い所なのだが、国王は大人しく抑えつけられソファーに着席した。止めなければユウヒに飛び掛かっていただろうと溜息を洩らす宰相は、無言で小さく頭を下げ、その姿にユウヒは苦笑いを浮かべた。
何故ならアイレウクの言葉を聞いた瞬間背筋に冷たい物が通り過ぎたのだ。それは危険の知らせであると直感的に理解したユウヒは、しかしその原因が全く分からず困惑するのであった。
「冗談ではないのだが……強い魔法使いと血縁になれば楽しそうだと思ったのだ」
アイレウクも冗談で縁談の話を持ち出したわけではないし、宰相が止めたのも性急に過ぎたからであって、段取りを踏むのであればユウヒに縁談を持ちかけるのもやぶさかではない。例え過去にいくつもの問題の中心となって来たとは言っても、強力な力を持つ魔法使いを囲い込むこと、それは扱いさえ間違えなければ確実に国の為になるからだ。
しかし魔法使いが危険なのも事実。
「お断りします。なんでか知らないですけど、その提案に乗ると世界が滅びそうな気がするので」
「世界が滅ぶか、なるほど強い魔法使いとなるとその可能性もあるのか……」
魔法使い自身が国を滅ぼさなくても、周囲の取り巻きがどう動くかは全くの未知数、ユウヒの言葉に難しい表情を浮かべるアイレウクは、実際に事例を知っているのか納得した様に頷くと宰相に視線を向けて首を横に振った。
「冗談だろ?」
一方でブレンブは信じられないと言った様子で周囲を見回すと、確認するようにユウヒに目を向け問いかけるが、
「さぁ? 勘なので」
当の本人は勘だと言って肩を竦めると虚空に目を向ける。
≪…………≫
そこでは精霊達が団子になって話をしており、ユウヒの視線に気が付くと、否定はできないと言った様子で瞬き、ジト目を向けられると目を逸らす様に周囲に散っていく。
そう長くない会談が終わった部屋の中で、窓の外を眺めるアイレウクは宰相に問いかける。
「……して、どうであった?」
「魔法使いで間違いないかと、あれで魔法使いでないと言うなら、もう人ではありますまい」
青を基調にしたシックなキャビネットを開いていた宰相はユウヒの事を魔法使いで間違いないと話す。彼の手元には何かの機械の一部が握られており、キャビネットの中にはもっと大きな装置が入れられていた。
それはユウヒの魔道具を調べた機器にも似た装置であるが、どうやらその機械を用いることで魔法使いの判別が出来るようだ。正確には対象の魔力などを調べる物で、宰相は小さな声で「もうだめだな」と呟き手に持った黒ずんだ機械の一部をポケットの中に仕舞い、同じ形の透明なガラス玉を機械に取り付ける。
「神か」
「そう言われても、これでは私に否定する材料はございませんな」
部品を取り付けながら話をする宰相は、アイレウクの言葉を苦笑気味な声で肯定しキャビネットの戸を閉めた。砂の海で神とは精霊と同様に特別な意味がある為、早々口に出てくる言葉ではないのだが、ユウヒの存在はその言葉を軽くするには十分な人間だったようだ。
「うむ、血筋の姫では駄目であったか……かと言って我が子は皆男ばかり。もう少し励むべきだったな」
逃がした魚は大きいと言った表情で顔を顰めて呟くアイレウク。婚姻を結ぶうえで最も強固な縁は自らの娘との縁談であるが、彼には男子の子供しか居らず、その事を悔やむが、トルソラリス王国は女系が多いので、女の子を産まない家庭と言うのはそれほど珍しくも無い話だ。
「王妃もお喜びになるでしょう」
「勘弁してくれ、これ以上彼女の体に無理はさせられまい」
王妃との子であれば特に大きな意味があるが、トルソラリス王国の女王は今から子供を生めるほど健康では無い様だ。
そもそも、今から励んで生まれた子供とユウヒが結婚なんて事はありえないが、貴族や王家ではそのありえないが、ありえてしまうので恐ろしい所である。故に宰相として提案をしないわけにはいかない。
「……では妾」
国王であるアイレウクには本妻である女王の他に妾を作る権利がある。その権利を用いれば今から子供を増やすことも可能であるのだが、そう提案する宰相の視線は横を向き国王を見ていない。一方でアイレウクの視線は宰相をロックオンしており、その目の種類は所謂ジト目と言うものだ。
「その場合死ぬのは私が先か、そそのかしたお主が先か、楽しみだのう?」
トルソラリス王国が女系の傾向が強かったのは、女性が様々な面で強かったからである。当然のその強いと言うものの中には独占欲もあるわけで、権力欲と言うものが薄い現女王であるが、一方で夫と言う対象への独占欲は凄まじく、彼と仕事で付き合いが生まれる人間に女性をなるべく入れないほどには独占欲が強い。
「はっはっは……冗談になってませんな」
「ふははははは!!」
常に密偵を動かし、国王の周辺に女性の影が無いか監視する女王に、アイレウクが妾を作って子供を産ませるなどと言う情報が飛び込んで来ようものなら、冗談ではなく国がちょこっと傾く様な騒動に発展する可能性がある。それほどに独占欲が強い女王が生まれるのだから、トルソラリス王国と言う国が古くから女系の気質が強いと言う理由も頷けるであろう。
周辺で待機していた密偵か近付く部屋の中で、国を傾けかねない談笑がなされている頃、ユウヒはとある部屋の前に立っていた。
「……ここが説明会の部屋だ」
「お疲れみたいですが大丈夫です?」
「ユウヒ殿はよく平気だな」
疲れた様に息を吐くブレンブに見上げられ小首を傾げるユウヒは、目の前の両開きの扉に目を向け小さく息を吐く。
縁談がうまくいかなくても、ユウヒを国に取り込むための交渉は静かに、そして遠回しに行われ続け、それは遠回しとは言え誰にでもわかる内容であった。しかしその交渉は全てユウヒに拒否されたが故に、国王と宰相は国を傾けかねない妾なんて話にまで至っているのだ。
「俺はこの国の人間じゃないので、被害はほとんどないかなと?」
「それは、確かにそうだな……しかし相手は一国の王だぞ?」
ユウヒとアイレウク会談を傍で聞いていたブレンブは、ユウヒの言葉に思わず顔を顰める。
伯爵と言う貴族のブレンブであるが、彼もまた国王と同じく婿養子、伯爵と言う地位も妻から譲られたものであり、元は平民の商人だ。例え貴族らしい振る舞いが出来るようになって来てもその根底は平民のままであり、とても国王を前にして不敬罪ぎりぎりの会話など楽しめるわけがなく、そんな事を平然とやってのけたユウヒの隣に座っているだけで彼は疲れ切ったようだ。
だがユウヒ自身が言うようにトルソラリス王国の国民ではない彼に、アイレウクを敬う意味はなく、最低限のビジネスマナー程度の対応で何ら問題はない。それで国がユウヒの敵に回ったとて、異世界の住民である彼には何ら痛手とはならないだろう。
「俺は魔法使いですから」
ましてやユウヒは魔法使い、畏れられる相手を敵に回そうなどと言う国王もそうそう居ない。
「……余計に胃が痛くなるから勘弁してくれ。リステラン伯爵だ! 入るぞ!」
何も考えてなさそうなユウヒの言葉にお腹を押さえるブレンブは、その鬱憤を晴らす様に扉を強く叩くと声を上げ、その大きな声に扉の向こうからは荷物をひっくり返すような音による反応が返ってくる。
実はユウヒとブレンブが扉の前に到着した時から物音や声は聞こえており、その音の原因を探る為にも二人は扉の前で様子を見ていたのだ。
「おお!? もうしばしお待ちを!」
「今片付けを!」
そんな物音は、二人の予想した通りの大片付けで正解だったようで、ブレンブの声に扉の向こうからは慌てた声と激しくなる片付けの音が返ってくる。
「もう! 貴方達は、何時までも調べているからですよ! 急ぎなさい!」
「なら姫様も手伝って下され!?」
「私は客ですよ?」
ブレンブが声を掛けたことで一層慌ただしさが増す扉の向こうに顔を見合わせるブレンブとユウヒ、しかし女性の声に気が付いたブレンブは慌てて扉に目を向けると耳を澄ませ、顔を硬直させていく。
「説明を聞きに来たのでしょ!?」
「どちらかと言うと貴方達の監視よ」
「いやいやこれは、監視役としてこれ以上ない人選ですね」
しわがれた老人達の声の他に、艶のある女性の声が二つ聞こえてくる扉の向こう。その声の主が誰なのかブレンブには見当が付いたのか、頭を抱えると申し訳なさそうな表情をユウヒに向けた。
小首を傾げるユウヒに申し訳なさそうにしているブレンブの様子から、本来ここに居てもらっては困る人物なのか、もしくはなるべくなら居て欲しくはなかった人物の様で、彼はまたお腹を摩り始める。
「貴女は手伝わないの?」
「私は連れてこられただけですし? 第二室の人間ではないので」
「なんで連れて来たの?」
「そりゃお前、魔法使いは男なんだろ? 爺ばかりじゃ嫌じゃろに」
扉の向こうからは片付けの音に重なって下世話な話し声が聞こえて来た。
扉の向こうに女性は二人、片方は第二開発室の監視のために来たらしいが、もう一人に関しては無関係な第三者の様で、ブレンブは頭を押さえているがユウヒは何か気になる事でもあるのか首を傾げ、扉の向こうに消えていく精霊達を見詰めている。
どうやら精霊が自主的に善意半分興味半分な偵察に行ってくれているようだ。
「そうじゃそうじゃ、こやつも一応女じゃからの」
「……糞爺がよ」
「あぁ、だから今日はちゃんとしてるのね」
「んん! ……ユウヒ殿、出直すか?」
「うーん……そうだね、別に今日でなくてもいいわけだし」
下世話な話から喧嘩に発展しそうな室内の様子に、ブレンブは少し大きな声でユウヒに提案、ユウヒは精霊を待とうとも思ったが、喧嘩の仲裁なんて言う不毛な行為はごめんだと言った様子で眉を上げて頷く。
「ままま待って下され! すぐ! すぐに準備しますので」
「ん? この声は?」
ユウヒも少し大きな声で話すが、その声に扉の向こうは新たな反応を見せ、同時に何か荷物が崩れる音も聞こえる。
しかしそれよりもユウヒが気になったのは、扉から飛び出してくる精霊達、いつもより少し楽しそうな驚いたような、そんな様子で瞬く精霊に目を向けるユウヒは、彼女達のか細い声に耳を傾け、
<!>
「え? 中にオアシスの変な人が居た?」
その内容に思わず驚きの声を洩らすのであった。
いかがでしたでしょうか?
精霊は室内で変な人を見付けたようですね。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー