第108話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
王宮に併設された建物の一画、王宮とは違ってずいぶんと質素な造りの建物の奥には宮廷魔道具技師の第二開発室が存在する。室内には様々な機材が並べられており、その隙間を埋める様に丸められた羊皮紙が大量に積まれ、よくわからないガラクタを押さえ付けるように大きな書き板立て掛けてあった。
「これはすごい」
「ここの機材では深部までわからぬぞ」
そんな室内の中央には、明らかに無理やり作ったであろうスペースに置かれた巨大な機械を覗き込む老人達。
彼らは大きな機械の小さなガラス窓を覗き込んでは歓声を上げ、顔をその窓から離すと足元に置いている書き板を掴み、腰のインク壺から木のペンを抜いて何ごとか書き込んでいく。
「ええい第一室の連中め、奴らが機材を貸せばこうも苦労せぬだろうに」
邪魔な荷物を無理やり壁側に寄せ、大きな書き板で押さえ付けてまで作ったスペースに聳え立つ機械の中には複数の宝玉が置いてあり、それらはどれも綺麗にカットされている。
3メートルを超える大きさの機械を覗き込む老人の愚痴から、その調査用の機械は上等な物ではないのか、その証拠とばかり老人たちがハンドルを操作するたびに軋んだ音を奏でていた。
「やはりもっと細かく砕く必要があるな」
ガラス窓から顔を放して頭を掻く老人の愚痴に、他の窓を覗いていた老人達も顔を上げて唸りだす。
直径にして2メートルはある大きな機械を囲む老人たちは、その愚痴の発生源に目を向け、理解を示す様に頷くが、その直後ガラクタの一角が揺れて別の老人が顔を出す。その手に宝玉が握られており反対の手には大きく複雑なルーペを握っていた。
「馬鹿者、これ以上刻んだら元に戻せぬであろう」
どうやら分割された宝玉は調査が終われば元に戻される予定の様だが、これ以上小さく切り刻むと戻せなくなるようだ。いくら数があると言っても貴重な魔道具である宝玉を一つも無駄にしたくないと言った顔の老人に、他の老人は理解を示しつつも困った様に髭を撫でる。
「やはりもう少し新しい、いや大きい解析機器を作る事から始めねば」
「そんな金がどこにある」
新しくも無ければ適したサイズでもないらしい解析機器と呼ばれた大きな機械、それは高価なものなのか一人の老人の呟きに周囲の老人が被りを振って金がないという。
魔道具はトルソラリス王国の基盤とも言える道具である。だからと言ってすべての家庭に普及しているような道具でもない。そうなると需要も大きくならずその為の機材の供給も少なくなる。要は魔道具関連の機材は大概高価なのだ。
その中でも宮廷魔道具技師が求める機材など、一般人から呆れられる様なお金が必要になる。
「金が無ければ現地採取しかあるまい」
そもそも、現在はそれらの機械を作る材料すらない。だからこそ、嫌がらせを抜きにしても第一開発室の人間は機材を囲い込んで第二開発室に使わせないのである。
「それこそ馬鹿か、我らが言ったところで死んでしまうわ」
「あの似非魔技師め、なにが故障中だ。あれ一台で金貨何百枚すると思っておるのだ」
老人たちの年齢は一体幾つなのか、背の低さから子供のようにも見える者もいるがその顔には深い皺が刻まれ、とても外を出歩いてほしい物を採って来れる様な体力があるとは思えない。
ただ悪態を吐く元氣はあり余っているのか、第一開発室の人間の事を思い出して歯ぎしりする顔は真っ赤である。
あっちを見てもこっちを見ても老人ばかり、彼等は集中力が切れたのかペンを置き、書き板を置き、調査機器から離れて椅子に座り直すと、思い思いに悪態を吐き始めた。何人かは懐からキセルのような物を取り出すと、組み立てるとすぐに勢いよく吸って口と鼻から蒸気を吐き出す。
「今だと千枚はくだらんだろう。なにせ材料が入ってこない」
「ドワーフとの交易も止まったままだからな」
彼らの愚痴の原因の一つは物が入ってこないことによる物価高、主にドワーフ国からの物流が途絶えている様で、魔道具技師が欲しがりそうなものにダイレクトな被害を及ぼしている。
ユウヒが鉱石を購入する時に高いぞと言われたのは、何も高価な物だからと言うばかりではなく、ドワーフ国との交易の影響もあったのだ。そこに高くても気にせず買ってくれる人間が現れたとなれば、鉱石屋の店主じゃなくても商人なら誰でも気を回しただろう。
「東の古戦場か……地脈の乱れの所為だろうな」
そんな物価高の要因となっている交易が止まっている原因は、交易路に問題が発生したからである。
王都から東に進めばドワーフの国との国境となっている森林山脈が存在するが、その手前には古戦場と言う場所が存在した。古来より草木一本生えず巨大な岩と砂の荒野が広がるだけで何もない広大な土地、しかし最近になってその荒野に死霊が現れ始めたのだ。
その原因は地脈の乱れと言うところまでは分かっているが、地脈なんてものは人がどうこう出来る物ではなく、自然現象に近い。トルソラリス王国でも根本的な街道の安全改善にと地脈操作が検討されたが、あまりにコストが掛かり過ぎるとして見送られ、現在は国軍や冒険者による討伐が検討されている。
「地脈か、そう言えば地学が調べていたな。土産に魔石の一つも持って来てくれんものか、出来れば上級で中玉くらいがよいな」
国に大きな影響を与える何かに対しては必ずそれ専門の機関が存在するもので、それが地学などと呼ばれる地質学術院。東の古戦場で起きている事も地質学術院の調べによって判明しており、その改善案の見送りには少なくない不満の声が上がっていた。
「期待するな、あそこも一室と同じで腐った。当てにならん」
「確かにな、昔は良かったがどうにも最近の若者は」
そんな地質学術院も第二開発室の老人達から言わせてみれば第一開発室と目糞鼻糞と言った扱いらしく、水筒から紅茶をカップに注ぎ始めた老人は、日本でも良く聞く様なフレーズを口にして溜息漏らす。
が、その瞬間第二開発室の扉が蹴破られる。
「それは失礼な物言いだな爺共!!」
「うお!? びっくりした」
正確には蹴破るような勢いで扉が開かれただけであるが、何かとぼろい作りの第二開発室の研究室には致命傷だったらしく、扉を勢いよく開けて入ってきた女性の後ろの壁では、色々な物が傾いたり落ちたりと大変なことになっている。
「シノレアか、久しぶりじゃないか生きとったのか」
そんな大変な状況も気にしない旅装の女性は、埃っぽいフードを手で払って脱ぐと、足元に荷物を放り投げて少しスペースが開いた机の上に座り、その様子に老人たちは目を細めて笑うと短く息を吐く。
「死ぬかと思いましたよまったくなんですかあの鉄砲水は?」
「そっちの専門ではないのか? まぁ原因は今ここにあるがな」
シノレアと呼ばれた女性は大きなオリーブ色の瞳を閉じると汚れて茶髪に見える金色の髪を掻きながら悪態を洩らす。どうやら鉄砲水の被害を受けたらしい彼女は、鉄砲水などの原因に関する専門家なのか、不貞腐れた顔にパッと明るい笑みを浮かべた。
「そうそう、それを聞いて来たんです。何でも帝国からの攻撃だと言うじゃないですか、まったくあの陰険な帝国のやる事ですきっと陰険で陰湿で悪臭漂うようなやり方んでしょうけど」
鉄砲水の被害を受けながらも帰って来た彼女は、どうやらその原因が第二開発室に運び込まれたと聞いてやってきたようだ。
恰好を見るに、帰って来てそのまま何処にも寄らず真っ直ぐ第二開発室までやって来たのか、その口ぶりから相当な帝国嫌いの様だが、だからと言って魔道具に対する嫌悪感は無いのか、積み上げられている宝玉を見つけるとすぐに立ち上がり、老人を押しのけ一つ持ち上げる。
「帝国嫌いはうるさいのう。裏切者がどんどん捕まっておるからそのくらいわかりやすい方が良いかもしれんがな」
「全員死ねばいいんですよ」
ニコニコとした笑みを浮かべながら物騒な事を口にするシノレアは、透明な宝玉を光にかざして覗き込み、その宝玉の向こうに居る老人達の歪んだ姿に楽しそうな顔を見せる。老人たちから見たシノレアの顔も歪んでおり、その姿に老人たちは一様に肩を竦めた。
いつものことだと言いたげな荷物に半分埋まった老人は、周囲を見渡すとモノクルのレンズを布で拭きながらシノレアに目を向ける。
「それで土産はあるんか?」
「あるわけないでしょ耄碌したんですか? 私が今までどこにいたと思ってるんですか、帰るタイミング間違えてたら今頃は死んでましたからね。荷物も半分流されました」
「お主は死なんじゃろ」
「そうだな、絶対最後まで生き抜くタイプだ」
とても息が合っている老人達に眉を顰めてジト目を向けるシノレア。
老人達からそう言われるくらいには逸話があるのか、怒る事なく睨む彼女の様子に老人達はまた肩を竦めて笑う。揶揄うように笑いながらも、流された半分の荷物分くらいは労わってやろうと思ったのか、彼等は連携して新しいお茶を淹れる準備を始めている。
孫よりも年の離れていそうな彼らとシノレア、彼女はそれなりには老人達に大事にされているようだ。
「か弱い乙女に失礼な物言いですね。せっかく面白い土産話を持ってきたのに」
「土産話だ?」
そんなシノレアは不貞腐れながらもお茶を準備し始める老人に溜息を洩らすと、勿体ぶる様に土産話を口にし始める。
「そうなんですよ! なんと冒険者が水枯れの調査をしていたんですよ、しかもかなり正解に近かったんではないかと思うんです。彼もスタール周辺を怪しいと思っていたらしく」
「ぼうけんしゃがのう?」
「寝惚けた事を……」
それは世にも可笑しな冒険者の話である。
あまりにおかしな話の始まりに対して馬鹿にしたような口調になる老人達は、話を聞くために椅子の向きを変え、荷物に埋もれた老人は立ち上がるとその手に御茶請けを持っており、薬蒸気を吸っていた老人は最後の一吸いを終えると、その道具を分解して懐に仕舞うのだった。
一方その頃、世にも可笑しな冒険者はと言うと、
「へっくしゅん!」
盛大にクシャミを放っていた。
「うお!?」
<!?>
「ん?」
そのクシャミは周囲の精霊を驚かし、ついでにユウヒの背後に近付いていた人物も驚かした。
「びっくりした……」
小さく声が洩れる男性に振り向いたユウヒは、キョトンとした様子で手に持っていた丸くて透明な何かをバッグに仕舞う。
「……あぁ、広場の責任者の」
ユウヒが今立っている場所は暴走した精霊スライムが暴れていた広場、復興が進んでいるかと思えばまだそんな様子も無く、立ち入り禁止のようにバリケードで封鎖されグズグズにぬかるんだ広場の中央は、ユウヒを中心に乾いた地面が広がり始めていた。
「いや、責任者ではないのだが……。追加の報酬を渡そうと思ってな」
「私もお話に来たんですよ」
グズグズの沼地から乾いた地面に上がった武力集団のボスは、その足元の状態に思わず嫌な汗を一つ流し追加の報酬だと言ってカバンを持ち上げるが、ユウヒの楽しそうな笑みとは対照的に表情がすぐれない。
何故なら今目の前でありえない光景を見たばかりだからである。しかしそこは武力勢力を一つ束ねる長、胆力は並外れており、すぐに気を張り直す。
「詳しいことがわかったのか」
それに魔法使いユウヒからの話は金貨より価値があるものだ。一代で旧スラムに一勢力を作り上げた彼は、その利を逃すほど愚かでは無かった。
「ええ、まさかこの国でこんなことが行われていたとは知らなかったですよ」
「詳しい話はこんなところでするべきではない様だな、付いて来てくれ……大した持て成しは出来ないけどな」
しかし、僅かに殺気が洩れる様な不機嫌なユウヒの口調に、自分の思い描いた利が思ったより大きそうだと暑さ以外の汗を一つ流し、つい心に感じた重さに負けて曲がりそうになる背中を努めて伸ばすと、彼はユウヒを先導する様に歩き出す。
「持て成しなんていらないですよ、用が済めばすぐ帰るので」
彼が向かう先にはグズグズになったぬかるみ、しかし現在の広場は9割がそのぬかるみだ。身動き出来ないほどのぬかるみでは無いのがせめてもの救い、そう思って歩き出した彼は表情が引き攣る。
「……確かに、スラムなんてあまり長居する場所ではないな」
何故なら彼が進む先の地面があっと言う間に乾いて行くのだ。しかも表面が乾いているわけではなく地面の下までしっかりと乾き、上を歩いても何ら問題がないほどに硬い。
にこやかに会話をしながらも魔法使いに実力の違いを見せつけられて震えぬ者などそうは居ない。そんな震えない男であるボスであるが、血の気は十分引いている。
何せ彼が歩く先の地面は次々と、そして一瞬にして乾いて行くのだ。もしその力が人間に向けられた時、自分がどうなるのかを考えただけで恐ろしい。
「ええ、皆さんも落ち着かないようですし……」
「……(監視がバレたか、まいったな……)」
しかもただ強力な魔法が使えるだけではなく、魔法士の天敵とも言える暗殺者のように潜むスラムの住民による監視まで見破られているのだ。
ユウヒの視線を受けて慌てて逃げる部下の姿に目を向けながら、彼は唯々震えぬように、声に出ぬように腹に力を籠めながら歩くのであった。
ユウヒが特に威嚇するつもりも無く、利便性の為だけに魔法と魔道具を使っているとも知らずに……。
いかがでしたでしょうか?
水の精霊との戦いで荒らしてしまった地面を乾かしに来ただけで、全く他意はないユウヒによる恐怖はスラムに伝染する。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




