第107話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
まだ外壁から朝日が顔を出さない早朝のリステラン伯爵邸。
「……」
<……>
そんな邸宅の一画にある倉庫の中では、無言のユウヒが青く歪な形の精霊と見つめ合っていた。
ユウヒの視線を見上げていた歪な形の精霊は、背中の翅を一度はためかせるとメディカルポッドの上から舞い上がり、ユウヒと視線を合わせる。
「落ち着いたみたいだね」
<……>
歪な形の精霊はつい先ほどメディカルポッドから出てきた暴走精霊である。その歪な形は暴走していたから、それともまだ完全には癒されていない為か常に揺らいでいた。そんな精霊を心配するようなユウヒの声で、精霊はか細く返事を返す。
暴走していた時の荒々しさはどこかへ消えて、今は闇の精霊の様に静かである。
「まだ本調子じゃないか、休憩箱作ろうか?」
今まで見て来た水の精霊の中でも特に物静かな雰囲気に、ユウヒは金色と青の瞳を輝かせながら心配そうに声を掛け、その言葉に精霊は揺れた。
<……?>
「必要ないか、問題があれば言うんだよ」
どうやら必要ないというジェスチャーだったらしいその揺らぎに、ユウヒは思わず溜息を洩らす。ユウヒの目にも不調は見受けられない水の精霊、しかし気になる事でもあるのか、不思議そうに瞬く精霊を見詰めるユウヒは小さく唸る様に声を掛けた。
<!>
目が覚めて来たのか、少し元気が出てきた水の精霊は一瞬強く輝くとふわりと浮き上がりユウヒの頭に着地する。
「水も淀んでるけど、有害じゃないから捨てていいね」
元暴走精霊の目覚めに集まる精霊達、頭の上から精霊達に攫われ揉みくちゃにされる歪な水の精霊の様子を横目に、ユウヒは朽ちたメディカルポッド分解し始めた。
「木材と石はボロボロになったな」
事前にリステラン伯爵家のメイドから、魔道具の残骸や工作で出るごみを捨てるゴミ箱を用意してもらっていたユウヒは、水は雨水を流す側溝に流し、メディカルポットの残骸をゴミ箱に入れていく。
手には真新しい箒を持ち、反対の手には日本でよく見る塵取りを持ってボロボロに朽ちてしまったメディカルポッドの残骸を集める。その場で作った箒と塵取りで搔き集めないといけな程に小さく崩れたメディカルポッド、その様子からかなり魔法の力で無理矢理に形作られていた事が伺えた。
「よし、片付け終わり」
箒の柄の長さが短かったから屈んで作業をしていたユウヒは、最後のゴミを塵取りで拾い集めるとゴミ箱に捨て、すぐに立ち上がると背筋を伸ばす様にストレッチを始める。その姿は実に道に入っており、普段から腰を気にしているようだ。
「あ、ユウヒ様。そちらは廃棄でよろしいでしょうか?」
「お願いできますか?」
ユウヒが自分の腰を労わっていると倉庫に現れる女性、それはユウヒの魔道具を倒して顔面蒼白になっていたまだ少女と言っていいメイドであった。
「はい! ……それにしても、こんなにボロボロになるんですね」
それでも彼女は立派なメイド、ユウヒの返事に元気よく返事を返すと軽い足取りでゴミ箱の前までやって来ると、力強くゴミ箱を持ち上げ台車まで運ぶ。その姿に眉を上げるユウヒは、思っていたより力のある女性の姿に感心するように頷いていた。
「強い魔法の力で形を維持していたようなものなので、その所為でしょう」
「なるほどぉ……それで今日はどちらに?」
馬鹿みたいに大量の魔力で形を維持していたと魔道具、そのボロボロになった姿は説明されても理解出来るものではなく、なるほどなどと言ってはいるものの、少女メイドがどれだけ理不尽な説明を受けたか理解していないのは手に取るようにわかる。
「今日は職人市場とスラムかな?」
彼女の様子が妹と被って見えたユウヒは苦笑を洩らすと、今日は職人市場とスラムに出かけると告げた。
「スラムですか、最近騒ぎがあったそうなのでお気をつけください」
職人市場は昨日も訪れた市場であり、スラムは騒ぎのあった旧スラムのことである。
騒ぎがあったので気を付けてと言われたユウヒは笑みを浮かべながらも、その騒ぎの原因が自分であることを理解しているので笑みが引き攣りそうになり、そんなユウヒの様子に小首を傾げるメイドは、元気な声を残してゴミの廃棄に駆け出すのであった。
それから小一時間ほど、初日程豪華ではなくなった朝食に安心したユウヒは、どこか釈然としないメイドに見送られて街に出ていた。
「こんにちは」
「ん? おう旦那いらっしゃい」
一度来たことのある店と言う事もあって迷わず到着したのは、いろいろとお世話になった鉱石店。朝一から客が来るのが珍しいのか少し驚いた様子の店主は、ユウヒの姿を見るや男臭い笑みを浮かべて来店を歓迎する。
「荷物ありがとうございました」
「仕事だ気にすんな! 抜けは無かったか?」
ユウヒが店内に足を踏み入れるとすぐに立ち上がって瓶から水を汲む店主は、朝一番の冷えた水の入ったコップをユウヒに渡すと抜けはなかったか問いかけた。その表情は定型文と言うよりは本当に少しだけ不安そうで、それもユウヒが買って行った商品の量が多かったことが原因である。
「大丈夫でした」
「そうかならよかった。クレームかと思ったぜ。今日はまた何か買ってくか?」
問題なかったと知りほっとする店主もどうなのかと思われそうだが、一抱え程度の商品なら心配もしない店主であっても、荷車に満載するような量の商品を扱うともなれば抜けが無いか気になると言うものだ。
実際不安になって娘のメモ片手に三回も商品のチェックを行い、気になって出発前にまた確認をしたほどである。これでクレームが付いたとなれば彼の自信の喪失にもつながっただろう。
「今日はお礼に、娘さんは居ますか?」
「……まさかおめぇ家の娘に」
そんな気の良い笑顔は突然消えてしまい、ユウヒの質問に店主は殺気の籠った目でユウヒを睨む。
「いやぁ、それが付き合ってもらった御駄賃を拒否されまして」
「ん? そういやそんな事言ってたな、そりゃ小金なんて出されちゃビビっちまうだろ」
世の男親は大体似たようなものなのか、まるで自分の父親のような反応を見せる店主に苦笑いを浮かべるユウヒは、笑いだす店主の言葉に思わず肩をすくませる。彼の視線は肩をすくませながらも、店主の後ろにある通路に向けられていた。
「ビビってない!」
「うおっと!?」
より正確に言うと、通路から顔を出した少女にである。
ユウヒと目が合った瞬間花開く少女は、すぐにその顔を怒りと羞恥で赤く染めると大きな声で吠えたのだ。気の抜けていた店主は、小さく飛び跳ねるように驚き後ろを振り向く。
「いらっしゃい! 今日も買い物?」
店主が何か口を開くよりも早くカウンターの外に出てきた少女は、ユウヒを見上げなら笑みを浮かべるが、その顔はまだ少し赤い。
小さな声で少女に声を掛ける店主であるが、すぐに威嚇されてカウンターに隠れてしまう。どこの世界も父親は娘に弱い者の様だ。
「今日はほら」
「へ?」
威嚇する恐ろしい表情も、ユウヒを見上げる頃には少女らしい笑みに代わっており、何も気が付いてない体でバッグから箱を取り出したユウヒは、店員の少女にその箱を手渡す。箱はリングケースのような構造をしており、その形に思わず立ち上がる店主であり少女の父親。
そう、この世界にも婚姻の為に指輪を贈る文化があるのだ。むしろ指輪だけでなく、同じような入れ物に入れた首飾りやブローチなどでもプロ―ポーズが行われるため、娘を持つ父親の反応としては正しい。
ただし、その場合に使われる箱にはもっと装飾を施すものであり、見た目で分からない質は後回しにされる傾向がある。
「約束のお礼だよ」
「もう出来たの!?」
少女が嬉しそうな表情を浮かべながら手に取った箱は実にシンプルなマットブラック、とてもプロポーズに使うような代物ではないが、ユウヒの言葉に思わず安堵の息を吐く店主。
しかし鉱石の削り粉を使って化粧された木箱など、下手したら稚拙な装飾を施した箱より上等である。その事に気が付く者などいないこの場においては普通の箱、問題は中身であった。
「何を作ったんだ? 小物入れか?」
かと言って昨日の今日で作れる物などたかが知れており、店主が勘違いしたのもおかしくはない。
「まぁ開けてみてくれ、気に入ってもらえたらいいんだが」
「う、うん……ふわぁ」
「おいおい、こりゃ買って来たのか?」
親子の前に現れたのは四色の葉を持つ厚めのブローチ、指輪では無いがそれでも不安になる心を押し込め問いかける店主に、目を瞬かせたユウヒは小首を傾げる。
「ん? 俺の作品が欲しいと言う事だったからな、箱も中身のブローチも手作りだよ」
「うそだろ……」
店員である少女がユウヒの作品を欲しがったのはすでに聞いている店主、あまりに高すぎるお駄賃を断る方便であったが、さて目の前にある綺麗なブローチは小金何枚に相当するのか、未だに箱から取り出す事の出来ていない少女は、恐る恐るユウヒを見上げた。
「も、貰って良いの?」
そして一言、このブローチは箱の見栄えをよくするために入れたものなのではないか、貰って良い物ではないのではないか、そんな不安から転がり出る言葉。
「その為に作ったんだから、貰ってくれないと行先が無くなっちゃうよ」
それは直ぐに否定され、否定の言葉に目を輝かせた少女はそっとブローチを取り出す。
手に触った瞬間わかる。それは壊れ物を扱うような手で持たなくても壊れることの無い重量感、安心すら感じるその手触りと相反するような細かい作り込み。明らかに小金一枚二枚じゃ絶対に買えないブローチ。あの時手渡された小金と同等の価値を少女に感じさせるには十分である。
「……綺麗」
見惚れる様に目を潤ませる少女、その姿にほっと息を吐くユウヒは、事前に問題ないか聞くために見せたメイドさん達を思い出す。同じような表情を浮かべたメイドさん達は大変羨ましそうに溜息を洩らし、ユウヒの自信を引き上げていた。
尚、プロ―ポーズ云々の習慣についても事前に聞いていたユウヒは、箱の装飾をシンプルにしていた自分を称賛していたりする。
「メイドさんに聞いたら最近はブローチが流行りだと聞いたからね。雨乞いのモチーフは今は受けないだろうから精霊の守護がモチーフだよ」
「……四属性か、贅沢な守護だな」
「そうなのか?」
そんなブローチは精霊の加護がモチーフであり、ドギマギした表情を浮かべた店主は思わず悪態にも似た言葉が口から飛び出してしまう。しかしそれは彼らにとって普通の感性であり、それほど咎められる様な内容ではない。
内容ではないが、その棘のある口調を勘づかれて再度娘に睨まれる父親。
「だ、大体こう言うのは一属性の精霊にするもんだ。精霊同士が喧嘩したら守護どころじゃないからな」
それでもめげない父親は土盛るが、トルソラリス王国だけでなく周辺の国々でも同じように考えられている精霊の関係性。それはドワーフが精霊に嫌われていると同じくらい信じられている話で、浮気者に精霊は寄り付かないと言う言葉まで生んでいる。
「そうなのか?」
≪!!?≫
そんな言葉がある所為か、気のある異性への贈り物として精霊モチーフで何色も色を使う装飾は好まれず、多数の色を使っても大抵が一つの属性を表す様に配色されるものだ。
しかし精霊にとってそんな常識は非常識である。
「喧嘩なんかしないと思うぞ? 精霊の本質は調和、仲良くしてこそだ」
≪!!≫
「そう言う考えもあるんだな……それにしても良い出来だな」
キョトンとした表情で首を傾げる店主であるが、精霊達は必死だ。そんなわけのわからない勘違いでユウヒに嫌われてしまっては困る、そう言いたげな点滅で弁明する精霊にユウヒは苦笑いを浮かべ、ブローチを覗き込む店主の頭の上で怒る精霊を困った様に見詰める。
「どうかな?」
そうこうしてる内に店員の少女は胸にブローチを付けて見せる。
日差しの強いトルソラリス王国では、女性が外に出る時は必ず上に一枚羽織るが、今はノースリーブで露出の多い服を着ている少女。
「うんうん、濃いめの肌と黒髪には銀色が似合うね」
「え、えへへ……えへへへへ」
自然な白のノースリーブに亜麻色の肌と黒髪が触れるブローチには銀のフレームが使われており、梨地の光沢は主張し過ぎない程度に優しく輝いていた。
「てめぇまさか」
しかし先ほどまでのバランスは、やや肌に赤味が増したことで崩れ、それでもよく似合うブローチの前に赤い顔の店主が割って入る。娘を守る父親の姿であるが、守られる娘は押しのけられて不満顔を浮かべた。
「ん? 金と迷ったけど銀の方が良いだろ? 守護の力も金より銀の方がよく浸透するし」
「あ? ……まて、お前さんまさか!?」
「それじゃこの後予定あるから」
今にも掴みかかって来そうな店主の、いや父親の勘違いに気が付いたユウヒは、早口で説明すると踵を返す。後ろから何か慌てた声が聞こえてくるが、面倒事はごめんだと言った様子でさっさと歩きだすユウヒ。
「ありがとう! 大事にするね!」
「じゃあねー」
少女の声に少し振り返って微笑み手を振るユウヒ、その頭の中には小さかった頃の妹の姿が過り、余計なものでその思考を汚したくはないと店から飛び出してしまう。
「まてまてまて!?」
そのあとを追いかけ店の入り口から勢いよく外に顔を出す店主、しかし彼の視界には通りを歩く多くの人が居るだけでユウヒはどこにも見当たらない。
そんな店主の後ろからため息が聞こえる。
「もうお父さん、何慌ててるのさ」
「いや、おま……そうだ婆さん! 婆さんいるかあ!!」
突然慌てだした父親の姿を訝しむ娘であるが、それほど珍しい光景ではないのか、曾祖母を探し始める父親の姿に溜息を吐いてお店のスツールに腰を下ろす。
「へんなの……んふふふ」
変な父親の背中に目を向ける少女は、すぐに興味を失うとノースリーブの服を両手でつまんで引き延ばし、胸の辺りに付けたブローチを見下ろし笑いだす。四色の光を反射するその目はどんな色をして、どんな事を考えているのか。
「なんだい煩いよ!!」
「婆さん至急鑑定だ! 魔道具鑑定してくれ!!」
「え?」
その目を誰かが確認するより早く、店の奥から聞こえてくる大声によって彼女の目には疑問が浮かぶのであった。
いかがでしたでしょうか?
今日もユウヒは不用意に高価な品を作り出す。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




