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ワールズダスト ~砂の海と星屑の記憶~  作者: Hekuto


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第106話

 修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。



 そこは緊張した重い空気で満たされていた。


 誰か一人がお道化て大声でも出そうものなら、その場で最も緊張しているメイドは気絶か、運が悪ければ失禁してしまうかもしれない。そんな破裂寸前の風船も赫やと言った空気だ。


「……どうでしょうか?」


 原因はユウヒ、彼は真剣な表情でフードの奥の金色の瞳を光らせ、その雰囲気だけでメイドは震えていた。


「うん、やっぱり質が悪かったからかもうすぐ効果が切れそうだ」


「あの、壊してしまったわけでは?」


 恐る恐る問いかけるメイドにユウヒは困った様に笑う。彼女達が自分に向ける恐怖心に気が付かないユウヒではないし、不用意に騒げば冒頭の懸念が現実化しかねない事も重々承知、故に努めてユウヒは声を柔らかくしようと努力する。


「ないない、思い切り倒しても壊れないように作ったから」


「よ、良かったです」


 慎重に言葉と声を選んでもメイドは腰を抜かした。


 何があったかと言えば、ユウヒのバイクと共に置かれていた水の精霊専用メディカルポッド。遺物にしろ魔道具にしろ、良い環境を維持した方が良いだろうとメイド達は倉庫の空気を毎日入れ替えていた。


 しかし今日は運が悪く倉庫の窓を開けた瞬間、思いもよらぬ突風が倉庫内に流れ込み、バランスを崩した一人のメイドがメディカルポッドとぶつかり転倒、ぶつかられたメディカルポッドも一緒に倒れてしまったのだ。


「申し訳ありません家のメイドが」


 しかも丁度そのタイミングで、薄っすら青く光っていたメディカルポッドの光が消えてしまい、リステラン伯爵の邸宅に悲鳴が上がることとなった。警備の人間が倉庫に駆け込んでくるは、屋敷で働いていたメイドもどうしたのかと集まり、今も腰を抜かしているメイドはどんどん悪くなる状況に顔を蒼くして震えるばかり、ようやく事情を聞き終えたメイド長の耳にユウヒ帰宅の報告が入って、周囲は絶望に包まれたのだ。


「気にしなくていいですよ、空気の入れ替えもありがとうございます」


「は、はい! いいえ!」


 気絶こそ免れたが、ユウヒを出迎えるために気丈に立ち上がったメイドは、完全に腰が抜けてしまったらしく立ち上がれず、屈んだユウヒに声を掛けられると目に涙をにじませ頭を下げる。


 傍から見たら完全にユウヒは悪人、その事はユウヒも理解しているのか困った様に笑う顔が引きつっていく。


 何か話題を変えなければ、最悪話が変な方向に転びかねないと焦るユウヒは、立ち上がるとメディカルポッドの頭を撫でながら考え込む。周囲には複数のメイドがいるにもかかわらず嫌に静かだ。精霊もどうしたものかと息を潜めてしまっている。


「……そうだ。最近の女の子の流行りとか分かります?」


「流行りですか?」


 そんな空気に耐え切れず現実逃避に楽しい事でも考えようとしたユウヒは、ある事を思い出して座り込んだメイドに問いかけた。座り込んでいるメイドは見るからに若い、まだ高校生くらいであろうか、そんな若い女の子を怖がらせていると再認識したユウヒは、問いかけて思わず口元が引き攣る。


「今日買い物に行ったら親切にしてくれたお店があって、そこの子にお礼をと思って、アクセサリーとか小物とか」


 それでも諦めずに問いかけるユウヒ。人間と言うのは一度に複数の事を考えられるようにはできていない、故に、問題のある思考を除去するには、すぐに考えて応えなければいけない疑問で余計な考えを押し出してしまえばいいのだ。


「そうですね、貴族様への贈り物ならわかりますが、何か知っていますか?」


 若いメイドは困ってメイド長を見上げるが、貴族としての常識や流行について知識のあるメイド長も、街で流行っているような最近の若い子の流行にはそれほど造詣が深く無い様だ。


「森林山脈モチーフのブローチでしょうか? 最近良く見かけます」


「雨乞いのブローチでしょうか?」


「あまごいのブローチ?」


 答えたのは若くはあるが立派な大人の雰囲気を持つメイド、少し考えて答えた内容にメイド長は思い当たるものについて話す。


「森林山脈は一年を通して雨が降りますので、水が無くならない様にと祈りのブローチをつけるのです。南部の干ばつが酷いようですから、南部出身者が付けているのかもしれませんね」


 トルソラリス王国を守る天然の要害にして、水源でもある森林山脈。王国の東に北から南まで伸びる山脈には巨大な樹々が根を下ろし、東からの強風と北西からの湿った空気がぶつかる事でほぼ一年中霧に包まれ、周辺国の中でも特に雨が多い地域である。


 そんな恵みをもたらす地域と言う事もあって、森林山脈のモチーフは雨乞いや豊水の象徴として扱われることが多い。実際にメイド長が言う様に、南部の水不足を憂いた人々によって流行っていたようだ。


「なるほど、祈りのブローチか、今わぁ……乞いはしない方が良いだろうから別のモチーフにするか」


「雨乞いは駄目なのですか?」


 ユウヒの呟きに座り込んだままのメイドはキョトンとした表情を浮かべる。


「……時期に私たちにも知らされると思いますが、酷い有様の様です。不用意な言葉に気を付けなさい」


「あ、はい!」


 トルソラリス王国南部の状況はまだすべての国民が知るところではない。地震の発生などもあって情報過多による錯綜した状態であり、水害によって街道がいくつも封鎖されて情報が正しく伝わらない状況である。


 国もまだ詳しい状況を把握しきれてないと言う事もあって、情報の流布を抑制している状況なのだ。貴族の家のメイドと言っても、南部の水害を知らないと言うのはおかしい事ではない。


 メイド達のやり取りに口を滑らせてしまったかと困った様に頭を掻くユウヒは、メイド長に首を振って貰えたことでほっと息を吐くのであった。





「なるほど、明日と言うわけにはいかないんですね」


 夕食後の席でユウヒは肩透かしを受けた様な表情で呟く。


「ええ、宮廷魔道具技師の第二開発室の人間に説明してもらう事になったのですが、事前調査も無しに説明されても理解度に問題が出ると」


「第二開発室は、技師も出入りする者も変わり者が多くてな、優秀なんだが変に頑固なのだ」


 トルソラリス王国には宮廷魔道具技師と言う役職があり、その指導の下で国益に適う魔道具が開発されている。その開発を行う部署は二つ、貴族出身者だけが所属できる第一開発室と平民でも才能しだいでは所属できる第二開発室。


「それは、頼りになりそうですね」


「そ、そうか……?」


 良くある話で二つの開発室には扱いに大きな格差が存在し、本来平等にされるはずの開発資金から設備、人員補助に至るまで全て第一開発室が優先される。一般に第二開発室に回される案件とは国から重要視されていないとみなされるが、ユウヒは特に気にした様子も無く、寧ろ良いとまで思っているようだ。実際第二開発室をよく知るものならそう評価してもおかしくはない。しかしそう思う人間は極めて少ないのも実情である。


「頑固とは言いますが、それは真面目と言う事でしょ? 御座なりに話を聞かれても面白くないですからね。頑固なのは良い事です」


「う、うむ……確かにそう言う考えもあるな」


 ユウヒの経験上、頑固さのある人間には良い仕事をしてくれる人間が多い。実際はまったく役に立たない人間も多くいたが、最初から話を聞く気の無い人間よりはマシである。それも社畜時代の経験からくる考えであるが、話を聞いた精霊が騒いで無い事もあって安心した様子を見せるユウヒ。


「それに事前に調べると言う事は二度手間三度手間にならない可能性が高いですから、手間は少ない方が良いです。やりたい事もありますし」


 ユウヒとしては多少時間がかかっても余計な手間が増えない方が重要である。やりたい事があるからと言って食後のお茶に口を付けるユウヒの脳裏には、最初は何も言っていなかったにもかかわらず、納期ぎりぎりになって何かと注文を付けてくる取引先の鬱陶しい幻聴が聞こえていた。


 会社を首にされても未だに忘れられないそれはトラウマと言っても良いだろう。そんな心の傷を癒すためにも、面倒事より楽しい方を優先したいと小さく心の中でユウヒは溜息を洩らす。


「それは今回の件が終われば早々に国を離れると言う事でしょうか?」


「まぁ、そうなりますね。目的もあるので」


 険しい表情を浮かべ問いかけてくるイトベティエにあっさりと答えるユウヒ。国を離れるとは言ってもユウヒにとっては見知らぬ地から見知らぬ地へ移るだけで、本来の大目標が達成できそうにないのであれば、新たな地に向かうのは当然である。


「そうですか……」


 一方でイトベティエを筆頭にその場に居合わせた人間にとっては衝撃的な話だ。ブレンブは納得した表情を浮かべているが、内心ユウヒの行動の早さには小さく溜息が洩れる。


 魔法使いの勧誘に失敗なんて話は、本物の魔法使いが現れたという報告と同じくらいにはよくある話だ。しかし、今回ユウヒが国に与えた影響や、帝国と貴族の裏切りによって引き起こされた災害の被害を考えると、今後もトルソラリス王国で力を揮ってほしかったと言うのがブレンブの率直な思いである。


 たとえそれでブレンブの胃に穴が開こうと、そんなストレスよりユウヒが齎す恩恵の方が大きいのだ。





 そんな自分勝手な考えに、自嘲で思わず笑ってしまうブレンブが、不思議そうにイトベティエから見詰められている頃、自室に戻ったユウヒはメイドから借りた厚手の布の上で細かい作業を行っていた。


「こっちではもう魔法使いを隠せないから、ドワーフ国では隠せるように頑張りたいね」


<?>


 ユウヒの呟きに不思議そうな光量で瞬く精霊達。


「面倒事いっぱいだっただろ?」


 トルソラリス王国に降り立ってからこれまでの事を思い出し、楽しくも大変な日々だったとため息交じりに話すユウヒ。


 そんな溜息を吐きながらも、ユウヒの手の中では魔力が渦巻きその魔力に踊らされる鉱石が綺麗に磨き上げられていく。大きな鉱石は大胆に切り刻まれ、次第に細かく切られて精密に形を整えられている。


<!! ……?>


「え? 面倒事からは逃れられない人生だと? なんでさ……」


 魔法士では実践不可能なほど高度な魔法を使いながら話すユウヒは、精霊の無慈悲な返事に肩を落とす。何でもない様に魔法を使うユウヒも、その精神攻撃には集中を乱さずを得なかったのか、手の中の魔力が解け、中で踊っていた鉱石がポトリと鉱石クズの山の頂上に落ちてしまう。


「精霊の予言とか洒落にならねぇよ」


 精霊が自信満々で告げる言葉はまさにお告げ、普通の魔法使いならその言葉一つで今後の生き方を変えるような言葉だ。しかしユウヒは生き方を変える気などさらさらなく、溜息一つで思考を放棄して鉱石の加工に戻る。


 その様子を精霊達は楽しそうに笑いながら見詰めるのだった。


「よし! 各種属性の調整は完了だ」


 夜もすっかり更けて、灯りがあっても足元が不安な時間。満足できるだけの作業が終わったらしいユウヒは、綺麗に磨き上げられ、刻み込まれた幾何学模様が青く光る石を手の平に載せて大きく息を吸って吐く。


 精霊の助言に従って四つの属性の石を磨き上げたユウヒ、何のために作ったのかその石は小さな木箱へと、それぞれの色ごとに分けて仕舞われる。


「残りの端材でお返しを作ろうか、四属性の端材があるしこれを使ってみようね」


<!>


 ほっと一息、あとは寝るだけと思いきや、まだ作業を続けるつもりのようで、お返しと言いながら切り刻まれた鉱石の破片を手にするユウヒ。大きな石から切り出された端材は、破片と言ってもビー玉くらいはありそうな小石もあり、その中にはきらりと輝く輝石が入っている。


 良さそうな石は拾い上げられ、また魔力の渦に放り込まれて数分、魔力の渦の中から取り出されたのは色とりどりの綺麗な輝石。その輝きは先ほどまで磨いていた石よりも美しく、透き通った小粒の石は色ごとに寄り分けられていく。


「雨乞いはもうこれ以上いらないし、無難に厄災避けかな?」


 紙の上に分けられた石の次は鉄鉱石のような大きな石を手に取るユウヒ。メイドから聞いた話を思い出しながら作るのは厄災避けのお守りの様で、魔法の渦に入れられた鉱石はその一部を融解させあっと言う間に銀色の金属に変わって屑石の上に落ち、続いて金色や土色、また銀色と金属の塊が溶け出しては屑石の山に落ちる。


「ブローチにはそう言う願掛けもあるんだねぇ」


 これから作るのは、買い物の手伝いをしてくれた少女へのお礼、品目は厄災避けの願掛けがされたブローチであるが、当然ここはファンタジーな魔法が当たり前の場所であって、願掛けも不確かなものではなく、金色の瞳にはっきりと効果が示された物だ。


 異世界ワールズダストの砂の海に住む人々は、そう言った品物の事を魔道具と呼ぶ。そして魔道具とは、不良品でも無ければ購入するのに最低でも金色の硬貨が必要になってくる。


「……でも何かをモチーフにするって事はそう言うものか?」


 ぶつぶつと呟きながら金属の塊を針金に加工していくユウヒ。まるで粘土を弄る様に魔力の渦の中で金属を捏ね、ぐっと引き延ばすだけで均一で綺麗な金属の棒になっていく。


 そうした単純作業を続けていると、人は余計な事を考えるものだ。


「どうせなら何か付与したいな?」


 興が乗って来たユウヒは、普通の品よりも少し持ち主を守ってくれる力を持つブローチではつまらなくなったのか、体の奥から魔力を汲み上げると強力な魔法を輝石に付与し始める。


「軽めのものならいいだろ」


 ユウヒの魔法を付与される輝石はいくつか弾けて砂になってしまうが、ユウヒにとって軽めの魔法をその身に宿した輝石は宝石と言っていい輝きを放つ。


<……>


 その様子に精霊は静かになり、互いに寄り添うとユウヒには聞こえないほどの小さな声で何事か話し始め、ユウヒに目を向けるとぼんやりとした光で瞬く。その光はまるで呆れを示すかのようだ。


「うーん、技師になりたいとか言ってたし、手とか怪我しても早く治る様に、ほんのちょっと傷が治りやすくなる付与がいいね。女の子だし、美容面でも綺麗に治った方が良いよね」


 当初の厄災避けはどこに行ったのか、魔道具技師が聞けば工具を投げ出しそうなことを呟きながら針金を量産していくユウヒは、息をする様にブローチの金属部品を仕上げていき、輝石を取り付けたら見えなくなる部分に幾何学模様を刻んでいく。


<…………>


 慣れた手つきで刻まれる幾何学模様は周囲から不活性魔力をゆっくり吸い始め、吸われた不活性魔力は暗い青から明るい青へと輝きを変え、上から蓋をされるとその輝きは外に漏れず、その上に石をのせると金属の板に沈み混む様に固定されてその輝きを増す。


 『ほんのちょっと』とはどういう意味だったか、輝石が四葉のモチーフに全て収まる頃には、加工時に出来たユウヒの指の切り傷は全て綺麗に治っており、満足気な笑みでブローチを見詰めるユウヒの手には余った濃密な魔力が揺れていた。



 いかがでしたでしょうか?


 ほんのちょっとです(当社比)


 目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー

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