第104話
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面倒事が増えた事を知ってリステラン夫妻が頭を抱え、トルソラリス王国中から王都に集まる食材によって作られた料理にユウヒの頬が落ちそうになった翌日、朝からブレンブの姿は王宮の会議室にあった。
「以上がリステラン伯爵からの報告とそれに関連した確認事項だが……皆すごい顔をしているぞ?」
「……陛下」
上座に座るのはトルソラリスの国王、彼の言葉によって会議室に集まったトルソラリス王国の重鎮は険しい表情を浮かべる。
王の合図によってリステラン伯爵から齎された情報を纏めてわかりやすく説明したのは宰相、文官のトップである彼の説明は小一時間ほど、水害の状況や被害範囲とその真相、またこれまで知られていなかった魔法使いの出現、途中ブレンブへの確認も行われたが、その話のどれもがトルソラリス王国にとっては大きな問題である。
故に信じることは難しく、しかしその考えを口にすることは出来ない。
「ふふふ、揶揄うにはいいタイミングだと思ったんだが」
何せ自分たちの主である国王が臨席し、間違いないと信じて報告した内容だ。信じられなくても信じなくてはいけないのが臣下と言うもので、それだけの信用と信頼が上座で機嫌よさそうに笑う王にはあった。
「さて、この件に関して何か聞きたい事はあるか? 私はすぐにでもその魔法使い殿と会いたいところなのだが」
当然一連の話をするのならユウヒの事も詳しく説明しなくてはならない。そして魔法使いと説明されれば魔法の力で繁栄してきた国の王が興味を持つのも当然である。
「先ずは素性を確認せねば、リステラン伯爵。その者は本当に魔法使いなのだな?」
「あれが魔法使いでないとしたら何なのか聞きたいくらいです」
「むぅ」
ユウヒにも確認の上で説明された内容は衝撃的であった、だからと言って呆けてしまうほどこの場に居合わせた臣下の心は弱くない。軍を預かる者はユウヒの素性を気にして確認するが、問われたブレンブの反応を見て思わず唸る。
ブレンブの魔法使い嫌いは彼らの中でも有名なようだ。
「ブレンブ殿がそう言うのなら確かでしょうな」
「……」
王の隣でまっすぐ背筋を伸ばして立つ宰相、彼の言葉にブレンブは思わず眉を寄せると静かに顔を背け、そんな仕草に宰相は白い口髭を持ち上げる様に笑みを浮かべ、楽しそうに目を細め笑い皺を深くした。
宰相の目には悪感情は無いが、そんな彼の視線に顔を背けるブレンブはそれなりの縁があるのか、簡潔に言い表せぬ複雑な感情が浮かんでいる。
「宝玉と言ったか、調べはどの程度進んでいる?」
「ま、まだ始めたばかりでして……しかし遺物、またはそれに類似する魔道具であると思われます」
少し緩んだ会議室の空気、その空気も王の問いかけにより張り詰め、その空気は問われた老人から生まれており、焦った様に顔を引きつらせる老人の言葉からは、宝玉の調査が全く進んでいないことが分かる。
ユウヒから宝玉の説明を受けることについてはその老人、トルソラリス王国で魔道具の管理開発を行う組織の長である彼も聞いていた。
「説明を聞く気はあるのか?」
「それは……いくら魔法使いとは言え、魔道具技師とは分野が違うでしょうから……」
「……」
しかし彼はユウヒからの説明を聞く気など無く、自分たちで調査した方が良いと考えているようだ。その理由は様々並べても根本にあるのはプライドその一点につき、その事を見透かす王の視線に背筋を震わせた老人は視線を逸らす。
素性不明の自称魔法使いが魔道具について語るなど魔道具技師である彼らのプライドが許さない様で、その事に肩を竦める王は視線を前に戻し口を開く。
「そうか、それからその魔法使いから王家に手ずからの贈り物が届いた。私の方で調べてみたら少なくとも国宝級の魔道具であった」
「なんですと?」
呆れと諦めが見える瞳を瞑る国王の言葉に会議室に集まった面々は驚きの表情を浮かべる。
独自に調査した。それは王宮魔道具技師長と言う役職に就く老人に対する、発破とも嫌がらせともとれる国王の発言であるが、それ以前に国宝級の魔道具など早々存在するものではない。
「しかも魔法使い殿が作った物だと言うが、国宝級の魔道具を作れる魔法使いはその道の素人であろうか?」
そもそもが古代の遺跡から出土した魔道具であることが多い強力な国宝級の魔道具、それを作ったと言われても、その言葉は早々信じられる様なものではない。
「それは……証拠がありませんと」
「ブレンブ、何か証拠はあるか?」
たとえそれが国の長の発言であっても信じるには難しく、プライドだけで必死に反論する老人を責める者は誰もいない。事実を知るブレンブもまた同様で、何とも気の毒そうな表情で冷や汗を額に滲ませる王宮魔道具技師長に目を向けていた。
そんな視線を問うてくる国王に戻すと、少し困った様に眉を寄せる。その心情は出来れば黙っておきたかったと言ったところだろう。
「証拠ですか……国宝級の魔道具をほいほいといくつもタダで配るのは、証拠になりましょうか?」
「なっ!?」
絶対報告したくなかったわけではない。しかし話さなくていいのであれば話したくなく、黙っていても罰せられることはない情報、だが説得力と言う意味では一番効果のある方法は同様の効果を持つ魔道具の存在。
特にこの場はブレンブより地位の高い人間しかいない。下手な言葉で疑いを掛けられるより、さっさと強力な手札を切ってしまった方が得策。そう考えたブレンブのカードに周囲は顔を強張らせた。
「国宝級の魔道具をか! はっはっは、それは作り手にしか出来ない所業かもしれぬな!」
「危険です! そのような物をばら撒くなど!」
何故なら彼らはまだその国宝級の魔道具が何なのかを知らない。というよりも、一般的に国宝級とされている魔道具は危険物が多いのだ。ユウヒが探しているような、神様も不味いと思うような物ではなくとも、人の世では十分危険、それ故に国は収集し厳重に保管する。
当然そんな危険物を作ってばら撒く人間など危険人物でしかない。無いのだが、実態は無害な魔道具である。ただしその効果は軍事利用した場合、利用した国に戦略上でも戦術面でも大きな効果を及ぼすのは間違いない物で、ブレンブも理解している為、所在について詳しく話すつもりは無い様だ。
「言いたい事は分かる。しかしそれを止める権利は誰にもなかろう?」
この場でユウヒ謹製とんでも魔道具の効果を知っているのは、ブレンブの他には国王と宰相だけである。効果確認に立ち会ったのも国王と宰相のみであり、他に王宮内で魔道具について理解しているのは、効果確認を行った王宮魔法士長くらいなものだ。
故に全てを理解している国王は、楽しそうな笑みを浮かべ、自分よりずいぶんと年上の魔道具技師を見下ろす。どうやら相当に嫌っているようだが、嫌っていても重用しなければならない理由がある様だ。
「いえ! 国にとって危険な魔道具の拡散は重罪です!」
「危険か、なぜそのように焦っておる?」
「い、いえ……焦っているわけでは」
そんなドロドロとした王宮の空気に心の中で溜息を洩らすブレンブ、彼の目の前で問答が繰り返されるが、老人の方はずいぶんと分が悪そうである。
過去にも危険な魔道具を拡散した罪で何人もの人間が捕まった事例はあり、商人時代のブレンブは実際に危険な魔道具販売に手を染めた人間の姿も見て来ていた。それ故に老人の言葉にも理解を示すことは出来る。
「第一、あれは治療のための魔道具だ、そのような物いくらあっても良いくらいだろう」
ただし今回のユウヒ謹製魔道具は治療目的の魔道具であり、とても危険だと言って罰するほどの物ではない。そもそもにして相手は魔法使いである。魔法使いを蔑ろにして滅びかけ、魔法使いのおかげで救われた国の王が一方的な理由で処罰できる相手ではないのだ。
ブレンブは現国王が賢明な人間でよかったと心から思った。隣国の王の中には平気で魔法使いを捕縛する命令を出す者もいるのだ。もし自国の王がそんな人間なら、彼は命に代えても諫めなければならない。なぜならユウヒは優しい魔法使いでは無い、甘く人が良い人間であるが、敵には容赦しないタイプの魔法使いである。
ユウヒを敵に回せば本当に国が滅ぶ、ここ最近でブレンブが学んだことであった。
そんなこと知らない重鎮たちの会議は進んでいく。
「しかし、帝国に渡ってしまえば脅威、此度の宝玉も帝国による物と……」
軍部を預かる男性の言葉には、同じく軍部所属の貴族や役人が頷く。治療の魔道具は戦場における生命線の一つ、それが国宝級と認められるほどの力を持っていれば、その力が及ぼす戦略的価値は高い。軍人であればすぐに利用方法の一つや二つ思い浮かぶような代物。
その言葉に国王も頷く。
「そうだな、王国の貴族に裏切り者が居るのは悲しい事だ」
『…………』
しかしその頷きは宝玉に対するもの、現状に置いて国に被害を与えている物はユウヒ謹製魔道具ではなく、帝国製の宝玉と言う魔道具。しかもそれは王国貴族が多数所有していたであろう事が判明している。
そもそも、いくら帝国の軍人が優秀な密偵を有していたとしても、王国内の広い範囲に危険な魔道具を設置できるわけがなく、当然帝国の手を引き入れた人間、いや貴族が存在すると言う事だ。国王として憂慮する優先度が高いのは、当然宝玉に関わった人間であろう。
「それでは説明を聞くのは第二開発室の者達にやらせよう。宝玉の受け渡しと説明会の調整を頼む」
「ははっ!」
そしてその宝玉の調べも遅々として進まず、話を聞く気も無いのであれば、宝玉の調査から老人が外されるのは当然。歯噛みする老人を横目に国王が指示を出すと、若いローブ姿の男性が立ち上がり深く礼をしながら返事を返す。
「それから私的な会談の席を設けたい。調整頼むぞ?」
「……はぁ」
続く国王からの指示で急に周囲の空気は緩み、宰相の口からため息が洩れる。
国王は眉をしかめた。
「返事はどうした?」
「善処しましょう」
「……」
まるで、出来の悪い政治家のような返事に国王は不満そうに口を歪め振り返る。振り返った先には冷めきった目で見降ろしてくる宰相、国王は無言で不満を彼にぶつけた。
「陛下、御戯れが過ぎればまた王妃様に顔面ぶち抜かれますよ?」
「いやぁそこはな? うまくだよ、わかるでしょ?」
どうでもいい事だが、トルソラリス王国と言うのは貴族から王家まで女系国家である。基本的に女性に権力がある。それは過去の反省によって昔からそうなのだが、最近は男性にその権力を移す動きが盛んだ。
現国王もまた王権を持つ妻から権力行使を委譲されているに過ぎない。よってこの国の本当の長はこの場にいない女王であり、正確な意味で国王は国の長ではないのだ。となれば当然国王がなんでも好き勝手に出来るわけではない。
「密偵が居る場で何を申されるか……」
「んー……それもそうだな、頼む」
国王でもラインを越えれば怒られる。
「わかりました」
しかしこの場の空気は緩い。何故ならこの場にいる重鎮は自国の国王夫妻の仲の良さをよく知っているからである。今の会話程度では何の問題にもならないことは理解しているのだ。
「ところで、宮廷魔法士長殿の姿が見えぬが?」
小さく溜息を吐く国王の姿に周囲から様々な感情が籠った視線が集まるが、ここで初めて気が付いたと軍部を預かる男性が周囲を見渡し、この場に居てもおかしくない人物の不在に疑問を口にする
「うむ、そちらは今緊急事態でな」
どうやら会議はまだ終わらない様だ。
会議で話題に上った宮廷魔法士長、その姿は旧スラム街の広場にあった。
「おい、ありゃ宮廷魔法士じゃねぇか?」
「到頭スラムを潰す気か?」
よく目立つ白を基調にした外套を羽織り、その背中に宮廷魔法士の徽章を背負う姿は、スラム民でなくても委縮してしまう。
突然朝から大勢の魔法士がスラムにやって来たことで、その姿を確認して慌てて逃げ惑うスラムの民は、影から彼らの様子を窺いひそひそと声を漏らす。相手を刺激しない様にと小声で話すスラムの民であるが、彼等はそれほど学が無い。
「潰されたらどこに行けばいいんだよ!?」
「しらねぇよ!」
「んだと! 緊急事態だぞ何とかしろ!」
故に感情の押さえ方を知らずすぐに声を荒げてしまう。いや、中には頭の良い者もいるので、単純に彼らが堪え性の無い性格なのかもしれない。
「何とかって何だよ!? アイツら追い出せってのかよ、殺されるぞ!?」
「んな事言ってねぇ!」
罵り合いから掴み合い、そして影から飛び出して今にも殴り合いになりそうな二人の若者に視線は集まる。それは影からであったり広場の中央からであったり、そして路地からであったり。
「落ち着かんかこの馬鹿ども!!」
『ぐえっ!!?』
路地から現れたのはユウヒも面識があるスラム武力集団の長の一人、広場を縄張りにしている彼が、広場に現れた魔法士たちの前に姿を現さないわけにはいかない。その前に馬鹿な部下への説教が始まっただけである。
目の前で騒げば当然魔法士もやってくるわけで、
「少し話が聞きたい! こっちに来てくれぬか?」
よく通る凛とした声に振り返る武力集団のボスは、肩を竦めて見せると部下をもう一殴りして踵を返す。
「あぁはいはい……魔法使いが来たからこうなりそうだとは思ったが、ずいぶん早い。こりゃ厄介ごとの大きさも想定以上って事か」
「ふむ、魔法使いの方が来られたのだな?」
「おっと、口が滑っちまった」
わざとらしく頭を掻いて見せる彼は、訝し気な魔法士の女性に笑って返すと手でさっさと行きましょうと促し、周囲の様子を見渡した女性は頷いて彼を宮廷魔法士の輪に連れて行く。
ユウヒの行動は王都に大きな騒ぎを引き起こすが、いつものことと言えばいつものことである。
いかがでしたでしょうか?
ユウヒが動いた波紋は、何時ものように騒ぎを起こしているようです。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




