第102話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「これで終わりだ!」
「ゴボボボ!? グボロロロロロッ!?」
ユウヒが手を振り下ろすとその動きに合わせて【衝楯】が飛び掛かり、削られ凍てつき小さくなったスライムの体がはじけ飛ぶと、黒くドロドロとした核が露出する。水に溺れて叫ぶような音を鳴らす核に近付くユウヒは、両目を輝かせて核を見詰め顔を顰めた。
「凄い量の不活性魔力だな、黒石より濃いんじゃないか?」
ユウヒの目に映る世界には様々な情報が飛び交い、その黒いドロドロの核から吹き出す不活性魔力は、これまで見て来た物の中でも上位に位置する濃度と量であるらしく、顔を顰めたままユウヒはどうしたものかと悩む様に胸の前で腕を組む。
「グブブブブッ!」
そのユウヒの様子を見て好機と思ったのか、変質した精霊はそのドロドロとした体を収束させてビーチボールからソフトボールの球ほどの大きさに力をためる様に縮む。
どうやらこの場から逃げ出すつもりの様だが、それを許すユウヒではない。
「おっと? 大人しくしててくれ? それは万象等しく束縛す【アイスコフィン】」
これがただの魔法士なら、精霊をここに縫い留める術はなかったであろう。しかしそこはアホみたいな量の魔力を息するように扱うユウヒ。
特に力むことなく優しく語り掛けるユウヒは、一欠けらの容赦もなく変質した精霊を拘束する。
「――――――!!?」
<…………>
<―――……>
それはまさに氷漬け、一片の隙間も無く凍り付いた暴走精霊は、常人なら聞こえる事のない精霊らしい声で悲鳴を上げ、その悲鳴に周囲の精霊は、自らの体にも痛みが走っているかのように引き攣った感情を洩らし、心の底から変質した水の精霊に同情する。
【アイスコフィン】の魔法は氷の棺、以前に何度か使ってきたこの魔法の本来の姿は、今の透明な水晶の様に美しい氷の柱であり、針の集合体の様になって動きを封じる使い方はずいぶんと手加減をした使い方なのだ。
それほどまでに、目の前の変質した水の精霊は強力だとも言えるが、精霊達の感想としては、もう少し手心をと言いたい様子である。
「うーん、この辺の木材を貰うとするか。市場の残骸ってところだろう。問題があれば後でお金で解決だな」
周囲を普通の精霊に囲まれ悲痛の声を洩らす変質精霊を他所に、ユウヒは何かするのか周囲に転がる市場の残骸を拾い集め始めていた。
「大きさはこのくらいで、毒電波遮断と活性化と……」
集めた材料はこちらも大量の魔力でひとまとめに合成、さらに合成されて大きな丸太のようになった木は魔法によって削られ切られ、また纏められ修正されどんどんその形を洗練されたものへと変えていく。
「この子は、水の精霊だよね」
<!>
「それじゃ外に水が漏れないように水封じだね」
精霊に問いかけながら加工された木と石は、見た目は短く太い木の柱。何に使うか分からない150センチほどの長さに整えられた柱は、さらに表面へと幾何学模様が刻まれて行き、その刻まれた幾何学模様は周囲の魔力を自然に取り込む。
「ヒーリング的な感じも必要だろうし、癒し空間にするにはどうしたら良いだろうか?」
どうやらその木の柱は狂った精霊を癒すための装置であるらしく、ユウヒの言葉からその主な役割は入れ物のようである。
<!!>
「純水? なるほど、綺麗な水で満たされている方が良いのか」
そんな水の精霊専用の癒しの入れ物の中を満たすのは、純水。水の精霊にとって清い水は癒しであり、水の精霊が綺麗な川を好むのは少しでもきれいな水を求めての様だ。その癒しの最たるものが純水、自然界には存在しない水で満たされていく柱に周囲の水の精霊は思わず輝く。
「休憩ボックスはただの休憩所だもんね。これはアニメとかで見るメディカルな入れ物ってところだな」
狂った水の精霊用メディカルポッドがユウヒの手で作られる様を見守る精霊達、その精霊達は熱に浮かされた様に瞬き始める。どうやら周囲に相当量の活性魔力が洩れ出しているようだ。
「ん? それなら土の精霊用だと水晶とかが良いのかな?」
<!!!>
どこか酔っぱらった若者のようにフラフラと舞う精霊達は、ユウヒの問いかけに何かを期待するような瞬きで嬉々として答える。
「当たり? 光だと光で満たしたり、火だと火で満たしたり?」
<!>
ユウヒの勘は当たっているらしく、精霊達はそれぞれに好む物を上げていく。
「火は竈とかで癒されるのか、単純だけど何となくわかる気がするな」
すでに超純水と言って良い水を封入し終えたユウヒは、精霊の声を聞いて納得した様に頷いている。
水の精霊は川で寛ぐが、火の精霊は良く人が料理をしている竈や暖炉で寛ぐらしい。
「風の精霊なら風洞実験室とか好きそう……」
精霊達のくつろぎスポットの話を聞きながら、それならと現代社会でも限られた場所にしかない装置を思い出し、風の精霊にとっての憩いの場になりそうだと呟くユウヒは、ふと地球で起きた火力発電所の故障を思い出し、笑顔のまま固まる。
精霊があまり存在しなかった地球は今や精霊パラダイス、自分のいない地球で更なる精霊事故が起きていないことを祈りつつ、その想像を忘れさせるように魔力を木の柱に注ぎ込む。
「よしできた。防水に石材も使ったから結構重い。婆ちゃんたちが持っていそうなカートも作ろう」
それから笑みを浮かべたまま作業を行ったユウヒは、あっと言う間に荒ぶる精霊鎮静化装置を作り上げる。
「―――!」
その間も【アイスコフィン】の中ではドロドロとした黒い水となった精霊が暴れており、最初より動けるようになったらしい狂った精霊は、ユウヒが作り上げた何かを見てさらに奇声を上げるが、封印は強力なのか声も漏れてこない。
「おっと、その前に仕舞っちゃおうねー」
「!!?」
出来上がった木の柱は石も使われた事でとても重く、その為持ち運びを簡単にするカートを作ろうとするユウヒであるが、作っている間に封印が破られそうだと気が付き手を魔力で覆って狂った精霊に手を伸ばす。
その手はするりと氷塊の中に入っていくと、狂った精霊をしっかりと掴み、それだけで精霊はまったく身動きが出来なくなり、ただ声を上げるだけとなってしまう。
「だいじょーぶ、寝て起きたらげんきになってるからねー」
そのまま引き抜けば、氷の中から手と一緒にドロドロとした一塊の狂った精霊が取り出され、奇声を上げながらもまったく身動きが出来ない狂った精霊は、ユウヒにやさしい声を掛けられ恐怖に震えた。
ユウヒの口から聴こえてくる声は優しくもあるが同時に平坦で、そのまま木と石の柱の中に納められる精霊は必死に声を上げる。
「っ!? ッ!!?」
しかしその努力も意味はなさず、するりと柱の中に狂った精霊が溶け込むと、その場に静寂が訪れた。
ユウヒには奇声でしかない精霊の声、しかし同じ精霊なら叫び声であってもしっかりその意味は理解出来る。
≪…………≫
その声を聞いた精霊達は何も言えず瞬きもせず、まるで黙祷する様に狂った精霊を見送り、微笑むユウヒの姿に言いし得ぬ恐怖を感じて、すっと光量を落とす。
「よし、保護完了」
一方ユウヒは一仕事終えた様に額を拭うと、足元に落ちている木材を拾う為にその場で屈む。
「まほ、冒険者さんよ」
「ん? えーっと、責任者さんですか?」
そんなユウヒの背中に、少ししわがれた様な低い男性の声が掛けられ、振り返ったユウヒは、屈んだ拍子で被さったフードの奥で両目を仄かに輝かせながら、声を掛けてきた人物を観察する。
「あー……今んとこ広場を縄張りにしてるもんだ。今回は助かったが、少しは原因ってもんを教えてくれないか? これだけしっちゃかめっちゃかだ。みんな不安でよ」
ユウヒの視線に、まるで闇夜に潜む正体不明の獣の様な恐ろしさを感じた男は、腹に力を籠めながら話し始めた。相手が魔法使いだとしても、下手に遜れないのが武力組織の長と言うものであり、スラムで縄張り争いをする人間としての胆力は本能的な恐怖をある程度克服できるものの様だ。
「……私も良く分からないんですよね。一応、察してると思いますけど魔法使いです。今日は冒険者として来てましたけど、ここの依頼受けるように頼んできたのは精霊なんですよ」
一方でユウヒは丁寧な相手には、同じく丁寧にを心がける元社畜。すっくと立ちあがるとフードを下ろして笑みを浮かべ話し始める。
恐ろしげな眼光と直後に現れたアルカイックスマイル、その落差が別の意味で恐ろしく感じられたのか、思わず足が少し後ろに下がるスラムの親分。しかしユウヒの話す内容が予想と当たっていた事に、目を見開くと静かに考え込み始めた。
「やっぱりそうか……」
「そちらも把握されていた感じで?」
「いやいやいやいや! そんな事知らねぇが、まぁなんだ。魔法使いが表立って現れる時は大体は天変地異や精霊絡み、あとは機嫌を損ねた魔法使いが国を滅ぼしに来る時だってのはガキの頃から聞かされる話さ」
親分の言動に、スラム側ではすでに把握されていた内容かと勘違いしたユウヒであるが、親分は慌ててそれを否定する。
「はぁ?」
昔からトルソラリス王国には魔法使いに関する逸話がいくつも残っており、御伽噺と言う形で小さな子供達にも聞かされ、中には知らぬ者はいないと思われる様な話もあった。そのお話の中で魔法使いは常に精霊と共に描かれる。
今回ユウヒと言う魔法使いとしか思えない人間が現れた事で、親分はその物語を思い出した。子供の頃から眠る前のベッドタイムストーリーとしてから聞かされ育ったトルソラリス王国民、しかしその話を本当に信じる大人などほとんどいない。本当に信じている大人は、この国の王家の血筋と夢見る大人ぐらいなものだ。
「俺も今の今まで半信半疑だったが……実物見ちまったら嫌でも理解させられた。あんなもんは人が抗えるもんじゃねぇ」
信じる事を忘れた大人の心を変えるほどに、ユウヒの戦いは鮮烈だったようで、掴みどころのない笑みを浮かべるユウヒに親分は肩を竦めて見せる。
「確かに……とりあえず詳しい話はお願いしてきた精霊に尋問した後で良いですか?」
≪!?!?!?≫
「話を聞ければそれでいいが、尋問? 出来るものなのか?」
何をどう納得したのか頷くユウヒの尋問と言う言葉、精霊どころか親分も思わず肩を跳ねさせるが、普通の人にはとてもそんな事が可能とは思えない。
「お願いを聞いたんだから、詳しい話くらいはしてもらわないと、ね?」
「……」
いや、魔法使いと呼ばれる者でも、精霊相手にそんなことができるとは思えないであろう。ありとあらゆる面において規格外のユウヒだからこそできる事であり、その事をよく理解している精霊は、驚く親分以上に慌てふためいている。
今もまるで罪のなすりつけ合いの様に周囲を舞う精霊は、互いをユウヒに向かって押し付け合っており、その動きを見るユウヒの頭の中には、今もひっそりと生き続けるロケット鉛筆の姿が過ぎ去っていく。
「今わかってるのは、さっきまでいた巨大スライムみたいな魔物は暴走した精霊って事と、暴走原因が虐めによるストレスで錯乱状態だったってところかな? 詳細については、わかんないけど」
「なるほど……それだけ聞ければこちらも調べようがある。報奨金の上乗せは直でやるからまた来てくれ、半木を貸してくれるか? サインするからよ」
「あぁはいはい」
今わかってる事はこのくらいだと話すユウヒに、内心を押し殺して頷く親分。雑談でもするかのようにユウヒが話す内容はあまりにも深刻な話であり、旧スラム街の一部を支配する武力集団の元締め程度が抱えて良い内容ではなく、使いようによっては王家にも貸しを作れるような話になり得る。
ユウヒから半木を受け取り、簡単な依頼完了の内容とサインを書く親分は、ユウヒに合わせて軽い調子で話すも、その内心には嵐が吹き荒れていた。
「……それにしても、ぐちゃぐちゃになっちゃったなぁ」
「はは、スラムが残ってるだけで最高の結果だ気にすんな」
狂った精霊スライムとの攻防でぐちゃぐちゃになったスラムの広場、その復興にはそれなりの期間が必要になるであろう。しかしそれ以上にぐちゃぐちゃなのは親分の心中、欲をかけばどこまでも富を手にできる様な情報を手にして自制できる人間など少ない。
本心としてスラムが無事だったことに安堵しつつ、親分は精霊と魔法使いの気分を害さぬ最良の道筋を考え、その苦悩に周囲の精霊は気づかわし気に瞬く。
精霊もユウヒもさほど気にしていなくても、彼等が一度気分を害し力を振るえば、スラム街の一部を支配する元締めなど、風に吹かれる枯葉の様に散ってしまいかねないのだから……。
いかがでしたでしょうか?
精霊は石と木の入れ物に仕舞われ、元締めは胃を痛めることになりそうですね。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー