第101話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
ユウヒが王都のスラム街で派手に魔力を使っている頃、王城のとある個人用の仕事部屋では女性が一人執務に励んでいた。
「失礼します」
「あらどうしたの?」
城内に個人の仕事部屋を持っていると言う事は、王国にとって重要な職務に就く人物である。そんな女性はメイドの声に顔を上げると、広い部屋の中央に置かれた机に手に持っていた書簡を置いて微笑む。
「イトベティエ様がお会いになれないかと来ております」
そんな笑み一つにも母性を感じさせる女性の下を訪れたのはイトベティエらしく、その来訪を告げられた女性は少し驚いた様に眉を上げる。
「あの子が? ……珍しいわね? 連絡なしって事は何かあるのね。すぐ通してくれる?」
「はい、すぐに」
あの子と呟く女性は、少し悩む様に目を細めるとすぐにイトベティエを仕事部屋まで通す様に告げた。悩む表情はしたものの、元より拒む気などなかったようで、彼女の頭に過った疑問は他にある様だ。
女性の返事を聞いて頭を下げたメイドは、すぐにイトベティエを呼びに行くため踵を返す。
それから一分も掛からず女性の仕事部屋には足音が聴こえてくる。その足音に顔を上げた女性は、嬉しそうに微笑んだ。
「失礼しますお姉さま」
「いらっしゃい、ずいぶん顔色が良いわね? 腰は治ったのかしら」
「ええ、その事も含めて相談がありまして」
お姉さまと呼ばれた女性はすぐに立ち上がると、イトベティエを出迎えながら嬉しそうに話す。どうやらイトベティエの不調の事も良く知っている間柄の様で、見るからに体調がよさそうな彼女の手を取る女性はイトベティエの返事に眉を上げる。
「……人は少ない方が良いかしらね?」
不調を訴える前に戻った様な立ち居振る舞いに喜んでいたが、イトベティエの表情から真剣な感情を読み取った女性は、笑みを浮かべなら問いかける。
「ええ、出来れば」
「それじゃ二人だけにしてちょうだい。誰も近づけないように」
「かしこまりました」
聞けばすぐに返ってくる返事を受けて女性が目を細めると、その瞳は刃物の様に鋭く砥がれ、指示を受けたメイドも真剣な表情を浮かべると礼を一つ残して仕事部屋の扉を閉めて出て行く。
メイドが出て行ったのを確認した女性は、直ぐにイトベティエの手を取り、無言で仕事部屋に置かれたソファに彼女を座らせ、自らはローテーブル挟んだ対面のソファーに勢いよく座る。
「……それで? 面白い話を持ってきたのよねべティ」
ふっと一息吐いて小首を傾げると、それまでの淑女然とした微笑みではなく、隠しきれない快活さを覗かせ、歯を見せる笑みを浮かべてイトベティエの事を愛称で呼ぶ。その仕草はそれまでの威厳が感じられるものではなく、相手を挑発し魅了するような危なげな美しさがあった。
「ええ、とってもシャリラお姉さまが好きそうな……危険でもありますけど」
「ふふ、聞かせて?」
わくわくが隠せない様子のシャリラと呼ばれた女性は、イトベティエの言葉を聞くと更に目を爛々と見開き、背中をソファーから離して前のめりに話しを聞き始めるのであった。
女性同士が話に花を咲かせている頃、巨大スライムとなった精霊と対峙しているユウヒは盛大に水を撒き散らしていた。
「単純に強力な水圧攻撃」
<!>
子供たちの退路を確保しながら巨大スライムに近付くユウヒは、その巨体を見上げながら迫りくる水の壁を冷静に分析、慌てる精霊を他所に周囲を守る大楯を全て前面に配置する。
「大楯君なら問題ないな」
配置完了直後スライムから放たれた大量の水は大楯の壁とぶつかり周囲に飛散、よく見ると大楯の表面には不可視の壁が発生しており、大楯本体には水一つ付着していない。
「切り裂く様な水の刃……うむ、小盾がしっかりいなしている」
大量の水による大質量攻撃が終わると、大楯はまたユウヒの周囲を守る様に円陣を形成、大量の水を目隠しにしていつの間にかユウヒに殺到していた水の刃は、大楯の外側で機敏に動き回る小盾の群れが全て弾いている。
弾かれた水の刃はそこで崩れることなくスラムの広場のあちこちに深い切り傷を残して行く。
「追加だ! 【マルチプル】【衝楯】外側から削り取れ!」
一方で、ユウヒが新しく呼び出した鬼面の楯である【衝楯】は、勢いよく巨大スライムの体にぶつかり続けており、ぶつかる度に巨大スライムの体は削られ、新たに追加された複数の鬼面が更に傷口を抉っていく。
削られた巨大スライムの体は宙を舞い、広場に置かれた木箱をその重量で押し潰している。
「おっと!」
順調である時こそ気が抜けない様に気を引き締めなくてはならない。それは戦いにおいて基本の心構え、当然ユウヒにもその心構えは備わっており、集中し直したタイミングでスライムから鋭い針のような攻撃が放たれる。
その攻撃はまるでレイピアの様に鋭く、楯と盾の隙間を縫うように進みユウヒを掠めた。
「酸の水弾とか癖が悪いぞこの精霊、グレちゃったかな?」
その瞬間ユウヒの鼻に刺激臭が入り込む。足元を見れば煙を上げる濡れた木材、その反応速度から人が日常で使う酸性の液体などよりもずっと強力な腐食性を持っていることがわかる。
そんな危険な攻撃を平気でしてくる精霊の行動に、ユウヒは思わず愚痴を洩らす。
<……!>
「なるほど、いじめられて引き籠った感じか」
しかしユウヒの勘は今日も冴えているようで、実際に巨大スライムの核になった水の精霊は過度のストレスによって引き籠っているそうで、ユウヒの例えも強ち間違いではなかった。
「いやだねぇいじめは良くないよ。他者から一方的にエネルギーを奪う行為は万死に値するね」
何か身に覚えがあるのか、ユウヒがしかめっ面を浮かべて軽口を叩く間も、鋭い酸の水弾はユウヒに向かって放たれており、しかしその大半が大楯や小盾に阻まれ始める。
ユウヒの魔法はユウヒの経験からのフィードバックにより常に進化する魔法。特に危機的状況や目まぐるしく変わる環境による影響は強く、大楯や小盾の動きは目に見えて良くなっていく。
「と言う事は、これはストレス発散みたいなもんか?」
それ故、ユウヒも少しずつ余裕が生まれ、その余裕を思考に割き始める。
「ならばもっと暴れろ! 疲れて動けなくなるほどにね!」
その結果、目の前の狂った精霊の対処法はストレス発散と言う事になった様で、ユウヒの意思に合わせて周囲を飛び交う盾の陣形はより鋭く鋭角な物へと変わり、より攻撃を受け流しやすくするためか、さらに巨大スライムへと近付くユウヒ。
「おっと? 【大楯】」
しかし、数歩前に足を進めた瞬間ユウヒの体のバランスが崩れ、咄嗟に大楯を生み出し足場にする。
「地面が崩れて来たか……後で宝玉を持って来ようか」
嬉々としてユウヒの足元に滑り込む大楯の下の地面は、度重なる水撃と酸の腐食によりボロボロにぬかるんでおり、元は石畳が敷かれていたであろう広場を湿地に変えてしまっていた。
「そらどうした!! 体が小さくなって来たぞ!」
だが同時に巨大スライムの体も鬼面の波状攻撃によって小さく削られており、攻撃も次第に弱まって来ていた。
すでに大きさは見上げるほども無く、必死に身を守る様に動かす身体も中型車程度まで縮んでおり、周囲を破壊していた水もすっかり鳴りを潜めてしまう。そうなってしまえばもうユウヒにとってスライムは何の脅威でもない。
最後の仕上げに魔力を手に集めるユウヒは、大楯の道をスライムまで作ると目の前まで歩き魔法を解き放つ。
「小規模【フリーズデストラクション】」
止めは使い慣れた強力な魔法で、しかし精霊本体を傷付けないように手加減して放たれるのは、全ての分子が完全停止する極限の破壊。
「ちょっと凍らせ過ぎたか……」
とても手加減が難しい破壊に特化した魔法は、当たり前のように制御がうまくいかずスライム体の7割を凍結破壊、バラバラと崩れるスライムの向こう側では、同じく凍結した広場の一部が砕かれる。
元は噴水だったらしい瓦礫の山は、ユウヒの魔法によって石の細粒に変わり果てるのであった。
時はほんの少し遡り、ユウヒが戦闘する中スラムの影に潜む者達は、
「おいおいおいおい!? 冒険者組合は何を寄こしやがった!?」
悲鳴を上げていた。
広場を縄張りに持っているのであろう武力集団のボスは、丈夫な旧スラム街の建物の影に隠れながら広場の様子を見ているが、丈夫が取り得の建造物が次々と破壊され飛び散る様に身を縮めると、冒険者組合に対して不満を口にする。
「いやそれ以前に何ですかあの化物!? あんなに大暴れするなんて聞いてねぇですよ!」
「知るか! 俺は引き継いだだけだからな、そんな化物が弄ばれてる方が問題だろうが!」
親分と呼ばれる男の後ろには木箱を頭に被った男、必死に隠れる様子からは別人のように見えるが、それはユウヒを広場に案内した男である。
巨大スライムの暴れように困惑し、こんな大暴れする魔物だなどと聞いていないと周囲の破壊音に負けないような大声上げる男。しかし、問題があるのはそんな大暴れするスライム相手に一歩も引かず、寧ろ華麗に攻撃を避けながら圧倒している人間の方である。
「それはそうですけど」
スライムは何もしなければ動いていなかったが、人間は自ら行動するのだ。そんな相手が敵に回れば彼らに未来はない。人間にとって最も恐ろしいのは人間なのである。
「魔法士なんて冒険者組合が寄こすわけねぇ……こりゃ国か何か大きな力を持った組織が手を出してやがるな」
「そんなに不味い魔物って事ですか……」
「きっとそうだ。下手に手出したら食われちまうぞ……」
魔法を使っている以上やって来た冒険者が魔法士であることは確定。しかしそんな人間を冒険者組合が寄こすわけがない。トルソラリス王国に住む人間なら誰だって同じ結論に至る。それだけ魔法士と言う存在は高給取りであり、力ある魔法士ともなればスラムの依頼を受けるほど暇ではない。
そうなると、今目の前で起きている原因は、その根底に自分たちが考えていたより大きなものが埋まっていたと言う事になる。そう親分は考え、その考えに確信を持つと同時に、自分たちが今立っている場所が死地のど真ん中である事を悟らせた。
「なるべく穏便に済ませましょう」
「ああ、他の連中にも通達だ。特級の化物が来てるから手を出すなってな」
今彼らに出来る事はたくさんあるが、その終着点は一つだけ。これ以上の波風を立てぬよう穏便に事を運ぶことだけ。それには旧スラム全体の協力が重要である。
「行ってきます!」
「……しかし、まさか」
親分の言葉に頷く男は、彼に出せる最大の速度で走り出し、急スラムの影に消えていく。
その姿を見送る親分自らは、広場の状況をその目に焼き付けるように見届けることに徹した。それはこの広場を含む旧スラムの一部を縄張りにする武力集団の長としての責務でもある。
「まさか魔法使いなんじゃ……てことは、魔法使いの逆鱗に触れる様な魔物ってことか?」
その間も思考を巡らせる親分は、目の前の光景を目にして一つの答えに近付いて行く。
「いや、考えろ? 考えるんだ。魔法使いがただの魔物退治に、いや退治? どう考えても余裕そうだ……退治じゃなく、保護? 魔物を? いや……あんな強力な魔物が街中に現れるか?」
目の前で行われる巨大スライム退治、しかし退治するにしてはユウヒの動きがおかしく、しかしそのおかしさは苦戦と言う意味ではなく、あまりに余裕のある動きにこそ違和感があった。
騎士団が束になっても全滅しそうな水の攻撃を前に笑みを浮かべ舞う様に戦うユウヒ。よく見ればその戦い方は周囲に配慮した動きであり、同時に巨大スライムにも配慮した動きに見えた親分。
そして巨大スライムと言う存在が突如現れた理由を考え、親分は目を見開く。
「おい! すぐに人集めて調べろ!」
「な、何をでしょう?」
大声を上げる親分に、周囲で身を潜めていた部下が頭を守る様に低い姿勢で集まる。時折、水撃によって小石が飛んで来るからだが、そこがおかしいとその光景にも目を細める親分は、部下の耳にしっかり届くように大きな声で話す。
「魔法士や教会の人間が何か変な行動をしてないかだ。もしかしたら誰かがやらかしたのが原因かもしれねえ」
「やらかしですかい?」
「魔法使いが表立って動く時は大体精霊絡みって決まってんだよ」
親分の予想は、まず目の前で戦っている人間が魔法士ではなく魔法使いであり、今この場に魔法使いが現れると言う事は、魔物の出現が精霊絡みではないかと言う予測。そしてそれは自然に発生した事故ではなく、何らかの人為的なミスによって引き起こされた事件であると言うものだ。
「まほうつかい……」
「せいれい……」
『い、一大事じゃないっすか!?』
親分の説明に集まってきた部下たちは呆けた様に呟き、ユウヒと巨大スライムが戦う広場に目を向けた。そこで行われている戦い、それによる惨状はとても人一人で引き起こせるものではない。その考えに至った部下の心は一つになった。
「万が一やらかしだったとしたら。逃げる準備も必要だな」
その気持ちは親分も同様、静かに頷く親分の姿に鍔を飲み込む部下は、続く言葉に蒼褪めながらも表情筋を引き締める。力を入れていないと情けない顔になってしまいそうなのだ。
「教会だった場合は特にですか」
「ああ、あいつらは自分達の不手際を絶対に認めないからな」
教会、イトベティエ達の口からも度々出て来た組織は、貴族だけでなく一般市民にもあまり人気が無い様で、忌々し気に話す親分に部下も頷いて見せる。
「消されでもしたらたまったもんじゃねえ」
それほどまでに危険な組織の事も探る必要が目の前にあった。その親分の判断に不満を洩らす者はこの場に誰一人として居ない。
その後、ユウヒの【フリーズデストラクション】を見た彼らは、ユウヒが魔法使いであることを確信し、その自分の考えを疑わなかった。それほどに目の前で起きた破壊は圧倒的であり、絶望的であり、自らの命がそこにある事を感謝させるほどの威力だったのだ。
要は彼らのすぐ近くまで凍結したのだ。とても生きた心地がしなかったであろうが、そんな彼らの頭上では、風と水と土の精霊がほっとした様に息を吐き、一仕事した後の様に瞬いているのであった。
いかがでしたでしょうか?
ユウヒの魔法は精霊も冷や汗を出す様な魔法の様ですね。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




