第1話
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。新たなユウヒの物語を楽しんで頂けたら幸いです。
天野 夕陽。
彼はある日突然何の前触れなく青春のほとんどを過ごしたゲームを失い、自暴自棄のまま女神の手招きについて行きゴミ箱から異世界に転移する。美しい女神の願いを叶えるべく人々の脅威を打ち払い、暗躍する神と相対し、世界の深淵を少し覗いてしまう。
「こちらで少々お待ちください」
心身ともに疲れたユウヒは戦友たちと共に地球に一時帰宅するも、そこで待っていたのは見たことのない光景。異世界に浸食された世界で戦いを余儀なくされたユウヒは、流れに身を任せ、飛び回り、戦い、傷つき世界を救った。そんな彼を周囲が放っておくわけがなく、良いように使われる事を良しとしなかった彼は女神の招く手を握り再度異世界ワールズダストにやってきた。
「お飲み物は? 軽食なども用意できますが」
「あーえっと大丈夫です……えっとAIさん?」
そして今、異世界ワールズダストに舞い戻った彼は、丸い体の下に円盤を浮かべ浮遊するロボットに誘われ、応接室のソファーに座ったところである。周囲を機敏に動き回り世話を焼いてくるロボットを見上げるユウヒは、困った様に笑うとそっと確認する様に問いかけた。
「はい、間違いではありません。私はアミール様のワールズダスト管理におけるあらゆる補助を行うサポートAIです。特に名前があるわけではありませんのでお好きに呼んでいただければ幸いです」
「へぇ……アミールは何て呼んでるんだ?」
どこかシステマチックな、しかしとても滑らかに話す機械を前に人かAIか不安になっていたユウヒは、返事を聞いてほっと息を吐くとなんと呼んで良いか悩み、アミールが呼んでいる呼称に揃えようと考え問いかける。
「……特に個別の名称で呼ばれた記憶はありませんね?」
「そうなの? ……ふむ、そうだなぁ」
ネーミングセンスに問題があると定評のあるユウヒは、その事を気にしてはいる様で変な名前を付けてはいけないと思ったようであるが、返ってきた言葉は予想とは違うもので、アミールが名前を付けているものだと思っていた彼は、当てが外れて驚きで眉を上げると困った様に眉を寄せて顎を扱く。
「……」
悩むユウヒに滑らかな球体のカメラ部分を静かに向け続けるサポートAI、人であればじっと見詰めているようなもので、不思議とその滑らかな球体からは期待の様な気配が感じられた。
「サポ子さん、でいいかな?」
「…………特に拒否する必要は感じません」
恐る恐る、拒絶の言葉が返ってこないか不安の混じる表情で呟くユウヒの命名。その名前に何を思ったのか、ふわふわと浮かぶ体を静かに横に一回転させたサポートAIは、円盤部分を僅かにふらふらと揺らすと機敏な動きでユウヒに向き直りサポ子さんと言う名前を受け入れる。
「おまたせしまし……どうしました?」
ジッとカメラで見詰められ苦笑いを浮かべるユウヒとの間に妙な間が生まれ、どちらから声を発するか牽制する様な雰囲気の中、準備を終えたアミールは部屋に駆け込むと、すぐに嬉しそうな笑みを不思議そうなものに変えて目を瞬かせながら二人に声を掛けた。
「いえ、私の個別名称が決まったところです」
「あー、アミールが名前つけてないって言うから……駄目だったかな?」
何とも言えない、しかしほっとした様な表情で振り返ったユウヒが話すよりも早く、滑らかな動きでアミールに目を向けるAIは簡潔に何があったのか説明し、その説明を捕捉するようにユウヒが話すが、その声は気まずさで満たされている。
「え? ……そう言えば名前つけてませんでした」
「そういうものなの?」
サポ子さんの言葉に一瞬呆けるアミールは、すぐに理解と同時自分が呼称名を付けていなかったことを思い出し口元を隠して気まずそうに呟く。気まずそうにすると言う事は付けるつもりがなかったわけではなさそうで、しかし今まで忘れていたと言う所に管理神の常識が気になるユウヒは不思議そうに問いかける。
「あいえ!? つけようとは思っていたのですが、忙しさもあって……それに私が呼ばなくても率先して気付いてくれる優秀な子だったので」
特に他意無く問いかけたユウヒの言葉に、不評を買ってしまったと変な声を洩らしたアミールは、一瞬で複雑な思考を完了させるともっとも傷が浅そうな選択として正直に事情を話す。管理神の使用するサポートAIは非常に高性能であり、対象の様々な情報から常に先を予測して動く、それ故よほどの緊急時でもなければ対応に遅れることは無い。
「構いません。個別に名称を頂ける方が稀ですので、大抵は型番で呼ばれることが多いと思います」
「確かにそうですね、それでユウヒさんが付けてくださったのですよね……なんて名前なんです?」
そう言った経緯から名前を付けない者や付け忘れる者も多く、他であれば型番で呼ばれることも少なくない。特に気にした様子も無くそう語るサポ子さんは、しかしアミールの問いかけに少し体を揺らすと球体面からホログラムを浮かび上がらせ、そこに文字を表示する。
「……サポ子です」
「さっ……」
その表示と共にユウヒが命名した名前を口にし、その名前にアミールは思わず言葉を失い固まってしまう。彼女の表情からその感情を読み解いたサポ子さんは、どう言った感情なのかその場でゆっくり周囲を見渡す様に回転し、もう一度固まるアミールに目を向ける。
「む?」
「構いません。何もないと不便なこともありますから」
「そ、それじゃえっと……今度からサポ子さんと呼びますね?」
二人のやり取りに目を向け、宙に浮かぶホログラムを怪訝な表情で見詰めるユウヒ。彼の表情を確認したサポ子さんは何か言われる前に名前に不満が無い事を伝え、その言葉にアミールは引き攣る表情筋に力を込めながら、表情の無い球体面から表情を窺うように上目使いでサポ子さんと呼びかける。
「敬称は不要と思いますが」
「そうですか?」
ユウヒのネーミングセンスにより空気が重くなる部屋の中で、自らの主に呼び掛けられたサポ子さんは、左右に小さく揺れると敬称は無駄ではないかと呟き、その言葉にアミールは少し考える様な素振りを見せながらも頷いてみせた。
しかし二人のやり取りにずっと怪訝な表情を浮かべていたユウヒは、その提案に賛成できない様で口を開く。
「むむ? 【サポ子さん】までが名前のつもりなんだけど……」
「えー……」
どうやら敬称だと思われていた部分までが名前だったようで、アミールは思わず声を洩らし困ったように笑みを浮かべて見せる。
「なるほど、ところで私は特に性別的なものがありません。しかしユウヒ様の名付けからは女性的なニュアンスを感じるのですが?」
よくよく考えればユウヒの命名には、一号さんしかり二号さんしかり敬称までが名前の命名が多い。その事に気が付いたアミールが渇いた笑いが洩れそうになる声帯に力を籠める中、サポ子さんは小さく左右に円盤を揺らすと音も無くユウヒにカメラを向け、命名理由で気になった点について問いかける。
「そうなの? なんだか話し方とか冷静沈着なお姉さん秘書みたいな雰囲気だったから、つい女性を前提に考えちゃったよ」
「なるほどぉ……」
特に女性の名前にしようと意識したわけでは無く、第一印象でサポ子さんを女性だと思い込んでいたユウヒの率直な言葉に、アミールは同意する様に声を洩らすと頷き笑みを浮かべた。
「……解りました。これより個体名を【サポ子さん】に変更いたします。今後ともどうぞよろしくお願いします」
ユウヒの回答にピタリと動きを止めていたサポ子さんは、歪に円盤を揺らし回転させると正式に個体名を登録、宙に浮くホログラムに映し出される文字は【サポ子】から【サポ子さん】に修正され映像の中に紙吹雪が舞う。
「よろしくサポ子さん!」
「サポ子さんですね。ふふふ」
お辞儀をするように球体と円盤を前に倒すサポ子さんにユウヒは満足げに声をかけ、アミールはニッコリと微笑んで楽しそうな笑い声を洩らす。
「ええ、アミール様の準備も終わったようなので部屋を移動させていただきます」
なぜなら、ユウヒには感じられなかったことだが、アミールにはしっかりとサポ子さんの感情が理解できたようで、その感情は主人が見詰める先で二人を先導するサポートAIの円盤を小刻みに揺らし、周囲に隠し切れない嬉し気な感情を振りまいていた。
そんな上機嫌なサポ子さんに先導されたユウヒは、少し広い部屋に通されるとお金の掛けられた会議室においてありそうな大きなテーブルの前まで誘導される。そこには机の他に巨大なモニターが設置されており、壁の一部がカーテンで仕切られていた。
「こちらのお席にどうぞ」
「お、おう」
場所を移し妙な気配を感じるカーテンを気にしていたユウヒは、サポ子さんの声に視線を前に戻すとどこか不安そうな声を洩らす。
「それでは今回ユウヒさんに調査してもらいたい場所の説明を行います。前回と比べてかなり広い範囲の調査になると思われますので、途中帰還も考えています」
ユウヒの座った席の前にはアミールが座り、その後ろの大きなモニターは彼女の手の動きに反応して黒い画面に灯りを付け、どこかのOSの様にロゴを浮かび上がらせた後に幾つものウィンドウを展開する。
前回と比べて広いと言う調査範囲なのだろうか、アミールが話し始めると同時にモニターのウィンドウにはどこかの景色が映し出されて行く
「そんなに広いのか? やっぱり前と同じで詳しい場所はわからない感じか」
「そうですね、この世界特有の理由もありますが、この砂の海と呼ばれる地域に関しては神の力に干渉する何かが設置してあるようなのです」
広いと言うだけあって写真の枚数は多く次々と切り替わっていくが、その写真はどれも全体的に茶色く、以前訪れた場所にあった深い森や美しい小川などはそれほど見当たらない。なぜか、それはユウヒが次に向かう場所が砂の海と呼ばれる場所であり、土地の大半が砂に埋もれた場所だからである。
「神の力に?」
また、砂の海と言う巨大な山脈にぐるりと囲まれた広大な地域には、神の力を阻害する何かが存在するらしく、その影響で以前の依頼以上に危険物の所在が不明瞭になっている様だ。よく見るとモニターに映し出される写真も遠くから映した様な景色しか存在せず、地面に近い位置から撮られたような写真は一枚も無い、それはアミールの力でそう言った写真を用意できないことを意味していた。
「はい、何分資料が無いので詳しくはわからないのですが、管理からの接続も切断されていて、さらに一帯を覆う様に神の目に対する妨害膜が展開されています。それほど強力ではないと思うのですが、無理をすると世界に深刻なダメージが発生してしまうので調べられないのです」
管理と言うのはアミールが世界を制御するために使っている世界の根幹のシステムであり、本来であればその力が及ばない場所は無い。しかしその影響が切断されていると言う砂の海は、さらに管理神が直接地上を覗く事すら妨害しているらしく、遠くから光学映像を取得する以外に手が無いようだ。
「妨害……ん、そうすると現地に神様居ないの?」
「そうですね。位置的には巨竜山脈を挟んでユウヒさんの拠点となっている旧トミル王国領の反対側から東が砂の海と呼ばれています。巨竜山脈は生物が踏破できる山では無いので完全に隔離されてますし、問題の妨害もあって神も好んで住もうとはしません」
神様の力である神力、それは出力の差こそあれ管理神も地上に住まう神も同じように使う力である。その力が妨害されると言う事は、神が住むには困難な場所と言う事であり、砂の海にも当然神の姿はないようだ。
「おー位置的にはそんな感じなのか茶色いし……めちゃ広くない?」
砂の海の地理的説明を行うために大きな地図をモニター全体に表示させるアミール。彼女から目を離しモニターを見詰めるユウヒの目には、大きな意味で言えば自らの拠点の一つである旧トミル王国領のお隣となる砂の海の全体図が飛び込んでくるが、広さは尋常ならざるものに見えた。
「この地で最も大きな大陸の大半が砂の海ですからね、現地の人々の間では巨人の砂場なんて呼び名もあります」
「はぁ~……ここを探すのか」
一部には緑地も見られるが、濃淡はあれど大半はどこも茶色い地肌を見せる砂の海、その大半が少し明るい色合いの茶色である砂漠、巨人の砂場と呼ぶ現地の人々のほとんどは、砂の海をぐるりと囲う山脈の麓やその恩恵が届く植生や環境の穏やかな場所に身を寄せ、あまりに広い故に住める場所の割合が少なくても国家間の物理的距離は遠いようだ。
「ふふふ、そこでユウヒさんに足を用意しました! きっと快適な旅が出来ると思います!」
旧トミル王国領が米粒に見える様な規模感の場所を探索すると言う事に目を見開くユウヒ、何を考えているのか今一つ把握しずらい彼を見詰めるアミールは、待ってましたと言わんばかりに頬を緩めると、どこからともなく現れた太い紐を手に取る。
「あし?」
天井に開いた小さな穴からぶら下がり、その先はどこに繋がっているかわからない紐を目で追いかけたユウヒは不思議そうな表情で小首を傾げて見せると、アミールの向ける視線の先を追って壁一面を占有するカーテンにたどり着く。
「……」
足を用意すると言う言葉の真意を測りかねるものの、僅かに揺れるカーテンの向こうに何かあるであろうことを察するユウヒ。好奇心と不安を僅かに感じさせるユウヒの表情を上から覗き込むサポ子さんは、彼よりも少し不安そうに体を揺らし、勢いよく下げられるアミールの手を見詰めるのであった。
いかがでしたでしょうか?
二度目のワールズダストに足を踏み入れるユウヒは、会えない時間が強い思いに変わったアミールの気合に妙な不安を感じる。そんな彼の新たな物語を次回もお楽しみに。
それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー