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遥かなるチェッカーの先へ  作者: 綾部 響
2.最速の乙女たち
8/42

ジーニアスライド

先行する帆乃夏に猛追を仕掛ける千迅と紅音。

そしてそれを見て、思わず笑みをこぼす帆乃夏。

ラスト3周となり、3人の走行は波乱を招く!?

 後方の新入部員集団を置き去りに、急激に迫る千迅と紅音を視界に捕らえ帆乃夏はその口に笑みを浮かべていた。

 それは不敵と言うものではなく、ただ単に面白いものが……楽しい事が迫って来ていると期待するものであった。

 そしてそんな彼女の願望に答えるべく、2人のマシンは更に帆乃夏のバイクへと接近する。


 そして13周目も終盤。


 ついに千迅と紅音は、帆乃夏の背中を捉える事に成功した。

 およそ2分で周回する帆乃夏に追いついたのだ。

 彼女達2人は、それを上回る……つまり、1周2分を切るタイムで走っていた事になる。これは、新入部員ではかなり珍しい事だった。


「おいおい、2人のタイムを見てみなよ。1分58秒なんて、新入部員ではお前や帆乃夏以外では出た事も無いタイムだよ」


 驚きと共に嬉し気な声音で、美里は千晶にそう話し掛けた。

 ライバルとして考えるならば空恐ろしい新人の登場なのだろうが、純粋にライダーとして見れば逸材の出現には胸躍らせる処があるのだろう。


「ちゃんと見ているわよ。……ほんと、面白いわね……あの2人」


 そしてそう答えた千晶の顔には、美里よりも興味深げで深い笑みがありありと浮かんでいたのだった。


 前を行く帆乃夏のライディングを漸く近くで見られたからこそ、千迅と紅音には気付ける事があった。


「うそっ!?」


「……何てこと」


「あの人……」


「同じラインで走ってないの……?」


 帆乃夏の真後ろに付く以前から、千迅と紅音には彼女の走行が見えていた。

 どの様なライン取りを行い、どんなスタイルなのかを朧気ながら知る事が出来る筈……であった。

 しかし至近距離(テール・ツゥ・ノーズ)まで近付いても、帆乃夏の走行スタイルが分からなかったのだ。


 ある時は、コース一杯に大きく外側に陣取りコーナーへと突入して行く。大袈裟とも言える程のアウト・イン・アウトだ。

 そうかと思えば、無造作にインベタに張り付いてクイックな操作でマシンを方向転換させた。

 コース中央から呆れるほどのブレーキングでコーナーに突入し、絶妙のタイミングでアクセルを開けて加速しながら抜けて行く時もあった。まるでお手本の様なスローイン・ファーストアウト。

 少なくとも千迅と紅音には、帆乃夏のランディングスタイルや得意とするコーナーワークを見つけられなかった。

 リズムもタイミングでさえ滅茶苦茶……それでいてどんなコーナーでもスムーズに熟す帆乃夏に、2人は逆に攻めあぐねる結果となったのだった。





「あの子たち……驚いてるでしょうね」


 そんな3人のランデブーを見ながら、千晶は些か意地の悪い事を呟いた。


「そりゃあ、驚いてるだろうね。だって、隙だらけなのに隙が無い……なんて、どんな問答なんだって話なんだから。あいつのはまさに異次元の走りだよ」


 そんな千晶の一人言葉に、美里はやや呆れながら答えた。

 別段、帆乃夏には型が無いとかラインを無視するようなトリッキーさがある訳では無い。実際はその逆である。

 彼女はどんなライン取りでも、どんなコーナーであろうともベターな状態で攻略する事が出来るのだ。

 本当であったなら、そんな人間は稀……正しく稀有である。

 どの様な人であっても、自分の得意とするランディングスタイルがあり、自然とそれに見合ったコース取りをするものだ。

 突き詰めて行けばレースとは、自分の理想とするラインを理想通りの速度で如何にクリアして行くかというものでもある。

 だがそんな事は不可能だ。

 減速もすればラインを外す事も少なくない。レースともなれば、競争相手が邪魔でラインを潰される事など当たり前なのだ。

 それでも帆乃夏は、アウトからでもインに付いていたとしても、最もロスの少ない走りを熟す事が出来るのだ。


「異次元……と言うよりも、あの子こそ……天才なのよ」


 モーターサイクルをどの様に運転すれば速く動かす事が出来るのか……帆乃夏はそれを理屈では無く肌で知っている、正真正銘の「天才」であった。


「まぁ……そんな天才にも欠点があるから可愛いんだけどね」




「抜けるっ!」


 インを固めて後続を追い抜けない様にブロックする訳でも無く、かと言ってレースを投げている訳でも無い。

 言い方は悪いかも知れないが、帆乃夏の走りは千迅には「のらりくらり」と感じられていた。

 そしてそれに何かしらの意図があるのでは……と考える様な、そんな理知的な走りを得意としている彼女でもない。

 千迅は帆乃夏の走りに付き合うのではなく、果敢に自分の得意なコーナーで仕掛けた。


「千迅っ!? 行く気なのっ!?」


 千迅とは逆で慎重な走りに徹していた紅音は、物怖じする事も無く帆乃夏を抜きに掛かった彼女を感じてそう叫んでいた。

 そんな紅音の目の前で千迅は帆乃夏のインを取ると、彼女の追走を受ける事も無く前に出る事に成功したのだった。


「「!?」」


 2年生エースと紹介された上級生を余りにもあっさりと抜けた事に千迅は拍子抜けに近い感情を受け、千迅に抜き去られた帆乃夏の姿を目の当たりにした紅音は逆に混乱の度合いを増していた。

 通常で考えれば、抜かれた選手は再び抜いた選手を抜き返しに掛かる筈だ。レースとは勝敗が掛かっているのだから、そんな事は当たり前である。

 そしてそんな世界にいる「ライダー」という人種は、それが例え練習走行であっても「抜かれる」という行為に対して負けん気を発揮するものだ。

 しかし目の前の上級生には、その様な気配や気迫が全く感じられなかったのだ。


「……ならっ!」


 そんな事を考えている間に、帆乃夏を抜いた千迅はどんどんと先に行ってしまう。

 そう考えた紅音もまた、帆乃夏を抜きに掛かり驚くほどスムーズに前へ出る事が出来たのだった。


「帆乃夏? 何をしているの?」


 そんな帆乃夏のインカムに、またもや千晶の声が届けられた。


『え―――? 何って―――……。抜きたそうにしてたから、先に行かせたんです―――。私は1周2分のペースを守ってますよ―――?』


 千晶の問い掛けに、当の帆乃夏は悪びれた様子もふざけた声音も感じさせずに返答したのだった。

 これには千晶も、そして横で聞いていた美里も盛大に溜息を吐いて脱力していた。


 帆乃夏の唯一にして最大の欠点、それは……。

 競争心の無さ……闘争心が皆無なのだ。


 勿論試合ともなれば……レースになれば、勝つために最善を尽くす。

 可能な限りマシンを速く繰り、多くのレースで表彰台に……それもその真ん中に立つ事も少なくなかった。

 ただしそれは、結果(リザルト)として上位に食い込んだという事。帆乃夏が求めて、殊更に望んでそう努力した結果ではない。

 彼女には抜く事にも、そして抜かれる事にも頓着している様子が無い。それが結果としての安定感の無さに結び付いているのだ。


「だからって、抜かれて良い訳じゃないだろう? 相手は下級生……しかも今日初めてこのマシンに乗った素人なんだぞ!?」


 帆乃夏の答えに、千晶ではなく美里がそう反論するも。


『彼女達―――……、速いですよね―――』


 再び戻ってきた彼女の言葉は、どうにも気の抜けるものであった。

 流石にこれには美里も呆れ、天を仰いで溜息をつく以外に無かった。


「確かに彼女達は乗れている(・・・・・)わね。でも、新入部員を先行させる訳にはいかないのよ。上級生が(・・・・)新入生を(・・・・)誘導する(・・・・)……そう先生方に話しているから、進級したばかりの1年生にコースを走らせているの。もしもこのままあの子たちが前を走って転倒して、それで怪我でもしてしまったら……第一自動二輪部全体の大問題ね」


 そして今度は、千晶が帆乃夏へとそう話したのだった。

 些か脅迫染みてはいるが彼女の言葉には嘘偽りは勿論、誇張されている部分も無い。

 何の訓練もしていない1年生を、ただ慣れさせるという理由だけでコースを走らせる事が出来るのにはそう言った裏事情があったのだ。

 それにも拘らず帆乃夏が千迅と紅音に先行を許し、剰え2人のどちらかが転倒してクラッシュ……その結果怪我でもしようものなら、責任問題が発生するのは疑いようも無かった。


『え……えぇっ―――!? そ……そうなんですか―――っ!?』


 そして千晶の言葉は、帆乃夏にとっては効果覿面であった。動揺した声が、スピーカーから流れる。


「ええ、だから帆乃夏。後2周、あの子たちにあなたの前を走られない様、頑張って頂戴」


 帆乃夏の蕩揺(とうよう)に付け込む……と言う訳では無いのだが、千晶は彼女に向けてそう激励を送ったのだった。


前を取る事に成功した千迅と紅音だが……。

千晶に焚きつけられた帆乃夏が、驚くべきライディングを見せる!

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