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遥かなるチェッカーの先へ  作者: 綾部 響
6.エピローグ
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次のステージへ

練習試合は、紅音のTOPという結果に終わった。

そしてタッグレースにおいても、千迅と紅音のチームが優勝したのだった。

しかしこれは、1つのレースの終わりでしかない。

ただ今は、双方ともに互いを労い、穏やかな時間を過ごしていた。

 全てのレースが終わり、サーキット全域は和やかな雰囲気に包まれていた。無論、表彰式はない。

 ただの練習試合だったのだから、それも当然と言えるだろう。しかしその代わり、反省会という名の懇親会は行われていた。


「今回はこちらの負けだわぁ。まさか、レギュラークラスが1年生に敗れるなんて、思いも依らなかったわぁ」


 飾らない笑みを浮かべて、佐々木原雅は本田千晶にそう切り出した。悔しいと言う気持ちは含まれているだろうが、それは千晶に向けられたものではない。

 それが証拠に、後ろで控えていた岩崎海鈴と工藤伊織の身体がビクリと小さく飛び跳ねたのだ。


「ふふふ。いいえ、雅。実質はこっちの負けよ。終盤までこちらのレギュラーは全員そちらに抑えられていたし……」


 力の籠らない笑顔で雅にそう返答する千晶の言葉にも、雅に対して何ら含む処はなかった。

 その証左として、千晶の後ろにいた木島美樹と山田香澄の身体が小さく反応したのだから。

 もっとも、千晶の話はここで終わりと言う訳ではなく。


「それに、あの2人は(・・・・・)『タッグレース』の選手じゃないもの。彼女たちは、『スプリントレーサー希望』なのよ」


 さらにその続きがあったのだった。千晶としては、特に悪意があっての付け足しではなかったのだが。


「……へぇ。じゃあ、タッグレーサーでもない1年生にしてやられたって訳ねぇ。これは、一考の価値があるわぁ」


「あう……」


 それを聞いた雅は面白そうに返答し、そんな彼女の言動に後方の2人は今度は小さくなっていた。

 確かに、タッグレースに照準を合わせて練習してきた3年生が、そうでない1年生に負けてしまっては少し格好がつかない。


「それにしても、面白い2人組だったわね。あの子たちも、まだ1年生なんでしょう?」


 そんな伊織と海鈴に助け舟を出したのだろうか、千晶がそれまでと少し話題の矛先を変えた。

 ただ、確かに木下姉妹の存在は今回のレースで無視出来るものではなかったのだ。


「そうよ。あの2人は双子でねぇ。たぶん、こっちのタッグレーサーを代表する選手に育つでしょうねぇ」


 万理華と瀬理華を話す雅は、どこか楽しそうであり期待に胸を膨らませている様でもあった。

 今回の彼女たちの走りを見れば、誰もがそれを理解出来る話である。


「へぇ……。それじゃあこちらも、しっかり対応策を考えないと、また痛い目を見ちゃうかも。……ねぇ、美樹、香澄?」


「は……はい!」


「が……頑張りますぅ」


 雅が期待するほどの選手と言う事は、翔紅学園にとって強敵となるのは間違いない話であり、それはそのまま美樹と香澄にプレッシャーという名の期待が向くと言う話にもなる。

 特に今回は、2人とも木下姉妹に抜かれているのだ。彼女たちが受けた重圧は、それは尋常なものではなかった。


「それで? そちらの2人は?」


 そこで雅は、話の中心にもなった千迅と紅音の事を切り出したのだが。


「あの2人ならほら……1年生同士で仲良くやっているわ」


 当の2人は、少し離れた場所で万理華と瀬理華と話していたのだった。




「……へぇ。あんたらがウチらを負かしたライダーかいな」


「ウチは木下瀬理華。んで、こっちは万理華や。見ての通り双子で第一宗麟高校の1年やでぇ。……んで、そっちは?」


 まるで値踏みする様な視線と、どうにも馴れ馴れしい態度に関西弁。

 コース上ではともかくこうして会うのは初めてだと言うのに、そのあけすけな物言いは紅音の気に障り、警戒感を露わとした視線を彼女たちに向けていた。

 このままだったなら、この場の雰囲気は非常に悪くなっていただろう。


「私は千迅! 一ノ瀬千迅だよ! 翔紅学園の1年生、よろしくね。それでこっちが……」


「……速水紅音。……よろしく」


 特に問題なく誰とでも仲良くなれる千迅がそんな不安を吹き飛ばして自己紹介し、そのままでは自分の事も紹介されると踏んだ紅音は渋々だが名乗ったのだった。

 もしも紅音だけだったならこの台詞もまた相手の心証を悪くするものだったが、ニコニコと笑みを浮かべて楽し気な千迅の存在がそんな空気を一掃していた。


「あんたら、面白(おもろ)いなぁ。あんな方法でウチらの戦法を封じるやなんて、考えもせんかったでぇ」


「ほんまや。おかげでウチらはあんたらに負けるし、万理華はコケるし……」


「ほんま、踏んだり蹴ったりやなぁ」


 木下姉妹は世に言う処の双子らしく、実に息の合った会話のリレーを披露して見せた。

 それが無意識なのかわざとなのかは、その話しぶりからは伺えない。


「ほんとだよねぇ。私も、紅音ちゃんがまさかあんな事を考えているなんて思いも依らなかったよ」


 感心を含んだ声音で、千迅が感慨深く彼女たちに答えた。

 もっとも紅音の考えていた作戦の全容は千迅に伝えられていなかったのだから、これは当然だろう。


「へぇ―――……」


「紅音ちゃんがねぇ……」


 千迅の話を聞いて、万理華と瀬理華が紅音に興味津々と言った目を向ける。

 そのわざとらしく半眼にしたジト目は、だんまりを決め込んでいた紅音の居心地を悪くしていた。


「……前にあなた達の戦法は見せてもらったからね。あれから、何度か頭の中でシミュレートしていたのよ」


 だから紅音は、思わず言わなくて良い答えを口にしていたのだった。

 この辺りは、いかに紅音といえどもまだ大人にはなり切れていないと言う処だろうか。


「やっぱり!」


「あんたら、あの時VRレースにおった子等やな?」


「そうちゃうかと思ったんやぁ」


「特に、千迅ちゃんはなぁ」


 紅音の返答を聞いて、木下姉妹は一気に顔を明るくさせて声を弾ませていた。

 抱いていた疑問が1つ、解消されてすっきりした……。その言葉からは、そんな気持ちが表れていたのだ。


「……あれ? 気付いてなかったんだ?」


 それに対して千迅は、意外だと言う表情で問い返した。

 千迅たちはすぐに木下姉妹の事を気付いたのだから、相手もそうだと考えてしまいがちになるのだが。


「当然でしょう? VR上では、ヘルメット越しに中の顔なんて見えないし、何よりも本名で登録してる人なんていないんだから」


 その問いに答えたのは、呆れたような声音の紅音だった。

 万理華と瀬理華の様に印象に残るライディングをするならともかく、ふつうはネット上での人物特定など出来ないだろう。


「うんにゃあ? ウチらは千迅ちゃんには気付いとったでぇ?」


「あんな無謀な操縦する子なんか、そうそうおらんからなぁ」


 しかし、千迅は木下姉妹には印象に残っていたみたいであった。

 確かに、千迅の様に危険に対してしり込みせずに向かってくるタイプのライダーは、いろんな意味で記憶に残ると言うものだ。


「えぇ!? そうだったの!?」


 もっとも、当の千迅は意外で仕方がないと言う表情で問い返していたのだが。

 知らぬは本人ばかりなり……と言う訳ではないだろうが、千迅自身には相手の印象に残る様なレースをした自覚がなかったのだ。


「それに、紅音ちゃんにもウチらの戦法が破られたからなぁ」


「こらぁ、ウチらも次の対戦までに策練っとかなあかんなぁ」


 ニマニマと笑みを浮かべて、万理華と瀬理華が紅音の方へと視線を向けた。

 どうやら彼女たちは、紅音にも積極的に絡みたい様子だ。ただそれを、紅音の方は良しとせず。


「それは心配無用よ。私たち、本来は『スプリントレーサー』なの。『タッグレース』であなたたちと走る事は、多分もう無いんじゃないかしら?」


 まるで突き放した様にそう返す紅音の顔は、どこかニヤリと挑発的だ。

 グイグイと押してくる木下姉妹にカウンターを食らわせて、してやったりと言う風情だった。


「ええ―――……そうなん?」


「それやったら、ウチらもぉ」


「スプリントレースに鞍替えするんも悪くはないわなぁ」


「もう一回、千迅ちゃんや紅音ちゃんと走りたいしなぁ」


 もっともそんな紅音の口撃など、万理華と瀬理華にはどこ吹く風な訳だが。

 見事に2人にそう返されて、紅音は絶句を余儀なくされていたのだった。


「ほんと!? それなら……嬉しいなぁ!」


 本気とも冗談ともつかない木下姉妹の発言を、どうやら千迅は言葉そのままに受け取った様で、これには木下姉妹も苦笑いを浮かべるよりなかったのだった。


「……あなた達、足元を掬われても知らないわよ」


 そんな彼女達のやり取りを聞いて、紅音は誰にも聞こえない程に小さな声で呟いていた。


 紅音は、誰よりも知っていたのだ。殆ど感覚、感性、本能で走ると言って良い千迅の短所や弱点を。

 短くない期間を共に走って来たのだから、認めたくはなくとも千迅の事を誰よりも良く理解しているのはこの紅音だと言っても過言ではない。

 閃きで走る千迅は、確かに転倒も多く計画性がない。レースプランも立てていないから、行き当たりばったりの感が強いだろう。

 だがそれと同じくらいに、紅音は彼女の長所や見所を知っていた。


 千迅は、一度経験し体感した事に対する順応力は非常に高いのだ。

 頭ではなく身体が順応している。それを思わせるシーンがいくつもあったのだった。

 ボーンライダー……。生粋のライダーに与えられる称号に最も近いのは千迅である……と、紅音は感じ取っていた。

 恐らく今回で使われた木下姉妹の作戦は、もう千迅には通用しないかも知れない。それどころか、紅音の使った策も千迅に躱される可能性さえあるのだ。

 それを思えば、紅音は無条件に笑みを浮かべる……等と言う事は出来ずにいた。


「……負けるもんか」


 再び紅音が、囁くように独り言つ。

 声量は小さくとも、その声にはこれまでにない決意が加わり非常に力強いものであった。

 紅音の考えすぎ……かも知れないが、2人の高校生活はまだまだ始まったばかりである。どの様な変化が訪れるのかは、誰にも分からないのだ。


 千迅と紅音。これから2人にどんなレースが……そしてバトルが待ち構えているのか。

 彼女達はそれを思い不安に駆られ、あるいは期待に胸を膨らませていたのだった。


 了


最後まで読んでいただいて、ありがとうございました!

この作品はとっても気に入ってるので、いずれ続編を書こうと考えております。

その時は、また読んでいただければ幸いです。


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