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遥かなるチェッカーの先へ  作者: 綾部 響
5.灼熱の対抗戦
41/42

リザルト

4台は並走したまま周回を重ねて、いよいよファイナルラップへ。

ライダーの精神と体力、マシンに消耗を強いながら、それでも千迅たちは誰も一歩も引くことは無い。

しかし、そのまま最後まで続く訳もなく。

 第1コーナーを抜け第2コーナー、そしてシャモジカーブへ。万理華と瀬理華は、コーナーを1つクリアする度に背筋の凍る思いをしていた。

 この戦法で最終ラップまでもつれた事はなく、言うなれば未知の領域に足を踏み込んでいたのだから。




 そしてそれは、千早も同様であった。


『あ……あれ? 紅音ちゃん、タイヤが食いつかなくなってきた!』


 千迅は千迅で、木下姉妹に攻撃を仕掛けられてかなり消耗していたのだ。本人は楽しんで走っていたのだろうが、そのツケはマシンが如実に体現する。

 特にタイヤは、ハードな動きをする度にみるみるとすり減ってゆくのだ。


『無理をする事はないわ、千迅。あなたは下がって、転倒しない様に走るのよ』


 紅音の言葉には他意はない。単純にここまで来れば、完走する事がより望まれるのだ。

 もしも千迅が下がったとしても、彼女の順位としては4位。上級生を抑えてのこの順位は、褒められこそすれ責められる事はないだろう。


『うん。……でも、もうちょっと頑張ってみる』


 しかし千迅には、そんな計算など無縁だった。

 楽しい時間を途中で投げ出したくない。恐らくは、その様な単純な思考でマシンを走らせていたのだ。


『……そう。好きにすれば良いわ。でも、転倒だけはしないでよね』


 そして紅音もまた、この時の思考には「タッグレースで勝つ」と言う大前提が抜け落ちていた。

 彼女が今考えている事は、この並走する3人を抑えて自分がトップでゴールすると言う、スプリントライダー(・・・・・・・・・)の考えに捉われていたのだった。

 彼女が千迅に転倒はしないよう言ったのは、単純に巻き添えを食らいたくないだけだったのだ。


『分かった!』


 そんな事など考えもせずに、千迅は元気な声で答えていた。

 もっとも、彼女は彼女で紅音と共同でレースを進めるこの「タッグレース」をしていると言う事を、随分と前から失念していたのだが。


 一団は第5コーナーを抜けてジグザグコーナーへ突入した。

 ここは計5つのコーナーが連続する区間であり、次々と出現するカーブに対して、小気味良いリズムでマシンを右に左にと傾ける必要がある。

 並走してここを進むのならば、おかしな話だがまさに息の合った連携が求められるのだが。


『あっ! きゃあっ!』


 突如、瀬理華のヘルメット内に悲鳴が響き渡る。

 ジグザグコーナー4つ目のコーナーで、アウト側となった万理華が挙動を失い、ハイサイドを起こしたのだった。

 マシンは数転し砂埃を上げて止まり、そのすぐ横では万理華が倒れていた。


『ま……万理華っ!?』


 後方を確認出来ないが転倒した事だけは分かった瀬理華が、慌てて万理華の名を叫ぶ。


『救護班、整備班はすぐに第9コーナー向かって。マーシャル(係員)はイエローフラッグを』


 それとほとんど同時に、佐々木原雅は万理華への救護とマシンの回収、そして転倒を後続車に伝える為のイエローフラッグを振る旨をオフィシャルへ告げたのだった。

 もっとも現代のライダースーツの性能を考えれば、雅が見た限りで大事には至っていない。それが証拠に。


『ウチは大丈夫やでぇ。それよりすまんなぁ、瀬理華。コケてもうたわ』


 決して強がっている様子などみじんも感じられない万理華の声が、インカムに流れたのだった。

 雅の位置から万理華を見ると、すでに立ち上がった彼女は指揮所へ向けて手を振っている。その姿からも、どこかを痛めた風には見られなかった。


 万理華が転倒、リタイヤした事で、木下姉妹のこのレースは事実上終了した。

 タッグレースではペアのどちらかが走行不能となれば即失格となるのだ。だから、瀬理華がこれ以上レースを続ける必要などどこにも無い。

 だがそれを理解しているのかいないのか、瀬理華がペースダウンする様子を見せなかった。彼女はそのまま、チェッカーまで走りきるつもりなのだ。


「……瀬理華」


 西区間へと遠ざかってゆくそんな瀬理華を、万理華は全て理解した眼差しで見つめていた。


 複合ヘアピンを立ち上がる3台は、変わらず並走していた。

 いや、大きく変わった所がある。それは、瀬理華を千迅と紅音が挟み込んで並んでいると言う所だ。

 そしてこの様な事態など瀬理華は勿論、千迅も想像していなかったのだった。


「や……やりにくぅ」


 第13コーナーを立ち上がりランチングコーナーへ。並走したまま車体を傾斜させてハングオンを決め、やはり3台同時に立ち上がりバックストレートへ。

 インにもアウトにも自由の利かない瀬理華は、それでも何とか千迅と紅音に食らいついていた。ここで後退すると言う事は、もう先行する2台を抜く事は出来ないと知っていたのだ。

 片方の頭の潰された蛇はその力を半減させられるも、それでも無邪気に遊ぶ子猫と冷徹な狼に対抗しようと必死だった。


 ストレートに入ったならば、通常なら3台が縦に並びタイヤが触れ合うほど接近し、テール・ツゥ・ノーズを決めるところだ。こうする事で、前走者を風除けにして後続車がより小さな力で追走出来るテクニックを駆使し、ストレートエンドで一気に抜きに掛かる事も出来ただろう。

 しかし両脇の2人がそれをさせずに、結局3台並走のまま直線を疾駆する羽目に陥っていたのだ。

 これでは、スリップストリームを使い頭一つ抜け出す事も出来ない。完全な突っ込み勝負となってしまっていた。


(このタイヤやと、これ以上……無理でけへん!)


 迫るコーナーに向けてのチキンレースを、真っ先に降りたのは瀬理華であった。

 これは瀬理華がライディングテクニックで2人よりも劣っていると言うよりも、冷静な判断から下した至極正しい選択だった。


「……マジか!?」


 そんな瀬理華を、両サイドの2人がスルスルと抜け出して置き去りにする。ブレーキングのタイミングが、段違いに遅いからだ。

 ただしその場合は、高速でコーナーを曲がりきるテクニックは勿論、タイヤのグリップが要求される。


「……んん!」


「……っ!」


 今度は2台で並走する形となった千迅と紅音が、インとアウトに分かれて度胸試しカーブへ進入、旋回してゆく。千迅は子猫の如き機敏な動きを、紅音は狼の様に悠然としたコーナーワークを披露して見せたのだ。

 そしてここで、紅音のこれまでの戦略が牙を剥いて千迅へと襲い掛かっていた。


 紅音は、千迅が木下姉妹に挟まれ続けている間、じっと後方で静観していた。

 それは、あの場面では手の出し様がなかった事によるものだが、もう1つの考えがあっての事だった。

 彼女は、木下姉妹が千迅に消耗を強いる事により、彼女たちも消耗すると踏んでいたのだ。そして、その目論見は見事に的中する。

 レース後半でタイヤのマネジメントに失敗した2人は、簡単に脱落してくれたのだから。ただし、紅音はさらにその先をも見据えていた。


 木下姉妹がいなくなれば、当然千迅との競り合いとなる。今は同じチームなのだからどちらが先にゴールしても問題ないのだが、紅音はそうは考えなかったのだ。

 木下姉妹に消耗させられた千迅をも抜き去り、自分が先にチェッカーを受ける。これは彼女の考えが狡いのではなく、明確な戦術に基づいた知略と言って良いだろう。

 それはどちらが先にチェッカーを受けても問題ないならば自分が……と言う発想だった。実際、千迅はかなり自由にさせて貰っていたのだから、彼女が文句を言う筋の事でもないのだ。




 度胸試しカーブから、第16コーナーへ。残るカーブは、後2つ。


『……紅音ちゃん!』


 紅音のインカムから、嬉々とした千迅の声が聞こえてくる。

 明らかに状況は不利な筈なのに、その声音はこの上なく嬉しそうでもあったのだ。


『千迅……。負けないわ』


 そして紅音は、静かにそれに答えていた。その声もまた、どこか嬉しそうでありまた、楽しそうである。

 千迅がイン、そして紅音がアウトで第16コーナーを立ち上がる。

 双方とも、共に譲らずフロントカウルは並んだままだ。2匹の獣は、互いに譲りあう素振りなど一向に見せずにいた。

 そして、勝負の最終コーナーが目前に迫った。




「おいおい、転倒だけは勘弁してくれよ」


 さすがに大詰めとなり、美里はレースの行方が気が気ではなかった。

 タッグレースならばここで勝利が確定しようものなのだが、先頭を走る2台に退く様子が伺えない。まるでスプリントレースさながらに、闘志を燃やして競り合っているのだ。

 転倒の可能性すら孕んでいるそのバトルを見れば、美里の心配も当然だろう。


「でも、勝敗は決まったわね」


 そんな光景を見つめながら、千晶が静かに呟いた。その眼には、どこか確信が宿っていて異論を挟める風情ではなかった。


「……どっちが勝つんだよ?」


 美里の探る様な問い掛けに。


「……言ったでしょ? 紅音は……策士だって。策っていうのは、2手も3手も先を考えて、複数張り巡らせるものよ」




 迫る最終コーナーで、千迅は得意のブレーキング勝負を仕掛けていた。ここで前に出なければ、紅音を抑える事が出来ないと感じ取っていたのだ。

 そしてそう来る事は、紅音にもお見通しだった。だてに長い間、彼女と共に走って来た訳ではないのだ。

 千迅のマシンは、紅音よりも僅かに遅れてブレーキングを開始する。それにより、瞬間千迅のマシンが紅音を捉え車体半分ほど抜け出し、アウト側から紅音に被せて抜き去ろうとする。

 しかし残念ながら、マシンはもう千迅の意図通りには動いてくれない。


「……タイヤが!」


 急激なブレーキングにハングオン。酷使し続けてきたタイヤは、とっくにグリップの限界を超えてしまっていたのだ。

 それでも低速コーナーが幸いし、奇跡的なバランスで千迅が転倒する事はなかった。

 だが挙動を怪しくした千迅のマシンはコーナーの立ち上がりでパワーを路面に伝えきる事が出来ず、ほんの僅かなタイムロスを許してしまった。


「甘いわ、千迅」


 それに対して紅音は、理想的なラインでコースをトレースすると、一度は抜かれようとしていた千迅のマシンを再度追い越し、そのまま車体1つ分のリードを得たのだ。


 紅音が用意した策は……もう1つ。

 木下姉妹に並びかけた時、あえてきつい瀬理華の外側へ強引に入っていった理由。

 それは、最終コーナーで確実にインを取り、千迅との(・・・・)競り合いで(・・・・・)確実に勝利する為だったのだ。


 そして……チェッカーフラッグが振られる。

 1位、速水紅音。2位、一ノ瀬千迅。総合獲得ポイント180Pは、文句なくこのレースでトップだった。


レースは決した。

紅音が千迅の頭を押さえて、トップでチェッカーを受けたのだった。


そして、彼女達の1つのレースは終わりを告げたのだった……。

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