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遥かなるチェッカーの先へ  作者: 綾部 響
5.灼熱の対抗戦
38/42

激変する順位

鎌首を擡げた双頭の蛇は、貪欲に前を行くライダーたちを呑み込んで行った。


 翔紅学園2年生ライダー山田香澄を抜き去った木下万理華と瀬理華姉妹の次なる標的は、同校の先輩である岩崎海鈴であった。

 本当ならばここは自重し、3年生に花を持たせるのが普通だろう。実際先頭を走るのは海鈴のペアである工藤伊織なのだ。

 このままいけばこのレースは、この2人の勝利となる事は明らかだった。


『ほんなら、瀬理華』


『……うん。取り掛かろうかぁ』


 しかし木下姉妹は自重するどころか、まるで他校の敵に立ち向かうような気勢を発して海鈴へのアタックを開始したのだった。





『おっ!? おおっ!?』


 左右から挟み込まれた海鈴は、驚きとも喜びとも取れる奇声を発していた。

 共に第一宗麟高校の生徒であり部員の先輩と後輩という間柄だが、この様に同じコースで走る事は余り無い。ましてや、レース形式での真剣勝負などこれまでに無かったと言って良いだろう。

 だから万理華と瀬理華の仕掛ける戦法を体験するのも実はこれが初めてだったのだ。


 東区間終盤となる、「第13コーナー」を抜け「ランチングコーナー」と呼ばれるカーブへ。ここを抜けると、その先にはバックストレートが待っている。

 そこでの最高速度を落とさない為にも、何としても「ランチングコーナー」は理想の形で回りたい処だったのだが。


『……ちぃっ!』


 木下姉妹の戦略が、それをさせてくれなかったのだった。

 自らの身体を蛇に巻き付かれるが如く不自由となった海鈴は、自分のラインを取らせてもらえず窮屈なままコーナーへと突入した。その影響で、立ち上がりの加速は満足のいくものではなかったのだ。

 もっともそれは木下姉妹も同様であり、バックストレートで海鈴が置いてけぼりを食らうと言う事にはなかったのだった。


 万理華と瀬理華が得意とするこの双子ならではの作戦だが、弱点があるとすればこのストレートでのスピードだろう。

 ターゲットの得意なラインを潰す事が出来るという反面、自身の最適なラインもトレース出来ない。少なくとも、2人の内のどちらかは無理なラインで仕掛ける事になるのだ。

 ただしその条件は相手も同じであり、これまでにその事で不都合が生じた事はなかった。

 だがそれも、過去形となる。




『紅音ちゃん! 追いつけそうだよ!』


『ええ! でも、すぐに仕掛けてはだめよ!』


 理想的なラインでランチングコーナーを回る事に成功した千迅と紅音は、バックストレートでも申し分のない加速を見せ、ストレートエンドにある通称「度胸試しカーブ」に差し掛かる頃には前を行く3台の背中を捉えていたのだった。

 ブレーキングのタイミングでコーナーに挑む速度が全く変わり、その結果コーナー出口からその後のタイムにも大きく影響する。つまり逆に言えば、どれだけストレートでの速度を維持出来るかというまさに「度胸試し」なのだ。


『ええっ!? なんでぇっ!?』


『いいからっ!』


 もっとも紅音にしてみれば、ストレートエンドのコーナーよりも千迅の制御の方が厄介であり、千迅にしてみれば紅音の要望に応える方がより忍耐を強いられていたのだが。




 そのブレーキングにおいても纏わり付く双頭の蛇のお陰で、海鈴は自分のタイミングではさせて貰えず、結局不自然な速度でのコーナー侵入となりその旋回にも精彩を欠く事となった。

 そしてそれはそのまま、海鈴の苛立ちに繋がっていたのだった。


「なるほど、これは……。我慢大会って奴か」


 自分のリズムでマシンをコントロール出来ない焦燥を如何に抑えて冷静に対処出来るか。これが求められている事なのだと把握した海鈴だが、同時に著しい不利も感じていた。

 木下姉妹は進んでこの戦法を取ってきたのだから多少の不自由は織り込み済みだろうが、仕掛けられている海鈴はその限りではない。リズムは乱されて過度なストレスを感じ、それらに耐えねばならないのだ。

 彼女がこれを「我慢大会」だと言った理由はここにあった。


『すまない、伊織。こいつら、先に行かせるわ』


 そして海鈴は、早々に木下姉妹とのバトルに見切りをつけて諦める旨をパートナーに伝えた。


『ちょっと、海鈴!? あなた、1年生相手に……』


『いやぁ、こいつらのやり方、面倒くさいわ。それに、タイヤがちょっとやばいんだ』


 そんな海鈴に非難を浴びせようとした伊織だったが、その後に続いた彼女の台詞を聞いて閉口していた。

 単なる我慢比べならばある程度は対抗出来ようが、タイヤの消耗を口にされては反論しようがなかった。何よりもそれは、伊織も同じだったのだ。

 これまでにトップ争いを繰り広げ、木島美樹や山田香澄らとデッドヒートを繰り広げてきた海鈴や伊織は、予想以上にタイヤが摩耗していたのだ。これでは、これ以上無理な操縦は出来ない。


『……分かったわ。私も、無理はしない』


 長い付き合いにより僅かな会話で多くの情報を得ている伊織も、海鈴に賛同を示したのだった。




 海鈴が後退し、万理華と瀬理華は次の標的を木島美樹に定めていた。そして躊躇う事無く2つの鎌首を擡げると、両サイドより美樹を挟み込み並走状態に突入した。

 最終コーナーを回りホームストレートへ。

 自分のリズムとライディングをさせて貰えない美樹は、やはり先ほどの海鈴と同じく、窮屈な思いでベストに程遠いラインをトレースしていた。


「これは……。なんて奴らだ」


 自分の思い通りにマシンをコントロールさせて貰えない事がこれほどのストレスや負荷になるなど、彼女も思いも依らなかったのだ。

 2人に挟まれたままコントロールセンターのあるホームストレートを駆け抜け第1コーナーへ。ここでも、ブレーキング勝負となる訳だが。


「……くぅっ!」


『美樹! 無理はだめよ』


 自分のタイミングでブレーキング出来ない、マシンをバンク出来ない、コーナーを曲がれない。

 これがどれほどのストレスであり恐怖であるのか……。美樹はそれをひしひしと感じていた。

 そして何よりも、そんな我慢比べに対抗出来ない理由があった。それもまた、先ほどの海鈴と同様である。


「……タイヤが!?」


 トップ争いでの無理が、ここに来て祟っていた。

 未だ致命的とも言えないが、木下姉妹とドッグファイトを繰り広げるにはどうにも心許ない挙動を見せているのだ。


「……これくらい!」


 それでも彼女の下した判断は、岩崎海鈴とは正反対のものだった。

 元来気性が荒く負けず嫌いの彼女は、木下姉妹にやられっぱなしで引き下がる事を良しとしなかったのだ。


『ちょ、ちょっと美樹っ!? 大丈夫なのっ!?』


『美樹、無理はしないで。ここで無理をしても意味はないわ』


 美樹の独り言を聞いて、香澄は不安を口にし、千晶は冷静に忠告を発した。

 これはあくまでも練習試合であり、ライダーを危険に晒しても戦う意味はなく、そんな無理をする必要などどこにも無いのだ。

 ただし残念ながら、そんな2人の言葉を美樹は無視した……いや、彼女の耳に届いていなかったのだ。

 彼女の欠点と言えばその短気な処とムキになる性格、そして頭に血が上ると周囲の声が耳に入らない事であった。

 ライダーとしては非凡なものを持っているのだが、その性格が災いしてスプリントライダーよりこのタッグライダーへと転身したのだった。その欠点が今、完全に美樹を捉えていた。


 レース21周目。


 美樹の疲労は一気に噴き出し、それは限界に達しようとしていた。それは何も彼女自身だけの問題ではなく、マシンにも相当の負荷を掛けていたのだった。


「……だめだ!」


 東区間複合ヘアピンを抜けて第13コーナーへ。その僅かな直線の終わりで美樹が音を上げたと同時に、彼女のマシンは制御を失っていた。

 殆どNFR250Ⅱを気力で走らせていたのだから、集中を欠けば一気にその負債は浮き彫りとなる。ブレーキングのタイミングが致命的にずれ、タイヤはグリップを失う。

 その結果は……転倒。

 いったん暴れ出したじゃじゃ馬は、車体を左右に大きく振ったかと思うとそのままの勢いで倒れこみ2転3転。ライダーであった美樹を振り落として、コース外に至っても砂煙を上げて転げまわり……停止した。いわゆる「ハイサイド」である。


『美樹っ!? 大丈夫っ!?』


 後方より美樹のマシンが倒れコースアウトをするのを見て、香澄は思わず叫んでいたのだが。


『だ……大丈夫だ。でも……レースは終わりだなぁ』


 香澄の時とは違い、激しくなくとも転倒してしまった美樹のマシンはカウルが破損しハンドルも僅かに曲がっていた。これではマシンを起こしエンジンを再始動させても、走る事は出来ない。

 幸いなのはまるで大事故とも取れる転倒であったにも拘らず、ライダーである美樹に怪我らしい怪我はなかった事だろうか。これもまたライダースーツの機能向上、その賜物なのだが。

 そんな美樹の目の前を、千迅と紅音が通り過ぎて行った。ちらりと先輩の方を伺う2人の表情は、どこか不安気であった。

 そんな下級生2人に向けて、美樹は軽く手を振り応えてやっていた。大丈夫だと言う意思表示なのだが、それを千迅と紅音が目にしたかどうかは不明であった。


双頭蛇の蹂躙により、順位は大きく変動を余儀なくされていた。

暴れまわり先頭を行く木下姉妹を、満を持した千迅と紅音が追撃する。

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