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遥かなるチェッカーの先へ  作者: 綾部 響
5.灼熱の対抗戦
37/42

双頭蛇、急襲

後方から次々とライダーを飲み込んでゆく木下姉妹。

そしてその牙は、いよいよ紅音を捉えようとしていたのだが……。

 レースは18周目に突入し、残りは7周となり終盤に突入していた。

 現在の順位は、1位工藤伊織、2位木島美樹、3位岩崎海鈴、4位山田香澄、5位一ノ瀬千迅、6位速水紅音となっており、これに後方から追走する木下姉妹が合流しようとしていた。

 ラップタイムにばらつきがある筈のこの集団から未だに誰も抜け出さないのは、それがこのレースが「タッグレース」だからに他ならない。単なる着順で勝敗が決するのではなく、順位によって得られるポイントの合計でその結果が示されるのだ。

 ゆえにどれだけ速くてもペアライダーを置いて走り去る訳にもいかず、結局は牽制する様な走りとなってしまうのだった。




「……来た」


 後方から木下姉妹に襲い掛かられて、紅音は冷静にその事を把握していた。スルリと蛇の様に纏わりついた2人が、紅音を食らおうと牙を剥く。

 だが以前のVRレースでは対処に迷い取り乱したが、それも2度目……しかもしっかりと対策を考えた後ともなれば改めて取り乱す事はなかった。


『千迅。これからそっちに、2台が同時に向かうわ』


『えっ!? 紅音ちゃん、抜かれちゃったの!?』


 紅音は後行として冷静に千迅へ現状を伝えたつもりだったのだが、それを受け取った千迅は思った事を即座に口にしていた。

 しかもそのニュアンスとしては、紅音の考えとは大きくかけ離れたものだった。


『ち……違うわよっ! いえ、違わないけど……。抜かれた(・・・・)んじゃなくて、抜かせた(・・・・)のよっ!』


 そんな千迅の勘違いが我慢出来ず、紅音は即座に否定していた。もっともどう言い回そうとも、それだけでは千迅に正確には伝わらない訳だが。


『……うん?』


 案の定、千迅は紅音の言葉に混乱を来していた。

 このままではどう違うのかを懇切丁寧に説明しなければならないのだが、当然の事ながら今の紅音に、そしてその後の千迅にもゆっくりと会話出来る状況とはならない。


『いいから! とにかく2台そっちに行くから、あなたも余計な事はしないで先に行かせるのよ。良いわね?』


 だから紅音は千迅への説明を早々に諦めて、要件だけを彼女へと伝えたのだった。


『ええっ!? 何もしないでっ!?』


 しかしこれも当然ながら、千迅から驚きとも不満とも取れる言葉が返ってきたのだ。これにも本当ならば、しっかりと説明しなければ納得など得られないだろう。


『何もしないで! 良い、余計な事はしちゃだめだからねっ!』


 それでも紅音は、千迅へと強要したのだった。説明は完全に省き、ただ要望だけを強いたのだ。

 だがその強い物言いには、千迅も反論出来る余地などなかったし。


『でも……って、来たっ!』


 その話の最中に、紅音をあっさりと抜き去った木下姉妹が千迅に襲い掛かって来たのだった。

 早々に紅音を食らった双頭の蛇は、今度は千迅を獲物に見定めて急襲する。その余りにも見事な連携は、正しく音もなく近付き敵を捉える蛇の動きに酷似していた。

 如何に抜かせる事を前提としているとは言え、話しながら相手に出来るほど簡単な事でもない。しかも相手は、千迅も以前に相手をしている強敵なのだ。

 千迅は疑問を抱えたまま、それでも木下姉妹を先に行かせる事に専念したのだった。




『なんやぁ。翔紅の奴らって、張り合いないなぁ』


『そやなぁ。……でも、何かあっさりし過ぎてなかった?』


『……そうかぁ?』


 千迅を抜き去り、木下姉妹はそんな会話を交わしていた。紅音と千迅が余りにも抵抗なく抜けた事に、逆に疑問が浮かび上がっていたのだ。


『伊織、海鈴。万理華と瀬理華が山田の後ろに付いたわ』


 しかし雅の声がインカムより流れた事で、その考えを続ける訳にはいかなくなっていた。

 作戦に組み込まれた事で、これからは自由に動けない……と、万理華と瀬理華は考えていたのだが。


『よし! それじゃあ万理華、瀬理華! あたしたちを抜いてみな!』


 海鈴より齎されたその指示は、木下姉妹を惚けさせるに十分な内容だったのだ。それもそのはずで、てっきり2人は先輩のサポートを申し渡されると考えていたのだからこれは仕方がない。


『まぁ、これは練習試合だしねぇ。あなたたちの練習でもあるのだから、思い通りにやってみなさいって事よ』


 その疑問に対する答えは、先頭を行く伊織から齎された。

 これがシーズンを通じてのレースや、インターハイの掛かった試合ならばチームとしての作戦も大事だろうが、これはただの練習試合なのだ。

 上級生は勿論、下級生も自由に動いてもなんらお咎めなどない。事実、雅からは殆ど指示らしい指示など発せられていないのだ。


『ただしぃ、手を抜いたって私が思ったら万理華、瀬理華……。ペナルティだからねぇ』


 そしてダメ押しとして、その雅からそんな台詞が投げ掛けられたのだった。自由にして良いとは言っても、全力で前を抜きに掛かってみろと、上級生たちは言っていたのだ。


『ペ……ペナルティはごめんやなぁ』


『こりゃぁ、やるしかないなぁ』


 焦り声を上げながらもニヤリと笑みを浮かべた万理華と瀬理華は、さっそく前を行く山田香澄を捉えようとしていたのだった。




 後方から猛追される形となった山田香澄は。


「何っ!? この子達、正気なの!?」


 思わずそう毒づいてしまうほど、軽いパニック状態に陥っていた。

 殆ど2台同時に内側と外側から攻められ、並走されているのだ。自分のラインも取れず、これではペースも上げることが出来ずに、ただ窮屈なライディングを強いられている。


『香澄、どうした!? 大丈夫か!?』


 香澄の声を聴いて、1位争いをしている美樹が声を掛けるも、今の香澄にはその問いに答える余裕は無かったのだった。

 ライン取りが殆ど出来ない状態の中でも、コーナーは次々と迫って来るのだ。これに対応する為に、香澄は今までにない集中力が必要となっていたからだった。

 自分のタイミングで減速し、コーナーに侵入し、加速出来ないほどもどかしくそして……怖いものはない。スピードを殺してゆっくりと走るならばともかく、今はレースの真っ最中であり、ランデブーを楽しむ余裕などどこにも無い。


『ご……ごめん、美樹ちゃん。……もう』


 そして東区間にあるコーナーの連続する区間、通称「ジグザグコーナー」で香澄はギブアップを口にした。

 それと同時に集中力を切らし、コースをトレース出来ずにオーバーランしてコースアウトをしてしまう。幸い転倒までには至らなかったが、トップ争いからは大きく脱落した結果となった。


『……くそ』


 すぐにコースインした香澄だが、ポイント獲得圏からは大きく後退し、木島美樹と山田香澄が表彰台に上がる可能性が激減した。

 言うなれば、彼女たちのレースはこの時点で終了と言って良いだろう。それを察した美樹が、小さく吐き捨てる。

 もっともこれは、練習試合でもある。より長くコースを走る事が目的であるから、すぐにレースを投げ出す必要などない。


『美樹。香澄は何とかコースインしたけど、現在は16位にまで後退したわ。残り周回である程度順位を上げるでしょうから、あなたは現状を維持して』


『ごめんねぇ、美樹』


 即座に、指揮所から千晶の指示が飛ぶ。香澄の脱落で美樹が集中を欠いてしまえば、それはあっさりと第一宗麟高校に勝利を与えてしまう結果となるのだ。


『分かりました! 気にするなよ、香澄』


 それを理解した美樹は、千晶に了解を告げ美樹にも声を掛けた。

 現在2位の位置にいる美樹の役割は、後方から迫る第一宗麟高校のライダーをこれ以上前に行かせない事でもあったのだ。


『でも、気を付けてね。あの第一宗麟のライダー、滅茶苦茶なアタックを仕掛けてくるから』


『滅茶苦茶って……どんなだよ?』


『それは……』


 美樹に注意喚起しようとした香澄だったが、どの様な攻撃にあったのかを聞かれて口籠ってしまった。

 簡潔に説明するには難しく、長々と説明しようとすれば香澄が集中を持続出来ない。少しでも追い上げたい香澄としては、ここでダラダラと話し込む事が出来なかったのだ。


『香澄は両サイドを2台のマシンに挟まれて並走されたのよ。両側の息の合ったコンビプレイは隙がなくて、自分のライン取りをさせて貰えなかったみたいだわ。もしも両側から挟み込まれたなら、一気に抜け出して置き去りにするか、諦めて後退するしかないわね』


 だからその代わりに、指揮所にいる千晶が出来るだけ簡単にその状況と、対処方法を美樹に伝えたのだった。

 ただし、口で言われるのと実際に体験するのではその時に受ける衝撃は全く違う。


『……了解』


 いまいちピンと来ていない美樹は、小さくそれだけを答えるとレースに集中を戻した。

 結局のところ今出来るのは心構えだけで、実際にはその時にならないと対処のしようがないのだった。


とうとう翔紅学園の牙城を崩しにかかった木下姉妹。

全てを飲み込まんとする彼女達に、千迅たちは全く歯が立たないのか!?

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