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遥かなるチェッカーの先へ  作者: 綾部 響
5.灼熱の対抗戦
29/42

合宿へ

千迅たちのトレーニングは続く。

そして、季節は流れてゆく。

……熱い季節へと。

 ―――2016年 7月。


 期末テストも無事に終わった。

 結果は悲喜交々。勉強した者しなかった者、元々勉学が得意な者不得手な者、山が当たった者外れた者と、それぞれに反映した点数を獲得していた。

 勿論、ボーダーラインに達しなかった者……つまり赤点だった者達には、しっかりと追試が待っていたのだが。


「毎度の事ながら、紅音は分かるんだけど……」


 何とか赤点は免れたものの、それでも納得のいく点数ではなかった千迅と紅音の同級生であり同じ部員でもある篠山貴峰(しのやまたかね)は、自身の結果表を見つめつつ、その紙の向こうにいる2人を見ながらそう呟いていた。

 その目には、どうにも不可解なものを見つめる怪訝な光りが宿っており。


「……うん、千迅がこの点数ってのは、なんか……ねぇ?」


 その隣で同じ様に2人を見つめていた井川沙苗(いがわさなえ)が、先ほどの言葉を引き継ぐ台詞を口にしていたのだった。彼女もまた、貴峰と同様に第一自動二輪倶楽部員である。

 聞き様によっては随分と失礼な物言いだが、この2人も千迅と紅音とは中等部からの仲であり、親しいと言って良い関係でもあった。

 そんな貴峰と沙苗の、疑問とも不満とも取れる言動を聞いても、当の千迅が気分を害した様子はない。


「にっへっへ―――」


 ジト目で不満を露わとする2人に対して、千迅はニッと笑みを浮かべてVサインを返していた。これはテストがある度に行われる、一種のセレモニーの様なものだったからだ。


 如何にも才女然としている紅音は、その為人(ひととなり)のままに優等生だった。普段からの生活態度は勿論の事、テストの結果も優秀と言って良い成績を収めていたのだ。

 運動部系はとかく文武両道と謳ってはいても、中々それを実践出来るものではない。

 そんな中で紅音は見事にそれを行っており、中等部では自動二輪倶楽部主将も務める、まさに生徒のお手本の様な存在だった。

 そんな彼女がテストで高得点を取るというのは、あまり違和感のない事だと言えるだろう。


 意外なのは千迅の方であった。もっとも、そう思われるのは本当ならば彼女としては非常に不本意なのだろうが。

 彼女の言動やその性格、そして普段の振る舞いからそうは思われないだろうが、実は千迅も優等生の部類に入る生徒なのだ。

 品行方正……とはいかないまでも、快活で明るい性格なのだが、だからと言って勉強が出来ないと言う訳では無い。底抜けにポジティブで、何事にも深く考えていない様な千迅だが、勉学においては中の上から上の下という、少しイメージからかけ離れた成績を有している。

 因みに優等生然としている紅音だが、その成績は上の下から上の中と、それほど飛びぬけている訳では無い。


 ともかく、彼女たちの明暗を分けた期末テストは終わり、季節は夏へ。そして、夏休みと、その時に行われる合宿へと向かっていたのだった。




 ―――2016年 7月末。


 千迅と紅音と、その他の先輩や同級生……つまり、本田資立翔紅学園第一自動二輪倶楽部の一同は、三重県南部にある離島「菅島」にやって来ていた。

 ここには2000年代初頭、学生の練習用にサーキットが幾つか造られ、以来毎年のように中、高、大学生が合宿に訪れている。そして、翔紅学園はここで毎年合宿を行う事が慣例となっていた。


「ん―――っ! 良い所だねぇ!」


 この島に初めて来た千迅は、眼前に広がる海と、後方で生い茂る樹々を嬉しそうに見つめて、大きく伸びをしながら深呼吸をしていた。

 今年の夏は例年通り暑く、この2週間がけっして観光気分に浸れない事が分かっている同級生たちは、そんな千迅に生温かい目を向けていた。

 確かに、自然を感じるにこれ以上のロケーションはない。この島には定期船でしか来る事が出来ないので、余計な野次馬(・・・・・・)に悩まされずに済むのだ。


 例えレースが無くとも、有名選手が練習している訳では無くても、その手のファン(・・・・・・・)にとってモーターサイクルが走るシーンは見るだけの価値があるものだ。

 ましてやそれがうら若き乙女たちの疾駆する姿ともなれば、特にバイクレースを好む者でなくとも必見と言って良いだろう。

 更に試合や大会でもない厳しい練習ともなれば、どんなあられもない姿を晒してしまうのか想像もつかないだけに、そんな邪な感情を抱いている若者たちが殺到するのは容易に想像出来る事でもある。

 そう言った邪魔が入らない様に、この島への入島には厳しいチェックが入り、だからこそここは女性ライダーたちが合宿を行うのに最適であり人気がある場所であるとも言えた。


「さぁ、みんな。割り当てられた部屋にそれぞれ荷物を置いて。16時から簡単なミーティングと、その後軽くランニングをして入浴、食事の後は21時まで自由時間となります。くれぐれも羽目を外さないでね」


 翔紅学園第一自動二輪倶楽部の面々にそう告げると、本田千晶は率先して定宿である旅館「星美屋」の入り口をくぐった。それに、一同も和気藹々と続いて行く。

 古風な日本家屋の温泉旅館は、その外観を考えればとてもバイクレーサーたちが泊まる宿とは思えない。もっとも、宿の中で練習を行う訳でもないので、宿泊する建物の仕様は関係ない訳なのだが。

 入り口では、女将と仲居が部員たちを出迎え、ここだけを見れば本当にただの旅行客……修学旅行生を迎えているとしか見えない。しかし間違いなく彼女たちは、この島に合宿へと来ているのだ。

 これから部員たちには、過酷な練習の日々が待っているだろう。


 ……明後日からは。


 割り当てられた4人部屋では千迅と紅音、そしてその同級生である貴峰と沙苗が同室となっていた。

 早々に寛ぎモードとなっている彼女たちの話題は、明日の自由時間の事……ではなく、本日観覧に向かったレースの内容についてだった。


「今日の4時間耐久レース、凄かったねぇ」


 真っ先に口を開いた貴峰の言葉に対して。


「確かに! 最後まで目を離せないデッドヒートだったもんねぇ!」


 千迅が思いっきり食いついたのだった。

 なんとも今どきの女子高校生らしからぬ華のない会話ではあるが、バイクレースにのめり込んでいる彼女たちの話す内容としては順当であろう。

 何よりも、それだけ興奮する内容だったのだ。


 彼女たちは今日、日本を代表する名サーキット「鈴鹿サーキット」で行われていた「スズカ4時間耐久レース」を見て来たのだ。

 それも、ただ観戦に向かっただけではない。そのレースには翔紅学園の生徒も参加しており、その応援も兼ねていたのだった。

 バイクレースをしている者ならば知らぬ者はいない「スズカ4時間耐久レース」は、国際的にも有名な「スズカ8時間耐久レース」の前日に行われる。

 しかもこれは単なる前哨戦やエキシビジョンとは異なり、各チームが死力を尽くすレースでもあるのだ。

 そんなレースに自校の生徒が参加するともなれば、応援に熱が入らない訳が無い。


「あーあ……。でも杉崎先輩たち、惜しかったわよねぇ……。もうちょっとで表彰台だったのに……」


 そして沙苗が、ゴールの決するチェッカーの瞬間を思い起こしている表情で、心底残念そうにそう零した。

 彼女の話した通り、参加していたのは「第二自動二輪倶楽部」の面々であり、主将である杉崎瞳とエースライダー鹿島弥生のペアはあと一歩と言う処で表彰台を逃したのだった。


「でもまぁ、あれが順当な結果じゃないかしら? 今回の4位と言う成績は歴代最高位だった訳だし、何よりも本格的なレースチームが参戦して国際ライセンスを持ったライダーが走っていたのよ? そんな中で杉崎先輩たちは良く敢闘したと言うべきじゃないかしら?」


 そんな沙苗の台詞に対して、紅音の口にした答えはなんともドライなものだった。

 彼女の言っている事は間違いでは無いのだが、それでも同じ学校に通う共に自動二輪倶楽部の生徒が惜敗したのだ。


「そうなんだけどさぁ……」


 もう少し同じ様に悔しがってくれても……と言う想いを沙苗が抱いても、これは仕方のない事だった。……もっとも。


「でも、あのゴールの瞬間に一番悔しそうにしていたのって、紅音ちゃんだよねぇ?」


「なっ……!?」


 そんな裏事情をあっさりと千迅に暴露されて、紅音は赤面する羽目になるのだが。

 思い入れのあるチームが負ければ、その悔しさも一際である。しかもそれが、自分の知己ならばより一層に。

 全くの他人ではないだけに、この場にいる全員が悔しい思いをしている事に疑いは無かったのだった。


始まった夏の合宿。

いよいよ、熱い夏の始まりとなった。

しかしその前に、本格的トレーニング前の息抜きが催される。

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